2021年2月26日金曜日

0259 さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ

書 名 「さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「A Death in Vienna2004年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年10月 
初 読 2021年2月26日 
単行本 382ページ 
ISBN-10  4846005569 
ISBN-13  978-4846005566

 物語冒頭、ガブリエルが取り組んでいた修復が下の絵。ベネツィアの町中にある、素朴な教会ですが、中は豪華なルネサンスの美の宝庫。ベネツィアの栄華が忍ばれます。
 さて、ナチス3部作最後の一冊。
 『報復という名の芸術』で10年ぶりに現役に復帰したガブリエルもすでに3年が経過。この間、『報復』ではテロリストのタリクに返り討ちにあってマカロフの一撃でダウン、『イングリッシュ・アサシン』でも殴られ蹴られ、犬に襲われて大怪我をし、『告解』ではバイクでコケて命も危ぶまれる重傷を負う。もう、こいつアクション向いてないよな、と誰もが気づいて然るべきなんだが、いちおう「伝説のスパイ」ポジションは揺らいでいない(笑)。
 いいんです、ガブリエルの我が身を顧みないそのひたむきさが好きよ。(笑)
 この『死都』では、盗聴され、尾行され、大事な証人を消され。あまりにも無防備なガブリエルに呆然とする。なぜ、彼は盗聴防止装置を持っていないのだろうか?  いや、エリが狙われたという事実だけでも、クラインの身の保全を図るべきじゃね? 彼をイスラエル大使館に連れ込んだっていいくらいじゃない?
ヴォーゲルご当人と顔を合わせたあとで、のこのこ別荘に忍び込むか?向こうからマークされてるのわかってるじゃん。いやあもう、大丈夫かよガブリエル!
サン・ジョヴァンニ・クリソストモ教会
ジョバンニ・ベッリーニ作
『聖クリストフォロス,聖ヒエロニムスと
ツールーズの聖ルイス


 とはいえ、13年前のウイーンでの事件も絡めて、ガブリエルの取調室での叫びもなかなかに悲痛で、ファン・サービスには抜かりない。シリーズ全巻とおして、ガブリエルが我を失って叫んでるシーンってほとんど無いんじゃないだろうか。

 そして、エンタメの体裁は取りつつ、主題はナチスの戦争犯罪とこれに同調ないし目をつぶり、ナチの重犯罪人の逃亡を助けたカトリックやナチの犯罪の隠蔽を助けたヨーロッパ各国の告発であり、同時にガブリエルと母の修復の物語でもある。

 アウシュビッツからの生還者であったガブリエルの母は、その苦悩の記憶から、一人息子に十分な愛情を注ぐことができなかった。子供時代のガブリエルと母との関係は緊張感に満ちたものだったが、その理由は、母から教えられることはなかった。
 作中、ガブリエルはヤド・ヴァシェム(イスラエルの国立ホロコースト記念館・Wiki(日本語)公式HP(英語)はこちら)で母の証言書を読み、母のアウシュビッツ・ビルケナウ収容所での体験を知ることになる。
 シャムロンは、アウシュビッツで愛する者達を全て失ったガブリエルの母は、息子を愛して失うことに耐えられなかったのだ、とガブリエルに語るが、それだけではあるまいと思う。
 ガブリエルの母アイリーンの記憶の中で、愛すべき息子と、仲間の死と、ナチの殺戮者は堅く結び付けられてしまっていたのだから。息子を見ると、愛おしさを感じた次の瞬間には、殺害された仲間が目に浮かび、ナチ将校の顔を思い出しただろう。ガブリエルに向けられた視線は険しさと苦痛に満ちていたはずだ。結局ガブリエルは、母に抱きしめられることも優しくなでられる事もなく寂しく育ったわけだが、かなり鬱屈しているとはいえ、とりあえず真っ直ぐ成長したことを誉めてあげたい。ガブリエルのそばに母代わりとなった優しい女性が居たのは幸いだった。シャムロンの身勝手ではあるが確固とした愛情も、きっと、ガブリエルの救いの足しにはなったのだろう。

 さて、物語はウイーンで起きた爆弾事件から始まる。狙われたのはガブリエルの戦友エリ・ラヴォン。エリが追いかけていたのは、あるオーストリア人の身元だった。かつてSS将校だったと思われるその男ラデックは、身元を偽装し今ではオーストリアの大立者となっており、エリの後、調査を開始したガブリエルも命を狙われる。その男が関わったのはゾンダーコマンド1005。ユダヤ人大虐殺の痕跡を抹消する秘密作戦であり、その作戦の成功によって、虐殺されたユダヤ人の正確な人数は永遠に判らなくなった。そして、ある時期その男はアウシュビッツに駐留していた・・・・・・・
 これまでは一介の暗殺者で現場工作員に過ぎなかったガブリエルは、シャムロンの手ほどきで首相にブリーフィングを行い作戦指揮官としての地歩を固める。また、ガブリエルはシャムロンに問う。アイヒマンが法のもとで裁かれ、いま、ラデックもそうされようとしているのに、どうしてブラック・セプテンバーのパレスチナ人たちは、報復の対象としか見なされなかったのか。
(どうして、自分は殺人を犯さねばならなかったのか。)
ガブリエルは、誰も殺したくない、とシャムロンに訴える。

 これ以上のことは、どうぞ本を読んで欲しい、といいたいところだが、翻訳が酷いので、それもオススメしがたいところ。原著はKindleで手に入るので、英語が苦手でなければ、そちらに挑戦してみてはどうだろうか。
 第5作以降は翻訳が途絶えているのが残念、と思っていたが、むしろ幸いだったのかもしれない。
とりあえず、14作目の『亡者のゲーム』までの間に語られていると思しき、ぜひ知りたいことリストは以下のとおり。
 1 リーアがイギリスの病院からエルサレムの精神病院に
   移ったいきさつ
 2 ガブリエルがルビヤンカの地下で階段から突き落とさ
   れた経緯
 3 サウジアラビアで何があったのか?
 4 キアラの最初の妊娠と流産の件
 5 ガブリエルとキアラの結婚のくだり
 6 ガブリエルはいつ、長官になる決心をしたのか


【追記】ガブリエルは母に、自分がシャムロンの手下の死刑執行人であることを話さなかった、との記述がある(p.316 )。ガブ父が6日間戦争(第三次中東戦争)で死んだらしく、母はその1年後に癌で亡くなっているので、母が亡くなった当時、まだガブリエルは高校生もしくは兵役中だったと思われる。シャムロンのリクルート以前に母は亡くなっているはず。これは作者の設定の混乱かな。

2021年2月23日火曜日

「誤訳も芸のうち」と翻訳者は言った。山本光伸part3 論創社『さらば死都ウィーン』

書 名 「さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「A Death in Vienna2004年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年10月 

誤訳・迷訳は相変わらず健在である。

【原著】The restorer’s gait was smooth and seemingly without effort. The slight outward bend to his legs suggested speed and surefootedness. The face was long and narrow at the chin, with a slender nose that looked as if it had been carved from wood. The cheekbones were wide, and there was a hint of the Russian steppes in the restless green eyes. 

それでは読んでみよう。
p.13  “修復師の足の運びは滑らかだった。前屈みの姿勢ですいすいと進んでいく。彼の顔は細面で、鼻筋はギリシャの彫像のようにすっきりとしている。頬骨は低く、落ち着きのないグリーンの瞳がキルギスステップのロシア人を思わせた”・・・・・ちょっとまてまて。ひょっとして全然違くはないか?

