2025年6月15日日曜日

コミック バルバラ異界

書 名 「バルバラ異界」  2007年日本SF大賞受賞
著 者 萩尾 望都
連 載 flowers 2002年9月号~2005年8月号
出 版 小学館  2003年6月〜2005年9月
初 読 2025年6月15日
出 版 2003年6月
ISBN-10  091670415
ISBN-13  978-4091670410
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/128495589 

 フワフワして優しい、ファンタジーSFっぽいテイストで始まったバルバラの世界。しかし、やがてこの世界が青羽という眠り続ける少女の夢の世界であることが判ってくる。
 舞台は心理学的手法の延長のような感じで人の夢の中に入り込む「夢先案内人」や、前世療法など、ちょっと前のSFやサスペンスの流行のテイストなんかを感じさせつつ、不老長寿の研究や、脳内イメージスキャン技術などが出て来て、近未来感を醸す。日本の学制も、高校が寮制の「大学進学校」になっていたり、高速道路は自動誘導システムになっていたりして、近未来の世界観の作り込みが細部まで行き届いている。
 描かれる現実世界は2052年。
 バルバラ界とバルバラの登場人物たち、現実世界の主人公の渡会時夫の関係者、青羽系列の親族関係、青羽周辺の研究者、キリヤの学友たち、もろもろ登場して、頭の中に情報が収まりきらず、アップアップと溺れる感じ。たまらず、とりあえず1、2巻までを再読して人物リストを作成しつつ、物語を再チェックした。一巻目では、物語がどこに向かっていくのかすら、皆目わからない。ただ、導かれるままに、山ほどの疑問を抱えたままヨタヨタ進んでいく感じ。(注:ヨタヨタしているのはストーリーではなく、私の頭!)萩尾望都の大傑作を今、読みつつあるのでは、との予感がひしひしとする。
 1巻目の章立ては以下のとおり。以下、1巻から4巻まで、自分の頭を整理するためにあらすじをまとめる。ネタバレになるので、未読の方はご注意あれ。

その1 世界の中心であるわたし
その2 眠り姫は眠る血とバラの中
その3 講演で剣舞を舞ってはならない
その4 彼の名は絶望 彼女の名は希望
その5 エズラはどこへ消えた?
その6 六本木で会いましょう

【人物】 ※バルバラ人
  青羽(アオバ)      世界の中心であるわたし。ジジからは「よそ者」と誹られている。
  タカ    アオバの従弟。
  パイン   ダイヤの養子。タカの兄弟。アオバの従弟。
  マーちゃん 青羽の母(養母?)
  ダイヤ   マーちゃんの妹。タカの母。 
  千里さん  夢見。夢占い。「夢はね 遠い未来か、遠い過去からのメッセージなんだ」
  雷ジジ   千里さんの祖父。
  ヒナコ   4人養子を取ったが、みんな早逝してしまって悲しんでいる
  ドクター  「ここじゃ なかなか子供が育たんからなァ」
  光合成するおねえさんたち         草木の生えた町の屋根の上で、日光浴。
  秋葉原コスモス      子役俳優。もう30年くらい子役をやっている。
  ※現実世界の人
  渡会時夫        「夢先案内人」(ドイツの〈21世紀ユング研究所所属)を仕事とする。
        キリヤの父。「ベルリンのハンバーグ屋事件」(ベルリンで起こった大量カ
        ニバリズム(食人)事件)の解決で著名になった。ただし、渡会自身はその
        影響で黒髪が白髪に。眠り続ける十条青羽の夢にアクセスすることで、《バ
        ルバラ》に行く。
  大黒先生        渡会の師? 現在は「前世療法」を行っている。火星研究にも詳しいよう。
        もともとは、パーキンソン病の世界的権威。
  北方キリヤ お茶の水山ノ上大学進学校(高校に相当)の生徒。渡会時夫の息子。かつ
        て、孤独心から心の安息地としての《バルバラ》を創作した。火星の夢を見
        て、火星の砂を引き寄せる。
        「世界はぼくを捨てた」「世界はぼくを愛していない」
  北方明美  キリヤの母。渡会の前妻。世羅ヨハネという神父に傾倒している。  
  花園蕾香(ライカ) キリヤの学友。ガールフレンド。アフリカ生まれの神田育ち。両親
        はタンザニアに研究旅行に行っているときに、行方不明になっている。
  風仁    ライカの従弟。秋葉原でバイトしている。
  百田太郎        遠軽(北海道)にある、北海道東中原人間科学研究所の研究者。現実の
        十条青羽の治療に携わる。
  十条青羽  ある凄惨な事件から7年間、東中原研究所で眠り続け、ポルターガイスト
        引き起こしている。幼少時は重篤なアレルギーがあったよう。
  十条茶菜        青羽の母。2024年12月30日、夫の勝一を殺害して、心臓を取り出し、自身も
        自殺。心臓を取り出し、青羽に食べさせた?  
  十条勝一  青羽の父。十条製薬の社長だった。
  十条菜々実 十条茶菜の母。青羽の祖母。菜々実とエズラが離婚したのが2006年。
  エズラ・ストラディ 十条菜々実の前夫で、茶菜の実父。十条製薬の特別研究員だった。
        ドイツと日本のハーフ。菜々実の叔母の静枝と駆け落ちした。晩年は火星研
        究(惑星生物学)を研究していた?
  世羅ヨハネ 神父。世界各地で里親施設を運営。明美はヨハネを「前世の恋人で夫」と信
        じている。ニューヨークで児童施設の〈グリーン・ホーム〉を運営。
  目白秀吉  六本木で〈目白サイコ・クリニック〉を運営。子供の頃の十条青羽と母の茶
        菜がクリニックに通っていた。青羽のポルターガイストで起こった竜巻に巻
        き込まれて死亡。
  目白ましろ 目白秀吉の息子。
  カーラ・シスルバーグ 〈21世紀バルトハウス〉(スイスにある医学研究企業)の職員。


*細胞活性薬《バルバラ》  十条製薬のヒット商品。細胞を活性化させる薬(若返り)の研究。もともとはエズラ・ストラディの研究だった。その薬品名が《バルバラシリーズ》。《バルバラ》は細胞を活性化し、若返らせる合成蛋白質の名前。プリオン蛋白質と同様、胃腸で消化分解されずに人体に取り込まれる。

 夢前案内人を仕事とする渡会時夫は、眠り続ける少女十条青羽の夢を探るために、北海道の研究所に招かれる。時夫が少女の夢に潜ってみると、少女は「バルバラ島」という世界の幸せな夢を見続けていた。しかし、このバルバラ島は渡会の離婚した元妻が引き取った息子であるキリヤが創造した空想の世界だった。
 十条青羽が眠り続けるきっかけになった凄惨な事件の背景を調べるために、時夫は青羽の祖母で十条製薬の会長でもある祖母菜々実に会いにいく。そこで、菜々実の前夫であるエズラの話を聞く。エズラの情報はほとんど見つからないのだが、若い頃の画像があり、その画像を見た時夫は、エズラ博士を画像加工で加齢させると、時夫の元妻の明美が傾倒している世羅ヨハネの顔になることに気付く。世羅ヨハネは、ニューヨークで〈グリーン・ホーム〉という養子縁組のための児童施設を運営していた。
 一方、現世の青羽が時夫の息子であるキリヤの夢の中に現れ、渡会時夫に青羽の夢に干渉させるな、とキリヤに警告する。

