2020年10月3日土曜日

御書印プロジェクトが楽しそう

御書印プロジェクトなるものを発見しました。→ https://note.com/goshoin 

御朱印ならぬ御書印。写真は上記の公式ブログから拝借しました。
素敵ですね。全国書店巡りだそうです。
店主さんのお名前とメッセージなども入っているようです。
本さえあればいくらでも籠もっていられる読書家達では全国行脚は難しいかもしれませんが、全国に散らばる読初メータの読み友さんなら、身近な本屋さんで印をもらって、見せあいっこしたら、案外全国制覇もできるかも? こういうしかけで本屋さんが盛り上がると良いですね。
私も中古本探しではついAmazonを多用しがちですが、我が町にも素敵な古書店さんもいくつかあります。身近な本屋さんは大切です。こだわりのある良質な本屋さんは本当に、貴重。
頑張ってほしいですし、応援したいです。

2020年10月2日金曜日

翻訳家タグ

翻訳小説を愛する者たちのために(?)素晴らしい仕事をして下さっている翻訳家の皆様に敬意を表して、翻訳家タグを追加。通常、本棚に並ぶ文庫本の背表紙には翻訳家さんの名前は載らないので、あれ?この人の翻訳、前にも読んだことある。どの本だったっけ?っとなったときの検索用に。ただし、リストが長い。

2020年10月1日木曜日

2020年9月の読書メーター

9月の読書メーター
読んだ本の数:1
読んだページ数:519
ナイス数:381



奇跡の巡洋艦 (ハヤカワ文庫 NV (649))の感想
いよいよドイツ側の一冊。同じような語り出しだが、何しろドイツ艦だ。もう、鷲舞を読む時のような覚悟でこっちは臨むのだが、例のリーマン節である。主人公は寡黙なディーター・ヘヒラードイツ海軍大佐、重巡洋艦《プリンツ・ルイトポルト》艦長。悲劇ははなから折り込み済みなので、できれば格好良い「ロマンチックな愚か者」を堪能したいのだが、そこはリーマン、今回も極めつけにイヤな身内の敵、ライトナー司令官が終始同乗している。これがとにかくイヤなやつで。まるで靴の中に入った小石のように、いらいらチクチク、異物感が半端ない。
読了日:09月30日 著者:ダグラス・リーマン

読書メーター

2020年9月30日水曜日

0222 奇跡の巡洋艦

書 名 「奇跡の巡洋艦」 
原 題 「The Iron Pirate」
著 者 ダグラス・リーマン 
翻訳者 大森洋子 
出 版 早川書房 1992年2月
初 読 2020/9/30

 リーマンもだいぶ読み尽くしてきて、いよいよドイツ側の一冊。同じような語り出しだが、やはり空気感が厳しいと感じるのは舞台がドイツだという先入観があるからかな。
 何しろ、ドイツ艦だ。辛い結果になるに決まってる。もう、鷲舞を読む時のような覚悟でこっちは臨むのだ。なのになのに、いつものリーマン節である。
 原題のThe Iron Pirate(鉄の海賊)は、寡黙な艦長、主人公ディーター・ヘヒラードイツ海軍大佐に部下達から奉じられていた異名である。ヘヒラーはドイツ重巡洋艦《プリンツ・ルイトポルト》の艦長で、この頃、すでに艦は「奇跡の巡洋艦」との評を得ていた。
 巡洋艦リューベック号も出てきて、あれ、リューベック号って、他の本で誰かの駆逐艦に沈められていなかったっけ?リーマンは結構、敵艦も味方艦も、艦名を使い回す。それとも対戦相手は、あの駆逐艦なのか?しかも、すでに10冊以上リーマンを読んでいて、始めの頃に読んだ駆逐艦本は、もはや頭のなかでエピソードが混ざってしまっている。
 悲劇ははなから折り込み済みなので、できれば格好良い「ロマンチックな愚か者」を堪能したいところなのだが、そこはリーマンなので、今回は極めつけにイヤな身内の敵、ライトナー司令官が終始同乗している。これがとにかくイヤなやつ。そして、ライトナーがユダヤ人の富豪を殺害して略奪した財宝と、それにまつわる様々な欲と思惑。妻の不貞を知っているヘヒラー、それに関わりのある艦医、ゲシュタポに妻を拘束された副長。巌のようにあるべき艦長とその副長を悩ます心の揺らぎ。心と意志を一つにして強固に団結しているべき艦に入り込むきしみ。まるで靴の中に入った小石のように、いらいらチクチク、異物感が半端ない。