 この、彼の形容は、どの本にも冒頭に出てくるやつで、だいたい表現は決まっているのだが、そもそも「前屈みの姿勢」とかどこにも書いてないと思うのだが、翻訳に使った版とダウンロードした版が違うという可能性も考慮しなければ。。。。でも、「面長で細い顎」、「木を彫り出したような細い鼻筋」・・・・ギリシャ彫刻ってどこに書いてある?頬骨は低いのではなく「幅が広い」のだし、キルギスステップのロシア人ってなんだ〜〜!(爆)
それはね、グリーンの目はロシアの草原の色を思わせる、と言いたいのでは?そもそも私はキルギスステップってなんぞや?コサックダンスの親戚か?と思って調べようとしただけなんだよ!だいたい足踏みの方のステップはstepで複数形はsteps、文中のsteppes はどう考えても草原(そうげん)の方だよね。いやまて、そうではなくてあくまでも草原のキルギスステップのことを言っているのだろうか? でもそもそもキルギスって単語がどこにもないし、いや翻訳の版が違うのか???? もーわかんない!


ついでに、草原つながりで、今度は翻訳の中の「草原(くさはら?)」がおかしい件。

p.162 “かつてのユダヤ人地区から数丁離れた、テベル川近辺の静かな草原に位置する老舗レストランである。”・・・・草原だ、、、、と?

They settled on Piperno, an old restaurant on a quiet square near the Tiber, a few streets over from the ancient Jewish ghetto.

“ほどなく、司教が草原に足を踏み入れ、そそくさとレストランに歩みよってきた。”

A few minutes later, a priest entered the square and headed toward the restaurant at a determined clip.

良く分からないが、the square が「草原」になってしまったのか? 判らない。ローマのバチカンに程近い古い石の街並みでスクエアと言われたら、普通に石畳で石造りの建物に囲まれた広場を思い浮かべないものだろうか? 
すごく不思議だ。

ちなみに、地図上ではココ(相変わらず自分が偏執狂的だとは思う)→
←の拡大図で、「大神殿」と表記されているのがローマのシナゴーグで、『告解』の中でローマ教皇パウロ七世が演説をしたところ。このあたりが旧ユダヤ人地区(ゲットー)。とりあえず、周囲に草原はなさそうだ。ま、普通に広場か中庭だろう。


p.13 “鬼才マリオ・デルヴェッキオの正体がガブリエル・アロンという名のエスドラエロン出身のユダヤ人であることを・・・・・”

耳慣れない地名が出てきたので調べて見ると、間違いじゃないんだけどね。ここでまた、イズレルの谷(イズレル平野、イズレエル谷、エズレル谷とも)の別読みが。エスドラエロンとはイズレル谷もしくはイズレル平野のギリシャ語読みだそうで。ちなみに原著では  Valley of Jezreel と至って普通に書いてある。なぜ突然ギリシャ語読みしたくなったのかは謎。


p.20  “アリ・シャムロンはガブリエルに死の宣告を下そうとしていた。”

Gabriel knew that Ari Shamron was about to inform him of death. 

素直に読めば、ガブリエルに死の宣告を下すのではなく、ガブリエルに誰かの死を知らせにき来たのではないかと。死ぬのがガブリエルか、それ以外の誰かでは大違いだ。


p.21  “イスラエルのベトサル美術学校” またまたベツァレル美術学校の変読み登場。『告解』で“ベトサルエル”という読みが出てきて首をかしげたのだが、原文はすべて Bezalel  であるのは言うまでもない。


p.32 “同郷人の話すそれと違い、その純然たるドイツ語の響きは神経を逆なでしなかった。”

Unlike many of his countrymen, the mere sound of spoken German did not set him on edge. German was his first language and remained the language of his dreams. 

日本語で変な文章だな、と思うところは大抵訳がおかしい。彼の同国人(ユダヤ人)の多くとは違い、ガブリエルは、単にドイツ語が話される響きだけで不愉快になることはなかった。なぜなら、ドイツ語は彼の母語だから、ということ。(ユダヤ人の多くは、ホロコーストの記憶があるからドイツ語を好きになれない、というバックグラウンドがある。


p.66 “レナーテ・ホフマンの傍らを歩くがっしりとした体つきの人物・・・”
・・・・ガブリエルが体格が良いと形容されることはまずない。どちらかと言えば細身で敏捷なイメージなんだが。さて、本当は何と書いてあるのだろう?そしてこれが、期待を裏切らないんだな。

Kruz was more interested in the dark, compact figure walking at her side, the man who called himself Gideon Argov.

compact figure にがっしりとした体つき、という意味があるのだろうか。


もう一つ、気になった形容がある。
p.67 “その手は炎で黒く焼け焦げ・・・・”  
もし本当に手が黒く焼け焦げていたら、ガブリエルは画家生命を失っていると思うよ。原文は、 his hands blackened by fire, 訳すとしたら、“彼の手は炎で黒く煤け、”くらいの方が妥当ではないだろうか。まあ、火傷くらいはしてただろう、とは思うのだが。。。。


p.73 “コーヒーハウス・セントラルに初めて入ったのは、十三年以上前のことだった。セントラルは、ガブリエルがシャムロンの徒弟としての最終段階に到達したことを証明する舞台となった店である。”
・・・・・13年前なら、例のウイーンの爆弾事件の頃で、ガブリエルは第一線の工作員だったはず。おかしい。

It had been more than thirty years since he had been to Café Central.

ああ、この悲しみを誰かと分かち合いたい。
 thirty 13と訳すとな?
中学一年生の中間テストじゃあるまいし。

それ以外にも、いろいろと引っかかるところはあるんだが、全部原文と照合しているわけでは無い。翻訳小説として読んでいて、明らかに日本語のレベルで文意や文脈がおかしいところだけ、原著を確認している。それでもこんな感じ→なので、押してしるべし。

ああでも、もう少しだけ。ガブリエルが白髪交じりなのは、こめかみだ。もみあげではない!
それと、これは誤訳なのか誤植なのかわからんが、“エリンケ”ではない。そいつはエンリケだ。
 

2021年2月22日月曜日

「誤訳も芸のうち」と翻訳者は言った。山本光伸part2 論創社『イングリッシュ・アサシン』

書 名 「イングリッシュ・アサシン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The English Assassin」2002年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2006年1月 

『報復という名の芸術』でも散々言ったが、翻訳がまずい。翻訳者が大御所であるのはいわずもがな。どうしてこうなった? せめて、編集者がきちんと考証してくれれば、と残念でしょうがない。

p.15 “1万ポンド、バークレー銀行の口座に入っている。” 
A million pounds は1万ポンドではない。 

p.17
“はじめて会った20年前から、ガブリエルはなぜこうまで変わらないのか。〔中略)昔はおとなしく、こどもらしくない少年だった。あの頃でさえ・・・・”

どうも年代が合わないし、前後の訳がちょっとおかしい。20年前だったらガブリエルは30歳過ぎだし、それを「少年だった」といわれましても・・・・・と思って原著を確認したら、以下の文章だった。

How little Gabriel had changed in the twenty-five years since they had first met.

・・・・25年じゃん。ちゃんと訳してくれよ。 ちなみに「少年」のくだりは以下のとおり。

He’d been little more than a boy that day, quiet as a church mouse.

・・・あの頃は、少年のような面影が残っていた。とか、そんな感じの文章?



