2022年1月7日金曜日

0313 グッド・パンジイ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「グッド・パンジイ」 
原 題 「DEAD AND GONE」2000年
著 者 アンドリュ−・ヴァクス    
翻訳者 菊地 よしみ    
出 版 早川書房 2003年8月
単行本 582ページ
初 読 2022年1月●日
ISBN-10 4150796114
ISBN-13 978-4150796112
読書メーター  
 愛すべき老犬の、イタリアン・マスチフのパンジイ。バークの相棒、親友、同居人。バークは、はめられて銃撃され、バークを守るために敵に襲いかかったパンジイは蜂の巣にされて殺される。
 バークも九死に一生を得るも重傷を負って片目の機能を損ない、マックスの隠れ家にかくまわれて何ヶ月も潜伏する。
 やがて、活動を再開したバークは、パンジイの敵討ちを果たすために、自分を狙った相手とその理由を探し出す・・・・・

 シリーズのなかでもかつてない危機と苦難に見舞われたバークであるが、そのバークを助けるために登場する面子がこれまた素晴らしく、それこそシリーズ中かつてなかった“バディ物”の雰囲気が漂う。これは・・・・・・ひょっとして、 『ブルーベル』を超える名作なのでは!?
 サツ嫌いのバークをして一目置かせるシカゴの優秀な刑事、クランシー。かつてビアフラでバークが命を助けたことを今もって恩にきているホモの黒人、バイロンはパイロット&自動車運転の名手。その恋人の「国内では活動できない」諜報機関員(つまりCIA)のブリックもその技術でバークの支援につく。かつてポル・ポト政権下のカンボジアを生き抜いた経歴を持つ、才色兼備で大食の女ジェムは、バークの「押しかけ女房」に。幼い頃、児童精神病院を共に脱出したかつての美少年で今は超絶ハンサムな男に成長したパターン分析の天才ルーン、その部下のインディアンのレヴィは元海兵隊で長距離射撃の名手。これにいつものファミリーの面々と久しぶりに登場のサニー(ランディ)も加わり、為すことはただ一つ。バークの命を狙った奴を探し出す。そしてパンジイの復讐を。
 バークの命が狙われた理由を探すことは、すなわち、バークの過去を洗い出すこと。
 分析の天才ルーンに導かれて、バークは記憶のある限り、自分の過去を洗い出す。
 バイロンとのいきさつ、ルーンとの過去、子犬のパンジイを育てた思い出。辛い記憶をまさぐる度に解離を経験しつつ、ジェムに守られ・癒やされながら。前作のバークの不安定さと対象的に、この本のバークは静かだ。

“ジョー・ランズデールの新作が目に留まった。まだ読んでいないやつだ。” 

 ヴァクスはランズデールと仲が良いのだろうな、バーク・シリーズにはランズデールの本の登場率が高い。そして、ホモセクシャルの黒人キャラ、バイロンでレナードを連想する。

“「あんたは、どんなことだとおれに安心して話せるのかな?」”

 初対面のバークを、最初は自己紹介代わりに自分の用事に連れ回したあと、そう問うたのは、シカゴの有能刑事のクランシー。穏やかに、的確に。いや、バークのような人間との付き合い方を心得ているよな、と感心する。本当に良い奴だ。

 “女が立ち上がった。何かの小さな缶詰を開いて、中身を品よくフォークで白い陶器の皿に掻き出す、猫が近づいてきて、慎重ににおいを嗅いでから、女王然とした態度で、二、三口召し上がった。”

 ヴァクスは、犬のことだけでなく、猫のこともよく理解しているようだ。

“ジェムの食べ方は・・・・・慎重、という言葉がふさわしいようだ。ゆっくりと、一口ごとに何度も何度も噛んでいた。同時に着実でもあり、決してペースを乱さなかった。ローストチキンをまるごと平らげた彼女は、小さな白い歯で骨まできれいにしていった。ドレッシングをかけたサラダの大盛り。ロールパンを四度おかわり。アップルジュースを大きなグラスで三杯。オニオンリングのフライを一皿。付け合わせのロースト・ポテト。”

 自分は大食いだ、と挑戦気味にバークに話しを向けるジェムに、バークは、彼女が小さい頃に飢餓を体験していることを言い当てる。カンボジア人のジェムは、幼い頃にクメール・ルージュに知識人だった両親を殺されていた。そのジェムに、「あなた、どうなるかわからないって恐怖を知ってる?完全に無力だという恐ろしさ、・・・・理解できる?」と問われたバークは「ああ、知ってる」と答える。そんな一言で分かりあえるほど二人の体験は簡単なものではないが、二人は会話や行動を重ねるなかで、信頼を作っていく。

“「古い目覚まし時計をタオルにくるみ、子犬をそのそばで寝かしてやれば、母犬の心臓の鼓動のように聞こえて安心すると言われている。そうする代わりに、おれはパンジイをおれの心臓の上で寝かしてやった。」”

 自分の復讐の目的と理由をジェムに語るバーク。忠実なパンジイがバークを守って、死ぬまで勇猛に闘ったことの意味をジェムに伝えるためには、自分とパンジイの、子犬のころからの関係を語らなければならなかった・・・・・



 冒頭の激しさやバークの苦悩の深さにもかかわらず、パンジイの復讐を実行するという、極めて明確な目標を自分のなかに定めたバークは、非常に落ち着いている。そのためか、この本、これまでのシリーズの中で一番読みやすい。その上、改造車の蘊蓄、50年代、60年代の音楽、さらりと脇に登場する犬猫、銃器、とかなりマニアック度も高い。さらけ出されるバークの過去話も注目度高し。この巻の終わりに、しばしニューヨークを離れてポートランドを拠点にすること、つまりはジェムと一緒に暮らすことを決めるバークであるが、日本語版の刊行がこの巻で止まってしまっているのが非常に残念。ここからのバークの生き様をさらに追いかけたいのに。

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