2021年8月27日金曜日

0289 セーフハウス(ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「セーフハウス」 
原 題 「Safe House (Burke Series Book 10)」 1998年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス 
翻訳者 菊池 よしみ  
出 版 早川書房 2000年1月  
初 読 2021年8月20日 
文 庫 521ページ
ISBN-10 4150796092 
ISBN-14 978-4150796099
 ハードカバーの『嘘の裏側』と『鷹の羽音』をすっ飛ばして、今作を読む。今作から翻訳は菊池よしみ氏。
 雰囲気や文体は、これまでの佐々田昌子氏の訳と違和感なし。ただ、微妙に言葉づかいが気になるところもある。
 冒頭気になったのが、バークに対するプロフの呼びかけで、数ページのうちに「兄ちゃん」「お若いの」「坊主」「兄弟」と変遷していく。こうなると、原著はどんな言い回しをしているか気になってくる。
 まあ、気になってしまったので確認してみると、兄ちゃん=Schoolboy お若いの=youngblood 坊主=son   だった。うーん、これはきっと翻訳も苦心されてるよな。日本語で「兄ちゃん」「お若いの」「坊主」がそれぞれ使われるシチュエーションや、この言葉を使う主体や客体って微妙に違うような気がする。だから読んでいて違和感を感じたのかな。
 あと、「オーケイ」というセリフの多用が目立つ。はっきり「オーケイ」と訳して違和感ない箇所もあれば、相手のセリフの合間に「それで?」と肯定的に相づちをうちつつ話の先を促す、とか、相手の理解や同意を前提に軽く確認するようなシーンもある。日本語であまりしない使い方なだけに、しかも「オーケイ」そのものは日本語に馴染んでいるだけに、この「オーケイ」がかけっこう浮いている。
 この半分くらいを「いいか」「それで?」「だろ?」「〜でしょ?」とかで軽い会話で流してくれると読みやすいんだけどな。
 もう一つ、引っかかってしまったのが 「もうひとりは、新品の靴を見せびらかして歩き回り、おれのコックをしゃぶったことのある女。」・・・コック、、、ねえ。わたしゃ『ナニ』も『竿』も表現としちゃあ好きではないが、まんま『コック』ってのも芸がない気がする。
 にしてもだ。
 ヴァクスの文章って、読むのはおろか、訳すのはとてつもなく大変そうだ。冒頭の

“Aren’t they just perfect?” she asked.
“Absolutely,” I assured her. 
“They’re so beautiful, I just hate to take them off.” 
“They won’t get in the way,” I said.

という会話が、

「このおっぱい完璧じゃない?」
「申し分ないな」
「すっごくきれいだから、ちっちゃくしたくないのよ」
「別に邪魔にはならないさ」

と訳されているのを見て、プロってやっぱり凄い、とも思ったのよ。

 さて、本題にはいる。
 今回はバークのところに、昔のムショ仲間が厄介事を持ち込んでくる。
 ちょっと脅すだけのはずが、ある男を殺してしまった、と。重罪で前科二犯のハーキュリーズ通称ハーク、は当然ながら捕まりたくないし、ムショに戻りたくない。で、バークに泣きついてきた。
 世話のやける、ちょっと思慮の足りない男ではあるが、人好きのする性格で、義理人情に厚い、いい漢である。かつての仲間を見捨てることができないバークが、同じおつとめ仲間であったプロフと調査に乗り出す。バークがある酒場で張っていると女—クリスタル・ベスが接触してくる。クリスタル・ベスは、配偶者に虐待された女性のための隠れ家「セーフハウス」を運営しており、この組織とそれが運営する施設に庇護されている女性と、自分自身を守るために、ある男との対決を強いられていた。そしてその助っ人としてバークに白羽の矢を立てたのだ。だが、そこにもう一つ、白人至上主義者(ネオナチ)の秘密結社への潜入捜査、という筋書きが絡んでくる。
 セーフハウスと対立する謎の男プライスは、どうやら政府機関の員数外の要員のようだ。アウトローのバークと、やはり法の外側で戦うプライスが、牽制しあいつつも共闘する中盤以降が実にスリリングな展開となる。この辺りでようやく文体にも慣れて、スムーズに読み進められるようになった。中盤になるまでほとんど話が混沌とし、ラスト1割切ってから最後の数ページで事態が動くのはこれまでの巻と同様。途中の被虐待女性達の保護活動のエピソードなど、冗長さを感じないでもないが、そこはまあ、ヴァクスだし、終盤の作戦行動へのタメとしては丁度良い。

 バークシリーズのこれまででは、バークはいわば「虐げられた子供」だった。虐待された子どもに自分自身を投影して、過去の自分を救うように子どもを助けていたのがバークだったのだ。子供(の魂)が子供の敵に復讐をする、という筋書きである。そこでは、子どもの親はむしろ「敵」として描かれていたようにも思う。しかし今作では、バークが大人になったと感じる。「ゼロ地点」からの回帰を経たバークの内面の変化だろうか。自分自身が母との親密な関わりを持ちようがなかったバークは、これまで母を守るという視点はあまり出てこなかったのだが、今回の作品には、子どもを守る為にその母親も守る、という行動の広がりがある。こういったバークの変化もこのシリーズの密かな魅力であると感じる。

 しかし、登場する女達、ヴァイラやクリスタル・ベスがウザい、と思ってしまうのは、自分が女だからだろうか?男性読者は彼女達のような女はオーケイなのか? 機会があったら誰かに聞いてみたい。

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