 そこに艦に同乗する女性パイロット。まあ、恋に落ちるよね。リーマンだもの。負傷して艦長室を病室にするエリカと、彼女を見舞う艦長ヘヒラー。見ぬふり、聞かぬふりで廊下を見張る歩哨の様子に、いかにヘヒラーが部下に慕われているかを感じる。前半はとにかく煮え切らず、ぐだぐだと悩んでいる様子だったヘヒラーも、英国海軍との戦闘に及んでは、鉄の鉄たる所以を示し、そして彼の船、ドイツの重巡洋艦は、戦い敗れて大西洋に沈むのだ。艦に与えられた命令は、名誉の「自沈」。しかし、ヘヒラーは、総員退艦を命じ、自らも沈むプリンツ・ルイトボルトを見送る。
 捕虜となり、ヘヒラーは英国の捕虜収容所で終戦を迎える。やがて、荒廃した祖国に戻った彼を待っていた者が。ヘヒラーとエリカが、どのような戦後を生きたのか、その物語の予感で物語は閉じる。

2020年9月29日火曜日

レジナルド・ヒル ダルジール警視シリーズ リスト


ダルジール警視シリーズを読みたい!(リストはWikiより拝借しました)
※なぜユニオンジャックなのかというと、つい先日まで、フランスものだと思い込んでいたのです。だって、ダルジールって、フランス語っぽくないですか?アルベールとか、ベルナールとかと似てるじゃないですか。イギリス人の、しかも巨漢だと知ってびっくりだ!
#邦題原題刊行年
イギリスの旗
刊行年月
日本の旗
訳者出版社
日本の旗
1社交好きの女A Clubable Woman1970年1982年3月秋津知子早川書房
2殺人のすすめAn Advancement of Learning1971年1980年8月秋津知子早川書房
3秘められた感情Ruling Passion1973年1996年4月松下祥子早川書房
4四月の屍衣An April Shroud1975年1997年3月松下祥子早川書房
5A Pinch of Snuff1978年
6A Killing Kindness1980年
7薔薇は死を夢見るDeadheads1983年1985年11月嵯峨静江早川書房
8死にぎわの台詞Exit Lines1984年1988年4月秋津知子早川書房
9子供の悪戯Child's Play1987年1989年9月秋津知子早川書房
10闇の淵Underworld1988年1991年3月嵯峨静江早川書房
11骨と沈黙Bones and Silence1990年1992年5月秋津知子早川書房
12One Small Step1990年
13甦った女Recalled to Life1992年1997年4月嵯峨静江早川書房
14完璧な絵画Pictures of Perfection1994年1998年6月秋津知子早川書房
15幻の森The Wood Beyond1996年1998年9月松下祥子早川書房
16ダルジール警視と四つの謎
  1. 最後の徴収兵
  2. パスコーの幽霊
  3. ダルジールの幽霊
  4. 小さな一歩
Asking for the Moon
  1. The Last National Service Man
  2. Pascoe's Ghost
  3. Dalziel's Ghost
  4. One Small Step
1996年1997年10月秋津知子早川書房
17ベウラの頂On Beulah Height1998年2000年6月秋津知子早川書房
18武器と女たちArms and the Women2000年2011年12月松下祥子早川書房
19死者との対話Dialogues of the Dead2001年2003年9月秋津知子早川書房
20死の笑話集Death's Jest-Book2002年2004年11月松下祥子早川書房
21真夜中への挨拶Good Morning Midnight2004年2006年2月松下祥子早川書房
22ダルジールの死The Death of Dalziel2007年2008年3月松下祥子早川書房
23死は万病を癒す薬A Cure for All Diseases2008年2009年11月松下祥子早川書房
24午前零時のフーガMidnight Fugue2009年2011年1月松下祥子早川書房
 

2020年9月27日日曜日

いちおう、ブログ移転と構築完了

読書メーターから、レビューの移転一応完了。こちらには漫画は登録しないつもり。
読メの読んだ本が600冊超えていたけれど、漫画が200冊以上あったし、再読本と、ショートショートをのぞくと、この4年で読んだ本は200冊ちょっと。思ったより少なくてがっかりだ。それと、神林長平20冊ほどは、再読してきちんとレビュー入れたいので、今回は登録せず。銀英伝もしかり。
で、積んでいる本が600冊くらい。未登録本も入れると700冊くらいはあるか?
読みたい本も700冊くらい。
本当は、年100冊くらい読みたいのよね。それでも10年以上かかるではないか?シリーズでコンプリートしたいものも多数。困ったものだ。

