2020年7月29日水曜日

0212  黒海奇襲作戦

書 名 「黒海奇襲作戦」 
原 題 「Torpedo Run」1981年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 池 央耿
出 版 早川書房 1984年12月

 陸(おか)での久しぶりの休暇だったのに、司令部に呼ばれて死んだ戦友の任務の引継ぎを命じられるドゥヴェイン少佐27歳。高速魚雷艇の艇長。その亡くなった戦友の妻が彼に逢いにくる。さあ、リーマンお約束の据え膳だ。彼女の悲しみを癒やすために二人でパブに入る。ロンドンの夜を襲う空襲。ショックを受けた彼女を横抱きにしてホテルに入るいやはやの展開。リーマン節に抜かりなし(笑)。まだ作戦も始まってないぞコラ!これまでに読んだリーマンで一番早い色展開である。
 主人公は絡み金筋の予備役士官組だが、魚雷艇5隻を率いて闘う局地防衛戦の英雄。新聞紙面を飾ったこともある。
 そして次の戦場、黒海へ船も人も中東経由で陸路移動。地図帳もしくは地球儀必携。ヨーロッパと中東と中央アジアの距離感を再確認する。ドイツ支配地域を交わして黒海入りするには、そういうルートになるのか!
 黒海のソ連基地をベースに、ソ連軍と協力して側面からドイツを脅かし、ソ連のドイツ侵攻を援助する為の特殊作戦。ドイツ側もあらたに魚雷艇戦隊を派遣してきた。そこに配置された敵は、奇しくも散々ドーバー界隈で名前を売っていた宿敵リルケのEボート戦隊《ゼーアドラー》。名前を聞いただけで格好よく感じてしまうのは銀英伝の影響か?今回は、珍しく敵の輪郭がはっきりしている。部下達や同僚のべリズフォードとの関係性は気持ちよく、協力するソ連側将校は得体も底も知れないが、どうやらドゥヴェインを気に入ってくれているらしい。チームワークよくやっていけそうなのに、そこを削りにくる身内の敵、無能で教条主義な上官。極限の前線で制服の着こなしや帽子のかぶり方に因縁をつける士官はろくでもないに決まってる。隠密行動上等の“名無し”状態で、5隻見分けがつかなかった魚雷艇にでっかく船体に番号を描かせたのが、その後の囮に利用するための布石だったとしたら、この男やはり許せない。
 重傷を負い一端戦線離脱、戦友の真の自殺理由が明らかになり、僚艦を失い部下達は戦死していく。前線の悲哀であるが、ラストは冒険小説の王道。リーマン節。

2020年7月26日日曜日

0211 若き獅子の船出 海の勇者/ボライソーシリーズ〈1〉

書 名 「若き獅子の船出 海の勇者/ボライソーシリーズ〈1〉」 
著 者 アレグザンダー・ケント
翻訳者 高橋泰邦
出 版 早川書房 1980年1月 
初 読 2020/07/26

 ボライソーシリーズの日本での1巻目。もともとジュニア向けに執筆された一冊だそうで、英国での発表順だとボライソーシリーズ8冊目だったそう。
 どおりで、小学生のころ主人公の冒険にワクワクしてページをめくった気持ちを思い出したわけだ。 

 若きリチャード・ボライソー16歳、士官候補生時代の活躍。提督を祖父に、勅任艦長を父を持つリチャードは、16歳とはいえ12歳から船に乗り込み、すでに4年のキャリアを持つ士官候補生。自ずと艦長を観察し、上に立つ者の姿勢と責任を学んでいる。直属の海尉に理不尽にしごかれても冷静に対処出来るが、まだ幼い候補生が虐められるのは見過ごせない正義感は、公平な指導者の片鱗を見せている。

 そして、退っ引きならない状況で海戦を指揮する事になった途端、現れるリーダーの資質。決断と剛胆さ。
 アレグザンダー・ケントはダグラス・リーマンの別ペンネームなので、まあ、艦長に女は付きものであるらしいのだが、さすがに主人公が子供だし、ジュニア向け作品なので、今回は「艦長の女」は登場せず(笑)、純粋な冒険活劇の仕上がり。
 若きボライソーの造形が、これまで読んできたリーマンの主人公達でいえば、『リライアント』のシャーブルック艦長の若い頃といった感じかな? ケント=リーマンを実感する。 彼、リチャードとこれから長い海路を共にするのだ。