2021年2月21日日曜日

「誤訳も芸のうち」と翻訳者は言った。山本光伸 論創社『報復という名の芸術』

書 名 「報復という名の芸術―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The Kill Artist」2000年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年8月 

 なんだかさ。大したことではないのだけど(→読んでいるうちに、大問題になった)、翻訳がちょっと実にクソだ。

p.75 
“ピールは約束の場所に歩いて行き、牡蠣養殖場の横に立って・・・・”
【原文】 Peel walked to the point and made a base camp next to the oyster farm,

p.76 
“減速しながらケッチを約束の場所で回転させ、入り江の静寂の中へ進んだ。”
【原文】 He reduced speed as the ketch rounded the point and entered the quiet of the creek.

 「約束の場所」ってなんだよ。そこは、いつもの場所、とかお定まりの位置、とか軽く訳すところではないのかなあ。ユダヤ人問題を扱っているのが判っているのに「約束の地」を連想する訳語を使うセンスが壮絶にいまいちだ。ひとつ目のは、単に見張りの定位置に立っただけだし、ふたつ目のはヨットを入り江の桟橋に付けるために、入り江の所定の位置で船を反転させただけだ。


p.82 
“あの爆発の後シャムロンはベニスに来て、混乱に終止符を打ち・・・・”

いーや、違う。それは Vienna だ。ウィーン。こんなことを確認するために、Kindleで原著をダウンロードしてしまう自分の執念深さがイヤだ。
 でも気になる。見開きで、p.14(右)コーンウォール、p.15(左)コーンウェル。・・・・ここはコーンウォールだろうよ。 p.422(右)ジェズリール谷、P.423 (左)イズレエル谷 同じ地名の訳違いが。どうしてこんなことになるのだろう? 複数の人間が下訳して、しかも仕上がりをチェックしていないのだろうか?


p.134
“ユセフ・アルタウフィーク。パートタイムのパレスチナ国粋主義の詩人。ユニバーシティ・カレッジ・オブ・ロンドンのパートタイムの学生であり、エッジウェア・ロードにあるケバブ・ファクトリーという名のレバノン・レストランのパートタイムのウェイターで、そして、タリクの秘密部隊でフルタイムの活動工作員でもある。”

 【原文】 Yusef al-Tawfiki, part-time Palestinian nationalist poet, part-time student at University College London, part-time waiter at a Lebanese restaurant called the Kebab Factory on the Edgware Road, full-time action agent for Tariq’s secret army.


 直訳ご馳走さま。ありがとう!でも、ここは誤訳を怖れずにがんばったほうが良かったのではないだろうか?
 「あるときはパレスチナの民族主義詩人。あるときはロンドン大学の聴講生。またあるときはケバブ・ファクトリーという名前のレバノン料理店のアルバイト店員。しかしてその実体は、タリクの秘密組織の活動家であった!」と訳せとは言わんが。
 パレスチナ“国粋主義”がどのようなものを指すのかは知らないけど個人的には民族主義と訳すほうが良いような気がするし、“ユニバーシティ・カレッジ・オブ・ロンドン”は茶を噴くレベルだ。パートタイムの学生っていうのも日本語としては不自然だよね?聴講生っていうのは厳密には単位取得ができないので、単位履修生、とか、単科履修生とかが正確かもしれないが、ここでは文の流れ優先をするかなあ?


p.149
“コンピュータがケーブルを通して信号を送る監視装置と一緒に通信をする。それらの信号には周波数があるので、それにぴったり合わせた受信機で捉えられる”

意味が分かったら天才↑ 訳した本人も判っていないだろうな、と思う。

【原文】The computer communicates with the monitor by transmitting signals over the cable. Those signals have frequency and can be captured by a properly tuned receiver.

コンピュータがモニタにケーブルで信号を送るので、その信号を受信することによって画面をキャプチャできると言っている。monitorを監視装置と訳してしまったのが敗因だろうか。


p.156
“タリクはマドリッドのイスラエル大使館員の隠れ蓑を使い、〈オフィス〉の工作員と称していた。その士官はPLO内部の人間数人を・・・・・”  

 これは、完全に誤訳ね。

 【原文】He had identified an Office agent working with diplomatic cover from the Israeli embassy in Madrid. The officer had managed to recruit several spies within the PLO,・・・

タリクが、マドリッドのイスラエル大使館職員として勤務している〈オフィス〉の工作員を発見して、罠にかけるくだり。タリクがイスラエル大使館に勤務しているわけがなかろーが?日本語の文としてもこの後の文章と意味が繋がらない。


【原文her Bianchi racing bike leaned against the wall.  
 
彼女のレース仕様のビアンキを「競輪用」と訳すセンスが堪らない。p.159


p.170
“〈オフィス〉がパリに住むイラク人核兵器科学者を雇い入れて、イラクにいるフランス人供給業者の下で働くように仕向けようとしていた。”

【原文】・・・The Office was trying to recruit an Iraqi nuclear weapons scientist who lived in Paris and worked with Iraq’s French suppliers.

【試訳】 〈オフィス〉は、パリ在住のイラク人核兵器科学者で、イラクへのフランス側の供給事業者と仕事をしていた男の勧誘を試みていた。

and以下のworkedlivedと並列でwhoに掛かると思えなかったのね。ついでにいうと、Iraq’s French suppliersをイラクに「いる」と訳すのもかえって難易度が高いんじゃないだろうか。


p.217
“タクシーが彼の住む、丸太を組んで造ったアパートメントの前に到着した。魅力のかけらもないところだった。戦前に流行った、正面がフラットないかにも没個性的な建物だ。彼女がタクシーを降りるのに手を貸し・・・・”

【原文】The taxi arrived in front of his building. It was a charmless place, a flat-fronted postwar block house with an air of institutional decay. He helped her out of the taxi, paid off the driver, led her up a short flight of steps to the front entrance.

 ええと、どこに「丸太を組んで造った」という文があるのだろう。まさか、翻訳したときの版にはあって、そのあと原著の方が改稿された、という可能性もあるのか?(と、誠心誠意考えてみる。)とはいえ、ヴィクトリア王朝様式やジョージ王朝様式のファサードの建物が並ぶ目抜き通りにいくらなんでも丸太作りの外観の建物はねえべよ。 それと、“戦前”ではなく、戦後だ。


p.326 “米国首相” 【原文】U.S. PRESIDENT

 各国首脳の呼称を知らないような人間がなぜ、エスピオナージを翻訳しているのだろう?大統領制を敷いているアメリカに「首相」はいない。これを合衆国大統領と訳せないなら翻訳なぞ止めたほうがよい。ちなみに銃器をきちんと訳せない人間はAA(アクション&アドベンチャー)を翻訳すべきではない。以下

p.344
“彼はガブリエルにステンレス製の戦闘用ケースを手渡した。中に入っていたのは22口径ベレッタの射撃用ピストルだった。”

【原文】He handed Gabriel a stainless steel combat case. Inside was a .22 Beretta target pistol.

 誤訳ではないかもしれない。だがしかし。「射撃用ピストル」という文を読んで思わず膝から力が抜けた。射撃用でないピストルがあるのか?旗でも出るのか?と。しかもここは、ガブリエルが8年ぶりか9年ぶりに、暗殺用の銃器を手渡される、ファンであればドキっとするシーンだ。ここは精密射撃用とするか、競技用とするか、単にベレッタ22口径とするか。ただし、「射撃用ピストル」ではない。


p.333
“室内に入ると、黒い目をしたレヴの受付士官ふたりが・・・・”

【原文】As he entered the room a pair of Lev’s black-eyed desk officers stared at him contemptuously over their computer terminals.

