2020年9月7日月曜日

0221 砲艦ワグテイル(創元推理文庫)

書 名  「砲艦ワグテイル」
原 題  「Send a Gunboat 」1960年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 高橋泰邦
出 版 東京創元社 1982年2月

 ついに出た(´∀`)。伝統のアル中艦長!初っ端の危機には、気弱で屈折した退役間際の副長ファローが思いの外いい奴で、泥酔したロルフ艦長を渾身で世話してくれたのでホッとした。いやあ、命令書持って参謀が来艦というのにいきなりの艦長ご乱行で、どうなる事かと(冷汗)。
 はっきりと年代は書いていないが、女王陛下の砲艦(HMG?)と名乗っているからには1952年(エリザベス女王の即位)以降か。そういえば、ロルフが朝鮮戦争にも参戦したらしいことが書いてあったので、1953年以降、ほど近い頃の話だと思う。酒に逃げる余裕があるのが平時の証かもしれん。同じ寝取られでも「輸送船団を死守せよ」のマーティノーが苦悩を抱えたまま自沈攻撃に及んだことを考え合わせると、泥酔して艦をドッグの側壁にぶつけるのは平和のなせる技かもしれないし、アル中艦長は戦争中のモチーフではないのだろうな。何はともあれ面白い。リーマン、流石です。
 WW2終結後、勢力拡大と固定化を図る中国共産党(いや、今もか?)。台湾の先、陸地にほど近い国民党旧勢力が支配する小島に、入植した英国人の小集落がある。中共の動きが怪しいので事を構えずに英国人を脱出させたい。ロクな港もない小島に接近できるのは、退役間際の河川用砲艦である老艦ワグテイル号。艦長は何かの事件を起こして軍法会議の末に左遷されてきた男である。
 さて、この男、乗艦してすぐにタチの悪いアル中と知れる。
 もう二度と飲むまい、と決意する側から酒の誘惑。艦長の社交には酒がついて回るし、ロルフがグラスを持つ毎の、読んでるこちらの緊張感と言ったらない。
 しかしこの男。
 酒さえ入らなければ、冷静沈着、勇猛果敢な生え抜きの海軍士官なのだ。
 酒に溺れた原因は、心の底から愛して、崇拝していた妻の浮気。生真面目一本な男には辛すぎた現実。こんな男を癒やすのは、戦いと女しかない。なにしろリーマンだし。そんなわけで、彼には過酷な成り行きが用意されている。艦長が一人で艦をはなれて中共が侵攻して戦闘状態の島に潜入したり、女を助けたり、海を必死で泳いだり、そんな艦長に、一人の忠実な少年が付き従ってすんでのところを助けたり。と冒険活劇モードがふんだんに盛り込まれています。そして、アル中から立ち直った彼の側には、美しい女性が。リーマン節です。

0220 掃海艇の戦争

書 名  「掃海艇の戦争」
原 題  「In Danger's Hour」1988年
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 大森洋子
出 版 早川書房 1993年

 世間の耳目を集める大型の作戦ハスキー作戦やノルマンディー上陸作戦の影で、味方の艦船が作戦遂行できるようにするため、ひたすら下働きの機雷除去を続ける小型艦。上陸作戦を仕掛ける攻撃艦や兵士を運ぶ上陸用舟艇のためにまず海路を開かねばならない。機雷原を隊列を組んで進み、機雷を除去。一歩間違えれば触雷し、海底に沈む数多の艦船の後を追うことになる。
 小型とはいえ80余名が乗る掃海艇の艇長イアン・ランサム少佐28歳。志願予備役の将校で戦時だけの軍人だが、部下と艦を愛する錬達の艦長である。年の離れた弟が地中海で戦死したとの報に胸が潰れる思いを押し隠し、冷静に艦を指揮する。個性豊かな乗組員の悲喜こもごもを交えつつ、そんな部下をまとめて、育て上げ、誇りにすら思う、ランサム少佐の情の深さが読みどころ。そのような彼の姿が、新任の副官の目を通して語られる。
 この副官、中将の一人息子で、もちろん将来を嘱望されている。しかし、潜水艦には不適、と判断され、大型艦で艦長に上り詰めるにはちと、何かが足りない。そんな息子に父親が敷いたレールが、小型艦の副官から艦長に昇任させる、というもの。よってランサムの掃海艇ロブロイ号への配属は、明かに本人ではなく父親の野心付き。この父親、女癖が悪いようで、掃海隊の指揮官であるブリス中佐とは、女絡みの因縁があるもよう。当のハーグレイヴ大尉は、予備役士官や、小型艦のあれこれに偏見を持ちがちではあるが、生来の素直さ、生真面があって素直にランサムに感化されて、副長職を勤め上げるまでに成長していくのも見所のひとつ。