2020年7月20日月曜日

0210 大西洋、謎の艦影

書 名 「大西洋、謎の艦影」
原 題 「Rendezvous – South Atlantic」1972年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1984年7月

 接収した豪華な貨客船を改装した武装商船巡洋艦が主役。
 武装して妙な姿になっている上、戦闘でほとんど上部構造をぶっ壊された挙げ句火災で真っ黒焦げ、しかも国旗でも海軍旗でもない奇妙な旗を掲げた「謎の艦影」。

 助けに駆けつけた僚艦からの問いかけは、〈貴艦ハ何者ナルゾ?〉と問われる。 シリアスな情景なのにそこはかとなく可笑しい。
 艦長はリンゼイ中佐33歳。大西洋輸送船団護衛で、ご丁寧に往路と復路でそれぞれ撃沈された経験を持つ。最初の護送船団護衛時は、自分の指揮下での戦闘中のことだし、自艦は沈没したものの、多くの乗員は退艦して、近くの商船に移ることができた。しかし船団の行く先、ニューヨークはまだ戦争を知らぬ賑やかな異世界で、今も空襲にさらされている祖国との解離に衝撃を受け、さらに英国への復路、乗客として乗った商船が、Uボートに沈められる。助けようとしたユダヤ人の幼い兄弟は、リンゼイの腕の中で死んでいった。この体験の衝撃からは回復しがたく、リンゼイはPTSDの辛い日々を送っていた。

 そんな彼に当てがわれたのが正体定まらぬベンベキュラ号。

 最初は屈辱感で一杯だったリンゼイだが、やがてこのおんぼろ艦が愛おしくなってくる。
 副長以下の多くが、商船だったころの乗組員。こちらも過去の栄光にすがって、愛する船が戦艦に改装されたことを受け入れられない。そんな部下を脅したりすかしたりしながら、一人前の軍艦乗りに仕立てあげ、さらには過酷な戦闘に向かっていく。そこに加わるさまざまな人間模様。もちろん恋も。

 華やかなりしころの商船が忘れられない副長ゴスに船内パーティーを開催させたり、候補生をその父である准将からかばったり、リンゼイの優しさが光るリーマン節。生真面目な正義感から、候補生の父親でもある准将と対立し、体よく艦を取り上げられそうになる。その准将は、なぜかベ号を旗艦に選び乗艦してくる。恨みを買うような、整備不良になりかねない嫌がらせをしておきながら、自分が乗り込むってどうなの?とは思わんでもない。ひょっとして、整備や補充の足を引っ張ったのは准将の仕業で、その艦に准将が乗り込まざるを得なくしたのは、准将に腹を据えかねた他の参謀の差し金か?

 ベ号乗員の意趣返しも小気味よく、身内の敵には鉄槌が下されるのも安定のリーマン流。

 なんとか身の安全を図りたい小心な准将であるが、武装商船だろうが、どれほど武装や装甲が貧弱だろうが、軍艦という名を戴く以上、先頭で闘う気概のリンゼイ。そして、艦内ともなれば、艦長が最高権力者である。

 ところでリンゼイ、なんだかんだで出世が早い。33歳で大佐に昇進した。まあ、不幸な事故までは、護衛船団の先任艦を務めていたんだから、出世頭ではあったのか。

2020年7月17日金曜日

0209 アドリア海襲撃指令

書 名 「アドリア海襲撃指令」 
原 題 「To Risks Unknown」1969年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高津 幸枝
出 版 早川書房 1994年1月