 “desk officers” を士官と訳すべきだろうか?誤訳というのは言い過ぎかもしれないが、適切な訳だろうか。〈オフィス〉は軍組織ではない。どちらかというと役所に近いだろう。事務員とか、受付職員とかのほうが適切ではないか


 最後に、軽く違和感を感じた箇所を。

p.421
“死ぬまでいろいろな物だの人だのを修理し続けて、自分だけはそのままでいるつもりか。キミは絵画やおんぼろヨットを修復した。〈オフィス〉もだ。・・・(中略)・・・人生を楽しめ。ある朝、目が覚めて、自分がおいぼれになっちまっていることに気づく前に。わたしのようにな」
「監視人たちはどうなるのですか?」
「きみのためにつけているのだ」

【原文】“You’ve spent the last years of your life fixing everything and everyone but yourself. You restore paintings and old sailboats. You restored the Office. You restored Jacqueline and Julian Isherwood. You even managed to restore Tariq in a strange way—you made certain we buried him in the Upper Galilee. But now it’s time to restore yourself. Get out of that flat. Live life, before you wake up one day and discover you’re an old man. Like me.”
“What about your watchers?”
“I put them there for your own good.”

 自分を恢復させて人生を楽しめというシャムロン(全部、ガブリエルのためを思ってやっていることだ。と主張している。)に対して、ガブリエルが、自分の為だというのなら、監視の目的はなんなのか、と問いただすシーン。なので「監視人たちはどうなるのですか」、ではなく「監視人たちはどうなのですか?」(あれも自分(ガブリエル)の為だというのか?の含意)、と訳した方がよいだろう。たった一文字「る」が入るか入らないかで、会話全体の意図と明瞭さに違いがでる。かくも翻訳とは微妙な仕事だ。


 本当は、もっともっとあるのだろうが、翻訳を読んで曲がりなりにも不自然でない場合は、あえてチェックはしていない。
 日本語を読む、あれ、文章の繋がりとか、意味とかおかしくない?→念のため原文も見ておこう。→誤訳じゃね? という流れで確認しているだけだ。

 敢えて書いておけば、私は翻訳の正確性を求めている訳ではない。読者として、物語にきちんと入り込みたいだけだ。ストーリーの前後関係とか、文化的素地とか、歴史とか、地理とか、そういったものに違和感を感じさせるような翻訳をしてもらいたくないだけだ。私は英語は全然得意ではないので、原著で読みたいとは思っていない。文芸作品として確立された翻訳作品を読みたい。そのためには、やはり「翻訳家」というプロフェッショナルの仕事が必要なのだ。

 そんなわけで、プロフェッショナルの仕事には、心からの賛辞を送りつつ、我ながら本当に心が狭くて申し訳なくも嘆かわしいが、この本は残念ながら、翻訳が正しいのかどうかが気になってストーリーに没入できない。

2021年2月15日月曜日

0258 報復という名の芸術―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ

書 名 「報復という名の芸術―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The Kill Artist」2000年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年8月 
初 読 2021年2月17日 
単行本 438ページ 
ISBN-10  4846005550 
ISBN-13  978-4846005559
翻訳の問題に関しては別のトピックにまとめたので、ここは純粋に、ストーリーについて。

 ガブリエル・アロンシリーズの栄えある一作目。
 冒頭は1991年1月。小雪のちらつくウイーンの街角から。ガブリエルの人生にいくつかの転機があるとすれば、それは1972年9月、そして1991年1月だろう。この日からおよそ8年、彼はひたすら自分を責め、イギリスに隠棲して他者との関係を閉ざしてきた。

 ガブリエルから妻のリーアと2歳の息子ダニエルを奪ったのは、1972年にガブリエルが射殺したブラックセプテンバーのメンバー、マハムンド・アルホウラニの弟であるタリク・アルホウラニの復讐だった。ガブリエルは妻子が受けた被害を、マハムンドに敢えて残酷な殺し方をした自分に対する罰と受け止めていた。
 自分を責めつつも、アウシュビッツ生還者である父からの教え

「時として人は早過ぎる死を迎える。密やかにその死を悼め。アラブ人のように悲しみをあらわにしてはいけない。そして弔いを終えたら、立ち上がり自分の人生を歩み続けろ。」

を実践しようと努めたが、立ち上がって自分の人生を歩むことは彼にとってとても困難なことだった。

 古い、傷んだ絵画を修復し、リーアを見舞い、自分で修理した木製ケッチ(二本マストの小型—中型ヨット)で海に出る、そんな静かな生活を送っていたガブリエルの人生に、かつての上官であるアリ・シャムロンが新たな『復讐』を手に踏み込んでくる。
 始めは拒絶したガブリエルが結局はシャムロンの依頼を受けたのは、立ち上がるきっかけを求めていたからだし、シャムロンの方にも、そういう救いのロープをガブリエルに投げているつもりだったのは間違いない。しかし、シャムロンの胸中には狡猾な計略が。

 1988年4月の、チュニスにおけるPLO幹部殺害計画で彼を補佐した女性補助工作員ジャクリーヌも再び巻き込み、タリクを追う作戦が始まる。タリクは活動を活発化させてイスラエルを標的とした暗殺を繰り広げつつあった。
 一方で、ジャクリーヌが関わったテロリストのユセフが語る、パレスチナ難民側からみたイスラエルの非道も、目を背けるわけにはいかない。復讐の根は深すぎて、暗澹とした気分になる。

 パレスチナ問題、中東史、アラファト、サダト、イスラエルのベン・グリオンやラビンの伝記などの本を積み上げ、ゲバラのポスターを張り、パレスチナ国旗を壁に飾るユセフが語る人生も壮絶だし、知っておくべき歴史的事件がちりばめられている。

 タリクは、イスラエルとの和平路線に舵を切っていたアラファトを、国連会議が行われる米国のレセプションの場で暗殺しようとする。タリクを追ったガブリエルは土壇場でタリクから返り討ちにあう。タリクの銃弾を、自分の番として、当然のもののように胸に受けて倒れるガブリエル。なんとなく、彼が無意識に死を求めていたような印象も受けなくもない。

 そして。なんとなくもやる展開だったのが晴れるラスト数ページは、鮮やか。
しかし、鮮やかではあるが、ガブリエルよりももう一人の方が憐れだと思うのは私だけだろうか。シャムロンに人生を操作され、破壊された人間がここにまたひとり。ガブリエルはそれでもシャムロンを屈折しながらも愛しているが、それはガブリエルの特質であって、だれもがそうなるわけでもなく。スローンを利用した挙げ句殺すのはどうかと思うし、ユスフがなぜ、命令に従っているのかも謎。そういう意味でははやりもやもやが残るラストではあった。


 さて、この本。ウィーンでの事件や、その伏線となった、チェニスでのガブリエルの行動。父との関係など、これからシリーズに繋がる情報も詰め込まれている一冊で、シリーズ必読の書であるのは間違いないながら、あんな翻訳ならいっそのこと絶版していて欲しい、古本市場にも出てこないほうがマシ、な一冊でもあったのだった。

2021年2月13日土曜日

これから読みたい、いつかは読みたい作家さん達メモ

◇アン・グリーブス・・・シェトランド諸島の小さい島(村)で起こる事件
◇カリン・スローター・・・なんだか痛々しそうなタイトルが並んでいて、ちょっとまだ手が出せないでいる。
◇キャロル・オコンネル・・・
◇レネ・ノイハウス
◇シー・ジェイ・ボックス
◇刑事マルティン・ベックシリーズ


 女性作家が多いな。他にも、なんとなく手がでない作家さんが居たはず。なんとなく敬遠しがちな女性作家さん。最近、デボラ・クロンビーの警視シリーズに手を出せたのは、自分としては結構意外だった。なにか、先入観があるんだな、きっと。同性の苦手意識とか。ベタベタしてたり、ドロドロしてたりしたらいやだな、みたいな?
 母娘関係のドロドロ、とか子供の虐待、とかも苦手。
 そういうのは現実社会にお任せして、小説を読んでいる時は、ドーパミンとかどばーっと出して、きっぱり楽しみたいほう。気に入った主人公には、文字通り、胸が痛むほど思いいれるので、(ほんとうに胸とかお腹とかがきゅーっとなる(^^;))、むしろ無責任に楽しむためにはリアリティは若干少なめのほうが良い、というワガママな要求もあり。そんな事情もあって、日常に近すぎる日本の小説よりは、海外の翻訳小説の方が性に合っているのだな、きっと。

タイトルの「いつかは読みたい」から、「なぜ苦手なのか」に内容がズレてる。(笑)
あと、アガサ・クリスティもいつかは!

