2023年10月18日水曜日

0443 機龍警察 火宅

書 名 「機龍警察 火宅」
著 者 月村 了衛 
初 読 2023年10月15日
【単行本】
出 版 早川書房 2014年12月
単行本 245ページ
ISBN-10 4152095091
ISBN-13 978-4152095091
【文庫本】 
出 版 早川書房 2018年8月
文 庫 304ページ
ISBN-10 4150313385
ISBN-13 978-4150313388

 月村了衛は、人の世に現実にある暗黒を、エンタメに載せて白日の下に晒す。
 機龍警察・短編集。のっけから重い。そして人の世は冥い。

火宅———法華七喩の一つ。煩悩と苦しみに満ちて安らぎを得
ない状態。またその状態を燃え盛る邸宅に喩えて云う。
 由起谷の恩師とも言える叩き上げの刑事。消えた証拠。

 読んでいて、オチは判ってしまった。
 うだつの上がらない刑事が突然昇進し始めて、昇りつめた。現場では部下に好かれて、尊敬されていた叩き上げの刑事の内心の汚濁と苦悩。なぜそのハンカチをずっと持っていたのか。おそらくは由起谷が考えたように、それは本物の証拠ですらなかった。もしそれが事件の行方を左右する正真正銘の証拠であったならば、彼は決してそのようなことはしなかったのではないか・・・・・と思いたい私は、やはり人の正しい行動を信じたいんだろう。この男が、孤独なまま病んで死んでいくことで、結局人生の帳尻があうのかもしれない。

焼相———人は死ねばその本然の相に帰す『空』と『無常』とを、死体を克明に観察すること
    によって知る修行「九相観」に於いて、骨が焼かれ灰になった状態を指す。
 このタイトルは・・・・(^^ゞ あまりにもまんまでちょっとコワい。
 大勢の子供を人質にした突発的立てこもり爆弾事件。ライザのバンシーがメイン。他の2機がバックアップ。冷静でおっかな頼もしい姿とライザに比して、ユーリは若干末弟風味。子供達の姿を見送るライザの慈母の如き横顔。彼女が殺したのと同じだけ人を助けたなら、少しは救われるだろうか。

輪廻———衆生が煩悩と業によって三界六道に生き死にを繰り返し、永遠に迷い続けること。
 少年兵。第二次大戦の日本の、ではなく。現実にアフリカで深刻な問題となっている。反政府ゲリラ組織が農村を襲って子供を誘拐して兵士にする。女の子もその対象となるだけでなく、大人の兵士と結婚させられて子供を産ませられる。まず近親者を殺させたり、手足を切断させたりさせ、殺人や暴力への抵抗感を奪う。そのような現実に機甲兵装とサイバネティクスが加味されたらこうなるだろう、という、あってはらぬ、しかしいかにもあり得そうな近未来の現実。そんな境遇で運良く死なずに大人になることが出来た元少年兵の、どこにも救いが感じられない暗黒。

「そこでだ」 

現行法で裁けない罪に対する沖津の対処。こういう上司に仕えてみたいもの。 


済度———菩薩が迷いの境界にいる衆生を教え導き、悟りの彼岸へ救い渡すこと。
 南米、ベネズエラでライザは沖津と出会う。行きずりの女兵士とその妹。妹を守る姉の姿になにを感じたか、もしくは幾ばくかの思いを託したか。にしても、タイトル“済度”はちょっとやり過ぎを感じる。もう少し殊勝なタイトルでも良かったのに。

雪娘———スネグーラチカСнегурочка(露)ロシアの民間伝承に云う、雪から生まれた少女の
    精霊。西欧におけるサンタクロースに相当するジェド・マローシュの娘、あるいは
    孫娘とされる。
 ユーリが出てくるとストーリーの空気感が違う。朝からの雪を見上げて憂鬱になるなんて芸当は、雇われの他の2人にはできんだろう? ユーリはほんのり中二病風味なので相変わらずカワイイ。 あ、でもライザは雨の日は憂鬱になるか。
 『スネグーラチカ』――雪から作られ、愛を知らず、夏の日差しに溶けるさだめの雪娘。雪がちらつく朝、東京の下町で起こった殺人事件は、かつてのモスクワで起こった事件とオーバーラップする。モスクワ民警時代のユーリを絡めた掌編。

沙弥———悪を止め悟りを求める意の梵語の音訳。出家したばかりの少年僧で、比丘となる以
    前を指す
「白面」「白鬼」と渾名された、とことん素行の悪かった由起谷の高校時代。母が自殺し、一人残った由起谷は将来になにも見いだせない。親友はなんと「警官になる」というが。さりげなく在日韓国人差別の問題も取り込んでいる。

勤行———仏道の実践徳目である波羅蜜の一つ精進波羅蜜と同一視され、時を定めて仏前で読
    経、礼拝、焼香などの儀式を行なうこと。おつとめ。
 官僚の面目躍如な宮近の二日間。この間睡眠なし。この話はかなり好き。
 確かに、夜を徹しての答弁作成は勤行だよな。これに価値を見いだせなかったら中央官庁の官僚はやってられないだろう。いや国会のことは知らんけどな。
 ある意味、様式美を整える作業であって、くそ忙しい最中にこの作業にふと疑問を持つと、議会制民主主義ってなんだろう?と役人としては根源的かつ致命的な疑念に到るのでかなりヤバい。徹夜明けでふらふらと参議院の廊下の絨毯を踏む宮近が心許なくて、好きにならずにはいられない(笑)
 なにはともあれ、宮近パパの奮闘が報われてよかった。

化生———四生の一つで、母胎や卵からでなく、自らの因縁、業力によって忽然と発生するこ
    と。また天上と地獄、餓鬼の衆生はこの化生によって生まれるとも云う。
 他の短編が、いかにもスピンオフといった感じなのに比べて、これは限りなく本編に近い。
 いつも由起谷と肩を並べて捜査班を率いている夏川視点。贈賄が疑われていた巨大商社の営業職の自殺と、日中の政官民が勧める巨大プロジェクト、極秘で開発が進む最先端軍事技術・・・・。龍機兵のアドバンスを脅かす技術開発に神経を尖らせつつも、それをおくびにも出さない沖津。しかし上司のごく微細な気配の剣呑さに気づく夏川、その夏川の鋭敏さを捜査官の資質として高く評価していることを明言する沖津。いや、沖津の人心掌握術も大したもの。

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