2022年5月20日金曜日

0347 翼あるもの 上(文春文庫)

書   名 「翼あるもの 上」
著   者 栗本 薫    
出   版 文藝春秋 19855月(文庫初版)
文   庫 353ページ
初   読 1985年?
再   読    2022年5月20日
ISBN-10 4167290049
ISBN-13 978-4167290047


 読書メーターやAmazonのレビューをざっと見るに、BLから入って源流に遡るみたいに、いわば、その道を極めるために古典を読むみたいにして、この本を手に取る人が一定数いるみたい。

 当時この道を表現する隠語が「やおい」だったり「風木」だったり「June」だったりした頃の耽美で背徳的で不健康で、少し背伸びしていて、親には絶対にヒミツだったりしたあの空気感は、昨今の元気で健康でオープンで幸せな感じのBLにはないなあ、とノスタルジーに浸りつつ、〇十年ぶりの再読。

 あの時代があってこそ、今の日本のLGBTQがあるんだろうかね。性的マイノリティの知識を一般に広げる一助にはなったんだろうか、それともかえって、偏見を助長したのだろうか。あの頃は「美少年」愛だったものが、今はちゃんと大人の恋愛になっているのにも、ジャンル的な成熟を感じる。

 

 と、そういう往年の読者っぽい感慨はさておき、内容的には、ジャズやロックの蘊蓄とTV業界のウラ側と、風間視点のスター理論と、偶像化・美化された今西良に対する賛辞と耽溺の大渦巻きです。風間の独白になんとか移入できるまでの前半はもう、読んでてツライ。風間さん。あんた、人間の中身をなんも見とらんだろう? 人間はロマンチシズムや熱狂だけでは出来てないぞ。と。だがしかし、中盤過ぎて、そんな風間に慣れてしまったものだか、なんと引き込まれてしまった。凄いぞ、栗本サン。そしてラストの大惨事。わたしゃ、森田透推しなせいか、どうにもジョニー命の風間はおバカで好きになれなかったのだけど、だんだん彼に同情心も沸いてきました。

 

 逆説的になるかもしれんが、この話には今西良という青年本人は登場しないのだ。

 登場するのは、風間のイメージの中にある、今西良という姿をとった偶像。聖なるミューズに対しては全てが赦されるのだ、という独善的な妄想と妄執によってすべてが正当化され、個人個人の入れ込みが狭い集団内で強化されて、悪魔教的な共依存によって生み出された蠱惑的なアイドル像である。

 良本人が何を思っているのか、何を望んで何を望まないのか、何が出来て、なにが出来ないのか、なんてのはどーでも良い。良にとっての安定や幸福の所在、なんでいうのもどうでもよい。外形的な美しさとその外形がまとう、薄幸で不安定だからこそ生まれるエネルギーの発光こそが、なによりも彼に“心酔”する連中にとっては大事なのだ。世の中を席捲するアイドル、夢の世界の象徴としての“今西良”であり、自分勝手でお子様でワガママなのに金と権力と追従だけは有り余るほど持った卑小な人間の集団妄想としての“今西良”である。

 アイドルとはどんな存在なのか。それが少しわかるような気がしてくる狂るおしい小説であった。

 私は、小説を読む時に「人」を読みたい思うので、この本では今西良、その人を知ることができないのが隔靴掻痒の感がある。また、風間を「知り」「理解したい」と思うかというと、そういう趣味はない。私は良に、風間のイメージを通してではなく、良本人に感情移入してみたい。

 余談ながら、私は未だかつて、“アイドル”というものや“スター”というものに熱狂できたことがない。芸能人は『芸』を鬻ぐのが仕事なのだから、こっちは『芸』を受け取れば良い。

歌手なら『歌』、俳優なら『演技』が良ければそれでよし。それ以外のもの(例えば私生活)には興味も無いし、周囲の人たちがアイドル歌手にキャーキャーするのが素で理解できなかった人間なので、なんというかこの小説の世界はある意味新鮮だった。人間の妄想ってのは、際限がないし、ほんとしょーもねーなあ、と思うとともに、それが優れた作品になるってことにもある意味感動。

 そうそう、3次元の生きた人間に妄想してキャーキャーすることはできないが、2次元であれば私にも可能だ。(初めから妄想の産物だからかも。)


なお、前書きで著者の栗本薫氏は以下のように書いている。

「前作は多くの無理解と誤解と反発、少しの支持と理解とを得た。この作品もそうであろうと思う。しかし、読者に本を選ぶ権利、批評する権利があると同様、ほんとうは本にも読者を選ぶ権利がある。この本はほんとうは、「真夜中の天使」を読み、その新に云わんとするところを、表面的な特殊さをこえて理解して下さった方々だけにしか、決してほしくないし、多く売れることも、ベスト・セラーになること、批評に取り上げられることも少しも望まない。むしろ八割方の男性読者には、なるべく読まないでくれるようにお願いしたいほどだ。しかし、読まれ、誤解されることナシには共感と知己をうることもまたない。ただ、表面にあらわれたことばや題材に目をうばわれ、目をそむけ、あるいは石を投げる人には、私がこれらの作品群で云おうとした真実のテーマは、決して胸の中に届くことはないであろう。どのみちそうした読者のことばが私の胸に届くこともまたないのである。」


 著者にとって、私が望ましい読者であるか、著者がほんとうに理解してほしいと欲したことを受け取ることができたのか、という点については、非常に心許ない。だが、著者の思惑をこえたものを、時には読者に与えることになるのも、小説作品の妙だと思うので、私のつたない感想も赦していただけたら、と思う次第である。



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