他に読む本がなくなったあかつきには、あの膨大な著作に挑もうと思ってる。

2021年2月11日木曜日

0257 夜と霧(新版)

書 名 「夜と霧」(新版) 
原 題 「EIN PSYCHOLOGE ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER 」1977年 
著 者 ヴィクトール・E・フランクル 
翻訳者 池田 香代子
出 版 みすず書房 新版2002年11月 
初 読  2021年2月8日
単行本 184ページ
ISBN-10  4622039702 
ISBN-13  978-4622039709

 あまりに静かで穏やかな文体に、これが史上類を見ない民族虐殺の場で起こったことを語っているということを、うっかりすると忘れてしまいそうだ、と思った。写真や別の記録などを手元に置いて、両方を見ながら読んだ方が良い。


 家畜よりも残忍な扱いを受け、人間性と尊厳を極限までこそぎ取られてなお、大自然の雄大さや夕日の美しさに感嘆する精神がある。ユーモア、ほんの少しの笑いが魂を生き延びさせることを知っている人が側にいて、救われたひとがいることだろう。
 著者が冒頭で語っているとおり、ホロコーストの残虐さ、「壮大な地獄絵図」は描かれない。なぜならそれらを語った証言や証拠はこれまでにいくたびとなく提示されている。この本で著者が描き出そうとしたのは、“一人ひとりの小さな、しかしおびただしい苦しみ”、それが人の精神をどのように切り刻んでいったのか、それでもなお残る人間性はどのようなものだったのか。個々人の力では抗いようのない残酷な命の瀬戸際に立たされた時に見いだされた人間の精神の崇高さを語り出していく。
 これまで知らなかったこともあった。
 かまど(死体焼却炉)のない小規模な収容所に送られることが、幸運であったこと。
 被収容者があちこちの収容所をたらい回しにされていたこと。
 ユダヤ人を根絶することが目的であった収容所でも、「病気療養棟」があり、チブスなどの患者が隔離収容されていた。無きに等しいとしても、微々たる薬の配給があり、囚人の中から医師が配置され、収容所としての体裁を整えるために組織的・計画的に収容所が運営されていた。そして、そこに隔離されることは、夜間や氷点下での土木作業に出なくてもよいことであり、「幸せ」なことであったこと・・・・・(後半の記載から、この薬は、この収容所の所長であったSS将校のポケットマネーで賄われていたものかもしれない。この所長は、公正な人間であったとして、収容所開放後、被収容者が、連合軍側に対して彼の身の安全の保証するのでなければ引き渡さない、としてかばった。そして、本文では書かれていないが、このかばった張本人はおそらくフランクル自身であろう、と後書きより)

§いい人は帰ってこなかった・・・・
「収容所暮らしが何年も続き、あちこちたらい回しにされたあげく一ダースもの収容所で過ごしてきた被収容者はおおむね、生存競争の中で良心を失い、暴力も仲間から物を盗む事も平気になってしまっていた。そういう者だけが命をつなぐことができたのだ。何千もの幸運な偶然によって、あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、とにかく生きて返ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と。」 

§生きる続ける為に、死と苦しみに与えられた意味—問いと意味の反転—
 生きつづけることが出来なければ、この苦しみには意味がない、という思いは、やがて、自分に与えられたこの苦しみを受け止めることがすなわち、生きつづける意味につながる、と反転した。生の意味は、死やそこに至る苦しみまでも内包するものになる。

「わたしたちにとって生きる意味とは、死もまた含む全体としての生きることの意味であって、「生きること」の意味だけに限定されない、苦しむことと死ぬことの意味にも裏付けされた、総体的な生きることの意味だった。」p.131 

§深まる思索
 「生きること」が自分になにかを「期待している」。自分が未来に何かを期待するのではなく、未来が、自分に果たすべきなにかを求めている。自分からは生きることに何かを期待することはもはや出来なくなってしまっても、逆説的に「何かが」自分を待っている。「生きること」が自分に何かを「期待している」と思うこと、思わせることは可能だった。
 そして、そのような形で未来に存在する何か、を明瞭に思い浮かべる事ができた人々は、生き抜く事ができた。

「生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。・・・・ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を満たす義務を引き受けることにほかならない。」p.130 

 「ひとりひとりの人間にそなわっているかけがえのなさは、意識されたとたん、人間が生きるということ、生きつづけるということにたいして担っている責任の重さを、そっくりと、まざまざと気付かせる。自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。」p.134 

§善悪の境界線は集団の間には引けない
 監視する側、被収容者の側というだけでは、一人の人間についてなにも語ったことにはならない。善悪の境はひとりひとりの人間の中にあり、人間に対して人間らしく振る舞うということは、つねにその人個人のなせるわざ、モラルだった。卑小で残酷で嗜虐的な人間はいずれの側にもいて、そういう人間を(被収容者の中から)選別し、監視者に仕立てることで、収容所のヒエラルキーは成立していた。一方で、公正で人間らしい人物も、たしかにSSの中にすらいた。

「この世にはふたつの人間の種族がいる。いや、ふたつの種族しかいない。まともな人間とまともでない人間と、ということを。このふたつの「種族」はどこにでもいる。」p.145   

§解放されたものの心理
 解放されたからといって、苦痛の全てがおわり、幸福が訪れたわけではない。解放された被収容者には、心理学的にいっても困難な状態が続いたし、自分たちが体験した苦痛に対する、周囲の反応のギャップに苦しんだ。また、自分達の苦痛や苦悩を、他者に転嫁することで満たされようとする心理に陥る者も多くいた。いつか再会することを、微笑んで迎えてくれることを夢に描いていた愛するものや、大切なものごとが全て失われていた。 



 こうした思索すら、最初の「選別」を経て、10人の内のひとりになったからこそ可能だったことを、後年彼の体験を追想しようとしている者は忘れてはならない。
 1100万人のヨーロッパ・ユダヤ人のうち600万人が極めて組織的に、殺害された。
 かれらを個人の倫理観で小さな単位の中で守ろうとした人々は沢山いたが、組織的に対抗しようとした人々、もしくは集団は少なかった。
 家畜用貨車に詰め込まれて何日も掛けてアウシュビッツやそのほかの絶滅収容所に送られた人々のうち、一番弱い人々は、貨車の中で絶命した。そして、貨車から降ろされたときに、選別され、労働力と見なされなかった病人、老人、幼い子どもなどの弱者は、そのままガス室に送られて殺害され、焼却された。または、銃殺され、穴に落とされれ埋められた。
 焼却炉の骨は同胞の囚人の手で砕かれて近くの川に捨てられた。
 収容所に送られた者のうち生き延びたものは数パーセントだった。この本は、そのごく少ないうちの一人によって、思索され、記述されたものである。この本を読む私達は、彼の体験と思索を追体験するとともに、彼にはなれなかった大多数の人にも思いをはせなければならない、と思うと同時に、他人事ではなく、我が身や、自分が所属する集団や民族でもおこりうる、そして被害を受ける側ではなく迫害者となりうることを真剣に考えなければならないと思う。