 地中海で高速魚雷艇戦隊を指揮してきた男が、惨い経験を経て草臥れたコルベット艦の艦長に任命される。ジョン・クレスピン少佐(27歳)は、失望や期待やもろもろを胸に畳んで新たな任務に臨む。その彼を指して
「ファイルを読んだところでは、ちょっと盛りをすぎたって感じですかな。正規の士官だというのに、与えられたのはあんなおんぼろコルベット艦だけでうからね」と言う参謀士官。
 ジョン・クレスピンは地中海で高速魚雷艇戦隊を指揮していたが、ある作戦で味方の船は全滅、部下達と海中を漂い、励まし合いながら夜明けを待っていた。ところが、現れた艇に救助されると思いきや機銃掃射を浴びせられ。
 次々と仲間が殺され、なんとか生き残った二人の部下と夜明けに海岸に泳ぎ着き、そのあと3日間砂漠を彷徨うことになる。陸軍の斥候隊に発見された時には、部下が死んだことにも気付かずに担いでいた。
 そんな過酷な体験を経て、与えられた次の艇はくたびれたコルベット艦。それまで指揮していた魚雷艇と比べたら、酷使された足の遅いコルベットは、格落ちも甚だしい。《シスル》号(あざみの意)というからには例のフラワー級コルベットである。

 だがしかし、この艦は、ある任務のために特殊部隊司令官のオールダンショー少将が特に手にいれたものだったし、クレスピンの任命も、かれの輝かしい軍歴を買ってのものだった。

 任務は小規模な奇襲と陽動、現地抵抗組織との協働。現地指揮官はかなりクセのある人物。やがてそれは、単なるクセでは片付けられない危険な兆候となる。
 功名心あふれる上官の無謀な作戦立案のもと、無口であまり感情を見せない彼が、部下や現地の人々にも心を寄せて行動していく。戦争小説としても冒険小説としてもこれは骨太で面白い。エピローグの余韻はなんとも言えず、切なさを感じる。

 翻訳の高津幸枝氏は、「舵中央」にミジップ、「前進全速」にフル・アヘッド、等、英語の操舵号令のルビを振ってくれているので、その気になって声にだすとなお楽しいぞ。

 お約束の主人公の恋人は人妻でも未亡人でもない、まともな美人が相手の恋愛路線で安心、と嵩を括っていたら、これまた大変なことに。彼の子供を身ごもっていたのに、イギリスに帰還する飛行機が行方不明に。おそらく撃墜。どこまでもクレスピンが痛ましい。それでも折れない。どれほど心が痛めつけられても、一人でも多くの仲間を救うべく、目は海図とジャイロを見つめ、操艦を命じ、戦時の軍人の生き様を見せてくれる。

 とはいえパルチザンの口を借りて、「こんなに愚直なまでに、しかも我が身の安全を顧みずに誠意を重んじるのは、英国人だけだ!」と言わせるリーマンの自画自賛には、ちょっと噴飯ものだとも思ったが。バルフォアに聞かせてやったら〜?

2020年7月11日土曜日

0208 巡洋戦艦リライアント

書 名 「巡洋戦艦リライアント」
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1998年

 レナウン級巡洋戦艦リライアント(レナウン、レパルスに続く架空の三番艦)が主役。もちろん艦長であるシャーブルック大佐39歳が表向き主人公なんだが、読んでいるうちに、この物言わぬ大艦が艦長に身を委ねている感じがひしひしとしてくる。

  シャーブルックは前の指揮艦だった巡洋艦ピラスを北極海で喪った。
  護衛航海中、遙かに火力に勝るドイツ巡洋艦3隻とたった1艦で交戦。救援に来ると言われていた味方の大型艦は現れず、ピラスは集中砲火を浴びて氷の海に沈む。乗員450名のうち生き残ったのは艦長含め8人のみ。 その後、怪我と喪失の痛手から回復したシャーブルックは、巡洋戦艦リライアントの新艦長として任命される。

 リライアントは、戦隊旗艦であり、ピラスが沈んだ時に救援に現れなかった巡洋戦艦の一隻だった。自殺した前艦長はシャーブルックの親友でもあり、親友の救援に駆けつけることができなかった自責の念が自殺に関係しているのか・・・とは、作中では言及されていないものの、十分考えられることではある。冒頭から因縁深い新艦長とリライアントである。

 戦隊旗艦であるからには、クセのある少将を頂き、艦の指揮権に干渉を受けつつも艦を掌握し、艦と次第に心通じる艦長。まるで小型艦を操縦するように巨大な巡航戦艦をコントロールする描写が良い。

