2021年12月26日日曜日

0312 クリスタル(ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「クリスタル」 
原 題  CHOICE OF EVIL (Burke Series Book 11)」 1999年 
著 者 アンドリュー・ヴァクス     
翻訳者 菊地 よしみ    
出 版 早川書房 2001年6月 
単行本 584ページ
初 読 2021年12月25日
ISBN-10 4150796106
ISBN-13 978-4150796105
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/103382173   
 バークは、前作で出会ったクリスタル・ベスと、恋仲になっていた。
 バークの隠れ家の家主である男の逆恨みで長年住み慣れた隠れ家を失ったバークは、パンジイと共にクリスタル・ベスのセーフ・ハウスに移り住んだが、そんなときに、ゲイの集会に出かけたベスが、同性愛者を嫌悪する殺人者の巻き添えになり銃殺されてしまう。再び住処を失い、三度恋人を喪ったバークは、新しい生活基盤を作りながら復讐を心に誓っていたが。。。。

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 今作は、バークの内面の傷つきを深く感じる。
 長年住んだ隠れ家を失い、“表の顔”として手間をかけて維持してきた身元を失い、生計手段(小口詐欺)をすべて失い、おまけにパンジイを危うく失いかかる危機に晒された。
 そこに、クリスタル・ベスの突然の消失が加わる。バークの精神のたがが緩み始めたようだ。頻繁に解離が起こるようになっていて、ママの店の指定席でそうなったとき、ファミリー達が地下室に担ぎ込んで介抱していた。バーク本人にその間の自覚がないからどんな様子だったのかは語られないのだが、ファミリーの反応からして結構酷かったのだろうと推測する。バークの自己コントロール不全は不安な要素だ。バークとセックスしたがる女・ネイディーンは、なぜかバークに本能的な不安と怯えを抱かせるようで、バークの拒絶感が会話に現れ、コミュニケーションがほとんど成立しない。
 バークは、ネイディーンの何かを恐れて、言葉を尽くして近寄るなと言っているのだが、ネイディーンにはまったく疎通しない。バークが背中の毛を逆立たせた野生の小動物のように見える。自分に構うなと理解させようとするバークの努力が涙ぐましい律儀さだ。

 一方で、ふたたび登場したストレーガの変容が艶容に輝かしい。
 かつての性的に搾取された女の子を内在させていた未成熟な女性は、加害者であった男への復讐を経てある種の成熟に至っているようだ。
 ストレーガことジーナの初出は『赤毛のストレーガ』で、この巻では、彼女は幼少時から性的虐待を受け続けた女性そのものの姿だった。自分の性を差し出すことでしか、男性との関係を築くことができず、怒りが内面に渦巻いていた。その後、何年かがたち、彼女の目の前でバークはジュリオを殺すこともした。ストレーガの深い傷は、彼女の生来の強さで埋められてたようだ。傷はなくなりはしないが、まるで金継ぎによって、傷そのものが美しさと輝きを纏うように、ストレーガは成熟した女性になっている。

 バークは、自分と共通するストレーガの内面を恐れつつ、ストレーガに憩ってもいる。魔女の底なしの奥の深さを垣間見る。

 ストーリーは、クリスタル・ベスが巻き込まれた銃乱射事件の犯人を追うバークを意外な方向に連れて行く。ゲイを嫌悪する人々とゲイを隠れ蓑にした幼児性愛者に対する殺戮から、死んだはずの殺し屋ウェズリイの名をかたる殺し屋の存在が明らかになり、バークが接触を試みると、男は自分語りを始める。
 バーク、ウェズリイ、ウェズリイに成り代わろうとした男、ネイディーン、ストレーガ、すべてが幼児性愛の犠牲者であり、その体験が人格形成に大きく関わっている。バークとウェズリイはお互いがお互いになりたかった、合わせ鏡のような人間だし、ネイディーンとストレーガもしかり。

 ネイディーンとの関係、ネイディーンの中の病理、ホモ・エレクトスの中の論理、なぜそれがバークに理解できるのか、いろいろと未消化なままの読書となってしまったので、いずれ再読しようと思う。

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