出 版 2004年3月
ISBN-10  4091670423
ISBN-13  978-4091670427
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/128498109


その7 きみに肩車してあげた
その8 冷蔵庫の中のわたしを食べて
その9 火星の海で泳いでいた
その10 お父さんお帰りなさい
その11 お誕生日は同じ10月1日
その12 東池袋カササギのパン屋

 バルバラ島は実在するのか。眠っている青羽を目覚めさせたら、バルバラ世界はどうなるのか。もし、青羽の夢の世界が完成したら、現実世界と逆転して、現実が「誰かの夢」の世界になるのか? 
 そして細胞活性剤(若返り薬)の〈バルバラ〉を作ったエズラと、夢の世界バルバラはどのような関係があるのか。そして、青羽の夢とキリヤの関係は?
 時夫は、長年生き別れていたキリヤの父親として、キリヤの助けになりたいと願うが、キリヤは時夫を拒絶。一方、バルバラ世界では、キリヤにも時夫にもよく似た少年タカが、時夫を父と慕う。
 北海道の東中原研究所は、眠る青羽の力で水が湧き水没状態に。事態を打開するために、再度青羽の夢に潜った時夫は、《バルバラ世界》にふたたび温かく迎えられるが、徐々にバルバラの秘密に触れることになる。この夢世界の世界観にもカルバニズムが絡んでいる。
 それは、バルバラ人の不老の秘密はバルバラ人同士の食人にあり、そのバルバラ人の遺体が〈外の世界〉の不老不死の製薬に絡んでいる、という不穏な世界観だった。バルバラで4人目の養子を失って自殺したヒナコの葬儀は、実はヒナコの心臓を食する儀式であり、ヒナコの心臓を夢の中で食べた時夫は、現実世界で心停止した。必至の救命で現実世界に生き戻った時夫は、自分の記憶の中の乳幼児のキリヤのイメージがタカのイメージで上書きされていることを自覚。記憶がバルバラのイメージで改編されているのではないかと不安に駆られる。 
 現実の青羽の自我は、キリヤと一つになることを希求している。
 東京のキリヤの学校に、ニューヨークのグリーン・ホーム出身のパリスが転入してくる。
 キリヤは、ニューヨークで世羅ヨハネが運営していた児童施設〈グリーン・ホーム〉が、里親の依頼により試験管ベビーを作っていたこと、パインとタカがその施設で作られた子供であったことを知る。そして、世羅ヨハネは行方が知れず、〈グリーン・ホーム〉は閉鎖されていた。
 バルバラ世界と現実世界との関係を探る時夫は、バルバラの中の時間が2150年であることを知る。バルバラのマーちゃんは、もともとは東池袋で「カササギのパン屋」という小さなパン屋さんを営んでいたらしい。マーちゃんは、2130年に戦争が起きて人工衛星が落とされて地上に降り注ぎ、マーちゃんの家族も家も皆燃えた、という。また、バルバラの人達は「閉じ込められて血を採られて」いるらしい。もしや、ドイツの研究施設では、火星由来のタンパク質を持つ人々を眠らせ、いわば培養し、血液を採取して細胞活性剤バルボラを製造しているのではないのか?夢の《バルボラ》の人々は、その研究所で眠り続ける人達なのか? キアヌ・リーブス主演の『マトリックス』のような世界観が読んでいる自分の頭をよぎるが、物語はこの点には深入りしなかった。(と思う)

出 版 2004年12月
ISBN-10 4091670431
ISBN-13 978-4091670434

その13 長い長い遺伝子の物語
その14 大人にだってわからない
その15 遠軽への遠い道
その16 ひとつになりましょう
その17 誰もあたなの名前を知らない
その18 はじめてのことだから

 青羽は繰り返しキリヤの夢を訪れ、キリヤは青羽から、火星の生命体について教えられる。火星の生命体は、お互いを食べ合うことで、相手の記憶コードを取り入れることができ、全体で一つの記憶と意識を保持していた。火星の生命は遠い過去に絶滅したが、その生命を構成していたタンパク質は、隕石とともに地球に降り注ぎ、地球の生命の遺伝子の中に深く潜航した。(狂牛病の原因物質のプリオンタンパク質が、消化どころか燃焼も腐敗もせずにその構造を留めることを考えれば、このような発想はアリだと思った。)
 そして、その火星の生命の記憶は遺伝子コードの中に組み込まれ、それを引き継いだ青羽の記憶となっており、その青羽に共鳴するキリヤのなかにも潜在した。
 ひょっとして青羽は、グリーン・ホームの4人の子供のうち、死んだことになっている一人なのでは? と一瞬思ったが、そもそも青羽はエズラの実の孫なのだから、エズラの遺伝子をつまりは記憶を受け継いでいるのだ。そしてその記憶は、心臓の筋肉をある特殊な条件下で摂取することで、活性化されるらしい。

 時夫、キリヤ、菜々実その他は、青羽に会うために北海道に向かう。その途中、女満別の空港で、キリヤが老化した世羅ヨハネを目撃。世羅ヨハネは若返り治療を受けるために搬送されるところだった。

 時夫はキリヤの夢の中で現実の青羽に出会い、青羽が《バルバラ》を作ったいきさつを聞き出す。「わたしは火星の記憶をどうかたちにすればいいのかわからなかったけど、島をみつけてここに作ればいいと思ったわ 未来を」
 伊勢では、キリヤの母明美が、本物のキリヤはアレルギーで死に、「ヨハネが生き返らせてくれた」と衝撃の告白。
 菜々実からは、エズラの存在を抹殺したいきさつが証される。
 ここにいたって、バラバラだった情報が、エズラとエズラの研究に集約されてくる。
 不老不死のバルバラタンパク質、人工授精で、火星遺伝子を受け継いだ試験管ベビーたち。バルバラタンパク質は、有害な代謝物を生成するため、生まれてきた子供たちは、ほとんどが重度の免疫不全や心臓病で死んだが、エズラが世羅ヨハネとなった後も研究は密かにつづけられ、生存に成功した4人の子供たちが、グリーンホームで育てらた。うち一人は死んだキリヤの代わりに明美に与えられ、二人は、3人の女性の老化治療の研究に使用され、パリスだけが生き残った。

出 版 2005年9月
ISBN-10 409167044X
ISBN-13 978-4091670441
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/128508714

その19 ずっとあなたを愛していた
その20 死者からのメッセージ
その21 バルバラ崩壊
その22 花小金井ヒコバエ保育園
その23 ぼくのキリヤをかえしてくれ
その24 遠い過去から遠い明日へ

 女満別の老人病院で若返り治療を受けたアズーレ=エズラ=ヨハネは、最愛の妻だった菜々実と再会し、全ての秘密とデータをキリヤに手渡して亡くなる。ここまでで、大方の秘密が明らかになった、と読者に思わせ、作中の一行もいったん眠り続ける青羽を研究所に残し、なにかが不完全なまま解散の流れになるが、そこからの怒濤の展開が驚異的だった。