2021年2月2日火曜日

0255 告解―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ(論創ミステリー)

書 名 「告解―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The Confessor」2003年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2006年1月 
初 読 2021年2月5日 
単行本 393ページ 
ISBN-10  4846005593 
ISBN-13  978-4846005597

 この本の冒頭、ヴァチカンではヨハネ・パウロ二世が崩御し、新教皇パウロ七世が誕生する。
 ちなみに、現実世界のヨハネ・パウロ二世の在位は1978年10月16日から2005年4月2日なので、ダニエル・シルヴァがこの本を執筆していた2003年には存命していた。しかし最晩年で健康不安が取りざたされている状況で、そんな中で教皇が死んだって話を書いてしまうことに、私がドキドキしてどうするんだ! 挑戦的(挑発的?)な姿勢ではあるが、まあ、話の内容はもっと挑戦的なのであまり細かいところに拘ってもしょうがない。
 ローマ法王庁やローマ教皇を巡るあれこれについては、読めば読むほどどつぼにハマりそうなので、あまり踏み込まないように自重する。本作パウロ七世は短命だったヨハネ・パウロ一世からの着想だろうか? 本名アルビーノ・ルチャーニ。ベネツィア総大司教から65歳という教皇としては比較的若い年齢でその地位に昇り、意欲的に法王庁の改革に着手したものの、教皇在位33日で心筋梗塞により急逝。死亡後のヴァチカンの不自然な対応や、マネーロンダリングが取りざたされていたヴァチカン銀行などヴァチカンの暗部の改革にも取り組んでいたため暗殺説が唱えられている。
 ちなみにローマ・カトリックとナチスとの関係については、先日読んだ須賀しのぶ氏『神の棘』のテーマにもなっていたので、初見ではないもののまだまだ勉強不足である。

ヴァンゼー会議(1942年1月20日にベルリンのヴァンゼー湖畔にある邸宅で開催された会議) 

15名のヒトラー政権の高官が会同して、ヨーロッパ・ユダヤ人の移送と殺害について分担と連携を討議した悪名高い会議である。

 

 1942年1月のヴァンゼー会議において、ヨーロッパ・ユダヤ人の「最終的解決」について協議された。その方針が各方面に徹底されたことは、詳細な議事録や参加者の書簡などから明らかにされている事実である。
 この本は、その後、ドイツ=イタリア国境にほど近い美しい湖畔の女子修道院において、ローマ・カトリック(法王庁)とナチス側が、その「最終的解決」の実施について協力を確認する秘密の会議が持たれた、という(架空の)出来事が発端となる。 

 と、いうわけで話を本作の世界に戻すと、ヴァチカンではヴェネツィア総大司教であったピエトロ・ルチェッシが教皇に選出され、パウロ七世が誕生している。
 ドイツ、ミュンヘンでは、一人のユダヤ人の大学教授が自宅で執筆中の原稿を奪われて殺害された。名前はベンジャミン・スターン、彼はかつての『神の怒り作戦』のメンバーで、ガブリエル・アロンの盟友であり、現在はミュンヘンにある大学の客員教授としてユダヤ人問題の研究に取り組んでいた。(※『報復という名の芸術』に登場した大富豪のベンジャミン・ストーンとは別人。このあたり、シリーズ初期で、設定がまだ固まっていなかったのか、名前をつかい回したのか。)
 “息子達”の一人が謀殺されたとあって、シャムロンはガブリエルに調査を命じる。一見極右ネオナチの犯行に見えるように偽装されてはいるが、犯行の動機は単なるユダヤ人憎悪ではなく、ヴァチカンの深部にあった。
 調査を始めたガブリエルの周辺で、関係者が次々に暗殺されていく。そこには、ヴァチカンの権威と権益を守ることを至上とした秘密組織の影が。
 〈組織〉が繰り出した殺し屋の鼻先をかすめて情報を集めるものの、ガブリエルはいつの間にか教皇暗殺犯として手配され、警察に追われることとなる。 時を同じくして、新教皇は、ローマ・カソリック教会が犯した、ナチスに協力しユダヤ人虐殺に手を貸した罪を認め、ユダヤ人との和解の一歩を踏み出すことを決めていた。 教会の権威を守るためなら教皇の暗殺も辞さない組織に対抗し、ガブリエルは教皇を守ろうとするが。


作中でガブリエルが修復に取り組んでいる
ベネツィアのサン・ザッカリア教会の祭壇画
この陰影と遠近感がすごい。彫刻を観ているよう。
 ガブリエルはシャムロンと顔を合わせればかならず父親に反発する反抗期の息子のような様相になるが、これでも51歳のいい大人である。ちなみに、以下は〈神の怒り作戦〉の部隊がシャムロンによって組織された頃のガブリエルの描写。

「どういうわけかシャムロンは、ガブリエルの不幸な徴兵時代のファイルに出くわしたのだ。アウシュビッツの生き残りの子どもであるガブリエルは、上官から傲慢で自己本位だと見なされ、鬱々とした気分になりがちだった。しかし、それと同時に高い知性を持ち、司令官の指示を待たずして自主的な行動を取ることができた。マルチリンガルでもあった。その特徴は前線の歩兵部隊ではほとんど役にたたないものの、アリ・シャムロンはおおいに必要としていた。」


「それからの一年半、シャムロンの部隊は〈ブラック・セプテンバー〉のメンバーを十人以上殺した。ガブリエルだけで六人。任務が終わったとき、ベンジャミンは研究者として復帰した。ガブリエルもベトサルエルへ戻り、絵の勉強を続けようとしたのだが、絵の才能は殺された男たちの亡霊によって台無しにされていた。そのため、リーアをイスラエルに残し、ウンベルト・コンティに修復技術を学ぶためにヴェネチアへ向かった。そして、修復の仕事に心の安らぎを見いだした。」  


 ところで、この“ベトサルエル”、『イングリッシュアサシン』では“ベッサエル” 訳者の違う最近のハーパーブックスでは“ベザレル”となっているが、「ベツァルエル美術デザイン学院」(イスラエルの国立美術大学)である。外国語をカタカナ表記する以上、ブレがあるのは仕方ないが、同じ訳者で訳がぶれるのはいかがかと思う。『報復という名の芸術』ほどでないにしても、『イングリッシュ・アサシン』でもヘンな訳があったが、チェックはきちんとしてほしい。

 さて、この巻でキアラが補助工作員(カッツァ)として登場。バイク、車、ヨットの操縦、銃の扱い、負傷の手当、すべてに優れた有能な工作員で、ガブリエルの片腕となる。シャムロンは、作戦のたびにガブリエルの周りに女性を配して(?)ガブリエルの喪失を補い、孤独を埋めようとしてるのだろうか? 
 この後、キアラはやがては恋人となり、彼の子を妊娠し流産もするし、死の危険もくぐったりもするようだが、残念ながら翻訳されていない。 ハーパーで現在原著からほぼ1年遅れで出版している最新作ではガブリエルも結構な年になっているし、ダニエル・シルヴァは新しいシリーズを執筆始めているらしいので、現在刊行されている『過去からの密使』の次の巻でひょっとしてシリーズ終了とか?まさか?
 なので、ぜひ。未訳のシリーズ中盤が日本で出版されることを願っている。 