 さてこのリライアント、作戦行動中に舵が効かなくなったり、機器が故障したりするやっかいなお嬢(この際、「老嬢」というのは余りに失礼)である。むろん、整備不良が原因の故障ではあるのだが、おかげで撃沈を免れたり、絶好の交戦海域に出たりする。
 艦橋でそんな彼女(の艦長イス)に手を添えたシャーブルックが「落ち着け、いい子だから。お前の言いたいことはわかった」と囁く。船の代名詞がsheで、無骨な戦艦が美女にたとえられるのが、これまで日本語の語感だといまいちピンとこなかったけど、リライアントは間違いなくツンデレ淑女。別に「艦これ」のシュミはないが、擬人化してもいいレベルでリライアントがかわいいと思える。

 艦隊司令である少将は、かつてシャーブルック、自殺した前艦長のキャヴェンディッシュと3人で、大尉としてリライアントに乗り組んでいたこともある人物で、人となりは知れている。武勲よりはあの手この手の世渡りと自己演出で出世してきた我欲の強い人物である。
 シャーブルックは口数は少ないが自分の主張は静かに通すタイプで、もちろん少将とは水と油。当初は静かに穏やかに少将を立てていたシャーブルックであるが、やがて対立が表面化するのは避けがたかった。

 さて、そんな艦隊司令と艦長を戴くリライアントはどうするのか。
 なにやら頑固な意志を感じさせるリライアントは、戦隊旗艦のくせして、最後は艦長シャーブルクと対立していた司令官を艦から叩き出したよ。あっぱれである。
 そして、その最後もまた、あっぱれだった。

2020年6月28日日曜日

0207  落日の香港

書 名 「落日の香港」 
原 題 「Sunset」1994年 
著 者 ダグラス/リーマン 
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1997年6月

 話は、戦闘の痛手を負ったちょいと影のある新任艦長が新しい指揮艦に乗艦するところから始まる。というもいつものリーマン節。
 今作の艦長はエズモンド・ブルック少佐29歳。
 スペイン内戦から逃れる人の救出作戦に従事中、モーターボートで避難民を輸送していて機雷に接触し艇ごと吹き飛ばされる。足に重傷を負い、2年軍を離れていたが、戦争による人材不足と本人の復帰要望が相まって駆逐艦勤務に復活、副長勤務を経て今回が初の艦長。酷い痛みは取れているらしいが、いまだに片足を引きずっている。
 奇しくも新たな乗艦はかつて新造艦だった時ブルックの父が艦長を務めた老艦サーペント。しかしまだまだ現役の、三本煙突の美しい駆逐艦である。サーペントには、かつてエズモンドの父が指揮を取っていたときに新前水兵だった男が操舵長を務めており、乗艦してきたエズモンドの姿に、かつて新造艦だったころの艦長の姿を見て涙ぐむ。
 艦長と同時に乗艦してきた航海長のカルヴァートは、もと戦闘機パイロットで、戦闘神経症で飛べなくなった男。ヴィクトリア十字勲章受勲者。香港への途中ジブラルタルで乗艦した士官は特殊部隊の爆発物操作のエキスパート。むしろこの香港行きは、彼を送り届ける為なのではないか?で、あれば爆発物専門家が香港で与えられる任務は何なのか。
 きな臭さ満載ではあるものの、大西洋を離れて、まださほど戦局が厳しくない香港への航海では局地戦すらなく、仕事といえば海賊相手の哨戒くらい。しかし、海賊と見えたものが実は海賊を偽装した日本軍であり、狙われた船は蒋介石軍に兵器を密輸していたことも判る。東洋の魔窟は英国人には難解すぎる。