 大黒から、本当のキリヤは2歳で死に、グリーン・ホームのタカがキリヤに成り代わったという仮説を聞かされ、真実を突き止めようと渡会は青羽の夢を通じて三度バルバラに潜り込む。しかし、そのバルバラには破局が訪れていた。未来の2150年、地球政府は火星と決裂し、火星人の遺伝子を持つバルバラ人の抹殺が決定された。時夫が訪れたとき、バルバラ島は、政府の攻撃で蹂躙されていた。時夫は生還するが、バルバラは消滅。

 そしてキリヤの突然の事故死。
 キリヤの蘇りを必死で願う時夫の思念と、青羽の未来に干渉する力が最大化されたときに、起こったこと。
 エズラによく似た千里もまた、彼の血筋なのだろうか。もしかしたら、タンザニアの奥地から生還した花園夫婦の子供の子孫が千里なのかもしれない。その結果の起こったことを初めは拒否し、混乱し、徐々に受け入れる時夫の心理描写が、畳みかけるようで凄い。

 時夫は記憶を再体験し、徐々に記憶が置き換わっていくことを自覚する。

 2052年の火星基地では、化石化した生命の痕跡が発見され、火星にいた基地の地球人たちは、何かの感染症を発症し、死んだ人間の心臓を食べるカルバニズムが発生したようだ。おそらく、ここから地球人と火星人の分化がはじまり、80年後の2130年には火星は地球を攻撃。戦争となる。
 その後2150年に和解が成立。その時代のキリヤや青羽は生き残る未来を得る。
 一時は時夫の息子として2052年に存在したキリヤ(タカ)と、2052年に肉体が死んだ青羽の魂も、それぞれ2150年時点で生存し、おそらくは幸せになるであろう未来が構築されただろう。
 2052年、青羽とキリヤが作った現実と2150年のバルバラ島との接点はほどけ、青羽が作りあげたバルボラ島の未来は現実の未来に、2052年の時点から見た『バルバラ異界』は消滅した。

 いずれにせよ、すごい。すごい物語を読んだ。
 アーシュラ・K・ル=グウィンを読んでいる流れで、ル=グウィンと世界観が似ている(と思える)萩尾望都を読んでいたのだけど、正直いって、萩尾望都の方がはるかに才能がある、と思うようになってきた。

2025年6月8日日曜日

コミック マージナル(小学館文庫1〜3)



書 名 「マージナル」 
著 者 萩尾望都
初 出 雑誌「プチフラワー」1985年8月号~1987年10月号に連載    

 どなたかが、この作品をフェミニズムと結び付けていたのを目にした。
 正直、この作品をそういう視点で見たことは、これまでにまったく無かった。
 だって、女、出てこないじゃない。
 地球上でかろうじて女の要素があるのは、XXYの男の子だけ。
 
 しかし、たしかにフェミニズムの視点からすると、逆説的に面白い。なにしろ、女性がいない。
 2300年に突如地球を席巻した細菌汚染。海も川も湖も沼も水という水は汚れ、雑菌、プランクトン、細菌、微生物で赤くメレンゲのように泡立ち、人間は"D因子”に感染し、生殖能力を失った。人類は月や火星に逃れ、女性と大型動物が死に絶えた地上は、自然や生命が甦るかどうか、の壮大な実験場となった。
 人類はD因子に対する免疫を獲得するが、この免疫はY遺伝子にしか乗らないので、女は生き残ることができない。
 そこで、月の人類は、地球に卵子を持ち込み、地上の男達の精子によって受精させ、試験管で培養された子供たちが供給されるシステムを作りあげた。

 700年後。地上は、一人の母(マザ)と大勢の息子達による、ミツバチ型の社会を構築し、だれもその世界の在り方に疑問を持たなくなっている。しかし、マザは老いて衰え、子供の供給が減り、不安と不穏が地上に蔓延していた。

 というところからの物語。
 女性のことを考えるにしても、生殖や次世代の産出を抜きに、女性の在り方を云々することはできない、ってことを具体的が具体的に突きつけられてるところが面白い。色子制や色子宿などの、性欲解消を代替するシステムが出来上がっているのも面白い。
 地球の人口は、女性の提供卵子に支えられているってところもスゴイ。

 ストーリーを動かすのは、マージナル計画を推進するメイヤード。そしてイワンというマッドサイエンティストが創り上げた4人の子供たち(キラ)と、イワンの足跡を追う、もう一人の科学者ゴー博士。この直情で声がデカく、周囲を憚らないKYが、良くも悪くも物語を転がす。ほんとうにゴー博士はうるさいのだけど、えてして現実社会でもこういう人物が事態を推進するんだよな。

 メイヤードとナースタースの愛は切なく、アシジンは単純で健康的。グリンジャは虚無にはなりきれない。アシジンとグリンジャのキラは、死んで病んだ地球に生命の息吹を吹き込むのか。最後に残ったキラは、どちらかの、もしくは二人の子供を産むのだろうか。地上のキラの子供たち、そして、地球の生命はこれからどうなっていくのか。希望を感じさせる物語だった。

0557 辺境の惑星(ハヤカワSF文庫版)

書 名 「辺境の惑星」
原 題 「Planet of Exile」1966年
著 者 アーシュラ・K・ル=グウィン    
翻訳者 脇 明子    
出 版 早川書房 1989年7月
文 庫 215ページ
初 読 2025年6月7日
ISBN-10 4150108315
ISBN-13 978-4150108311
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/128345663

 まず、この「辺境の惑星」の設定が面白い。
 太陽は、竜座のγ(ガンマ)、エルタニン。竜座は(この地球の)北の天空の北極星を半円に取り囲んでいる星座で、エルタニンは北極星からは一番遠くに見える二等星。
 その恒星を太陽とするこの惑星(作中ではこちらも「地球」と呼ばれる。)は二重星で、こちらの地球の月よりも(おそらくは)はるかに大きく、それ故、重力の影響も強い月を持つ。
 月の影響による潮の満ち引きは、毎日15フィートから50フィート、というから満潮と干潮では、4メートルから15メートルの海面高の差を生む。干潮から満潮に向けて海が満ちてくるときには、毎日津波のように潮の壁が押し寄せる。ダイナミック!
 月と惑星がお互いを巡る公転周期は400日。月の満ち欠けは400日をかけてゆっくりと行われる。この二重星が恒星(エルタニン)を一回りする公転周期、つまり1年は60ヶ月=24000日、一日の長さについては言及されていないので、ひとまず地球日を当てはめるとして、四季が巡るのに、地球年では65年ほどかかる計算。(作中では、60年と書かれているので、もしかしたら一日の長さは地球よりも短めなのかもしれない。)
 おそらくだが、それだけ月が大きいとなると、月の公転でこの惑星も振り回されるだろうから、一月400日の間にも相当の寒暖差があるのではなかろうか。そして、60ヶ月(地球年で60年)の惑星の公転周期では、氷河期と温暖期ほどの寒暖差が生まれる。

