2021年2月15日月曜日

0258 報復という名の芸術―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ

書 名 「報復という名の芸術―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「The Kill Artist」2000年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年8月 
初 読 2021年2月17日 
単行本 438ページ 
ISBN-10  4846005550 
ISBN-13  978-4846005559
翻訳の問題に関しては別のトピックにまとめたので、ここは純粋に、ストーリーについて。

 ガブリエル・アロンシリーズの栄えある一作目。
 冒頭は1991年1月。小雪のちらつくウイーンの街角から。ガブリエルの人生にいくつかの転機があるとすれば、それは1972年9月、そして1991年1月だろう。この日からおよそ8年、彼はひたすら自分を責め、イギリスに隠棲して他者との関係を閉ざしてきた。

 ガブリエルから妻のリーアと2歳の息子ダニエルを奪ったのは、1972年にガブリエルが射殺したブラックセプテンバーのメンバー、マハムンド・アルホウラニの弟であるタリク・アルホウラニの復讐だった。ガブリエルは妻子が受けた被害を、マハムンドに敢えて残酷な殺し方をした自分に対する罰と受け止めていた。
 自分を責めつつも、アウシュビッツ生還者である父からの教え

「時として人は早過ぎる死を迎える。密やかにその死を悼め。アラブ人のように悲しみをあらわにしてはいけない。そして弔いを終えたら、立ち上がり自分の人生を歩み続けろ。」

を実践しようと努めたが、立ち上がって自分の人生を歩むことは彼にとってとても困難なことだった。

 古い、傷んだ絵画を修復し、リーアを見舞い、自分で修理した木製ケッチ(二本マストの小型—中型ヨット)で海に出る、そんな静かな生活を送っていたガブリエルの人生に、かつての上官であるアリ・シャムロンが新たな『復讐』を手に踏み込んでくる。
 始めは拒絶したガブリエルが結局はシャムロンの依頼を受けたのは、立ち上がるきっかけを求めていたからだし、シャムロンの方にも、そういう救いのロープをガブリエルに投げているつもりだったのは間違いない。しかし、シャムロンの胸中には狡猾な計略が。

 1988年4月の、チュニスにおけるPLO幹部殺害計画で彼を補佐した女性補助工作員ジャクリーヌも再び巻き込み、タリクを追う作戦が始まる。タリクは活動を活発化させてイスラエルを標的とした暗殺を繰り広げつつあった。
 一方で、ジャクリーヌが関わったテロリストのユセフが語る、パレスチナ難民側からみたイスラエルの非道も、目を背けるわけにはいかない。復讐の根は深すぎて、暗澹とした気分になる。

 パレスチナ問題、中東史、アラファト、サダト、イスラエルのベン・グリオンやラビンの伝記などの本を積み上げ、ゲバラのポスターを張り、パレスチナ国旗を壁に飾るユセフが語る人生も壮絶だし、知っておくべき歴史的事件がちりばめられている。

 タリクは、イスラエルとの和平路線に舵を切っていたアラファトを、国連会議が行われる米国のレセプションの場で暗殺しようとする。タリクを追ったガブリエルは土壇場でタリクから返り討ちにあう。タリクの銃弾を、自分の番として、当然のもののように胸に受けて倒れるガブリエル。なんとなく、彼が無意識に死を求めていたような印象も受けなくもない。

 そして。なんとなくもやる展開だったのが晴れるラスト数ページは、鮮やか。
しかし、鮮やかではあるが、ガブリエルよりももう一人の方が憐れだと思うのは私だけだろうか。シャムロンに人生を操作され、破壊された人間がここにまたひとり。ガブリエルはそれでもシャムロンを屈折しながらも愛しているが、それはガブリエルの特質であって、だれもがそうなるわけでもなく。スローンを利用した挙げ句殺すのはどうかと思うし、ユスフがなぜ、命令に従っているのかも謎。そういう意味でははやりもやもやが残るラストではあった。


 さて、この本。ウィーンでの事件や、その伏線となった、チェニスでのガブリエルの行動。父との関係など、これからシリーズに繋がる情報も詰め込まれている一冊で、シリーズ必読の書であるのは間違いないながら、あんな翻訳ならいっそのこと絶版していて欲しい、古本市場にも出てこないほうがマシ、な一冊でもあったのだった。

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