 さてそんなランサムの秘めた恋の相手は、10歳も年下の牧師の一人娘のイブ「俺のかわいいお嬢さん」。なんと相思相愛の純愛である。さすがの年の差・立場の差に、世間体を案じた両家の思惑で長年引き裂かれていた二人。イアンを想い続けていたイブと、艇長にまで出世して、年の差は如何ともしがたいが、なんとか世間的には釣り合いが取れてきた?イアン。
 愛の成り行きは初々しく、手を繋いだり、頬にキスをしたり、万感の思いを込めてぎゅっと抱きしめたり。甘酸っぱいことこの上ない。それでも、彼女の純真な想いはついに実る日を迎えるのだ。そのとき、まさにD-deyの直前。そして、ついに彼の艇は危機を迎えることになる。
 イアンの部下の航海長、元機雷処理士官シャーウッドの人生模様と、ずっとイアンの心を支えていたに違いない、彼が愛する大型ヨット〈バラクーダ〉号も、物語の背景にあって、準主役級の存在感を示していた。派手さはないけど、手堅くてよい物語です。

2020年9月1日火曜日

2020年8月の読書メーター

8月の読書メーター
読んだ本の数:9
読んだページ数:4086
ナイス数:866

砲艦ワグテイル (創元推理文庫)砲艦ワグテイル (創元推理文庫)の感想
ついに出た(´∀`)。伝統のアル中艦長!初っ端の危機には、気弱で屈折した退役間際の副長ファローが思いの外いい奴で泥酔したロルフ艦長を渾身で世話してくれたのでホッとした。いやあ、命令書持って参謀が来艦というのにいきなりの艦長ご乱行で、どうなる事かと(汗)。WW2終結後、勢力拡大を図る中国共産党。国民党旧勢力が支配する小島に英国人集落がある。中共の動きが怪しいので事を構えずに英国人を脱出させたい。ロクな港もない小島に接近できるのは、退役間際の河川用砲艦である老艦ワグテイル号。艦長は左遷されてきたアル中である。
読了日:08月30日 著者:ダグラス リーマン
志願者たちの海軍 (ハヤカワ文庫NV)志願者たちの海軍 (ハヤカワ文庫NV)の感想
カナダ人の予備役大尉で航海長のフレイザー、警察官から海軍入りして小型艇に乗り組みたかったアイブス、掃海艇乗務から機雷除去のエキスパートになって、聖ジョージ勲章まで受けたアランビー。志願の動機は生き甲斐、やりがい、はたまた生存戦略。3人の男達が集ったのはオールダンショー少将麾下の特殊部隊『ブロザローの海軍』。ハスキー作戦の前哨戦から始まり、Dーdayを経て終戦までを闘い抜く。戦争が日常の男達の群像。どこか薄幸そうだったアランビーは恋人を喪いついに報われず。酷薄な陸軍士官の描写にリーマンの海軍びいきがちょっと
読了日:08月28日 著者:ダグラス リーマン
燃える魚雷艇 (徳間文庫)燃える魚雷艇 (徳間文庫)の感想
記念すべきリーマン処女作。さすがに若い頃の作だからか、翻訳の違いなのか、描写が丁寧。主人公クライヴ・ロイス中尉、志願予備役でなんと任官3ヶ月目の20歳!このまだ未熟な中尉が魚雷艇に着任するところから始まり、一人前の魚雷艇艇長に成長するまでを、もちろん恋愛付きで、懇切丁寧に描写してます。彼が尊敬するハーストン艇長もまた若い、23歳。ですがすでに歴戦の勇士の貫禄を備え、ロイスを導き、艦を指揮する。小さな魚雷艇のこと、士官は艇長と先任の二人のみ。あとは下士官と水兵。つまり、ロイスは初心者なれど先任士官なのだ。
読了日:08月23日 著者:ダグラス リーマン
掃海艇の戦争 (ハヤカワ文庫NV)掃海艇の戦争 (ハヤカワ文庫NV)の感想
世間の耳目を集める大型の作戦、ハスキー作戦やノルマンディー上陸の影で、味方の艦船の航行のためにひたすら下働きの機雷除去を続ける小型艦。戦闘に向かう攻撃艦や上陸用舟艇のために、まず安全な海路を開かねばならない。小型艇とはいえ80余名が乗る掃海艇の艇長は、イアン・ランサム少佐28歳。年の離れた弟が地中海で戦死したとの報にも、胸が潰れる思いを押し隠し、冷静に艦を指揮する練達の艇長。艇を愛し、部下思いで、個性豊かな乗組員の悲喜こもごもを交えつつ指導育成する指揮官としての姿も読みどころである。