 そんな惑星にもとから生息するヒューマノイド(ヒルフ)と、後から植民した地球人のコロニーが、冬(=氷河期レベル)の脅威と、その天候の中で生まれる生物の大移動によりもたらされる民族存続の危機に立ち向かう、そんな話。この惑星運行のダイナミズムをまず、世界観として楽しもう。

 この小説は、言うまでもなくSF小説のカテゴリーなんだけど、これまでに読んだル=グウィンのSFすべてに当てはまるが、「空想科学」の「科学」の部分はとても薄め。どちらかというと民俗学、folklore。ル=グウィンが70年代以降の米国を代表するSF作家の一人であることには無論異議はないのだが、個人的には、SFというよりはFF=folklore fantasy?fiction?ってカテゴライズを奉じたくなる。だが、それはさておき、物語は起伏に富み、とくに主人公の一人のロルリーの造形もとても良く、面白く読めた。

 遠未来の辺境の星域の惑星。植民したものの、『ロカノンの世界』でも語られた、敵対する異星文明の侵攻の煽りで惑星に置き去られ、忘れ去られた植民者たち。植民星の先住文明に影響を与えることを禁ずる法律を遵守し、原始共産制社会から中世くらいのどこかの発達段階でしかない先住民族の文化レベルに同化せざるをえなかった入植者と現住民の文化の衝突。そして氷河期レベルの冬の到来で、もう一種の北方の先住民族の暴力的な民族大移動に蹂躙される危機。先住民と入植者のコロニーは生存をかけて手を結ぼうとするものの、異文化の排他や、血族や男の沽券なんかも絡んで一筋縄ではいかない。その物語の中で、渦中の主人公ロルリーが異郷の人々の中で静かに意思の強さと賢さを発揮する様子がとても好ましい。(読んでいないけど)ネイティブアメリカンのイシもそんなだったのだろうか?などと想像。ル=グウィンの原体験に根差した作品なのであろうと感じさせられる。
 
 なお、やっとヒルフの指すところがはっきりした。HILF。ハイリー・インテリジェンス・ライフ・フォーム(高度な知性を有する生命体)の頭文字。実は先に読んだ『ロカノンの世界』にも登場していたが、『最高の知性を有する生命体』とサラリと日本語に翻訳されていたために、おそらくこれだろうな、とは思ったが、確信が持てていなかった。なお、『ロカノンの世界』の第1章は、独立した短編『セムリの首飾り』として、ハヤカワSF文庫の『風の十二方位』に収録されており、こちらの翻訳では「高度な知性を有する生命体」にハイ・インテリジェンス・ライフ・フォームと親切にルビが振ってあった。ちょっとすっきりした。

2025年6月2日月曜日

発表順に並べ直して再掲 ル=グウィン作品一覧(邦訳のみ)

ル=グウィン 作品一覧(邦訳)年代順


1966 ロカノンの世界  サンリオSF文庫/ハヤカワ文庫(別訳)
1966 辺境の惑星       サンリオSF文庫/ハヤカワ文庫
1967 幻影の都市    サンリオSF文庫
/ハヤカワ文庫
1968 影との戦い A Wizard of Earthsea
1969 闇の左手     ハヤカワ文庫(新版)★
1971 こわれた腕環 The Tombs of Atuan
1971 天のろくろ     サンリオSF文庫
/ブッキング(改訂復刊)
1972 さいはての島へ The Farthest Shore
1974 所有せざる人々  ハヤカワ文庫★
1975 風の十二方位   ハヤカワ文庫
-主に初期作品集
1976 世界の合言葉は森/ アオサギの眼 (1978)  ハヤカワ文庫
1976 どこからも彼方にある国 あかね書房★
1976 オルシニア国物語  ハヤカワ文庫★
1979 マラフレナ 上・下    サンリオSF文庫
1979 夜の言葉‐ファンタジー・SF論  岩波同時代ライブラリー
/(改訂)岩波現代文庫
1980 始まりの場所  早川書房「海外SFノヴェルズ」★
1982 コンパス・ローズ    サンリオSF文庫/ちくま文庫
 
1985 オールウェイズ・カミング・ホーム上・下 平凡社
1988 空飛び猫
1989 帰ってきた空飛び猫
1989 世界の果てでダンス   白水社(新装版刊)★
1990 帰還 - 最後の書 Tehanu: The Last Book of Earthsea
1992 「ゲド戦記」を‘生きなおす’  (
”Earthsea Revisioned” オックスフォード大学で
   開かれたChildren’s Literature New Englandの大会で講演)
1994 素晴らしいアレキサンダーと空飛び猫たち
1994 内海の漁師    ハヤカワ文庫★
1995 赦しへの四つの道 早川書房「新ハヤカワ・SF・シリーズ」
1998 文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室  フィルムアート社★
1999 空を駆けるジェーン - 空飛び猫物語
2000 言の葉の樹     ハヤカワ文庫★
2001 ゲド戦記外伝(ドラゴンフライ) Tales from Earthsea 
2001 アースシーの風 The Other Wind
2002 世界の誕生日    ハヤカワ文庫(全8篇)★
2003 なつかしく謎めいて  河出書房新社(連作短編)
2004 ギフト ★
2004 ファンタジーと言葉   岩波書店★
2006 ヴォイス★
2007 パワー★
2008 ラウィーニア 河出書房新社/文庫★
2011 いまファンタジーにできること      河出書房新社
2012 現想と幻実 ル=グウィン短篇選集  青土社(全11篇)★
2017 暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて  河出書房新社★
2022 私と言葉たち  河出書房新社★
2025 火明かり ゲド戦記別冊 岩波書店


2025年6月1日日曜日

2025年5月の読書メーター

 鋭意、ル=グウィンのSFに取り組んでいたはずなのだが、結構読み進めるのに手間どった一方で、ル=グウィンの世界観と萩尾望都の世界観って共通するよな、との気づきから、無性に萩尾望都も読みたくなり。
 『11人いる!』『マージナル』『銀の三角』などなど。
 しかし手元にある文庫本サイズは、やはり字も絵も細かくて、読むのがしんどい。
 そこでついに、萩尾望都パーフェクトセレクションに手をだした次第。しかし、読みたかったマージナルは文庫本しか手に入らず。ついでに流れでこれまで手を出しかねていた『残酷な神が支配する』も文庫本で入手(ネット古書店で全巻大人買い)。
 『残酷な・・・』は連載時から読んでいたが、あまりにもリアルな内容なので、刊行当時は入手するのを控えていた。このたびやっと、全巻通しで読んでみよう、という気になった。しかし、内容から少し距離を取るために、こちらはあえてのめり込みにくい文庫本サイズにした。いや、こんな用心が必要な作品もそうないよな。
 さて、5月末に、ゲド戦記の最終刊「火明かり」が刊行された。
 すこし読み始めたが、冒頭のル=グウィンによる序文(『The Books of Earthsea』の序文として書かれたもの。)を読んで、少々げっそりとしている。だがまあ、なにはともあれ読むよ。
半世紀来の付き合いだもの。
 さて、そんなこんなで5月は、ル=グウィンのSF2冊。画集が2冊。コミック新刊2冊。萩尾望都4冊という結果。漫画で水増ししているとはいえ、『トーマの心臓』はハードカバーの文学を読むのと同じくらいのエネルギーを要した。

