2022年5月15日日曜日

0346 所轄刑事・麻生龍太郎 (新潮文庫)

書 名 「所轄刑事・麻生龍太郎」 
著 者 柴田 よしき         
出 版 新潮社    2009年7月(文庫旧版)
    KADOKAWA 2022年7月(文庫再版) 
単行本 384ページ
初 読 2022年5月14日
再 読 2022年7月26日
ISBN-10 4041125324
ISBN-13 978-4041125328

KADOKAWA 版(新)
『RIKO』シリーズ、『聖なる黒夜』の麻生龍太郎、駆け出しの所轄刑事時代の短編集。
 『聖なる黒夜』から追いかけて5月に古本を入手したのに、7月に新版が出た、というタイミングの悪さだったが、それでもありがとう角川!
 本棚に美しく並ぶ本も大好きな私としては、背表紙が揃うのはとても嬉しい。
 
 そして新たに収録された短編はもっと嬉しい。

 ちなみに駆け出し刑事麻生の所属する「高橋署」、読み方は「たかばし」、場所は江東区高橋で、現実世界では深川署の管内なので、モデルは深川署かな?そして、思いのほかワ
ンコ本だった。

◆大根の花◆
「早く行ってやらないとな。もし奴が本ボシなら、今ならまだ、刑事事件としては微罪だ。謝罪させてそれで被害者が納得すれば、送検しなくても済む。だがほおっておけばきっとエスカレートする。未来を棒に振る前に、止めてやろう」
新潮社版(旧)
 

  のちに山内練の事件のときの、麻生の心境の底にもこんな思いがあったのだろうな、と思わせられる、先輩の今津刑事の言葉。ホシは社会性の身についていない気弱で精神を病んだ大学生。この時は刑事の優しさが大きな不幸を未然に防いだが。

 だが、麻生の「やさしさ」はもう一人の不遇な少年に、これからどう対処するのだろう。明日、話を聞く。被害宅に一緒に謝りに行く。それから? その少年の更生は、麻生が出会った少年を心配する花が好きな少女の愛情次第なのだろうか。少女の愛した少年は、傷つき、卑屈で、猜疑心が強く、押さえ切れない暴力衝動があり、ポケットにナイフを持ち歩く。それだけでなく、短絡的な腹立ちを発散させる為にそれを使う。そんな少年の育て直しをあんたは無責任に、少女に期待するのか。かといって、刑事事件で処理するほどの大きな事件ではない。まさに「一緒に頭を下げる」ことで事件は解決する。で、その後は?
 麻生は、きっとその後は追わないだろうと思う。たとえば、自分に連絡がとれるように電話番号を渡して、いつでも相談に来い。と言ってあげるだろうか。自分の冷淡さを仕事の上での割り切りと思うことができる男だから、山内練の事件でも失敗したのだ。だけど、きっとこういう少年を救う可能性があるのは、夜廻り先生じゃあないが、そんな「職業」の垣根を越えた大人の関わりだけだろう、という気がする。

◆赤い鉛筆◆
 共同洗濯場があるような、古いアパートの一室で縊死死体で発見された若い女性。検死の判断は自殺。だが、高い所から吊ったはずのロープは切断されており、梁や窓枠やカーテンレールかなにかに結び付けていたはずのロープの反対側が見当たらない。不自然な現場に麻生は納得がいかないが、多少の違和感があっても自殺と断定されれば、警察に捜査権はない。その前に、と急ぎ捜査を進める麻生達所轄の刑事。「民事不介入」の原則のギリギリの際まで刑事の矜持が事実を追い込んだときに、真実が明らかになる。

◆割れる爪◆
 「そりゃ、女にだって浮浪者はいるだろうさ。けどな。女の場合は、全部なくしてもひとつだけ金に換えられるもんがある。よっぽどのババアでない限り、夜は屋根のあるところで寝られるんだよ、本人が割り切りさえすりゃな」