読了日:08月22日 著者:ダグラス リーマン
AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争 (光文社新書)AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争 (光文社新書)の感想
読むというよりは見る。戦前のモノクロ写真をデジタルと関係者の証言でフルカラー化。とても綺麗で、かつ臨場感を持って甦った戦前ー戦中の写真。圧巻だったのは真珠湾で爆発する駆逐艦。胸につまったのは子供と女性たちの笑顔。モノクロだと歴史の彼方に隔絶された感じがする戦争が、にわかに身に迫ってきた。戦争など遠い昔だとつい感じている人に是非見てほしい。
読了日:08月16日 著者:庭田 杏珠,渡邊 英徳
神の棘II (新潮文庫)神の棘II (新潮文庫)の感想
【CNC(Crime Novels Club)参加中】WWⅡ終戦75周年。さて、なぜ、そんな行動を取るのか、上巻でチラリと触れたレジスタンスとの真の関係は何だったのか?アルベルトの行動がイルゼの証言で明らかになる。しかし「自由」になった後も何故武装SSに志願したのか。なぜ戦い続けたのか。ドイツ人としての矜持?責任感?マティアスを尋問する体裁をとりつつ、治療を施しSSが解放せざるをえなくなるまで庇護下においた。アルベルトが本当に守りたかったのは、イルゼとマティアスの二人だけだったのだろうか?
読了日:08月15日 著者:須賀 しのぶ
神の棘Ⅰ (新潮文庫)神の棘Ⅰ (新潮文庫)の感想
まずはこのテーマを日本人が書いてよいのか、と驚くとともに、作者に敬意を表する。キリスト教、世俗権力化した宗教、第一次大戦後のドイツ社会の混乱と世相、なぜ、ナチスが生まれたのか、ユダヤ人迫害、レジスタンス。正義はなく、通底するのは人間の弱さ、醜悪さ。そこに切り込んでいった著者の意欲は買う、だがしかし。残念ながらマティアスの造形が軽いのです。もっと深みのある人物にできなかったものか。決定的な事件を目撃した原因が居眠り、というエピソードもにわかには信じられない軽さなのだ。とにかく、行動が浅はかなのが残念至極。
読了日:08月12日 著者:須賀 しのぶ
起爆阻止起爆阻止の感想
リーマン御大80歳、35作目の作品で、年寄りの昔語り宜しく筆の遊ぶまま悠々自適な書きっぷり(笑)。細かく時間を刻んで話が前後するので読んでいると迷子感が半端ないが、とまれ面白い。主人公デイヴィッド・マスターズ少佐は老成して見える29歳。時折触れる頬の傷跡。元潜水艦乗り。かつて新造艦の指揮官として出航、港の鼻先で初潜行したその時、触雷して艦が沈没。艦橋のマスターズは海に投げ出されて助かったが、部下は全員が艦と運命を共にした。一人生き残った罪悪感。初めての指揮艦と年若い部下達。港は掃海してあったはずだった。
読了日:08月09日 著者:ダグラス・リーマン
国王陛下のUボート (ハヤカワ文庫 NV (396))国王陛下のUボート (ハヤカワ文庫 NV (396))の感想
なんと、英国軍艦Uボートである。とりあえず今回の据え膳、死んだ親友の妻ゲールがダメだ。地中海で夫の指揮する潜水艦が消息を絶つ。おそらくは機雷。後から帰還したマーシャルが弔問に訪れた時にはすでに再婚して転居済み、相手はエリート士官のシメオン中佐。それなのにマーシャルを呼びつけて、死んだ夫ビルと結婚したのはマーシャルが結婚してくれなかったから、今も私、あなたが好きなの。でも私は家庭が欲しかったのよ。それってそんなに悪いこと?だから今の夫と結婚したの。でもあなたがその気なら・・・・って、なんだこの女?
読了日:08月06日 著者:ダグラス・リーマン