5月の読書メーター
読んだ本の数:10
読んだページ数:2399
ナイス数:513

トーマの心臓2 萩尾望都Perfect Selection 2 (フラワーコミックスペシャル)トーマの心臓2 萩尾望都Perfect Selection 2 (フラワーコミックスペシャル)感想
ユーリの根底にあるのが信仰だという所は自分にはちょっと分かりにくいところ。トーマはなぜあそこまでして?というのもストンとは落ちてこないのだけど。愛するということ、そのためには自らを犠牲にすることも厭わないこと。だけど残された人は、その贈りものを正しく受け取ることができるだろうか。幸いユーリは最後にはきちんと受け止めることができたけど。オスカー、ユーリ、エーリクそれぞれに若い人生に似合わぬ重く辛い経験を背負い、それでも全力で友人を想い、助けようとすることができる。透明で深く澄んだ青い沼をのぞき込んだ気分だ。
読了日:05月31日 著者:萩尾望都

トーマの心臓1 萩尾望都Perfect Selection 1 (フラワーコミックススペシャル)トーマの心臓1 萩尾望都Perfect Selection 1 (フラワーコミックススペシャル)感想
青く、透明で、伶俐で、傷ついていて、優しい。情感がオーバーフローして溺れそうな気分になった。ここから童話のようなファンタジーをそぎ落としていくと『残酷な神が支配する』に到達するのか。久しぶりの再読で、良い感じにストーリーを忘れていて、今更だが『訪問者』がこのオスカーと彼の父の話で、つながっているんだと初めて気付いた。それにしても中高生くらいの寄宿舎って本当に大変。学校が動物園にしか思えない身には、舎監のオスカーとユーリが神がかって見える。
読了日:05月31日 著者:萩尾望都

なのはな (フラワーコミックススペシャル)なのはな (フラワーコミックススペシャル)感想
3.11直後から数週間の心のザワザワには、私も覚えがある。毎日出勤し、だけど仕事が手に着かず、はっと気がついたら年度末になっていて焦った。あの頃、多感な10代だったなほちゃんは、おばあちゃんが帰ってこないことを知っていたが、受け入れきれない。傷ついても身を寄せ合う家族がいるということは、まだ救いがあるようにも思う。だけど、失ったものへの追悼は必要で、そんななほちゃんの心は銀河鉄道に乗っておばあちゃんとのさよならを追体験する。この作品は、モトさんの、心の平静を取り戻すための儀式でもあったよう。
読了日:05月29日 著者:萩尾望都

11人いる! 萩尾望都Perfect Selection 3 (フラワーコミックススペシャル)11人いる! 萩尾望都Perfect Selection 3 (フラワーコミックススペシャル)感想
ル=グウィンのSFからつい脱線、寄り道。11人いる!は最初に読んだのも文庫本。今手元にあるのも文庫本なのだけど、さすがに線の細くて台詞の多いモトさんの作品を小さな画面で読むのは、辛い年頃になってしまった。この萩尾望都自選のセレクションは大型本でとても、とても読みやすかった。それに、やっぱり迫力が違う。そして、やっぱりフロルがかわいい。愛すべきキャラクターだ。大昔、元気者のフロルが第二次性徴を迎えて麗しの乙女になる続編を延々脳内で想像して楽しんだのも、よい思い出。。。
読了日:05月28日 著者:萩尾望都

ロカノンの世界 (ハヤカワ文庫 SF ル 1-5)ロカノンの世界 (ハヤカワ文庫 SF ル 1-5)感想
面白かった。萩尾望都の表紙がとても美しい。物語は、SFと神話世界が融合する独特なファンタジー世界を構築し、萩尾望都のSFと強い親和性を感じた。(というか、萩尾望都が影響を受けたのだと思うけど。)主人公と友人(王/勇者)と従者と矮人というパーティによる未知の世界の踏破は、トールキンにも通じるファンタジーの王道。そこに、ハイニッシュ・ユニバースの人間が光速の壁を越えられないという独自設定が加わり、主人公ロカノンの苦悩と孤独が説得力を持って迫ってくる。主人公の性格が抑制が効いていて、物語に深みを与えていた。
読了日:05月23日 著者:アーシュラ・K・ル・グィン

パウル・クレー作品集 詩と絵画の庭パウル・クレー作品集 詩と絵画の庭感想
クレーの絵をこんなにまとめて見たのは初めてで、もったいないので少しづつ見ている。なぜクレーを手に取ったかというと、萩尾望都のメッシュ スペシャルエディションが書店の店頭に積んであったから。たしかメッシュがクレーの絵を気に入る話がなかったっけ・・・・と連想がつながって。色彩が美しい。クレーってこんなにいろんな作風がある人だったのね。一枚一枚をじっくり見ていたいけど、150ページの『魚の絵』は特に好き。143ページの『野いちご』もどきっとした。119ページ『夢の都市』も。
読了日:05月21日 著者:黒田和士

永山裕子作品集 ひかりの下で永山裕子作品集 ひかりの下で感想
お名前は存じ上げなかったけど、水彩画の画家さんです。美しいものを見たくなって書店にGOして,出会い頭に我が家にお迎えした画集。色が空間に滲むような華、ガラスの質感、花器に張られた水の存在感。現実が幻想に溶け込んでいく瞬間を捉えたような、作品の数々でした。とにかく色が綺麗で。自分もこんな絵が描けるようになれたらよかったのに!とちょっと羨望が湧く。
読了日:05月21日 著者:永山裕子

夜明けの唄 6 (from RED COMICS 072)夜明けの唄 6 (from RED COMICS 072)感想
ミカエルの件が、かなりなし崩し的に悲劇的結末を迎え、南の覡エルヴァの心に大きな傷を残す。アルトは出自の秘密を抱え不安に押しつぶされそうに。そんな二人が身と心を温めあう、南の岬の小さな家の小さな寝床。些細な暮らしが尊い。世界の謎解きはこれから。黒海の正体も今だわからず。
読了日:05月21日 著者:ユノイチカ

10DANCE(8) (ヤンマガKCスペシャル)10DANCE(8) (ヤンマガKCスペシャル)感想
ショックと混乱で棒立ちの杉木ーーー!をWeb連載で読み、その後長らくお預けの苦しみを喫した。コミックスだとそんな場面もするする読めて幸せだ。一体私は何を読まされてるんだ!とあまりのセンスオブワンダーにくらくらする。今回は涙が。ノーマンの滂沱。杉木の宝石のように散るキラキラ涙。もらい泣きして涙。ラスト2ページ目の杉木が別の漫画みたいになってるゾ。愛は人を変えるね〜。手から伝わる想いが画面から溢れてました。いやなんかすごかった。さて、ここから10DANCEにばく進するのか。すでに次巻が待ち遠しい。
読了日:05月21日 著者:井上佐藤