2020年9月25日金曜日

父のこと

 父は体が悪く、私がものごごろついたころにはもう仕事はしておらず、いつも家にいた人だった。とはいえ、ベッドや布団に寝込むほどではなく、毎朝きちんと、折り目のついたスラックスにニットシャツ、春秋はその上にニットのカーディガン、冬はカシミアのセーターを着て、ゆったりとリクライニングチェアに横になっている、というのが一番記憶に残っている姿だ。囲碁が趣味で、碁盤の前になら4,5時間座っていることもあった。父の弟も碁を打つので、その叔父が訪ねてきたときも、たいていは二人で碁盤を囲んでいた。

 読書家で、駅前の本屋さんのご主人が御用聞きのように配達に回っていたので、月に一回くらいは定期購読の本とその時々の注文書を届けてくれていたように思う。と、ここまで書くと、なにやら立派な庭付きの日本家屋の縁側に面した書斎兼寝室に佇む病弱な主、的な昭和な情景が私の目にも浮かんでしまうが、実際に住んでいたのは狭い2DKの公団タイプの職員住宅だったし、決して悠々自適だったわけでもない。

 

 そんな父が、少なくとも病を得てから40年以上、日々何を思って暮らしていたのか、私にとってもいまだに謎なのだが、すくなくとも、普通に仕事をすることができないと諦めてからは、「障害があっても、自分にできることは何でもしよう」というような前向きな方向には、諸般の事情から、進まなかったことは間違いないと思う。基本「何もしない」という方向性を極めていた。すっぱり世の中とのかかわりを絶って、必要最低限の数人の親戚付き合いと生涯で2、3人の碁打ちの友達くらいとしか、他人との付き合いもなかった。

 父が自分の役割と自任していたのは、私に関わることだけだったかもしれない。

 車での保育園の送迎やら、小学校の授業参観、宿題の面倒、家事の手ほどきなとは、父の受け持ちだった。だからといって、べたべたとかかわるではなく、私にとっての父は、家の空気とか座敷童にちかい存在感だった。なにしろ、私が生まれたころからそうだったので、それが普通ではないことにはながらく気づかず、中学生の時になって、父のことを何気なく話した同級生にえらく申し訳なさそうに同情されて、はじめて、いわゆる「普通の」家庭ではないらしいことに気づいて不思議な気がした。


 父の日常といえば、天気の良い日の午後4時頃に、1時間くらいの散歩にでかけるのが日課ではあった。幼い頃は、私もよく一緒に行った。手をつないでいたのか、いなかったのか、記憶にない。その日ごとにテーマがあったらしく、行きと帰りに同じ道を歩かない、とか、角をかならず右に曲がる、とか、分かれ道は下り道を選ぶ、とか私を飽きさせない工夫があった。駅前の出入りの本屋さんは定番のコースで、本屋に行って本を物色し、同じ商店街の中にある喫茶店に入って、よくマロンパフェを食べさせてもらった。

 定期的に配達してもらっていた本は、囲碁雑誌のほかは、定期配本になっていた世界文学全集、ドストエフスキー全集、日本の古典全集と、手塚治全集(!)などだった。ジャングル大帝、リボンの騎士、火の鳥、ライオンブックスなどから、きりひと賛歌などの社会派作品まで、手塚治虫はほとんど読み尽くした。本は財産だ、というのが持論で、本は基本買って読み、読み終えた後も手元に置いた。考えてみれば、気軽に図書館にいけるものでもなかったし、そもそも近くに図書館はなかったのだが、読んだ本が父の過ごした時間の証だったのかもしれない。

 

 あれを読め、これを読め、と勧められることはあまりなかったが、読みたいといった本は買ってくれた。小学校に上がって最初に自分の意志で買ってもらった本は、たしかポプラ社かどこかの「おおかみ王ロボ」と「名犬ラッシー」だった。私が「ベルサイユのばら」にはまっていたときに、これを読め、とオルツイの「べにはこべ」を差し出したことはあった。フランス革命を賛美していた娘に差し出す本のセレクトとしてはなかなかセンスが良かったと今でも思う。

 