 今回恋愛パートは二組の恋が同時進行。艦長の方は貞操の硬い東洋人女性相手なだけに、手を握る以上進展できないところも、なんか胸が苦しくてよろしい。もう一組は、これも心に傷を負っているカルヴァートである。愛し、愛されて癒やされていくのも、リーマン流。しかし、この二組の恋愛の結末は明暗を分けることになってしまう。
 エズモンドの方は、足を強打したのがきっかけで古傷が開き、艦を離れているときに大出血して倒れ、中国人富豪の娘リャンに助けられる。リャンの父の家で養生し、急速にリャンと接近するエズモンドであるが、実は彼女、かつてイギリス留学中に、今は香港基地の参謀を務めるエズモンドの弟のジェレミー(中佐)と恋仲だったらしい。
 しかも、エズモンドには以前婚約者がいたのだが、足の負傷が原因で、婚約者が将来性のある弟のジェレミーに乗り換えて結婚してしまった、という手痛い経験をしている。そんな体験が彼の足の怪我へのコンプレックスに拍車をかけていたのだが、醜い(とエズモンドが思っている)傷に目を背けずに手当してくれたリャンに心救われたのだ。一方のリャンもジェレミーが結婚してしまい失恋。この二人がくっつくって、まあ、安直な感じはないではないし、エズモンドは弟のお下がりでいいのか?と思わないでもないが、リャンが一途で素敵な女性なので、良いことにする。リーマンだしな。

 一方の航海長のカルヴァートの恋の行方は。
 再び操縦桿を握ったのに、恋人を喪ってしまい、日本海軍駆逐艦に特攻をかけたカルヴァートは、艦を救い、エズモンドの目前で散ったのだ。カミカゼ攻撃は日本軍の専売特許じゃなかったのか?

 パールハーバーの前後の国際情勢を英国視点で香港から眺めるこの話。日本軍の描かれ方はもっと酷くてもおかしくない。というか日本軍の香港侵攻とか全然知識が無かったので、もっと勉強せねば、と思った。ところで、エズモンドは艦長勤務より、艦長の目となり足となり艦内をまめに動き回らなければならない副長勤務の時の方が足が辛かったんじゃないかと思うのだが、よく勤まったな。怪我でリタイアや挫折を経験して、かなり老成していて、読んでいるイメージだととてもおっさんぽくって29歳若者の絵が思い浮かばない。それでも恋愛でちょっと周りが見えなくなったりしてカワイイところがあるし、周りがそれを承知しておおらかに祝福している感じなのも良い。全体的には、こういうのも悪くない、と思える東洋風味の作だった。

2020年6月21日日曜日

0206 輸送船団を死守せよ

書 名「輸送船団を死守せよ」
原 題 「For Valour」2000年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高津幸枝
出 版 早川書房 2003年

 グレアム・マーティノー英国海軍中佐、33歳。生粋の駆逐艦乗り。
 一方的展開になった戦闘の中で輸送船団を守る為に自艦をドイツ艦に体当たりさせ、自艦は沈没、自身は負傷し、部下の大半は戦死。この英雄的行為でヴィクトリア勲章に叙勲され中佐に昇進、新しい指揮艦に着任するところからストーリーが始まる。
 実は妻が親友である副長と浮気をしていたことを知っており、部下と艦を犠牲にした自分の指揮は果たして正しかったのか、自分の感情が一瞬の判断に影響していなかったか、と深い疑念と後悔を胸の奥に畳んで、新たな艦と任務に望むマーティノー。噂が早い海軍なので寝取られ男であることはすでに新しい乗艦であるトライバル級駆逐艦ハッカ号の全乗組員が知っている。そして、重傷を負って入院していた、親友であり、妻を寝取った男でもあった副長の死亡の報。決して望んだ形ではないが、一つの決着。
 自艦を喪ったばかりの自分に新たな艦の指揮をとれるのか、ハッカ号の副長は次の艦長となると目されていた男で新艦長の着任は心楽しくないだろう、と諸々不安はあるが、それでも自分にできる海軍の流儀に従って、部下を信頼し、部下に自分を信頼させるしかない。

 『殊勲の駆逐艦』と筋立てが似ているという評もあるが、マーティノー艦長という個性は、『殊勲の駆逐艦』のハワード艦長とは違う人となりで、一回り逞しさがある。ラストの海戦ではまた自沈攻撃しかけるんじゃないか、とかなりハラハラしたが、最後まで自艦を守り闘い抜いたところも上々な読み応えだった。