世界の合言葉は森 (ハヤカワ文庫SF)世界の合言葉は森 (ハヤカワ文庫SF)感想
ゲド戦記から評論を経由して、ル=グウィンのSFに着手。この本を最初に手にとったのは偶然。刊行順に読むより行きつ戻りつの方が面白いかと思って。『世界の合い言葉は森』と『アオサギの眼』の中編2本を収録。ハイニッシュ・ユニバースの一冊。読みながら思ったのは、これSFである必要性全然なさそうだな、と。中世とか大航海時代の新大陸とか舞台でも内容的には全然いける。ル=グウィンらしい説教がましさ(笑)と道徳読み物っぽさがあり、私的にはセンスオブワンダーはなかったかな。強いていうならSF寓話。細かくはブログの方に。
読了日:05月13日 著者:アーシュラ K ル グィン

読書メーター

2025年5月26日月曜日

0556 ロカノンの世界(ハヤカワSF文庫版)

書 名 「ロカノンの世界」
原 題 「Rocannon's world 」1966年
著 者 アーシュラ・K・ル=グウィン    
翻訳者 小尾 芙佐     
出 版 早川書房 1989年5月
文 庫 217ページ
初 読 2025年5月18日
ISBN-10 4150108234
ISBN-13 978-4150108236
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/128057332

 ル=グウィンのデビューSF長編。(なにかの解説に「処女長編」って書いてあったけど、ル=グウィンはそのような表現嫌がりそう(笑))
 ハヤカワ文庫の表紙は萩尾望都で、これがとても美しい。そういえば、SFファンタジーというような作風は、萩尾望都、竹宮惠子などとの同時代性を感じる。実際には大泉組が影響をうけた側だろうと思うが。『銀の三角』とか『マージナル』のような萩尾望都の絵柄で、物語が脳内再生される。神話世界を生きている惑星と、そこに到来した地球(=ハイン)文明、SF的要素が融合した、異世界ファンタジーである。
 第一部は、ある(未開の)惑星の、民俗的伝承から始まる。
 そこで描かれるサファイヤ(たぶん)の首飾りは、初期の探検隊が星から持ち出し、別の惑星にある博物館に収められていた。その首飾りを取り戻すために、神話世界の女王たる美しい女性が、まさに時空を旅してロカノンの元を訪れる。
 一人の異郷の美しい女性に心惹かれた民族学者が、再びその惑星の調査に訪れる。古典SFらしい、光速旅行による時間の遷延が、物語の重要なファクターとしてうまく取り込まれている。また、超光速航法は開発されてはいるが、生物は超光速航法には耐えられず、光速の壁を越えることはできない、というル=グウィンのハイニッシュ・ユニバースの独自設定も面白い。
 一人の成熟した民俗学者である地球人(血統的には純粋なハイン人)のロカノンが、異星民族の調査中に、突然正体不明の敵からの攻撃で仲間と船を失い、母星との連絡手段も失われてしまう。鉄器ー青銅器時代の発展段階の未開な異星にたった一人で取り残された状態から、起死回生のために、現地人の勇者や従者や矮人を連れて、未知の土地に旅に出る。主にロカノンの視点で語られる未開の惑星が、ル=グウィンの手によって色彩も鮮やかに、空気も芳しく描き出される。ロカノンの驚異的な体験や、筆舌に尽くせぬ心象をごく控えめな筆致で描き、ラストでは、この惑星でロカノンがどのように最後の時間を過ごしたのかは読者の想像に委ねられ、読者はその余韻に漂うことになる。
 ロカノンがテレパシー能力を獲得するくだりなんかは、ちょっとご都合主義な感じがしないでもないが、十分に許容範囲。
 読み進めると同時に、萩尾望都を再読したくなった。今時の(?)SFらしいメカニカルなSFとは一線を画する世界観は、ちょっと郷愁めいたものを感じるし、夢中になって萩尾望都を読んでいた、〇十年前を思い出す。

 先に読んだ、『世界の合い言葉は森』は、どこか説教がましい感じがあって、あまりのめり込めなかったが、この作品は十分にセンスオブワンダーを感じる。これが、(初期の)ル=グウィンのSFか。SFと、ファンタジーと、童話を混ぜて練り上げたような、独特の読み応えがとても面白かった。

2025年5月17日土曜日

0555 世界の合言葉は森(ハヤカワSF文庫版)

書 名 「世界の合言葉は森」
原 題 「THE WORD FOR WORLD ID FOREST」1972年
    「HE EYE OF THE HERON 」1978年
著 者 アーシュラ・K・ル=グウィン    
翻訳者 小尾 美佐/小池美佐子     
出 版 早川書房 1990年5月
文 庫 391ページ
初 読 2025年5月11日
ISBN-10 4150108692
ISBN-13 978-4150108694
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/127873328

 ゲド戦記から、評論やエッセイを経由して、ル=グウィンのSFに着手。この本を最初に手にとったのは、ただの偶然。たまたま、Kindle版をスマホにダウンロードしていたから。刊行順に読むより、行きつ戻りつ読んだ方が面白いかと思って。
 この本には、『世界の合い言葉は森』と『アオサギの眼』の中編2本を収録。うち、『世界の〜』はハイニッシュ・ユニバースシリーズの一篇。『アオサギ』の方は多分独立した小説だと思われる。
 ちなみにハイニッシュ・ユニバースとは、ル=グウィンが創作したSF世界。本作中にも登場するハイン人が、過去に宇宙に植民して人類を播種し、それぞれの植民星で人類が個別に進化した、とする世界。詳しくはこちらのwikiを参照のこと→ ハイニッシュ・ユニバース

 ところで、このハヤカワの文庫本裏表紙のあらすじが酷い(笑)。

 「森がどんどん消滅していく———植民惑星ニュー・タヒチでは・・・(中略)。利益優先の乱開発で、惑星の生態系は崩壊寸前。森を追われた原住種族アスシー人は、ついに地球人に牙をむいた! だが、圧倒的な軍事力を誇る地球人に、アスシー人の大集団も歯がたたない。二つの知的種族とその文明の衝突が産む悲劇を、神話的なモチーフをたくみに用いて描き上げる・・・」

 どこがどう酷いのか、説明しがたいほどに酷い。こういう話じゃないよ。ぜんぜん違う。侵略者と被征服民、強者と弱者、正義と悪、そういう二項対立は、ル=グウィンが一番嫌うところだと思う。以下、感想。

◆世界の合言葉は森◆
 植民惑星、原住民、植民軍。“船一隻分の女が新着。繁殖用女性、品質優良のニンゲン212頭。ピチピチはちきれそうなベッド向きのボイン212人”ときたもんだ。なんだかすごいものを読み始めたぞ。と、冒頭うろたえる私(笑)。

 “野蛮人はつねに文明人に道を譲るべきだ。さもなきゃ同化するか。”

