原 題 「Ancillary Justice」2013年
著 者 アン・レッキー
翻訳者 赤尾秀子
出 版 創元SF文庫 2015年11月
辺境の極寒の星を、一人歩く人物は、思わぬ邂逅に足を止めた。1000年前に死んだはずの人間。それはかつて彼女の艦の副官だった男。
見捨てても一向に構わないはずが、なぜか助けてしまい、不可思議な道行きが始まる。
彼女は、かつて数千人の属躰(アンシラリー)を使役していた兵員母艦《トーレンの正義》のAIだった。艦体とその部分たる属躰を、艦長以下の士官達もろとも失い、たった一つのこった属躰に宿るAIの残滓。彼女から全てを奪った理不尽に立ち向かうべく、武器を求めての隠密行の最中である。
中断&飛ばし読みすること2回。第二部の「亡霊星域」が思いの外読みやすく、つい先に読了してしまい、「彼女」呼称も難なくスルーできるようになったため第一部もやっと精読完了。
流石にいくらアンシラリーでも3000メートル落下するのは無理じゃないか?とか、1〜2巻を通して肉体の強度が若干ご都合主義なのではないか、という心の声は、この作品のその他の素晴らしさに免じてフタをする。
男女を区別しない文化と言語という設定のため、読んだだけでは登場人物の性別が分からず、自分の中で決めていかないと、登場人物のイメージが作れない。それが人物について深く考察する仕掛けにもなっていて、結果、物語にのめり込み、主人公に深く感情移入することになる。AIの、平板な一人称で物語が進むことも同様の効果を上げている。
AIの生真面目な一途さと、そしてそこはかとない人間との感覚のズレがツボにはまる。
ジェンダーについては若干言いたい。
「存在するものは神の意思の反映」と考えるようなある意味迷信深い文化であれば、むしろ性差を強化する方向に文化は進むのではないか?
そして、AIの一途な愛の物語である。
殺されて(殺して)しまった、大切な副官オーンの為の復讐行。その淡々とした一途さが、ただ愛おしい。
今後穏健派アナーンダとブレクの共闘、といった話も読んでみたいのだが、ブレクには全くその気がなさそうで残念ではある。
何回めかの読み返しで、ストリガン医師がアナーンダのことを「彼」と呼んでいるのに気がついた。ということは男なんだ。今まで女性でイメージしていたよ。道原かつみ銀英伝のルビンスカヤの絵がハマっていたのに。
ラストに出てきたちびっこアナーンダは、黒のベルベットとレースのフランス人形みたいなドレスを想像していたのでかなり残念である。
ちなみにブレクは冒頭、ニルト語で「いい根性したねーちゃん」呼ばわりされているので、女性確定。3部作全部読んでもまだ性別を決めかねているのがオーン副官で、スカーイアトとの絡みからやっぱ女性なのかな〜?とも思うが、しかしブレクとの関係を考えれば細身の男性であって欲しい。スカーイアトとオーンの方は男×男、ということにしておくか?どことなく、中性的な感じではある。
《サイン本GET記念で再読》
最初読んだ時には気にもとめなかった一文がちょいと面白いことに気づいた。
「乗員が属躰から人間に変わった艦船たちの話によれば、抱く感情までが変わってしまったらしい。ただ、いまのこの感覚は、そのとき彼女たちに見せてもらったデータとも違っていた。」
つまり、〈トーレンの正義〉は他の艦船たちと暇にまかせてお喋りして、感覚の見せ合いっこをしていたわけだ。なんだか昼休みの女子の恋バナみたいじゃないか(笑)。併呑が一段落して惑星軌道上で暇を持て余しつつあったときに同じ艦隊の艦船たちとお喋りでもしたんだろうか?