読書メーター

2020年8月28日金曜日

0219 志願者たちの海軍

書 名 「志願者たちの海軍」 
原 題 「The Volunteers」1985年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1990年4月

 カナダ人の予備役大尉で航海長のフレイザー、警察官から海軍入りして小型艇に乗り組みたかったアイブス、掃海艇乗務から機雷除去のエキスパートになって、聖ジョージ勲章まで受けたアランビー。志願の動機は生き甲斐、やりがい、はたまた生存戦略。3人の男達が集ったのはオールダンショー少将麾下の特殊部隊『ブロザローの海軍』。
 ハスキー作戦の前哨戦から始まり、Dーdayを経て終戦までを闘い抜く、戦争が日常の男達の群像。どこか薄幸そうだったアランビーは恋人を喪いついに報われず。酷薄な陸軍士官の描写にリーマンの海軍びいきがちょっと鼻につくのは仕方ないか。フレイザーは少佐に昇進したのに、アランビーが置き去りなのは可哀想ではないか。主役に甘く、脇役にとことん薄情なのもリーマンのお約束? 今回の女性は、婚約者を喪った女性(婦人部隊大尉)と、その部下の、弟を機雷処理の失敗で喪った婦人部隊員。機雷処理に当たっていたのはアランビー。「あなたは逃げられたんですね」との言葉に打ちのめされるアランビー、そしてその上司のリンに唐突に一目惚れするフレイザー。ちと唐突過ぎるけど、一目惚れもリーマンの作風と言えよう。

2020年8月23日日曜日

0218  燃える魚雷艇

書 名 「燃える魚雷艇」 
原 題 「A Prayer for the Ship」1958年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 中根 悠
出 版 徳間文庫 1988年2月

 記念すべきリーマン処女作。さすがに若い頃の作だからか、翻訳の違いなのか、描写が丁寧。
 主人公クライヴ・ロイス中尉、志願予備役でなんと任官3ヶ月目の20歳!このまだ未熟な中尉が魚雷艇に着任するところから始まり、一人前の魚雷艇艇長に成長するまでを、もちろん恋愛付きで、懇切丁寧に描写してます。
 彼が尊敬するハーストン艇長もまた若い。23歳。ですがすでに歴戦の勇士の貫禄を備え、ロイスを導き、艦を指揮する。小さな魚雷艇のこと、士官は艇長と先任の二人のみ。あとは下士官と水兵。つまり、ロイスは初心者なれど先任士官なのだ。激しい戦闘の中で、ハーストン艇長がロイスに艇を託して絶命。その後ハーストンには一人妹がいたことが判明。もちろん、ロイスにとって忘れられない女性となる。後任の指揮官はカービー少佐でこれが教条主義のイヤなやつ。カービー指揮下で闘う中で、ついに被弾し艇を喪う時がくる。ドイツ軍トロール船を道連れにしたものの、ロイス自身も重傷を負って死にかける。ここまでが前半。
 救助→治療→回復の過程の描写も丁寧で、後のリーマンが用いる、断片的に情報を提供して読者の想像にぶん投げる手法はまだ見えない(笑)。

 さて、後段は、百戦錬磨の魚雷艇乗りとして自艇を操るロイスの活躍と、恋愛模様。大尉に昇進し、殊勲賞を受け、最新のフェアマイル型魚雷艇を預かる艇長としての成長が語られる。
 ハーストン艇長の妹ジュリアと恋仲になり、クリスマスにジュリアを乗せてちょっとした冒険もしたりして。ドイツ駆逐艦やEボートとの激しい戦闘。港への帰還。突堤で入港してくる艇隊を見つめるジュリア。再会と抱擁。
 処女作とはいえ、やはりリーマンの全てが詰まってました。(正し、不倫と未亡人をのぞく(笑))。なにしろ主人公達が若いから!青春モード全開でした。