 援交、パパ活、神待ち、なんて一瞬犯罪からは離れた印象を与える罪作りな言葉も流行ってるが、結局のところ売春行為で、れっきとした犯罪。売る方も買う方も。でもそうやって一日一日をなんとかやり過ごしている女性は確かにいる。しかもかなり沢山いる。場合によっては暴力団がバックにいて管理されている場合だってある。女の側が割り切りゃあいいってもんではない。そんな女性の苦難。だからって、ワンコ? ありそうで、ありそうもない話ではあった。

◆雪うさぎ◆
 話の筋とは関係ないが、かつて、某専門系大学の剣道部出身者が当たり前とする職場内での過酷な上下関係・・・・・単にパワハラともいう、を身近で耳にする経験があったので、及川と龍太郎が所属した大学剣道部もそんなんだろう、と想像した。あの人たちの1年でも先に入学、そして入職したことで得るヒエラルキーたるや、常軌を逸していたと思うよ。もし、自分がパワハラを受ける当事者となっていたら、たぶん、こっちも死ぬ気で追い込みかけたろうな、と思う。幸い(と、言ってしまうと、実際のパワハラ当事者だった知り合いに申し訳ないが)自分は当事者ではなく、残念ながら目撃者ですらなかった。
 ところで及川、警部補とはいえ28歳の地方公務員の身で、神楽坂の賃貸マンションに一人暮らしはちょっと豪勢過ぎるんじゃないか? 家具・インテリアも洋服も趣味が良いし、ひょっとして良いとこのボンなのかも。

 ちなみに、珈琲チェーン店の緑色の看板といえば、「珈琲館」ですかね。写真は菊川店。両国駅近に“ヒー館”があるかどうかは知らないけど。高校時代、仲間や先輩たちと放課後にたむろったのは、“ヒー館”、今はなき珈琲チェーン店の“コロラド”(現在はドトールを展開)、リーズナブルだった喫茶店の“ヒルトン”そして紅茶専門店の“アロマ”・・・・・これ、ひょっとして身バレするかも?

◆大きい靴◆
 気は小さいが頭は賢く、飼い主の小学生の女の子の指示に合点承知!と得意顔の柴=ポメ雑種を想像するとどうにも面白い。
 それにしても、大きな長靴のくだりはどうでもいいかな、と思った。男の子の存在に重きをおきたいがために、犬やらなんやら、作り込み過ぎな気がする。もっとシンプルな話でいいのに。

◆エピローグ◆
 本庁に異動の辞令を受けた龍太郎。
 仕事ではスーツをビシッと決めた及川の私服は白いセーターに黒のジーンズ。真っ直ぐな背筋が武士を思わせる。白の上着に黒のズボンって、思えば剣道着と同じ色合いだ。
「身だけは守れ。破滅しそうになったら逃げてくれ」
 及川がそういうからには、やっぱり龍太郎はどこか、いつか、破滅しそうに見えるんだろう。どっかなんか足りない。と感じる龍太郎は、その「足りない」部分にこれからの人生を支配されていくんだな。別れは、龍と純どっちが悲しかったんだろう。

◆小綬鶏◆(角川の文庫再版に収録)
 角川新版に新たに収録された特別書き下ろしの短編。
 龍太郎の手元に届いた一通の封筒。中には美しい筆跡の手紙。
 かつて龍太郎が逮捕した男が、病没したとの知らせだった。罪を償ったあと、陶芸作家になっていたその人が、龍太郎に残したのは、陶器の鳥の置物。
 鳥はコジュケイ。「ちょっとこい」と鳴くことから、別名は警官鳥というそうだ。

“そうだ。自分は、正義の為にに警察官になったわけではない。そして、悪を憎むと言い切る自信もない。”

“警察官とは、なんなのだろう。道を踏み外してしまった者にとって、自分を逮捕する警察官とは、どういう存在なのだろう。” 

 

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