 『殊勲』のハワード艦長はどちらかというと神経が細やかで繊細な人柄で、戦争神経症一歩手前で踏みとどまっている必至さと、それが恋人の存在に癒やされていくところも読みどころだったけれど、マーティノー艦長はもうすこし逞しく、安定感があるところが魅力的である。
 どちらも共通して良いと思うのは、戦闘中に艦自身と意思が通じるような一体感を感じる瞬間が描かれているところ。リーマン節といえば、影のある男(艦長)と過去のある女が定番というが、この本ではそんなにイチャイチャしてません。念のため。

2020年6月16日火曜日

0205 殊勲の駆逐艦

書 名 「殊勲の駆逐艦」 
原 題  「KILLING GROUND」1991年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1996年 

 英国海軍のG級駆逐艦グラディエイターを指揮する艦長、デイヴィッド・ハワード少佐(27歳)。Uボートが跋扈するまさにキリング・グラウンド、大西洋ですでに長く護送船団の護衛を務めている。直近の任務の後イギリスに帰り着き、今は艦の解体修理と補給を終えたところ。前回の護衛任務は、40隻の船団で米国を出発し、イギリスに辿りついたのはたったの13隻だった。その航海の労苦が、まだ若いはずの艦長の顔に影を落としている。そして、グラディエイター号に届いた次の命令は、「北ソ連」向け輸送船団の護衛だった。(なんてーこった。ユリシーズと同じかよ!と、私の心の声。)

 まずは、艦隊の集合地である北の港にむかう。
 それすら、ノルウェーがドイツに獲られて沿岸の制海権がドイツに移っている北海では、気の許せる航海ではない。やっと、アイスランドのレイキャビク港に入港。休暇中のほっと息抜きできる場所すらも陸(おか)の盛り場ではなく、自艦の艦尾にある艦長室であるという内省的なハワードは、作戦行動中は使用しない艦長室にやっと向うことができた。艦長室では、従兵ヴァランスが艦長の為に部屋のストーブに火を入れ、フロを沸かしてくれている。ヴァランスは、艦長の深い疲労を見て取り、この若い艦長が自分たちを港に連れてきてくれた、これからも自分たちを導いてくれる、と信頼を深める。この信頼関係が海軍物を読む醍醐味だ。

 さて、休暇中や陸の上での人間関係と、海の上での作戦行動を交互に描くのがリーマン流。
 この北海の輸送船団で戦闘中に散った航空機パイロットの妻(未亡人)がおもむろにストーリーに絡んでくる。リーマンとくれば、一目惚れと不倫。ちゃんとハワードが彼女に一目惚れするのは、もはやお約束。とにかく、一瞬にして、彼女シーリアは彼の忘れられない人になってしまうのだ。
 北海の後は、再び大西洋。
 第一次大戦の戦傷で体が不自由になっていた父が、空襲の犠牲となる。父が亡くなったという一報をハワードにもたらしたのは、シーリアの父である将官だった。父の訃報にショックをうけるハワードの手に渡されたのは、英国海軍伝統のホースネック。この飲み物を用意した従兵は、ハワードに父の訃報が伝えられることを知って、ハワードの艦の従兵ヴァランスにハワードの好物を問い合わせ、急いでこの飲み物を用意したのだった。

「これが必要だった」とハワードは従兵に感謝を告げる。
 
 敬愛する父の死と、親しい友の艦が次々に目の前で沈められていく戦争の過酷さに、ハワードの精神もだんだん追い詰められていく。
 戦闘後に手の震えが止まらなくなり、副長のトリハーンは震えるハワードの手を掴んで、彼の代わりにパイプの世話をしてやる。副長も、年若く繊細でもある艦長の精神が次第に壊れていくのを見守るしかない。止めの一撃になったのは、かつてのグラディエイターの副官で、ハワードの親友でもあるマラックが艦長をつとめるコルベットが血祭りに上げられたこと。あろうことか、Uボートはコルベットを航行不能にした上で海に浮かべておき、救助にくる僚艦の囮としたのだ。
 マラックのコルベットは救援に駆けつけたグラディエイターの目前で撃沈された。打ちのめされるハワード。