2020年8月16日日曜日

0217 AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争 (光文社新書)

書 名 「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」 
出 版 光文社新書 2020年7月 
初 読 2020/08/16
 読むというよりは見る。
 戦前のモノクロ写真をデジタルと関係者の証言でフルカラー化。とても綺麗、というだけでなく、今まで“歴史の彼方”にあるかに思えていた戦争が、にわかに地続きになる。臨場感を持って甦った戦前ー戦中の写真。写真のそこここにいるのは、正に私達だ。
 モノクロだと歴史の彼方に隔絶された感じがする戦争が、にわかに身に迫ってきた。圧巻だったのは真珠湾で爆発する駆逐艦。胸につまったのは子供と女性たちの笑顔。
 戦争など遠い昔だとつい感じている人に是非見てほしい。

2020年8月15日土曜日

0215ー16 神の棘 Ⅰ・Ⅱ

書 名  「神の棘Ⅰ」「神の棘Ⅱ」
著 者 須賀しのぶ
出 版 新潮文庫 平成27年7月

 戦後75年という節目だからであろうか、書店で平積みになっていて、この露骨にナチスな表紙に興味を引かれた。
 最初はこのテーマ、この歴史を日本人が、というか、彼ら自身以外の者が書いてよいのか、と戸惑ったのも事実。キリスト教という信仰、教会の保身と腐敗、第一次大戦後のドイツ社会の混乱、ナチスに身を投じた人間の内情、性的禁忌、ユダヤ人迫害、レジスタンス。勝者が敗者を裁くニュルンベルグ裁判。
 どこにも正義などははなく、通底するのは人間の弱さと、自己保身だ。宗教者ですら例外ではない。人間同士の争いは壮大に皮相で、醜く、救いがない。それにしても、このテーマを、アルベルトとマティアスに託して書き切った須賀しのぶ氏に敬意を表する。そして、だ。SSでありながらレジスタンスとの関わりを疑われ、ゲシュタポに捕らえられて拷問を受ける羽目になったアルベルトの絶叫を聞かされて読者は上巻を置く羽目になり、もはや下巻を手に取らざるを得ない、というストーリーテラーぶりにも敬服する。

 アルベルトの人生の、彼の思想の核となったものは、ザーレムでの幸せな数年間で与えられた教育だったのだろうか。
 ただ常識やルールに従い、自らの思考を放棄することを是とせず、是非を自分で判断し、正しいと思ったことを行動に移す、真に独立した自由意志を持つ自我を確立した近代市民たれ。
 アルベルトの生き方は、ある意味ザーレムが目指したであろうドイツ市民の姿を体現しているのではないか。

 しかしかの時代に生まれた人間の宿命として、その魂と意志は、SSの制服の内に注がれることとなり、愛する女性を守るという一念がその行動を律することになる。どれほど強く高い意志と決意を持っていても、巨大な歴史の流れの中では抗いがたく流されるしかない。それでも、抗うことのできない現実の中で行った自分の一つ一つの選択を、紛れもなく「自分の意思」の結果として、その責任を負おうとするアルベルトの姿に胸が苦しくなる。

 アルベルトとマティアスの違いは、自分自身の力で守るべき者を持ったか持たないかの差であり、それ以上に、「自分自身の力で」と言ったときに、選択や決定の一番奥底の部分を信仰にゆだねる、といういわば逃げ道を持ったものと、持つことを拒否したものの違いだ。
 その逃げ道を、人間の魂に必要なものであるとして、その逃げ道を持つ事が人間の真の幸福であると、ある意味人としての弱さを受け入れているマティアスと、それを受け入れることを拒否し、あくまでも個人の力で屹立することを望んだアルベルトには、根本的な断絶がある。
 アルベルトの拒絶は、人の弱さを存在の基盤とする宗教と、その「許し」を専売特許として世俗化した教会という組織の悪を暴くものであるし、自分の弱さを「自分の問題」として正面から受け止めようとする強さと、「人間の問題」に一般化して、全体に共通するものとして転嫁する弱さの対比でもあるように思える。
 その様な強さを貫いたアルベルトが、マティアスになりたかった、と最後に語ることで、また、世界が転覆する。神に愛される「弱い人間」であることを許されたかったのだ、ということは裏を返せば「親に無条件で愛される子供でありたかった」という、とアルベルトの人生の過酷さの証として私は受け止めたが、それはアルベルトの内心で、どのような意味を持っていたのだろう。人が様々な思いと記憶と自分の内側に閉じ込めたまま、死んでいき、その記憶は決して人に知られることはない。そうやって死んでいった無数の歴史の証人や市井の人々にも思いを馳せざるを得ない。

