2023年6月11日日曜日

0429 深山の桜 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

書 名 「深山の桜」
著 者 神家 正成 
出 版 宝島社 2016年3月
文 庫 479ページ
初 読 2023年5月9日
ISBN-10 480025342X
ISBN-13 978-4800253422
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/114261338
   
 憲法と現実と政治的思惑の狭間で、つねに不安定な立場を強いられる自衛隊。PKO(国連治安維持活動)は、ときどきの政治や外交の手練手管にされ、末端の現場の隊員の安全はないがしろにされる。武力行使を禁じられたまま、「紛争地域ではない」との言葉遊びで、内戦地帯に送り込まれる。霞ヶ関にとっても市ヶ谷にとっても、一兵卒の命は軽いものなのか。しかし、もし本当に自衛隊員の命が軽いのなら、たぶん政治にとっては国民1人1人の命も同じく軽い。

 南スーダンに派遣された自衛隊。登場人物1人1人が抱えている問題は、一つ一つが重く苦しい。亀尾の鬱屈、心神喪失の発作にまでつながる杉村の苦しさ。保身が強い幹部。狭量な古参。どこか影のある元部下。読んでいる側も、いったいどこにつれて行かれるのか、皆目分からない。救われたとすれば、派遣隊長の三角一佐の温和で思慮深く、潔い指揮官ぶりと、香りが漂ってきそうな、うまそうなコーヒー。
 宿営地で起こった事件は42発の銃弾と小銃の紛失。それを3人の探偵役が追う。主人公の亀尾、その部下の杉村、なぜかオネエ言葉の植木礼三郎。植木には別話もあるらしく、この本では「なぜにそのキャラ?」の疑問には答えてくれない。
 クーデター未遂が起きて、内戦の危機が最高潮に高まる南スーダンで、いつ砲撃されてもおかしくない緊張が高まっているのに、国内向けには「平和」ということにされていて、味方や民間人が目前で殺されそうになっても「駆けつけ警護」すら認められない、無責任かつ不安定極まりない状況下での探偵ごっこは、そのアンバランスさにくらくらする。特異な状況下での単なるミステリーなのか?それにしても、現場の異常な状況を世に問いたいという動機と、自衛隊に復讐したい、という動機が混じって起こされた事件としては、手が込みすぎてはいないか? と思い始めたところに投げ込まれる”爆弾”(杉村兄)の凶悪なこと。しかし、ただ凶悪なだけではないのがまた凄いところ。

 まがうことなき悪役(ヒール)だったはずの、杉村の兄による新聞の書名記事

『・・・戦後七十年を迎えるに当たり、我々は自衛隊の存在意義を、実質的な観点から見直す必要があるのではないだろうか。そして、それは同時に憲法第九条をはじめとした法整備の見直しであり、我々日本という国家が、世界平和の実現に向けて、どのような理念を持ち、役割を果たすべきなのかということを、世界に表明することである。国民すべてが切実に自分の問題として捉え、現実の問題から目を逸らさず、十分な議論を尽くす時期に入っているのではないだろうか。我々は戦後、自らの暗部から目を背け続けてきた。しかし、問題の先送りは悲劇を繰り返すだけである。今、日本は国家の矜持を問われているのである』

 これがまさに著者が世に問いたいことか。それをこの男に言わせる。一気に、この日本で生まれ日本で育ちながら、一日違いで日本国籍を得る選択肢も与えられなかった在日(3世か4世の世代?)の人物像に厚みが生まれる。どのように育ち、考え、生きてきたのか。なぜ新聞記者になったのか。どのように生きることを希求しているのか。

 そして、杉村は、これからどのような自衛官になっていくのか。

 ラストで妻の想いのような『深山の桜』に出会った亀尾が、なにがしかの希望を得て生還したことを願う。

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