2025年6月8日日曜日

0557 辺境の惑星(ハヤカワSF文庫版)

書 名 「辺境の惑星」
原 題 「Planet of Exile」1966年
著 者 アーシュラ・K・ル=グウィン    
翻訳者 脇 明子    
出 版 早川書房 1989年7月
文 庫 215ページ
初 読 2025年6月7日
ISBN-10 4150108315
ISBN-13 978-4150108311
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/128345663

 まず、この「辺境の惑星」の設定が面白い。
 太陽は、竜座のγ(ガンマ)、エルタニン。竜座は(この地球の)北の天空の北極星を半円に取り囲んでいる星座で、エルタニンは北極星からは一番遠くに見える二等星。
 その恒星を太陽とするこの惑星(作中ではこちらも「地球」と呼ばれる。)は二重星で、こちらの地球の月よりも(おそらくは)はるかに大きく、それ故、重力の影響も強い月を持つ。
 月の影響による潮の満ち引きは、毎日15フィートから50フィート、というから満潮と干潮では、4メートルから15メートルの海面高の差を生む。干潮から満潮に向けて海が満ちてくるときには、毎日津波のように潮の壁が押し寄せる。ダイナミック!
 月と惑星がお互いを巡る公転周期は400日。月の満ち欠けは400日をかけてゆっくりと行われる。この二重星が恒星(エルタニン)を一回りする公転周期、つまり1年は60ヶ月=24000日、一日の長さについては言及されていないので、ひとまず地球日を当てはめるとして、四季が巡るのに、地球年では65年ほどかかる計算。(作中では、60年と書かれているので、もしかしたら一日の長さは地球よりも短めなのかもしれない。)
 おそらくだが、それだけ月が大きいとなると、月の公転でこの惑星も振り回されるだろうから、一月400日の間にも相当の寒暖差があるのではなかろうか。そして、60ヶ月(地球年で60年)の惑星の公転周期では、氷河期と温暖期ほどの寒暖差が生まれる。

 そんな惑星にもとから生息するヒューマノイド(ヒルフ)と、後から植民した地球人のコロニーが、冬(=氷河期レベル)の脅威と、その天候の中で生まれる生物の大移動によりもたらされる民族存続の危機に立ち向かう、そんな話。この惑星運行のダイナミズムをまず、世界観として楽しもう。

 この小説は、言うまでもなくSF小説のカテゴリーなんだけど、これまでに読んだル=グウィンのSFすべてに当てはまるが、「空想科学」の「科学」の部分はとても薄め。どちらかというと民俗学、folklore。ル=グウィンが70年代以降の米国を代表するSF作家の一人であることには無論異議はないのだが、個人的には、SFというよりはFF=folklore fantasy?fiction?ってカテゴライズを奉じたくなる。だが、それはさておき、物語は起伏に富み、とくに主人公の一人のロルリーの造形もとても良く、面白く読めた。

 遠未来の辺境の星域の惑星。植民したものの、『ロカノンの世界』でも語られた、敵対する異星文明の侵攻の煽りで惑星に置き去られ、忘れ去られた植民者たち。植民星の先住文明に影響を与えることを禁ずる法律を遵守し、原始共産制社会から中世くらいのどこかの発達段階でしかない先住民族の文化レベルに同化せざるをえなかった入植者と現住民の文化の衝突。そして氷河期レベルの冬の到来で、もう一種の北方の先住民族の暴力的な民族大移動に蹂躙される危機。先住民と入植者のコロニーは生存をかけて手を結ぼうとするものの、異文化の排他や、血族や男の沽券なんかも絡んで一筋縄ではいかない。その物語の中で、渦中の主人公ロルリーが異郷の人々の中で静かに意思の強さと賢さを発揮する様子がとても好ましい。(読んでいないけど)ネイティブアメリカンのイシもそんなだったのだろうか?などと想像。ル=グウィンの原体験に根差した作品なのであろうと感じさせられる。
 
 なお、やっとヒルフの指すところがはっきりした。HILF。ハイリー・インテリジェンス・ライフ・フォーム(高度な知性を有する生命体)の頭文字。実は先に読んだ『ロカノンの世界』にも登場していたが、『最高の知性を有する生命体』とサラリと日本語に翻訳されていたために、おそらくこれだろうな、とは思ったが、確信が持てていなかった。なお、『ロカノンの世界』の第1章は、独立した短編『セムリの首飾り』として、ハヤカワSF文庫の『風の十二方位』に収録されており、こちらの翻訳では「高度な知性を有する生命体」にハイ・インテリジェンス・ライフ・フォームと親切にルビが振ってあった。ちょっとすっきりした。

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