2020年8月9日日曜日

0214  起爆阻止

書 名 「起爆阻止」 
原 題 「Twelve Seconds to Live」2002年 
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 高沢次郎 
出 版 早川書房 2004年3月

 リーマン御大80歳、35作目の作品で、年寄りの昔語り宜しく筆の遊ぶまま悠々自適な書きっぷりである(笑)。細かく時間を刻んで話が前後するので読んでいると迷子感が半端ないが、とりあえず面白い。
 主人公デイヴィッド・マスターズ少佐は老成して見える29歳。
 時折触れる頬の傷跡。元潜水艦乗り。かつて新造艦の指揮官として出航、港の鼻先で初潜行しようとしたその時、触雷して艦が沈没。まだ艦橋にいたマスターズは海に投げ出されて助かったが、部下は全員が艦と運命を共にした。一人生き残った罪悪感。喪ってしまった初めての指揮艦と年若い部下達。港は掃海してあったはずだった。
 死んだ部下達への贖罪から機雷処理の道を選び、危険な現場で働く部下達を常に思いやり、時には体を張って守る。マスターズはそんな人。
 もう一人の主人公は現部下のモーターランチの艇長フォーリー。そしてもちろん恋愛もある。だってリーマンだし、必需品なのだ。フォーリーの恋人はマスターズの潜水艦で死んだ乗組員の妹で、マスターズの運転手を務める婦人部隊員。マスターズだって当然恋愛する。だってリーマンだから。さてそんなマスターズが陸から海に戻った命がけの特殊任務。ラスト、主人公は死なないリーマンだと信じていたのに海に浮かんで動かないマスターズの描写に胸がきゅっとなる。
 後段、フォーリーは昇進し最新型の機雷敷設艇の艇長に。彼はマスターズの部下なのだが、マスターズが特殊作戦に組み込まれたため、ラスト数ページに至るまでほとんど作中での絡みがない。あそこにフォーリーの艇がなければ、マスターズは間違いなく死亡してたはず。いろいろと語られていない部分も含め、全部リーマン御大の頭の中ではうまく収まってるんだろうな、と感じる。それでもマスターズが滅法格好良いし、フォーリーも頑張ってるし、とにかく面白かった。
 原著のTwelve Seconds to Liveは、機雷の雷管が作動してから爆発するまでの設定時間のこと。ドイツの機雷は一番爆破の効率が良いとして12秒に設定されていたとか。もし機雷が作動してしまったら、この12秒で全速力で逃げ、物陰に身を伏せなければならない。そうそう上手くいくわけではなく、多くの機雷処理士官と兵士が、命を落とした。リーマンが繰り返しテーマに据えたモチーフである。

2020年8月6日木曜日

0213  国王陛下のUボート

書 名 「国王陛下のUボート」 
原 題 「Go in and Sink!」1973年 
著 者 ダグラス/リーマン 
翻訳者 高永洋子
出 版 早川書房 1985年10月

