原 題 「The Chameleon's Shadow」2007年
著 者 ミネット・ウォルターズ
翻訳者 成川 裕子
出 版 創元推理文庫 2020年4月
初 読 2020年12月
なにしろキャラクターが素晴らしい。
1ページしか出てこないような端役まで、その人の面立ちや人生が見えるような個性が醸し出されいる。ウィリス医師の秘書、ビール警部、婦人警官 etc.
ましてや、主要人物はそれぞれ実に生き生きとしている。
主人公、チャールズ・アクランド中尉は、イラクで爆弾攻撃を受け、左顔面と左目を失う。英国に輸送され、緊急手術と数回の整復手術を受けるが、容貌を取り戻すことを諦め、希望した陸軍への復帰も叶わず、失意のままロンドンに暮らすことになる。
彼の女性憎悪、他人に体を触れられることへの極端な拒否、時に押さえ切れずに爆発する暴力的な行動、ろくな栄養を取らずに強度の運動を行うこと(その結果栄養失調状態になっている)などは、負傷だけでなく、なにか深刻なトラウマを抱えていることをうかがわせるが、彼に関わる精神科医二人も、どうしても彼の内面に触れることができない。彼が酒場で起こした乱闘騒ぎがきっかけで、それまでに周辺で起きていた連続殺人事件の容疑者とされ、警察に拘束されて・・・・・・と、これから先は絶対にネタバレすまい。お願いだから読んで欲しい。
通底するのは、登場人物に対する優しい視線。主人公チャールズ、彼を見放せない心優しい(けど物言いは鋭い)力持ちの医師ジャクソン、殺人事件捜査を指揮するロンドン警視庁のブライアン・ジョーンズ警視、その部下たち、退役軍人のホームレス、どうしようもないクズの家出少年、その彼を弁護する弁護士に至るまで、人間に対するあたたかいまなざしを感じる。ボディービルダー兼医師のジャクソンは、例えば、ヴァクスの作品でいえばまったく違う造形ながらミシェルの役どころで、性的マイノリティである優しさと葛藤と強さの表現が良い。ストーリーは小幅などんでん返しを繰り返し、意外性で最後まで引っ張る。個人的には最初からヴァクスと似てる?と思いながら読んでいたので、母親による幼児虐待のオチが出てくるに違いないと思い込んでいて、自分で自分をミスリードした。
ジョーンズ警視が最初の頃は五十がらみの、くたびれたベテラン刑事という感じだったのに、だんだんスマートに格好良く見えてきて、最終的には渋い中年イケメン刑事に落ち着いた。キンケイドが年取ったらこんな感じになるだろうか?とか考えたりして。それにしても警察の不手際が過ぎないか?目撃通報も、協力者の来訪も捜査本部に取り次がないって、どういうことよ?
とにかく、チャールズ・アクランド中尉、ジャクソン医師、それにジョーンズ警視、ついでにウィリス医師、それぞれに個性的で、それぞれの続編が読みたいと切に思う。
最後の最後で、チャールズは左側の傷跡まで笑いじわに見えるくらいの笑顔を見せてくれる。その笑顔が胸に残って、もうしばらくは他の本を読まずに余韻に浸っていたくなった。
素晴らしい本というのは、読んでいるうちにそのキャラクター達が自分の中で生きて動き出し、物語が終わった後も、その後の人生を紡ぎ続ける。この本はまさにそんな小説である。
0 件のコメント:
コメントを投稿