【著者あとがきより引用 P.386】
 ローマ教皇ピウス12世は1939年から、1958年に死去するまで在位した。ヨーロッパにおけるユダヤ人全滅の危機に際し、連合国が何度も要請したにもかかわらず教皇が公的に沈黙を守ったことに関して、ホロコースト研究家のスーザン・ズッコッティの言葉を借りると、『論じられる事は稀であり、論じる事は不適切』な状況が醸成されている。そして、第三帝国の崩壊後、協会関係者によってアドルフ・アイヒマンとナチの著名な殺人者たちに保護と援助がなされたのである。
 
教皇ピウス12世の実像は、ヴァチカン秘密文書保管所に隠されていた文書によって、より正確なものになるだろう。しかし、戦争終結から半世紀以上が過ぎても、教皇庁は真実を探求する歴史家たちに記録の宝庫を解放することを拒絶し、文章保管庫にある11巻の公式記録文書、すなわち1965年から1981年の間に出版された戦時中の外交通信記録を閲覧可能にしていると主張している。第二次世界大戦における教皇庁の活動と文書』というその記録は、大戦に関する詳細な歴史的記述の多くに役立ってきた。しかしそれは、ヴァチカンが世界に見せたがっている文書に過ぎないのだ。
 秘密文書保管所には、その他にどんな忌まわしいものが潜んでいるのか? 1999年10月、追い詰められた教皇の周りに渦巻く議論を沈めるため、ヴァチカンは6人の独立した歴史研究者からなる調査委員会を作り、戦時中のピウス12世と教皇庁の行為を再検討させた。 (中略) 調査委員会は47の質問事項をバチカンに提示し、同時に秘密文書保管所の証拠書類開示を要求した。日記、忘備録、スケジュール帳、会議の議事録、草稿などの記録、戦時中のヴァチカン幹部の個人的な文書を。なんの回答もないまま、10ヵ月が過ぎた。ヴァチカンに文章を公開する意思のないことがはっきりした時、調査委員会は任務を完了しないまま解散した。 (中略) ガーディアン紙に引用された筋によれば、秘密文書保管所に出入りすることは『ヴァチカン国務省長官アンジェロ・ソダーノ枢機卿が率いる秘密結社によって阻止されている』のである。ソダーノ枢機卿は、文書保管所の公開に反対している。非常に危険な先例を作り、他の歴史研究、例えば教皇庁と、血塗られたラテン・アメリカの軍事政権の関係のような研究に対し、ヴァチカンをさらしものにしかねないと言うのがその理由だ。 
 教会内部には、教会のユダヤ人迫害の罪を積極的に認めるとともに、戦時中の行動についてより正確な報告書をヴァチカンに提出させようとする人たちも確実に存在する。そのひとりであるミルウォーキーのランバート・ウィークランド大司教は、「我々カトリック教徒は、数百年にわたり、ユダヤ人の兄弟姉妹に対して神の法に逆らった流儀で行動してきた」と言っている。また、1999年11月ウィスコンシン州フォックス・ポイントのユダヤ人会においてこう述べた。「そういった行動が肉体的かつ精神的に、何世代にもわたってユダヤ人コミュニティーを傷つけてきた」と。 
 そして、大司教は注目すべき発言をしている。「我々カトリック信者は、ユダヤ人は信用できず、偽善的で神を殺す者だといった教義を説き、ユダヤ人の兄弟姉妹の人間としての尊厳をおとしめ、神のご意志に沿った行動であるかのようにユダヤ人に復讐する状況を作り出した。そうそうしたことで、われわれカトリック信者は、ホロコーストを可能ならしめた状況に力を貸したと言わざるを得ないのである」

・・・・長くなったし、ほぼ丸々全文を引用するのも芸がないとは思ったが、ほとんど、どこも端折れなかった。ユダヤ人迫害は遠いヨーロッパ社会の出来事のように感じるかもしれないが、きちんと我が身と我が足元を確認し、検証しなければならない。集団の狂気は、決して人ごとではない。 

2020年3月のニュース →『ヴァチカン、第2次世界大戦中の教皇の関連文書を公開 ホロコースト黙認か』 

 

2021年2月1日月曜日

2021年1月の読書メーター

1月の読書メーター
読んだ本の数:13
読んだページ数:4959
ナイス数:1457

 2021年1月が終わりましたね。年間100冊を目指して幸先のよいスタート。実質11冊でした。1月のトピックスはなんといってもガブリエル・アロンとの出会いと、コール&パイクの新刊発売!パイクを読みたいけれど、図書館本を返却せねばならないので、とりあえず『告解』を先に読んでいます。2月はパイクからスタートだ! 今月もおつきあいいただいて有難うございました。 
★先月に読んだ本一覧はこちら