 ハワードの精神的危機を案じた上官のヴィッカーズ大佐は、ハワードに短い休暇を取ることを命じる。そのまま艦の指揮権を奪われ、傷病を理由に陸に上げられるのではないかと抵抗するハワードに、ヴィッカーズは、ハワード不在中は、自艦がオーバーホールに入って指揮する艦がない自分が先任士官として代理でグラディエイターの指揮を取る(つまり、後任人事はしない)と説き伏せる。無理矢理休暇に出されたハワードを迎えたのは、恋人となっていたシーリア。わずか9日間の二人だけの時間。愛し合い、語りあい、心の澱を吐き出すことで、ハワードは心が満たされ、癒やされていく。おとぎ話のようではあるが美しい。

 休暇から戻ったハワードは、副長がおどろくほど自信に満ち、逞しく、安定していた。そして中佐への昇進。ハワードもまた、グラディエイターを離れて、次の階梯に進まねばならない。また、グラディエイターは護衛艦への改修も決定されていた。せめて、愛するグラディエイター号を信頼する副長の手に委ねたいと願うハワードであるが。

 グラディエイターの最後の航海となったのは、機械のトラブルで航行不能となった病院船の救助。病院船は、それと分かるように煌々と明かりをつけ、赤十字マークを照らし出しているものだが、電源を喪失した大型船はそれもできず、大洋のただ中で、大きな標的でしかない。乗員は500名以上の傷病兵たち。船を守れるのはグラディエイターだけ。
 Uボートの接近を察知し、病院船とUボートの間に回りこむグラディエイター。まるで艦自身が意志したかのように、病院船の身代わりとなって、グラディエイターはその身に魚雷を受けたのだった。

 負傷し、苦痛に喘ぎながらも総員を退避させ、ハワードは、救命いかだから沈みゆくグラディエイターを見守る。グラディエイターは、ハワードと別れることを拒み、護衛艦へ改修されることを拒み、誇り高い駆逐艦でありつづけようとしたのか。

 第二次大戦中、激戦を闘い抜いた英国海軍G級駆逐艦の一隻の、最後であった。

2020年6月13日土曜日

0204 影の護衛

書 名 「影の護衛」 
著 者 ギャビン・ライアル 
翻訳者 菊池 光 
出 版 早川書房 1993年6月 
初 読 2020/06/13 

 マクシム少佐、渋くて、ちょっとニヒルで、格好いい。傍目にはそれとは見えない熱を持っていて、自分の義務に忠実。目先のことをやるだけでなく、自分の立ち位置、存在意義、全体像を俯瞰できる感性を持っていて、ほんのちょっと、甘さもあって、なによりも自信がある。要は、人間味と存在感がある。
 ガチの陸軍将校(歩兵大隊出身、SASを二期つとめ、軍服にはパラシュート記章)。
 妻は、中東の任地にマクシムを訪ねたおり、搭乗した輸送機が爆破されて死亡。10歳の一人息子は両親の家で育てられている。一人暮らしの部屋とデューク・エリントンのレコード。官邸内での微妙な立ち位置。町中での銃撃戦かと思うと、KGB将校との駆け引き。日常と非日常がきわどく接している緊張感と、自分は腕力だけの兵隊ではない、国防に携わる陸軍将校であるとの強い矜持、政治とは違う規範で行動していることの有言・無言の主張。これらが綯い交ぜになって、マクシム少佐という男を形作っている。

  そんな彼は、このたび首相官邸勤務に抜擢されて、当初、何をすべきか途方に暮れたものの、着任早々、首相官邸に手榴弾(実は模擬弾)が投げ込まれる事件があり、それに対処したことから、新しい職場に馴染みはじめる。そして、諜報のまねごとをする羽目になる。だんだんまねごとでは済まなくなるが、軍人らしい寡黙さと、果断な決断力と行動力は、上司である首相補佐官(ジョージ)も不安を催すほど(笑)。ただし、本人は、あくまでも自分の判断で必要とされたことを自分なりにこなしているだけ。

