2022年5月30日月曜日

0349 朝日のあたる家 Ⅰ(角川ルビー文庫)

書   名 「朝日のあたる家 Ⅰ」
著   者 栗本 薫    
出   版 角川書店   1988年10月(単行本初版)/200211月(文庫初版)
文   庫 394ページ
初   読 2022年5月26日
ISBN-10 4044124175
ISBN-13 978-4044124175

 最初に書いておくと、このイラストはぜんぜんイメージじゃない、と思ったんだよ。やっぱり、「翼あるもの」の竹宮恵子のイメージが強すぎる。『ムーン・リヴァー』の表紙はとても素敵だったけど、と。
 ところが読んでいるうちに、なんだか馴染んでしまった。とくに、絶対違う!と思った島さんが、なんだか「あれ?これでもいいのか?」と。

 タイトル『朝日のあたる家』というのは、米国のトラディショナル・ソングで、多くの歌手が歌い、いろいろなアルバムに収録されているほか、日本の歌手も様々にカバーしている。私の記憶に残っているのは、女性ヴォーカルのものだったのだけど、ジョーン・バエズだったか?
“ニューオーリンズに朝日のあたる家と呼ばれる家がある、そこは娼館で多くの少年や少女が身を落とす。私のようにはならないで。この家に近づかないで・・・・”といった内容。歌詞にも色々なバージョンがあって、少女ではなく男、娼館ではなく刑務所のバージョンなどがあるとのこと。有名なアニマルズのは少年院のバージョン。



こちらもオススメ。ジュリーの『朝日のあたる家』です。この歳になって、(若かりし頃の)沢田研二にうっとりする日がやってくるとは思わなかった。人生って、いつも新しいわね。


動画を張りたいのはやまやまだけど、著作権的にどうなの、多分ダメな気がするので、リンクを張っておきます。必見


 さて、冒頭からジゴロっぷり全開の透ちゃん。結局これが彼の生き方なのね。とくに己を卑下するでもなく、自然体なのにほっとさせられます。『翼あるもの』の頃には、とにかく赤むけの膚を晒しているような悲痛な痛々しさに溢れていましたから。33歳になった透ちゃんは、かつて自分を拾って、愛して、死んだ巽と同じ歳になっていることに、静かに驚いている。透も大人になったな。
 巽が死んでから7年。一日一日を、どうにかやり過ごすし、死んでいないから仕方なく生きている、毎日のすべてが面倒くさい。そうはいうものの、時間の経過とともに、気持ちも落ち着いて、自分というものにやっと馴染んできて、透はけだるいながらも人肌の温かさのある、深みすら感じさせる人間になってきている。そして、透が相手にしている女は、自立して生命力に溢れていて、健康的なのだ。変温動物の透ちゃんが、岩場で日光浴するイグアナみたいに女の体温と生命力にぬくもってるって感じを受ける。

 透は触媒みたいなもの。
 透自身はなにもしなくても、(・・・ほとんどなにも。いや、結構バカなことを仕出かしてるか、)透の周りの人間がどんどん変化し、グズグズに崩れていくようだ。巽、雪子、亜美、良、風間、そして島津まで。そこで起きる変化は、在るべきものが在るべきところへ向かうものであっても、変化の過程があまりにも激烈で、同時に、痛手もあまりにも大きいから、誰もがあえて望まない変化であるにも関わらず、透が介在することによって、それが起こってしまう。自分は自分のことで一杯一杯、ただただ一日一日をなんとか生きているなだけなのに、と透本人は困惑するのだが・・・

 10年振りの良との再会は、巽の墓の前だった。良は、なぜ透がそこにいたのか知らない。しかし、この思いがけない良との再会が、透の生活にも、透を間に挟み火花を散らす雪子と亜美の母子にも、そしてあろうことか辣腕をきかせ、テレビ局内では“天皇”とまで奉られている島津の仕事にまで大きな影を及ぼしていくことになる。
 良は結婚そして離婚をし、麻薬中毒になり、仕事にも陰りが出ている。バックバンドのレックスは解散してソロとなり、良を支えるのは風間一人になって、風間は良に翻弄されて破綻寸前になっている。
 与党の超大物政治家朝倉の妻である雪子、その娘の亜美はそれぞれが透に入れ込み、透とそのパトロンであると目された島津が朝倉の恨みを買ってしまう。
 島津を窮地に追い込んだことを知った透もまた、袋小路に入り込み、良が離婚した相手である真木アリサに近づく。良を傷つけた女に仕返しがしたかったから、は多分建前で、透はだれか他人の力で破滅したかったのかもしれない。
 その誰か、になったのは、良を溺愛する風間だった。
 アリサと一緒にいるところを良と風間と鉢合わせした透が風間に激しく殴られる。嵐が去った後の虚脱感は透を死に誘うが、そのとき透は、帰るべき場所があることに気付くのだ。島津のマンションに戻り、殴られて腫らした顔を島津に晒して、透はそのことを島津に告げる。透のために、天皇とまで言われ、社長に手が届くところまできていたキャリアを投げ打つ決意をしていた島津も、ついに、自分の決して表にださなかった愛情が報われていることに気付く。

(巽さん。誉めてくれよ————おれ、あんたなしで、七年も生きてきたんだ・・・・・もう、いいだろう。もう・・・・・)

 巽から与えられた愛情の記憶が、これまでも何回も透を生かしてきたのだろう。しかし、このとき、透を生の方に引き寄せたのは、巽の思い出ではなく、島津への気持ちだった。
 どこをとっても、透ちゃんは切ないのだけど、ここは極めつけに切ない。


 これまで、風間や透の目を通して、その輪郭しか語られてこなかった良が、ついに自分の言葉で自分のことを話し始めるこの物語。良は透を傷つける存在ではなくなり、透は自分の、良への深い愛情を自覚しつつも、そのあまりの不安定さに慄いてもいる。その透をバックアップする島津がどんどん“いいひと”化。かつてのサドの帝王の面影はもはやない(笑)。そして、透に示す嫉妬と愛。いやはや。

 透が、この年月でなんとかかんとか乗り越えてきたもの、それなのに良に再会して引き起こされる過去への心の揺らぎ、必至で事態を掌握しようとする、だけどできない足掻き、透を触媒として巻き起こる周囲の感情。透目線での「どうしようもなさ」が、読者の透への愛をいっそう搔き立てるこの巻。まだ全5巻の一冊目でこれだ。これからどうなってしまうというんだろう。(いや、知ってるけどさ。)


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