死線のサハラ 下 (ハーパーBOOKS)死線のサハラ 下 (ハーパーBOOKS)感想
サラディンをおびき出す作戦が始動。テロの収入源である麻薬取引を欧州側で仕切る男、マルテルを攻略してサラディンに繋がる細い道をこじ開ける。米国からの横やりを排除しつつ、各国諜報機関と協働し、作戦を遂行。このあたりのガブリエルの政治力も見物。米国の軍事衛星や偵察攻撃ドローンも駆使してサラディンを追いつめる。しかし、サラディンは欧米のどこかに潜伏しているテロリストに攻撃を命じた後だった。ガブリエルが、中東情勢を大局的に見据えて自国の生存戦略を練っている様子がこれまでより一回り大い存在感を放つ。
読了日:01月30日 著者:ダニエル シルヴァ
死線のサハラ 上 (ハーパーBOOKS)死線のサハラ 上 (ハーパーBOOKS)感想
ガブリエル長官就任から2ヶ月。時は2016年2月。米国では親イスラエルの新政権が誕生しているが、歓迎すべきかどうか? アラブの反動の中にイスラエル一国が取り残されてしまう危険もある。不安定な情勢下の激務で毎日深夜になる彼を、妻のキアラがアメリカのスパイ小説を読みながら待っている。小説に登場するのは“良心のある殺し屋”。それって・・・・笑。 ヨーロッパでサラディンによる爆弾テロが再発、ガブリエルがまた巻き込まれる。今度はアルファチームの本拠地である。肋骨を折り、腰椎にヒビが入る重傷。本当に怪我が多い。
読了日:01月28日 著者:ダニエル シルヴァ
ブラック・ウィドウ 下 (ハーパーBOOKS)ブラック・ウィドウ 下 (ハーパーBOOKS)感想
《海外作品読書会》 下巻に入って突如動き出す作戦。工作員をISISに潜入させたことを米国側にも通告し協力を要請する。フランス、ヨルダン、イギリス、米国との協力のもと、サラディンのテロ計画のあぶり出しにかかるガブリエル。しかし敵が上手だった。ガブリエル達が作戦本部とした「国家テロ対策センタ−」が、まさに最初の爆弾テロの標的になる。大混乱に陥る対策チーム。テロの波状攻撃で組織と命令系統は錯綜し、米国側はナタリーの救出もままならず、ついにはガブリエルが腹心の部下を連れて路上に立つことに。
読了日:01月24日 著者:ダニエル シルヴァ
ブラック・ウィドウ 上 (ハーパーBOOKS)ブラック・ウィドウ 上 (ハーパーBOOKS)感想
パリでユダヤ人を標的にした大規模な爆弾テロが発生する。仕掛けたのはISIS。やがてサラディンと名乗るテロ指導者の存在が浮上する。ヨーロッパ育ちでイスラム過激思想に傾倒した女性がテロ実行犯として使われているのに着目したガブリエルは、女性医師のナタリーを潜入工作員として育て、ISISに送り込むことを計画する。フランス情報局、MI6との協力のもと、静かに水面下でISISのヨーロッパ方面のネットワークに侵入する作戦が進行していく。上巻は、ガブリエルの束の間の育児休暇から、スパイの育成、ISISに遂に接触するまで。
読了日:01月22日 著者:ダニエル シルヴァ
イングリッシュ・アサシン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズイングリッシュ・アサシン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ感想
爆弾テロ多過ぎだ。いったいガブリエルはシリーズを通して何回爆弾テロに合うのだろうか?今回は両腕に怪我。特に右手は腱の状態が良くないからきちんと手術をしないと動きが悪くなるだろうとまで医者に言われ、しかもその後で散々ボコられてぼろぼろ。これまでコート・ジェントリーのことを負傷の多い奴だと思っていたけど、ガブリエルはコートのはるか上を行く。さて、ナチス3部作である。ナチスとどのような関わりを持ったかというのはヨーロッパ各国の記憶の深部に横たわる十字架だ。スイスに秘匿されたナチスの隠し財産を巡る戦いである。
読了日:01月18日 著者:ダニエル シルヴァ
英国のスパイ (ハーパーBOOKS)英国のスパイ (ハーパーBOOKS)感想
英国元皇太子妃暗殺とイランの核開発とIRA爆弾テロリストの追跡とロシアのSVRによるガブリエル暗殺計画をからめ、そこに「英国人」ケラーの人生の仕切り直しを盛る、という大盤振る舞い。爆弾テロ犯クイン監視下のリスボンから英国へ追跡しているつもりが逆におびき寄せられていたのだと気づいたのはガブリエルが爆弾に吹き飛ばされた後。ガブリエルが「死んだ」後、怒濤の逆転劇が始まる。クインの背後にロシアがいることが分かり、クインがウイーンの爆弾の設計に関わっていたことが知れ、作戦はいよいよ個人的な復讐の色を帯びてくる。
読了日:01月16日 著者:ダニエル シルヴァ
亡者のゲーム (ハーパーBOOKS)亡者のゲーム (ハーパーBOOKS)感想
論創社『美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ』の続刊。所属する人間からは単に《オフィス》と呼ばれているイスラエルの諜報機関。主人公ガブリエルは美術修復師を表向きの職業としているドイツ系ユダヤ人で、かつて「黒い九月事件」の報復として実行された「神の怒り作戦」の実行者として各地に血の雨を降らせた暗殺者。今はヴェネツィアで本職?の美術修復をしながら妊娠中の妻と束の間の穏やかな生活を送っている。そこに舞い込むある実業家の謀殺事件。背後に大規模な名画盗難事件が隠れていることが判明し、名画奪還作戦を指揮していたはずが
読了日:01月13日 著者:ダニエル シルヴァ
祖国なき男 (創元推理文庫)祖国なき男 (創元推理文庫)感想
『追われる男』の続編。再度ヒトラーの暗殺を目論んで偽造パスポートでニカラグア国籍のナチ信奉者になりすまし、ベルリンに潜入した“わたし”。3年後、英独開戦をうけ、故国に戻って正々堂々と闘おうと志すものの、ドイツのスパイと疑われ英国への入国は叶わず、ドイツに送還されてしまう。そこが起点となり、今回は名前や血筋なども明かされ、東ヨーロッパからギリシャ、トルコ、アフリカまでを駆け抜ける動的な話。それにしてもこのエネルギーに閉口する(苦笑)。読み疲れて後段は流し読みになった。そのうちきちんと読み直そうと思う。
読了日:01月10日 著者:ジェフリー・ハウスホールド
追われる男 (創元推理文庫)追われる男 (創元推理文庫)感想
ポーランドで一人ハンティングをしていた“わたし”は国境を越え”隣国”に潜入する。そこでライフルのスコープに捕らえたのは“ポーランド隣国”の要人。しかし引き鉄を引くに至らず、要人暗殺未遂犯として警備の秘密警察に捕らえられ凄惨な拷問を加えられる。殺害されるところをからくも生き延び、イギリスの貨物船に密航して帰国。しかし、某国の捜索の手は故国にまで伸びてきていた。出版は1939年、主人公も某国要人も某国の名前も明かされないが、「ポーランド隣国」がドイツであり、要人がヒトラーであろうことは読んでいるとわかる。
読了日:01月08日 著者:ジェフリー ハウスホールド
片目の追跡者 (論創海外ミステリ)片目の追跡者 (論創海外ミステリ)感想
単行本だけど薄めだし内容も軽めのソフトハードボイルド? 1960年代の作品で主人公は32歳。朝鮮戦争に従軍し左目を負傷。失明したわけではないが怪我した目を労わるために強い光線を避け、眼帯やサングラスを着用するハンサムな私立探偵が主人公です。退役後ニューヨーク市警に勤務ののち戦友とともに共同経営の探偵事務所を開業している。さて、その親友がある日消息を絶ち、行方を捜し始めるところからストーリーが始まる。調査中の横領事件と一件の家出が絡んで、小粒ながら探偵物のミステリーの体裁であるが、殴り合いが脈絡がない(笑)
読了日:01月05日 著者:モリス ハーシュマン
小公子 (新潮文庫)小公子 (新潮文庫)感想
『小公女』と違って、この本は小学生の頃から大好きだった(はず)。しかし、川端康成の訳がいまいち性に合わないのか、こちらがだいぶ人間的にスレたのか、どうもこちらも素直に話が入ってこない。折しも丁度読んでいた『カメレオンの影』でジャクソンがセドリックのことを「私に言わせれば、あの少年は退屈な女を母親に持つ、ばかげた格好をした、ただのおべっか使いよ」と一刀両断(笑) 小公子って、見た目が9割っていうか、もし彼が金髪の可愛らしいなりをしていなかったら成立しないよね。あれが赤毛の顔色の悪いソバカスガリガリだったら
読了日:01月03日 著者:バーネット
小公女 (新潮文庫)小公女 (新潮文庫)感想
子どものころ読んで、あまりぱっとした印象のなかったこの物語。いわずと知れた名作だけど、改めて読んだら印象が変わるかしら、と思って小公子とセットで入手した。で、読んでみたのだが。持ち前の気品と想像力で苦境を切り開く、という大変に美しいお話であるはずだが、想像力が行き過ぎていてほとんど妄想の域に達してるし、高貴というにはセーラの言動が鼻につくんだよなあ。やはり私は素直に読めなかったよ。なぜだ〜!
読了日:01月03日 著者:フランシス・ホジソン バーネット
尋問請負人 (ハヤカワ文庫 NV)尋問請負人 (ハヤカワ文庫 NV)感想
2021年初読みがこれかよ!な、拷問、流血満載のブラッディな本、かと思いきや拷問シーンはやや控えめ?もっともこれは読む人の耐性によるので、信用はしない方が良い。ちなみに私は耐性高めだ。焼いて真っ赤っかなキリで突き刺す、とか刃こぼれしたカミソリで切開、とか大したことないじゃーん?て人なら大丈夫だよ。昨日つい観てしまった『ネイビーシールズ』の電動ドリルの方がよほどリアルに痛そうだった。しかしそんなおどろおどろしい「お仕事」小説だというのに、どうしてこれが初々しい、血みどろなのにどこか爽やかさのある読み口。
読了日:01月03日 著者:マーク・アレン・スミス

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