 時代は冷戦時代、第三次世界大戦は核戦争であると誰もが確信していた時代である。
 イギリスとアイルランド、フランス、チェコ、ソ連。当時の関係性にさほど詳しいわけではないが、あの時代の空気感は、記憶にある。とにかく諜報戦が渋くて、静か。元SASだからといって、いたずらに銃をぶっ放したり、町中を駆けずりまわったりする作品ではない。陸軍将校同士の平時の付き合いとか、軍隊内の日常など、政治とは別の世界の、もともとマクシム少佐の馴染んでいた世界が垣間見えるのも良い。

 訳のカタカナが少々時代がかって見えるが、気になるほどではない。(主人公が「ハリー」ではなく「ハリィ」であったり、セーターがスエター、ウィスキィがストレイトであったりする程度だ。要は、菊池光氏の翻訳だ。菊池氏の仕事は他にはヒギンズ、ディック・フランシス、ロバート・B・パーカー、、、、と。納得。訳者で追いかけるのもおつです。
 『深夜プラス1』も良かったが、自分的にはこちらの方が好み。「深夜プラス1」のように、そのうち新訳出してくれないかしら。それも読んでみたい気がする。

2020年6月8日月曜日

0203 眼下の敵

書 名 「眼下の敵」 
原 題 「Enemy Below」 
著 者 D.A. レイナー 
翻訳者 鎌田 三平
出 版 東京創元社 1986年11月 
初 読 2020/06/08

 1943年南大西洋。大西洋の戦局は大きく変化している。ウルフパックは連合国側の護衛艦隊に軽空母が加わり連合軍側に軍配が上がった。この話は単騎のUボートと英国駆逐艦ヘカテの一騎討ちである。
 映画『眼下の敵』が騎士道精神に溢れているので(勿論大好きだ)、原作のこの両艦長の捻くれ具合がいささか可笑しい。
Uボートのフォン・シュトームブルグ艦長は貴族らしく高慢だし、駆逐艦ヘカテ艦長のマレルはどこか屈折してる。
 そんな二人が海の中と上で神経をすり減らして頭脳戦を繰り広げる。本文中の要所要所に、戦闘中の航路のプロットが差し込まれているので非常にわかりやすく、勉強にもなった。
 ラストはもはや喜劇だが、これはこれでおもしろい。ボートの上の連中はまだしも、どうやって海中で殴り合いするんだ。 戦っているのは国と国、主義と主義であって、一度戦列を脱したら人間同士に戻れる、と言わんばかりの理想主義あふれる米映画版に比べて、この原作の洞察のシビアなことよ。

「艦長は自分がもう一度、戦争をやり直しているような気になった。」
「ドイツ人とは決して和解できない」
「戦っていたのは人間そのものだったのだ」

 このシビアな洞察。さすが英国人と言うべき? そりゃあEUも上手く行くわけないよな、とほぼ小説とは関係のない感慨を覚えた読後である。 
 英国海軍の伝統らしい、熱々甘々なココアが美味そう。マレル艦長に言わせると、アメリカ人はコーヒーを飲むらしい。英国人でよかった、との事。イギリス人は本当にチョコレートが好きなんだと再確認。

 こちらは、ハリウッド版『眼下の敵』言わずとしれた名作である。主演、ロバート・ミッチャム、クルト・ユンゲルス。駆逐艦は、米海軍ヘインズに変更されている。撮影には米海軍が全面協力し、駆逐艦も爆雷シーンも本物らしいので、文句はいえまい。素晴らしい迫力である。
艦長が時計で時間を計って魚雷をかわす名シーンは何度見ても飽きない。やや、Uボートの中が広くて小綺麗にすぎるかと思わないではないが、クライマックスのUボートの魚雷攻撃、捨て身の欺瞞作戦、退艦命令、体当たり攻撃からの、Uボート上の負傷者救出、そして最後の水葬シーンまで、以後の駆逐艦戦モノの原型全てが詰まってるといっても過言ではあるまい。


 駆逐艦ヘインズが魚雷で致命傷を負ってから、機関長が艦内通話で「まだ2番ボイラーから蒸気が取れます」と艦長に告げるシーンが好き。私の機関長好きの原点も此処にある。