原 題 「THE HUMAN FACTOR」1978年
著 者 グレアム・グリーン
翻訳者 加賀山 卓朗
出 版 早川書房 2006年10月
単行本 495ページ
初 読 2021年12月18日
ISBN-10 415120038X
ISBN-13 978-4151200380
「文学」と「小説」の間に明確な区分などないとは思うが、これは、文学よりのスパイ小説。・・・・というより二重スパイを主人公とした文学作品、の味わい。
MI6の長官、その親友である医師(治療より毒物研究や謀殺担当?)、保安担当の大佐、主人公、そしてその同僚。登場人物は多くないが、描写は細やかで、それぞれのキャラクターが見事に立ち上がっている。とくにパーシヴァル医師の酷薄さは、現実にもまさに居そうで背筋が寒い。
また、かつての植民地宗主国の筆頭であるイギリスの小暗い歴史を背景に、登場人物各人がアフリカに向ける思いはイギリスならでは。アパルトヘイト政策を現地で支持した白人は、すでに入植から300年以上もたつ「アフリカ人」だったのか。こういう本でも読まないと、日本人である自分には気づけない事柄もあった。
二重スパイを疑われたMI6の若手の要員デイヴィスの死が周囲に及ぼす波紋。慎重に沈黙を守ってきた二重スパイがついに耐えきれなくなって、破綻していく様子がリアルである。
ラストの無情さ、無残さは、現実の世界情勢の救いのない無残さを思わせる。
彼は妻と再会できるのか。できたとして、年齢の離れた2人を死が分かつとき、妻は、かの国でどうやって生きていけるのだろうか? 彼らの息子の命運は? と最後のページをめくってこれが物語の終わりだと気付いた時に自分の中にのこされた不安と愕然に呆然とする。
人間は、卑小な存在なのに大きな物事を動かしたがりすぎだ、とも思う。
他人の人生、一国の命運、歴史、そんなものを担い、動かす能力など人間にはないではないか。主義を持たぬ者が、主義者達に翻弄される話でもある。なんとも感想としてまとまりがないが、まさにタイトル通り「ヒューマン・ファクター」を語り上げる物語だった。
よどみなく流れる翻訳も素晴らしいと思う。
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