2021年2月26日金曜日

0259 さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ

書 名 「さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「A Death in Vienna2004年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 
出 版 論創社 2005年10月 
初 読 2021年2月26日 
単行本 382ページ 
ISBN-10  4846005569 
ISBN-13  978-4846005566

 物語冒頭、ガブリエルが取り組んでいた修復が下の絵。ベネツィアの町中にある、素朴な教会ですが、中は豪華なルネサンスの美の宝庫。ベネツィアの栄華が忍ばれます。
 さて、ナチス3部作最後の一冊。
 『報復という名の芸術』で10年ぶりに現役に復帰したガブリエルもすでに3年が経過。この間、『報復』ではテロリストのタリクに返り討ちにあってマカロフの一撃でダウン、『イングリッシュ・アサシン』でも殴られ蹴られ、犬に襲われて大怪我をし、『告解』ではバイクでコケて命も危ぶまれる重傷を負う。もう、こいつアクション向いてないよな、と誰もが気づいて然るべきなんだが、いちおう「伝説のスパイ」ポジションは揺らいでいない(笑)。
 いいんです、ガブリエルの我が身を顧みないそのひたむきさが好きよ。(笑)
 この『死都』では、盗聴され、尾行され、大事な証人を消され。あまりにも無防備なガブリエルに呆然とする。なぜ、彼は盗聴防止装置を持っていないのだろうか?  いや、エリが狙われたという事実だけでも、クラインの身の保全を図るべきじゃね? 彼をイスラエル大使館に連れ込んだっていいくらいじゃない?
ヴォーゲルご当人と顔を合わせたあとで、のこのこ別荘に忍び込むか?向こうからマークされてるのわかってるじゃん。いやあもう、大丈夫かよガブリエル!
サン・ジョヴァンニ・クリソストモ教会
ジョバンニ・ベッリーニ作
『聖クリストフォロス,聖ヒエロニムスと
ツールーズの聖ルイス


 とはいえ、13年前のウイーンでの事件も絡めて、ガブリエルの取調室での叫びもなかなかに悲痛で、ファン・サービスには抜かりない。シリーズ全巻とおして、ガブリエルが我を失って叫んでるシーンってほとんど無いんじゃないだろうか。

 そして、エンタメの体裁は取りつつ、主題はナチスの戦争犯罪とこれに同調ないし目をつぶり、ナチの重犯罪人の逃亡を助けたカトリックやナチの犯罪の隠蔽を助けたヨーロッパ各国の告発であり、同時にガブリエルと母の修復の物語でもある。

 アウシュビッツからの生還者であったガブリエルの母は、その苦悩の記憶から、一人息子に十分な愛情を注ぐことができなかった。子供時代のガブリエルと母との関係は緊張感に満ちたものだったが、その理由は、母から教えられることはなかった。
 作中、ガブリエルはヤド・ヴァシェム(イスラエルの国立ホロコースト記念館・Wiki(日本語)公式HP(英語)はこちら)で母の証言書を読み、母のアウシュビッツ・ビルケナウ収容所での体験を知ることになる。
 シャムロンは、アウシュビッツで愛する者達を全て失ったガブリエルの母は、息子を愛して失うことに耐えられなかったのだ、とガブリエルに語るが、それだけではあるまいと思う。
 ガブリエルの母アイリーンの記憶の中で、愛すべき息子と、仲間の死と、ナチの殺戮者は堅く結び付けられてしまっていたのだから。息子を見ると、愛おしさを感じた次の瞬間には、殺害された仲間が目に浮かび、ナチ将校の顔を思い出しただろう。ガブリエルに向けられた視線は険しさと苦痛に満ちていたはずだ。結局ガブリエルは、母に抱きしめられることも優しくなでられる事もなく寂しく育ったわけだが、かなり鬱屈しているとはいえ、とりあえず真っ直ぐ成長したことを誉めてあげたい。ガブリエルのそばに母代わりとなった優しい女性が居たのは幸いだった。シャムロンの身勝手ではあるが確固とした愛情も、きっと、ガブリエルの救いの足しにはなったのだろう。

 さて、物語はウイーンで起きた爆弾事件から始まる。狙われたのはガブリエルの戦友エリ・ラヴォン。エリが追いかけていたのは、あるオーストリア人の身元だった。かつてSS将校だったと思われるその男ラデックは、身元を偽装し今ではオーストリアの大立者となっており、エリの後、調査を開始したガブリエルも命を狙われる。その男が関わったのはゾンダーコマンド1005。ユダヤ人大虐殺の痕跡を抹消する秘密作戦であり、その作戦の成功によって、虐殺されたユダヤ人の正確な人数は永遠に判らなくなった。そして、ある時期その男はアウシュビッツに駐留していた・・・・・・・
 これまでは一介の暗殺者で現場工作員に過ぎなかったガブリエルは、シャムロンの手ほどきで首相にブリーフィングを行い作戦指揮官としての地歩を固める。また、ガブリエルはシャムロンに問う。アイヒマンが法のもとで裁かれ、いま、ラデックもそうされようとしているのに、どうしてブラック・セプテンバーのパレスチナ人たちは、報復の対象としか見なされなかったのか。
(どうして、自分は殺人を犯さねばならなかったのか。)
ガブリエルは、誰も殺したくない、とシャムロンに訴える。

 これ以上のことは、どうぞ本を読んで欲しい、といいたいところだが、翻訳が酷いので、それもオススメしがたいところ。原著はKindleで手に入るので、英語が苦手でなければ、そちらに挑戦してみてはどうだろうか。
 第5作以降は翻訳が途絶えているのが残念、と思っていたが、むしろ幸いだったのかもしれない。
とりあえず、14作目の『亡者のゲーム』までの間に語られていると思しき、ぜひ知りたいことリストは以下のとおり。
 1 リーアがイギリスの病院からエルサレムの精神病院に
   移ったいきさつ
 2 ガブリエルがルビヤンカの地下で階段から突き落とさ
   れた経緯
 3 サウジアラビアで何があったのか?
 4 キアラの最初の妊娠と流産の件
 5 ガブリエルとキアラの結婚のくだり
 6 ガブリエルはいつ、長官になる決心をしたのか


【追記】ガブリエルは母に、自分がシャムロンの手下の死刑執行人であることを話さなかった、との記述がある(p.316 )。ガブ父が6日間戦争(第三次中東戦争)で死んだらしく、母はその1年後に癌で亡くなっているので、母が亡くなった当時、まだガブリエルは高校生もしくは兵役中だったと思われる。シャムロンのリクルート以前に母は亡くなっているはず。これは作者の設定の混乱かな。

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