 なんと、英国軍艦Uボートである。英国にとっての幸運と、ドイツにとっての不運が重なり、ほぼ無傷で、拿捕されたUボート。ドイツはこの潜水艦が沈んだとは思っていても、英国に獲られたとは知らない。この僥倖をどう利用すべきか。
 作戦は、大西洋、太平洋を荒らし回るUボート群の補給を担う大型補給潜水艦〈ミルヒクー〉を沈めることから始まる。抜擢されたのは、歴戦の潜水艦乗りスティーブン・マーシャル少佐。
 さてとりあえず今回の据え膳、死んだ親友の妻ゲールがダメだ。地中海で夫の指揮する潜水艦が消息を絶つ。おそらくは機雷。後から帰還したマーシャルが弔問に訪れた時にはすでに再婚して転居済み、相手はエリート士官のシメオン中佐。それなのにマーシャルを呼びつけて、死んだ夫ビルと結婚したのはマーシャルが結婚してくれなかったから、今も私、あなたが好きなの。でも私は家庭が欲しかったのよ。それってそんなに悪いこと?だから今の夫と結婚したの。でもあなたがその気なら・・・・って、なんだこの女?こんなすえた膳食ったら腹壊すって。
 でも、ご安心あれ。ホントのヒロインはもう一人の方。亡命フランス人だが、フランスに残った夫がドイツ軍に協力して新形兵器を作っているらしい。夫と接触し、情報を得るためにマーシャルのU−192に乗って、イタリアへの潜入を図る。今回色事は控えめなれど、英雄気取りはいらないって散々言ってるくせに、彼女を助けるために上陸作戦に及ぶ潜水艦の艦長ってどうなの?でもまあ、これは戦記ではなくて冒険小説だから。。。
 生意気な気取り屋航海長が戦闘中に死ぬのもリーマン的お約束。シメオンとはマーシャルが中佐に昇進して、部下ではなくなった途端に、腕力でぶちのめし、ある種の理解に達したようなのは良かったのか。シメオンの方がどう考えても先任だろうに、階級がそろった途端に殴るはタメ口になるは。行儀の悪い艦長だよ。
 とにかく、ハヤカワにしては珍しくもタイトルで成功していると思うこの一冊。『国王陛下』で時制もOK、意外性でつかみもOK。英国軍にもその存在を知られず、ひとたび海にでれば、英国軍からドイツ軍からも攻撃されかねない、というまさに四面楚歌な状況下で、この見た目も恐ろしい、かつては宿敵であったはずの自艦を愛すべきか、当初気持ちを扱いかねていたマーシャルのラストの台詞が効いている。
 激しい戦闘で回復不能な損傷を受け、微速で航海するU192。放棄するか曳航するか、との英駆逐艦からの問いかけに
 〈国王陛下ノU192ハ、艦隊二復帰スル〉

2020年7月29日水曜日

0212  黒海奇襲作戦

書 名 「黒海奇襲作戦」 
原 題 「Torpedo Run」1981年 
著 者 ダグラス・リーマン
翻訳者 池 央耿
出 版 早川書房 1984年12月

 陸(おか)での久しぶりの休暇だったのに、司令部に呼ばれて死んだ戦友の任務の引継ぎを命じられるドゥヴェイン少佐27歳。高速魚雷艇の艇長。その亡くなった戦友の妻が彼に逢いにくる。さあ、リーマンお約束の据え膳だ。彼女の悲しみを癒やすために二人でパブに入る。ロンドンの夜を襲う空襲。ショックを受けた彼女を横抱きにしてホテルに入るいやはやの展開。リーマン節に抜かりなし(笑)。まだ作戦も始まってないぞコラ!これまでに読んだリーマンで一番早い色展開である。
 主人公は絡み金筋の予備役士官組だが、魚雷艇5隻を率いて闘う局地防衛戦の英雄。新聞紙面を飾ったこともある。
 そして次の戦場、黒海へ船も人も中東経由で陸路移動。地図帳もしくは地球儀必携。ヨーロッパと中東と中央アジアの距離感を再確認する。ドイツ支配地域を交わして黒海入りするには、そういうルートになるのか!
 黒海のソ連基地をベースに、ソ連軍と協力して側面からドイツを脅かし、ソ連のドイツ侵攻を援助する為の特殊作戦。ドイツ側もあらたに魚雷艇戦隊を派遣してきた。そこに配置された敵は、奇しくも散々ドーバー界隈で名前を売っていた宿敵リルケのEボート戦隊《ゼーアドラー》。名前を聞いただけで格好よく感じてしまうのは銀英伝の影響か?今回は、珍しく敵の輪郭がはっきりしている。部下達や同僚のべリズフォードとの関係性は気持ちよく、協力するソ連側将校は得体も底も知れないが、どうやらドゥヴェインを気に入ってくれているらしい。チームワークよくやっていけそうなのに、そこを削りにくる身内の敵、無能で教条主義な上官。極限の前線で制服の着こなしや帽子のかぶり方に因縁をつける士官はろくでもないに決まってる。隠密行動上等の“名無し”状態で、5隻見分けがつかなかった魚雷艇にでっかく船体に番号を描かせたのが、その後の囮に利用するための布石だったとしたら、この男やはり許せない。
 重傷を負い一端戦線離脱、戦友の真の自殺理由が明らかになり、僚艦を失い部下達は戦死していく。前線の悲哀であるが、ラストは冒険小説の王道。リーマン節。