 父のことは、今にいたってもよくわからないままだ。何を思い、何を考え、何をあきらめて生きていたのか。満足していたのか、していなかったのか。諦観が服を着ていたような人ではあったが。居心地のよい部屋と椅子と、本とクラシック音楽と鉢植え。父の周りにあったものは覚えていても、父の内心は一向にわからない。亡くなってからもう、20年経つ。若いころの闘病でさんざん病院で酷い目にあっていたせいか、病院では死なないと決めていて、私が生まれた頃の最後の入院以降は、ずっと家で過ごした。亡くなる何年か前に、呼吸状態が悪くなって一度緊急入院したが、在宅酸素を携えて断固として退院してきた。私が幼いときと同じように、朝、きちんと身なりを整え、朝食にグレープフルーツを少々食べ、家族の出かけた後の居間で、一人でリクライニングチェアに掛けたまま亡くなった。そういえば父が亡くなるしばらく前、叔父が父の様子伺いに来た時、父はそのころ宮沢賢治を好んで読んでいたのだが、夢見るような様子で「俺は宮沢賢治の世界が分かったよ。あれは“青”なんだ」と語ったそうな。

当時、かなりの低酸素状態で実は朦朧としていたらしい。うつらうつらと夢を見て、母に「木を植えているんだ」と話したこともあったと聞いた。父と面立ちのよく似た、父を尊敬してくれていた叔父も数年前に亡くなった。

父が最後に座っていた椅子は、今、我が家の書斎にあって、大切にしようという私の意に反して我が家の猫達が爪をといでいる。

いつか、父の理解した宮沢賢治の「青」の世界を、究明できる日がくるとよいのだが。

2020年9月22日火曜日

氷川丸に逢いたい

霞ならぬ、活字を喰って生きていきたい今日この頃。
そうはいっても、淡麗グリーンラベルと、リーマンの影響ですっかりお気に入りになった“ホースネック”は捨てがたい。
上半期の仕事を一段落させたら、横浜港に、氷川丸に逢いにいこう。
第二次大戦前に建造され、太平洋航路を200回以上も渡った日本郵船の貨客船で、戦争中は病院船として働き、3回触雷しても遂に沈まなかった、ジャパニーズ・ビューティーである。

私の子供時代には、なぜか船体が緑色に塗られていた。(宮崎吾朗監督の「コクリコ坂」にもちらりと緑色の氷川丸が登場する。)
今は、元々の黒い船体に白いライン(煙突には赤白のライン)の「郵船カラー」に再塗装され生まれながらの姿を取り戻している。
なぜか私は、子供の頃からこの船が好きで、忘れがたい。

子供の頃、何回か船内を見学しているが、その当時、もうスクリューは取り外されている、と解説を聞いたような記憶がある。もう動けないんだ、、、、と子供心にも船が哀しく感じられたのを覚えている。当時は船体がヘンな緑色に塗られていたので、それも残念だった。船の魂はまだここにあって、もう航海できないのを悲しんでいるような、ね。
郵船カラーに塗り直されたのはずいぶん前のことだが、このニュースを知った時には、嬉しかったものだ。

氷川丸の情報はこちら→ 日本郵船氷川丸



2020年9月20日日曜日

ブログのタイトルをちょこっと変更。

おはようございます。
9月に入ってから、読メレビューを書き写してブログをいじり倒しているのですが、
さっきアドレスを書き換えてしまいました。万が一、ブックマークされている方がいたら(ほとんどいないとは思うが)ご迷惑をおかけします。ゴメンなさい。

もともと「今日からはじまる」というブログだったのですが、合唱曲とか詩とか、いろいろとあるみたいなので、「此処からはじまる」にしたんですね。そしたら、なんだか某薬局みたいなタイトルだなあ、と、気になりだし。

結局「此処よりはじまる」にすることにしたんですが、ついでにアドレスも、、、、と思ったら、ブログが表示されなくなって、大焦り(笑)しました。あ〜びっくりした。

2020年9月19日土曜日

作業中

追記9/20 どうしても画像が上手くはれない。HTML表示にしてみても、コードが読めないからさっぱりわからない。もっと勉強しなくちゃ駄目?→判らないなりに、何とかHTMLのコピペで対応。
Win機で表示確認したら明朝体の表示が美しくなかったのでゴシック体に変更。このブログサービスは日本語フォントが貧弱?
ひとまず、既読の300冊くらいのアップを目指している。
とりあえず、アップしたレビューは、更新日に載せるようにして、項目に「初読」を足す。
だって、古い既読を初読日でアップしても、トップページに動きがなくてつまらないし。
レビュー整理していたら、全然読書が進まず。でも古いレビューを掘り返すと、読み友さんたちのコメントも思い出して面白い。
追記9/18 各コメントに読書メーターとのリンクを貼ろうかと思っていたが、読メにヘンなスパムが出現したので、止めることにする。
追記9/18 ロバート・クレイスはとりあえずコンプリート