2021年3月10日水曜日

「誤訳も芸のうち」と翻訳者は言った。山本光伸part4 論創社『さらば死都ウィーン』

ハードカバー版
書 名 「さらば死都ウィーン―美術修復師ガブリエル・アロンシリーズ」 
原 題 「A Death in Vienna2004年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 光伸 

 さて、このような不毛な投稿はこれで最後にしたい、と思っています。
ひとことで言うなら、うんざりだ。
気付いていたものの、part3で以下を挙げなかったのは、あまりにもあんまりだと思ったからだ。もしや、翻訳元となった底本の版が違うなどの理由で、参照している英文そのものが違うのでは?とも思った。
 執念深くて恐縮ですが、念のためUSAよりハードカバーを取り寄せてみましたが、とくにKindle版と違いはなかったようです。(すくなくとも当該箇所については。)

4章の中ほど
p.36  “ズビがガブリエルに歩み寄り、患者の容態を説明した。爆発の衝撃により全身の臓器が破壊されているらしい。皮膚の下で瞬間的に軍隊が解き放たれ、カオスの痕跡を残していった。外交官は怪我の症状をそんなふうに例えて、続けた——エリの体は五十フィートほど吹き飛ばされ、頭蓋骨にひびが入った。脳が損傷し、そのダメージの度合いは、本人の意識が回復するまで診断できない。脳の腫れを取り除くべく、二度手術が行われた——と。
「脳機能そのものは損なわれていません」ズビは締め括った。「しかし、当面は、機械によって命をとりとめている状態です」”

・・・・・さて。これは主観に過ぎないが、あまりにも酷い文章だと思わないか?
翻訳以前に、日本語として酷い。全身の臓器が破壊されていたら、死んでしまうよ。皮膚の下で瞬間的に軍隊が解き放たれ、ってどういう状況? 脳が損傷したのに脳機能そのものは損なわれていないって意味が分からない。で、なぜにこんな酷い翻訳になったのか、原文を確認したいと思ったんだが、それが以下の文です。

Zvi, after giving Gabriel a moment to himself, walked over to the glass and brought him up to date on his colleague’s condition. He spoke with the precision of a man who had watched too many medical dramas on television. Gabriel, his eyes fastened on Eli’s face, heard only half of what the diplomat was saying—enough to realize that his friend was near death, and that, even if he lived, he might never be the same. “For the moment,” Zvi said in conclusion, “he’s being kept alive by the machines.”

Silva, Daniel. A Death in Vienna (Gabriel Allon Series Book 4) (p.37). Penguin Publishing Group. Kindle 版. 

原文にないよね? 創作?いや、作文するなら、もっとマシな文章かけるのでは? 少なくとも日本語なのだから。いや、書けないからこうなったのか。


もう一カ所挙げておく。


15章冒頭

p.126  ガブリエルはシャムロンに電話を掛け、車を手配してもらってから、ヤド・ヴァシェムを離れた。セーフハウスの前に到着したときには、その車が待っていた。サングラスを掛けたシャムロンの配下が、ボンネットに凭れ、通りをぶらつく若い女たちを眺めている。ガブリエルが運転席につくや、車は真昼の陽光の中へ飛び出していった。
 一昔前なら、高速道路を使用し、ラマッラー、ナブルス、ジェニンを経由して北に向かっただろう。・・・・・”

・・・・・当たり障りのない文章に見えるが、どこか違和感が漂う。
違和感① ガブリエルはシャムロンをあまり当てにしておらず、できるだけ距離を取りたいと思っているのでは? 車の手配が必要だとして、シャムロンにおねだりの電話をするだろうか? 自分でレンタカーを手配するなり、タクシー使うなりするんじゃない? 
違和感② セーフハウスからヤド・ヴァシェムへの往復の足はどうしたのか? 多分徒歩の距離ではない。 
 まあ、とにかく気付いてしまった。15章冒頭の4行は、原文にはないと思われる。
 以下が原著の15章冒頭。

15 
JERUSALEM

IN THE OLD days he would have taken the fast road north through Ramallah, Nablus, and Jenin. Now, even a man with the survival skills of Gabriel would be foolhardy to attempt such a run without an armored car and battle escort. So he took the long way round, down the western slope of the Judean Mountains toward Tel Aviv, up the Coastal Plain to Hadera, then northeast, through the Mount Carmel ridge, to El Megiddo: Armageddon.

Silva, Daniel. A Death in Vienna (Gabriel Allon Series Book 4) (p.135). Penguin Publishing Group. Kindle 版. 

まるっきりの、翻訳者による付け足しです。
ガブリエルの行動手段について、説明不足だと思ったのだろうか?
それなら、そもそも、ヤド・ヴァシェムからエルサレム市街にガブリエルはどうやって戻ったというんだ。朝からヤド・ヴァシェムを訪問したのなら、行きも車だったと思うほうが自然ではないか? とにかく理由は分からないが、翻訳者が原著にない文を書き足してしまった、と考えるべきなんだろう。

なんだかなあ。

言い訳がましくて恐縮だが、私は翻訳に誤訳はつきものだと思っているし、誤訳と意訳のすれすれ、というのもあると思う。「大胆な意訳」というのが、原著の本意を伝える上で必要な場合だってあるだろう。
そうではなくて、原著の面白さを伝えることを阻害するような誤訳は勘弁してほしいだけだ。翻訳したときの作品が、「粗悪品」にならないようにして欲しいだけ。上に書き出したものも、日本語で違和感なくまとめられていたら、そもそも書き足しには気付かないだろうし、個人的には気付かないならそれで良いと思っている。

これが、いわゆる製品製造の世界であれば、SDマークがあったり、不当表示が規制されたり、粗悪品は交換できたり、消費者センターがあったりするわけだし、これがもし、自動車の話だったら、リコールで全部回収するところだ。しかし、こういう創作物に関してはそうもいかない。
読者は、出版社や翻訳者の善意と良心と、プロとしての矜持にすがるしかない。それとも与えられたものを有り難く押し戴いて頂戴しろってか?
少なくとも末端の読者がそれ相応のお金を払って購入するものである以上、最低限のクオリティは確保して欲しいと思う。

これらの本は、査読や、クレジットされる翻訳者自身のチェックや校正でもっとずっと良くなったのではないだろうか。もったいないことだ。


0 件のコメント:

コメントを投稿