著 者 乾石智子
出 版 東京創元社 文庫版2019年8月
文 庫 592ページ
初 読 2025年1月25日
ISBN-10 4488525091
ISBN-13 978-4488525095
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/125623494
Audibleと文庫本で一部表現に細かい違いがあったのは、Audibleの原稿が単行本なのかな?
Audibleの朗読(ナレーター)は、浅井晴美氏。地の文の朗読は落ち着いた声で、男性のセリフも概ね聞きやすい。だが子供と女性の台詞部分については、突如“アニメ声”になってしまって、非常に聞きづらく、物語にも合わず、鬱陶しことこの上ない。もっと普通に、朗読調で読んでくれて構わないのに。とは、Audibleを聴いていて良く思うことではある。この分野は、声優の勉強している人たちで担われているのかな。会話劇ではないので、淡々と読んでほしいのだけど。
それはともかく、Audible、Kindle併用で、寸暇も惜しまず読み進めた。
とにかく、急き立てられるように、それこそ何かに追われるようにして一気に読了。これが、乾氏智子氏の小説の魔力である。
『夜の写本師』のオーリエラントの世界とは別の、魔力の色濃い、古代から中世にかけてくらいの時代感。呪文を唱えて魔方陣作って、っていう最近ありがちなファンタジーではないのは、オーリエラント世界と同様。生命の不思議が魔法の形を取っているような、生き物の生と死と、人とは切っても切り離せない嫉妬や悪意や憎悪も暗黒の力として色濃く存在する、太古の魔力が圧倒的な力を見せる世界である。
そのような世界の中で、曲がりなりにも一国の中で平穏に暮らしている先住民族カーランド人と征服民族アアランド人が、ある出来事をきっかけに一気に憎悪を膨らまし、民族殲滅の虐殺行為に突き進んでいく様を、タゼーレンの家族とともに体験する。
「難民」というものを私はきちんと理解していなかったかもしれない、と思った。これまでなんとなく、戦乱を避けるために、自ら住んでいた土地を離れる人々、と思っていた。確かにそういう人達もいるだろうし、それだって命がけのことだろうが、この本の中の出来事のように、住み慣れた土地と生活を追われる人達もいるのだろう。
さて、物語のあらすじだが、
カーランディアの首都にある守護の〈鐘〉を、魔導師デリンが破壊する。二つの民族の友和と守護をもたらしていた鐘、その実は『滅びの鐘』であった鐘の、438個の破片は世界に飛び散り、その破片を身のうちに取り込んだ人々や生き物の変容をもたらす。
デリンが鐘を破壊する原因となった、カーランド人大虐殺を行ったボーレン王の世継ぎの第一王子イリアンは鐘の破片のせいで歩けなくなり、第二王子のロベランは、頭に入り込んだ破片のために、怒りと暴力に歯止めが利かなくなる。ロベランの鐘を破壊したデリンに対する怒りは、やがてカーランド人全体に向けられることとなり、もともとはカーランド人を差別し虐殺した父王に対しては反発と憎しみを抱いていたはずのロベラン当人が、父王以上のカーランド人迫害と虐殺に手を染めることになっていく。
物語の半ば過ぎまでは、ひたすらカーランド人の受難と逃避行が語られる。しかし、その流浪の中でも若者たちは、生気や喜びに溢れ、大人達は日々の暮らしを努力と工夫ですこしでも良いものにしようと力を合わせ、雄大な自然の恵みを存分に受け取りながらのカーランド人の生活は、迫り来る迫害と戦乱に怯えながらも、まだ希望がある。
〈鐘〉が封じていた存在、かつて稀代の〈歌い手〉であったにも関わらず、妬みから妻子を殺され、自身は喉を潰されて暗黒に身を落としたタイダーの怨念は、彼を封印していた鐘の破壊により世に解き放たれる。さらに層をなす憎しみと怨念、一人一人の愛憎が連鎖し、より大きな災悪を招くどうしようもなさを見せつけられる。
主人公タゼーレンは、「恨むな」という父の教えのとおりに生きようとするが、彼自身も鐘の破片を胸の中に抱き、暴力や憎しみや怒りに飲まれまいと苦悩する。やがてロベランの進軍により家族を失い、捕らえられたタゼーレンはロベラン本人に残酷な拷問を加えられ、ついにタイダーの憎悪の化身でもある闇の獣カイドロスと一体化してしまう。
大地を戦乱が席巻し、多くの人々が死んだ後。予言の歌に沿って、主人公タゼーレンは暗黒を乗り越え、世の理想から人々の汚泥のような感情まですべてを織りなす竪琴を復活させ、その音で世の中を収まるべきところに収めていく。物語は、冬の終わりに春の日差しが訪れるように、人々が静かな希望を携えて、少し先の未来を思い描くがごとく、穏やかな謳いの余韻のように消えていく。決して物語がぷっつりと終わるのではなく、人々が生きつづけるこの世界にひとときの間、時間軸が交わり、また離れていったような、不思議な残響が胸に残る。
大魔道師デリンの、直情径行な憎めない性格が良い。イリアンの冷静さも光る。本来なら好漢であったはずのロベランの無残。伝書バトのような役目を果たす雪ツバメの「老いらくの恋」は微笑ましい。主人公のタゼーレンは、予言の歌の通りに流されただけと言えなくもないような気もするし、脇役たちに比べて魅力的、とは言えないような気もするけど、その壮絶な経験ののちに、人としての姿を取り戻し、のちには多くの人びとの力となり、後進を育て、愛する妻を娶り、自分が父母から受けた愛情を、自分の子供達や周囲の人々に伝えていくのだろう。
起承転結を読む物語ではない。世界の在り方を読むようなファンタジーなのだ。後書きにもあるように、著者が長い年月、書こうとしては断念し、温めてきた壮大な物語。それがこうして世に出され、読むことができる読者は、とても幸せだと思う。
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