2023年5月30日火曜日

0427 線は、僕を描く (講談社文庫)

書 名 「線は、僕を描く」
著 者 砥上 裕將
出 版 講談社  単行本/2019年7月  文庫/2021年10月
文 庫 400ページ
初 読 2023年5月29日
ISBN-10 4065238323
ISBN-13 978-4065238325
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/114024579
 凄く真面目に人間の存在に切り込んだ作品を読んだので、こちらも真面目にレビューを書いてみる。

 万物は生々流転する。

 命は一つのところに留まってはおらず、流れの中に、因果の中に存在する。その流れそのものが命の本質であって、存在の本質である・・・・・といったことを、四六時中考えていた頃もあったのだ。なんとこの私にも。この本は、そんな自分を思い出させる。そして、その頃の自分の得た境地は間違っていないと思わせてくれる。

 移ろいゆく生命の儚さが強さであり美であり、命のあり方を表現する過程そのものが水墨。画仙紙の上に残った水墨画はその生命の美の名残に過ぎないのかもしれない。しかし紙の上にのこった筆跡から、線から、その命の体験を追うことができるのは人間の精神性の高さ故なのだと思う。

 主人公の青山霜介は、2年前、高校生のときに突然の事故で両親を失った。

 大切なものをある日唐突に失ってしまった心は惑い、他者や世界との接点を失って自分の内側に引きこもった。しかし、人とのかかわり方を忘れ、心の動きが途絶えた中でも彼の中の生命は脈動することを請い望み、それに気づくことのできた人が、水墨画の巨匠であった篠山湖山先生だった。

著書の砥上裕將さんは、水墨画家であるとのことで、そうであればここに表現された水墨画の本質は、本当に本当なんだろう。読んでいても理解が及ばないと思ったところもあるが、ここに表現された水墨が本質とするところは、腑に落ちた気がする。それは、このレビューの冒頭にあるように、私自身が、生命や人間存在の本質について考え続けたことがあったからかもしれない。

 流れ、移ろい、変化していく時間の中で、個人という存在がどれだけ儚いものであるのか。ましてや一輪の花であれば、一瞬の瞬きにも満たないだろう。しかし、そこに美がある。美とは生命そのもの、それでは生命とは何なのか。それに何の価値があるのか。
 人の本質は関係性の中にある、とずっと考えてきたが、人だけではなく、命そのものの本質が関係性の中にあるのだ、とこの本を通じて思った。花の美しさが見る人の心に映る、花は現実のものとしては人の中には咲かないが、人の中に記憶を残す。その記憶が、時に人を動かし、人を変えることすらあるだろう。水墨が描く線は、そのような命の在り方を描いているのだろう。

 探偵も警察も、拳銃もミサイルも謎もスパイも犯人も出てこない小説を果たして自分は読み切れるのかと思ったが、ちゃんと読めた。良かった。

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