 よもやこのデイヴィッドソン大尉が主人公ではあるまいな?とドキドキする。なんだこの植民地主義の男根主義のイカれた男は! アメリカ大陸に押し寄せた侵略者はこんな感じだったんだろうか? 脳内のデイヴィッドソン大尉が、開拓時代の南軍の軍服や、西部劇の騎兵隊の制服で脳内再生されちゃって。インディアン皆殺しだヒャッホー!って感じを地でいく偏見ゴリゴリの勘違い男だが、なまじか頭がよく、信念があり、ありとあらゆる事象を自分に都合良く解釈。でも実際にもこういった人間はいる。ほら、某大統領とか、某県知事とか。現実味があるのが、いっそ恐ろしい。

 「メカ〇〇」とか、「ロボ〇〇」とか、「ロケット船」といった用語も今はなっては古色蒼然、「テレテープ」っていうのは、ビデオテープのようなものだろうか。音声記録はカセットテープ! 2001年宇宙の旅のハルの記憶媒体が磁気テープだった時代だもんな、などと思いながら、でもたとえば、ホーガンの『星を継ぐもの』なんかも1970年代SFだけど、ノートPCに類するガジェットなんかの空想のテクノロジーは、現在でも読むに耐えるものに仕上がってるし、これは、やはり作者の方向性の違い、というかテクノロジーへの関心の高さの違いかも? まあ、ル=グウィンだし、遠未来のテクノロジーを描くことが主題ではないし。なんとか1章を突破して、ようよう2章目から、目前に広がるル=グウィンの世界観!森!森!大森林!
 
さてここから読み進めるのに登場人物一覧と用語集が必要だ。

デイビッドソン大尉———上記、第1章のイカれ男。マッチョな男根野郎。だが、なまじ頭が
            良く、認知は歪んでいるが、リーダーシップもあり、行動力も十分
            にあるのが最低。
ラジ・リュボフ大尉———植民軍の研究者。人類学者。異星社会学、異星文化人類学って感じか。
ゴス      —————ドン大佐の部下
ベントン    —————ドン大佐の部下
ジョシュ・セレン ———技師
ムハメッド少佐  ———植民開拓地ニュー・ジャバの指揮官
ディン・ドン大佐————植民星ニュー・タヒチ(惑星41号)の植民軍現地司令官
ニュー・タヒチ  ———彼らが植民している惑星の通称。地球から27光年離れている。
            この星は大部分がが海で、いくつかの大きめな島があり、密林で覆わ
            れており、人類は、森林資源(材木)を目当てにこの惑星に植民した。
ユング司令官   ———星間光速宇宙船〈シャックルトン号〉指揮官。
アンシブル    ———星間通信装置。光年間の空間で即時通話を可能とする技術。
            この世界ではジャンプ航法やワープ航法はなく、宇宙船の最高速度
            は光速。通信だけが、即時通信出来る設定。
スペッシュ    ———作品中では定義が判らなかった。他の作品読んだら判るか?
            植民軍の中の技術職を指しているのか?科学者のことかも。
クリーチー    ———元々は基地の底辺労働者の意。ここでは原住民(アスシー人)にた
            いする蔑称にも。
ヒルフ      ———現地人の意か? ハイニッシュユニバースの先行本を読むと判るっ
            ぽい。
ルペノン     ———星間輸送船〈シャックルトン号〉でこの植民惑星〈惑星41号〉に
            やってきたハイン人。肌が白く、背が高い。星間連盟政府に所属。
オル       ———セチア人。毛深い。灰色、小男 ルペノンと同じくシャックルトン
            号に乗船していた。
セルバー     ———アスシー人。アスシー人は身長1m弱、緑色の体毛を持つ、アスシー
            の環境に適応して進化した人類。植民者の人間(アスシー人による
            とジンゲン)のリュボスと友誼を結び、お互いの言語を学び、辞書
            を作るなど、リュボスの研究にも貢献。
「神」(アスシー語)——新しい知識や概念をもたらすもの。指導者。アスシー語の神には通
            訳の意も含む。

 地球人側からすれば、植民惑星の開拓だが、実際のところ、侵略と原住民族の殲滅にほかならない。そもそも、デイヴィッドソンのような男を植民軍の先鋒に加えたのが間違いとしか。
 この男が少しずつ軌道がずれて、さらにおかしくなっていくのが、現実的すぎる。どこでどうやったらこの男を止められるのか。作中ではついに止められないけど。こんなのが現実にいたらどうやって対処しよう?と真面目に考えたくなる。

 人間と異星民族のアスシー人とがお互いに理解しあう、とかハイン人であるルペノンであれば融和の導きは可能かも、などという予定調和にもちこむ気は、ル=グウィンにはさらさらなく、異文明の相互理解の難しさが読者の目前に投げ出される。セルバーは人間から「殺人」を学び、行動に移すことで、アスシー人の『神』となる。アスシー人は人間から「殺人」という行動様式を取り込み、この星の文化はこれからどのような局面に向かっていくのか。彼らは平穏で安定した生活を取り戻しうるのか、殺人を知った人々は、もとの現実界と夢見界を行き来する生活に戻ることができるのか。

 彼らの行動様式を外形的に類推はできても、その基盤にある精神生活を根本的に理解することは、わたしたち「ジンゲン」には不可能だ。理解できない。そして、今我々が「理解している」と思っている、この地球上のアレコレだって、実際に理解できているかは怪しいものだ。西欧人にとって、たとえば日本の文化、イスラム文明、何一つ、本当には彼らには理解できていないのではないか。むろん、逆もしかり。私にとっても。そんな疑問を投げかけられる作品だ。

◆アオサギの眼◆
 地球の植民惑星であるヴィクトリア星。そこは、植民地というよりは、流刑地だった。過去2回の植民船の到着。1回目は100年以上前で、南アメリカ大陸から、犯罪者がおくりこまれたよう。2回目は50年くらい前で、このとき送り込まれたのは非暴力・不服従の平和主義者たち・・・いわば政治犯だった。それぞれの植民者達は、シティとタウンの二つのコロニーを形成。お互いに経済的に依存しているが、タウン(後からの植民者)が食料生産を担い、非暴力平和主義のタウンの人々は、先住者の支配を受け入れ、シティ(先住者)は議会を持ち、支配者層を形成している。ル=グウィンは、そんな舞台を作り、女性の自立や『主義』のぶつかり合いを描く。・・・・てか、ル=グウィンが描きたいものを描くための世界の構築なので、けっこう作り物感があって、あまり、没入感は持てなかったのがすこし残念。

 ◆旧世界の代表、マフィアのドンみたいなイメージのファルコ(父親)
 ◆目覚めた女性ラズ(娘)
 ◆夢想家で情熱家で活動家のレヴ(若者)。非暴力不服従の平和主義者

 レヴが語る「理想」という言葉がどうにも胡散臭い。というよりは青臭い? 理想を語る西欧人をとことん信用できないのは、日本人の性かもしれないけど。
 この、現実の暴力を知らない人間たちが、根なし草のようで頼りなく曖昧模糊としている「平和・非暴力」を大義名分にすることの危うさ。そして、大勢の人間から崇拝を集め、人々を「指導」するという優越感や自己陶酔感の危なさ。

 理想や大義を語ることで、周囲の一般大衆から一段高い場所に立ち、注目や崇拝を集め、他人を指揮することの麻薬的な効果が、暴力による優越感と大差ないことを、一人、異邦人のラズだけが看破している。

