2025年1月19日日曜日

0533 夜の写本師 (創元推理文庫)

書 名 「夜の写本師」
著 者 乾石 智子    
出 版 東京創元社 2014年4月
文 庫 350ページ
初 読 2025年1月16日
ISBN-10 4488525024
ISBN-13 978-4488525026
カバーイラスト 羽住 都
カバーデザイン 内海 由
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/125457904

 この繊細で美しい、物語の世界観を映し出す装画を見よ!
 このシリーズは、とにかく羽住都氏の表紙絵が素晴らしいです。表紙も含め、芸術品のような書籍です。
 
 いきなり表紙の賛美から入ってしまったけど、極めて純度の高いファンタジー作品。子供の頃、『ゲド戦記』で初めて本格ファンタジーに触れ、こそがファンタジーだ!と思い詰めて育った人間(私)の読書欲求にクリーンヒット。

 金銀や光に溢れるキラキラした物語では断じてない。世界と人間の暗黒面を魔術がさらに押し広げる、闇と暗黒の物語。千年にわたる喪失と恨みと呪い。
〈あらすじ※ネタバレ〉
 千年前の始め、月と海と闇の魔力を宿した魔女シルヴァインに、魔道士のアムサイストは偽りの愛を語り、婚姻すると見せかけ月の力を奪い惨殺する。シルヴァインは死の間際、アムサイストを呪詛する。アムサイストはその呪いゆえにシルヴァインの復讐が成就されるまで不死の者となり、シルヴァイン自身もまた、自らの呪いにより、アムサイストから奪われたものを取り返すまでアムサイスト転生を繰り返す運命となる。
 そうして、シルヴァインの死から下ること500年、今度はイルーシアとして転生し、アムサイスト=エムジストと再び相まみえるが、この時にはシルヴァインとしての記憶を取り戻すのが遅く、エムジストに今度は闇の力を奪われて、再び殺される・・・というより、生きたままエムジストの都エズキウムの城壁に埋められ、その怨嗟をエムジストに利用される。
 2回目の転生では、早い時期にシルヴァインとしての記憶を取り戻し、力を蓄えてアムサイスト=エムジスト=アンジストとの対決に望むが、やはりアンジストの力が勝り、海の力も奪われてみたび殺される。
 そして3回目の転生(今生)では、三つの魔力すべてを持たない代わりに3人の魔女の生まれ変わりの証しを持って、今度は男として生まれる。彼、カリュドウは、助力者であり前世ではシルヴァインの兄であったガエルクと、その親友であったケルシュの助力を得て、『夜の写本師』=魔道士ではない魔術使い手として力を得、アンジストとの対決に挑む。


 カリュドウは過去生の記憶を取り戻す以前二、自身の人生でも、アンジストに育ての親の魔女と、妹のように育った少女を目の前で殺害され、カリュドウはアンジストに復讐を誓う。カリュドウの成長譚と、入れ子のような前世の物語と、カリュドウによる復讐と、もはやアンジストの支配を厭うようになった彼の街エズキウムの蜂起が重層的に重なる。

 アンジストが何故、あれほどまでに貪欲だったのか、それなのにその版図を広げる事無く、エズキウムの街の支配にこだわったのか、その理由があかされ、最初にアンジスト=エズキウムから奪われた宝石がカリュドウの手により還されることで、千年に渡る復讐譚が終わる。アンジストがただの悪役ではなく、母たる女性に裏切られ、傷付けられ、喪失した幼い少年の魂であったことは、善悪二分論を好まない日本人的な物語だと感じた。だがしかし、もしこれが仏教的な因果応報的な話であるならば、アンジスト(の魂)はどれほどの因縁を背負うことになったのだろう? もちろんそういう話ではないということは承知の上ではあるが、カリュドウが育てることになる少女の行く末もとても気になる。

 話の内容とはあまり関係ないところだが、なにより素晴らしいと思ったのは、作品世界に作者の人格的な色を感じさせず、文字を通じて物語に引き込まれたこと。まさに本の魔術のように。
 ここしばらく読んでいた本は、著者の個性や意志や感情のフィルターを感じさせる作品が多かったので、日本の現代人たる「著者」の存在を感じさせることなく物語世界に誘う、著者の透徹した表現がとても良かった。純粋にファンタジー世界に没頭することができた。

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