原 題 「A Death in Vienna」2004年
著 者 ダニエル・シルヴァ
翻訳者 山本 光伸
出 版 論創社 2005年10月
誤訳・迷訳は相変わらず健在である。
【原著】The restorer’s gait was smooth and seemingly without effort. The slight outward bend to his legs suggested speed and surefootedness. The face was long and narrow at the chin, with a slender nose that looked as if it had been carved from wood. The cheekbones were wide, and there was a hint of the Russian steppes in the restless green eyes.
それでは読んでみよう。
p.13 “修復師の足の運びは滑らかだった。前屈みの姿勢ですいすいと進んでいく。彼の顔は細面で、鼻筋はギリシャの彫像のようにすっきりとしている。頬骨は低く、落ち着きのないグリーンの瞳がキルギスステップのロシア人を思わせた”・・・・・ちょっとまてまて。ひょっとして全然違くはないか?
この、彼の形容は、どの本にも冒頭に出てくるやつで、だいたい表現は決まっているのだが、そもそも「前屈みの姿勢」とかどこにも書いてないと思うのだが、翻訳に使った版とダウンロードした版が違うという可能性も考慮しなければ。。。。でも、「面長で細い顎」、「木を彫り出したような細い鼻筋」・・・・ギリシャ彫刻ってどこに書いてある?頬骨は低いのではなく「幅が広い」のだし、キルギスステップのロシア人ってなんだ〜〜!(爆)
それはね、グリーンの目はロシアの草原の色を思わせる、と言いたいのでは?そもそも私はキルギスステップってなんぞや?コサックダンスの親戚か?と思って調べようとしただけなんだよ!だいたい足踏みの方のステップはstepで複数形はsteps、文中のsteppes はどう考えても草原(そうげん)の方だよね。いやまて、そうではなくてあくまでも草原のキルギスステップのことを言っているのだろうか? でもそもそもキルギスって単語がどこにもないし、いや翻訳の版が違うのか???? もーわかんない!
ついでに、草原つながりで、今度は翻訳の中の「草原(くさはら?)」がおかしい件。
p.162 “かつてのユダヤ人地区から数丁離れた、テベル川近辺の静かな草原に位置する老舗レストランである。”・・・・草原だ、、、、と?
They settled on Piperno, an old restaurant on a quiet square near the Tiber, a few streets over from the ancient Jewish ghetto.
“ほどなく、司教が草原に足を踏み入れ、そそくさとレストランに歩みよってきた。”
A few minutes later, a priest entered the square and headed toward the restaurant at a determined clip.
良く分からないが、the square が「草原」になってしまったのか? 判らない。ローマのバチカンに程近い古い石の街並みでスクエアと言われたら、普通に石畳で石造りの建物に囲まれた広場を思い浮かべないものだろうか?
すごく不思議だ。
ちなみに、地図上ではココ(相変わらず自分が偏執狂的だとは思う)→
←の拡大図で、「大神殿」と表記されているのがローマのシナゴーグで、『告解』の中でローマ教皇パウロ七世が演説をしたところ。このあたりが旧ユダヤ人地区(ゲットー)。とりあえず、周囲に草原はなさそうだ。ま、普通に広場か中庭だろう。
p.13 “鬼才マリオ・デルヴェッキオの正体がガブリエル・アロンという名のエスドラエロン出身のユダヤ人であることを・・・・・”
耳慣れない地名が出てきたので調べて見ると、間違いじゃないんだけどね。ここでまた、イズレルの谷(イズレル平野、イズレエル谷、エズレル谷とも)の別読みが。エスドラエロンとはイズレル谷もしくはイズレル平野のギリシャ語読みだそうで。ちなみに原著では Valley of Jezreel と至って普通に書いてある。なぜ突然ギリシャ語読みしたくなったのかは謎。
p.20 “アリ・シャムロンはガブリエルに死の宣告を下そうとしていた。”
Gabriel knew that Ari Shamron was about to inform him of death.
素直に読めば、ガブリエルに死の宣告を下すのではなく、ガブリエルに誰かの死を知らせにき来たのではないかと。死ぬのがガブリエルか、それ以外の誰かでは大違いだ。
p.21 “イスラエルのベトサル美術学校” またまたベツァレル美術学校の変読み登場。『告解』で“ベトサルエル”という読みが出てきて首をかしげたのだが、原文はすべて Bezalel であるのは言うまでもない。
p.32 “同郷人の話すそれと違い、その純然たるドイツ語の響きは神経を逆なでしなかった。”
Unlike many of his countrymen, the mere sound of spoken German did not set him on edge. German was his first language and remained the language of his dreams.
日本語で変な文章だな、と思うところは大抵訳がおかしい。彼の同国人(ユダヤ人)の多くとは違い、ガブリエルは、単にドイツ語が話される響きだけで不愉快になることはなかった。なぜなら、ドイツ語は彼の母語だから、ということ。(ユダヤ人の多くは、ホロコーストの記憶があるからドイツ語を好きになれない、というバックグラウンドがある。)
p.66 “レナーテ・ホフマンの傍らを歩くがっしりとした体つきの人物・・・”
・・・・ガブリエルが体格が良いと形容されることはまずない。どちらかと言えば細身で敏捷なイメージなんだが。さて、本当は何と書いてあるのだろう?そしてこれが、期待を裏切らないんだな。
Kruz was more interested in the dark, compact figure walking at her side, the man who called himself Gideon Argov.
compact figure にがっしりとした体つき、という意味があるのだろうか。
もう一つ、気になった形容がある。
p.67 “その手は炎で黒く焼け焦げ・・・・”
もし本当に手が黒く焼け焦げていたら、ガブリエルは画家生命を失っていると思うよ。原文は、 his hands blackened by fire, 訳すとしたら、“彼の手は炎で黒く煤け、”くらいの方が妥当ではないだろうか。まあ、火傷くらいはしてただろう、とは思うのだが。。。。
p.73 “コーヒーハウス・セントラルに初めて入ったのは、十三年以上前のことだった。セントラルは、ガブリエルがシャムロンの徒弟としての最終段階に到達したことを証明する舞台となった店である。”
・・・・・13年前なら、例のウイーンの爆弾事件の頃で、ガブリエルは第一線の工作員だったはず。おかしい。
It had been more than thirty years since he had been to Café Central.
ああ、この悲しみを誰かと分かち合いたい。
thirty を13と訳すとな?
中学一年生の中間テストじゃあるまいし。
それ以外にも、いろいろと引っかかるところはあるんだが、全部原文と照合しているわけでは無い。翻訳小説として読んでいて、明らかに日本語のレベルで文意や文脈がおかしいところだけ、原著を確認している。それでもこんな感じ→なので、押してしるべし。
ああでも、もう少しだけ。ガブリエルが白髪交じりなのは、こめかみだ。もみあげではない!
それと、これは誤訳なのか誤植なのかわからんが、“エリンケ”ではない。そいつはエンリケだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