2022年7月2日土曜日

0359-60 嘘は罪 上・下 角川文庫

書 名 「嘘は罪 上・下」
著 者 栗本 薫    
出 版 角川書店 2009年9月
文 庫 上:489ページ  下:421ページ
初 読 2022年7月2日
ISBN-10 上:4044124221 下:404412423X
ISBN-13 上:978-4044124229 下:978-4044124236
読書メーター 上:https://bookmeter.com/reviews/107400101
       下:https://bookmeter.com/reviews/107407740 

 「東京サーガ」森田透・今西良ブランチのサイドストーリーというか、スピンオフ。
 良に耽溺するあまり道を誤った“普通の人”たる風間先生の改悛と再生の書。私は風間先生は好きだな。
 良を失い、名誉も地位も地に落ちて、仕事もなく、周囲の好奇の視線を怖れて、どん底で自宅マンションに閉じこもる風間先生がドロドロと考え続けている。遂に金も食料も酒も尽きた。だが何よりも辛いのは煙草が無くなったことだった。風間は、自分を案じてくれている数少ない友人の野々村に金を無心しようと、やっと部屋を出て、新宿二丁目に足を運ぶ。
 偶然出会った、野生の獣のような忍という少年に、風間は信じがたいような音楽の才能を見いだす。今西良のようなスター性はないが、剥き出しの原石の天性。忍を苦境から救い出し、その才能を伸ばしてやりたい、と風間が思ったとき、風間自身も再生を始める。
 いい話っちゃあいい話だと思うのだけど、せっかくのストーリーラインが、薫サンの脳内から零れだした、薫サンのとも風間センセのとも判別できないグダグダ無限ループ状態のクソみたいな思考に沈んで、上巻前半でほぼ溺死状態。そうはいっても、風間センセが少々立ち直って、動きはじめてからは状況はやや改善するので、とにかく冒頭は読み飛ばしておけ。読まなくても、まったく大勢に影響はない。
 この話をたとえば、上下巻ではなく、半分の一冊にまとめられなくなったのが、薫サンの文才の限界を示してるのではないかねえ。途中で二回、透ちゃんが登場して、風間センセの話相手を務めるが、その形容が美しいのは良しとする。透はいつでも優しいね。
 絶対音感と、おそらくは音に関する共感覚を持ってうまれたのに、その悲惨な生まれ育ちのせいで、だれにもその才能を気付かれずに生きてきた忍という少年を偶然拾ってしまい、忍に歌の手ほどきをすることで、一度は諦めた音楽と生きる道を模索し始める風間は、もともと生真面目な性格だし、不器用さがかわいいところがあって、見捨てがたいキャラではあるのだよな。私は風間センセが嫌いではない。ってか、良も透も風間も島さんも野々村も好きだし、ついでに言えば、今作に登場する黒須もなかなか良いキャラだ。
 上巻は、基本のお膳立てと仕込み。ついでに、恐ろしいばかりのはずだった暴力団若頭の黒須が、風間と二丁目のお友達になってしまうまで。
 端正な顔立ち、黒髪を後ろにひっつめて黒いパンツに革のロングコート、に黒のグラサンという凄みのあるヤクザの黒須に、風間が、あんたの刺青を見てみたい。という。かすかな恥じらいを浮かべる黒須。きゃー(棒)。場所が二丁目なだけに、お互いがそういう相手を求めているということは了解済みとはいえ、なかなかに凄い口説き文句だわ。その刺青たるや、大輪の牡丹に蓮に菊に百合が咲き誇り、白い肌に散る絢爛な刺青の背中に解いた黒髪が流れおちるって、色っぽいにもほどがある。
 下巻に入り、急にハードボイルド路線か?と思いきや、そうでもない。どん底で、どれだけ批判され、世の中から受け入れられなくても、人は生きていかなければならない、という風間の境遇に、薫サンは自分を重ねているのだ、という話もあるし、嘘を歌えない忍に、自分の歌いたい唄しか歌えない忍に、薫サンは、自分の書きたいものを書きたい自分を重ねたのかな、とも読める。だがしかし、「それが世界一厳しい道」であることを、奇しくも風間が指摘したのは、薫サン自覚があってのことなのか?
 一生で一曲だけの本当の歌を歌って死んだ歌手もいる。どんなに自分の好きなもの「だけ」を世に送りたくても、歌い手はボイストレーニングは必要だし、音痴では話にならない。書き手は、世に認められる水準で、作品を書かなければだれも読みはしない。それが受け入れられないのは、不当に扱われているからではなく、単に研鑽が足りないからではないのか。「嘘は罪」、だけど嘘は吐いたもん勝ちになることだってある。これはひょっとしたら名作なのかもしれないが、でもそれを書いた薫サンがその生き方で、作品を裏切っているような気がする。

0 件のコメント:

コメントを投稿