 しかし、まあ、総じて面白くはあるのだけど、なんとなく、そこはかとなく、説教臭いんだよなあ。ル=グウィンらしいとも思うけど。ちなみに、『世界の〜』はヒューゴー賞を受賞している。

2025年5月10日土曜日

介護日記的な・・・その15 天気が悪い

 天気が悪い日は、憂鬱だ。
 なぜかというに、母が窓から空を見て、必ず言うのだ。

「なんだかおかしい」
「こんな天気の日は、いままでに無かった」

と、言い募る。

 ・・・・・いや、だたの雨の日ですがな。

「ただの雨の日だよ〜。日本は四季があるからね。雨の日もあれば晴れの日もある。春に雨降らなかったらお米も育たなくて全国のお百姓さんが困るでしょ?」

「いや、それでも、こんな天気はいままでで初めて・・・・」 以下リフレイン。

 リフレインするだけでなく、10分とか30分ごとに、窓の外を見る度に、同じ会話になる。

 イラッとしてはいけない。あくまでも軽く、あ、かるく。ファンシイダンス・・・・

 ああ、ファンシイダンスを読み返したくなったな。そういえば、我が家にファンシイダンスはなかったっけ? ううむ。昔揃えて、一度古本屋に売っぱらい、その後、再入手したようなしてないような。。。。

 母は軽い侵入恐怖や視線恐怖っぽいところもあり、窓の外から覗かれる、と頑なにカーテンを閉めたがる。
 とはいえ、昼日中から暗い室内に閉じこもるのはいろいろと良くない。

 で、私はカーテンを開ける。そうすると、空が見える。で、また繰り返す。

 電気を惜しんで、照明を消したがるのも、地味に困るんだよな・・・・

 カーテン締めて、明かりもあまり点けず、薄暗い家の中に一人でいるのは、どうもよろしくない。まあ、平日はデイサービスに行っているので、そうなるのも日曜日だけとはいえ。

2025年5月4日日曜日

2025年4月の読書メーター

 3月下旬から、講演録『「ゲド戦記」を’生きなおす’』(国立国会図書館からお取り寄せ)に取りかかり、あれよあれよという間に2週間くらにになり、こりゃダメだ。となって、もっとル=グウィンを知るために『いまファンタジーにできること』に着手。
 しかし、あまりの新年度の忙しさに、夜中に家に帰って1行読んでいる間に寝落ちする日々。
なんとか、読了できてよかった。
 しばらく、ル=グウィン月間続きます。

4月の読書メーター
読んだ本の数:5
読んだページ数:1452
ナイス数:391

いまファンタジーにできることいまファンタジーにできること感想
ル=グウィンの講演録『「ゲド戦記」を‘生きなおす’』が結構難しく、読むのに難儀していたのだが、この本に収録されている『YA文学のヤングアダルト』がほとんど同じ内容を平易に語っている、と気付いて大変有り難かった。一番ページを割いているのは、『子どもの本の動物たち』で、沢山の動物文学が紹介されており、全部読みたくなって困った。詳細なレビューは、ブログの方に書いた。感想はひとことでは言い難いが、ル=グウィンの人柄が感じられる、ユーモア溢れる本だった。
読了日:04月30日 著者:アーシュラ・K・ル=グウィン

ドラゴンフライ: ゲド戦記 5 アースシーの五つの物語 (岩波少年文庫 592 ゲド戦記 5)ドラゴンフライ: ゲド戦記 5 アースシーの五つの物語 (岩波少年文庫 592 ゲド戦記 5)感想
外伝集と著者によるアースシーの解説書。ゲドも少しだけ登場する。連作というほどではないが、すこしづつ話がつながっている。オジオンとその師匠が大地震からゴントを守った話が良い。物語全体を通して、オジオンが一番優れていて大賢人に相応しかったんじゃ、と思うのは私だけじゃ無いはず。対称的にゲドってそんなに立派だったんかい?とも思う。(『帰還』を読む以前にそう思う。)『アースシーの風』にも登場するアイリアンがトリオンを滅ぼす話は、あまりにも瞬殺。ほぼ『帰還』にでてくる田舎者の魔法使いと同じだった。
読了日:04月13日 著者:アーシュラ・K. ル=グウィン

ゲド戦記外伝ゲド戦記外伝感想
ハードカバーとソフトカバーとKindle併用で読了。この利点はどこででも読めること。難点は金がかかること。感想はこちら→ https://bookmeter.com/reviews/127181820 ロングレビューはこちら→ https://koko-yori-mybooks.blogspot.com/2025/04/0553.html
読了日:04月09日 著者:アーシュラ・K・ル=グウィン


心おどる あの人の本棚: NHK趣味どきっ! (NHKシリーズ)心おどる あの人の本棚: NHK趣味どきっ! (NHKシリーズ)感想
放送火曜午後9:30-10:00ってほぼ確実に職場にいるような気がするけど、このテキストだけでも十分。ジブリプロデューサーの鈴木敏夫氏の自宅が素敵。真似できるもんじゃないけど。京極夏彦さんの魔が棲んでそうな書斎は圧巻すぎる。だがしかし,人様の本棚より我が本棚だ。目指せ積読消化。
読了日:04月05日 著者:久住昌之,池澤春菜,角幡唯介


軍人婿さんと大根嫁さん 5 (芳文社コミックス/FUZコミックス)軍人婿さんと大根嫁さん 5 (芳文社コミックス/FUZコミックス)感想
今作は、極めつけに美しいページがありました。胸が締め付けられる。ああ、こんな風に愛されたならば。こんな風に尽くせたならば。麗しい夫婦は切ないおとぎ話のようです。オススメです。
読了日:04月01日 著者:コマkoma

読書メーター

介護日記的な・・・その14 洗濯物の攻防は引き分け。それよりも・・・(第2回戦)

 ご報告である。
 洗濯物については、洗い替えを増量することで、①次週分のセット→②洗濯/干す→③取り込んで畳んで仕舞う  が可能となり、概ね順調。だが、朝洗濯機を回して干して、午前中に買い物に出ていた間に取り込まれてしまった(T-T) (一部、まだ湿っていた。)おまけに、一部をどこかに仕舞われてしまって、家中探した。何のことはない、タンスに仕舞われていたのだけど。まあ、大方想定内と言えなくもない。

 それよりも。

 昨日の夜は、私は遅かったのだ。遅い時間に母宅に到着し、夜の間に、汚れ物をチェックして、翌週用着替えセットを作り、なんなら読書もして・・・・
 それなのに、普段は朝寝坊もするくせに、今日に限って早朝5時に起きだす母。
 仕方ないので、私も起きた。午前中の時間がたっぷりとあるのは良いことだ。
 洗濯もの、朝食、服薬チェックと薬の補充、デイサービスの連絡帳の確認と家での記録を書き、ストック用のご飯を炊いて一食分づつパック詰め、室内の整理、食料品の買い出し、郵便局・・・・全部午前中に終わった。終わったぞ!!

 そして、午後にダウンした。

 いったいなんであの人、あんなにエネルギーあるんでしょうね? 認知症高齢者あるある、らしいですけどね。