2024年10月15日火曜日

0511 怪盗ロータス綺譚

書 名 「怪盗ロータス綺譚」
著 者 三木 笙子        
出 版 東京創元社 2022年11月
単行本 304ページ
初 読 2024年9月30日
ISBN-10 4488028799
ISBN-13  978-4488028794
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/123627668


 表紙がとても素敵です。
 大好きなyokoさんの装画。色もシックで、なんとなく浮世絵の色使いなんかも思わせる和色。
 『怪盗の伴走者』で、ついにロータスこと蓮と行動を共にすることを選択した省吾。2人でしばらく欧州で奇術師とそのマネージャーとして活動していたようですが、このたびしばしの休息のため、日本に帰国し、帝国ホテルに逗留中。とはいえ変装しているので、蓮はともかく省吾はどうも落ち着かない。けっして騒ぎを起こすな、と念を押す省吾に、二つ返事な蓮であるが、しかしこういう男のところには、自分で面倒をおこさなくても、向こうから転がり込んでくるものなのだ。ため息をつきながら現状を容認するしかない省吾である。・・・てか、省吾がきちんと幸せそうに・・・しているな。蓮と一緒にいることがまんざらでもなさそうで、自然体でよろしい。私は君が元気でいてくれたらそれでいいんだ。

グランドホテルの黄金消失 
 日本に帰国して、2人が逗留していたのは帝国ホテル。そこに、金塊を載せた暴走馬車が駆け込んでくる。馬車が壊れて、その日のうちの横浜マルマル銀行東京支店の金庫への持ち込みを断念した持ち主は、目の前のグランドホテルに一晩金塊を持ち込むことに。そしてその翌朝、金塊が消失?!
 困った支配人が、顔なじみの蓮のところに、相談にやってくる。

特等席 
 蓮と省吾が周到に罠と仕掛けを張り巡らして、大がかりな詐欺を企てる話。何が起こるのだろう、と思いながら読んでいて、途中でこれは手玉に取られている方か、と思い至る。騙される側に移入するっていうのは、ちょっと新鮮な体験だった。途中からは誰が蓮で誰が省吾だ?と考えながら読む。それも面白い。

埋める者 暴く者 
 箱根にのんびり温泉に浸かりに行ったはずが、やっぱり事件の解決を持ち込まれる蓮、そして省吾。状況をコントロールしているはずが、だんだん相手に手玉に取られて、だんだんのっぴきならない状況に陥る様子が、『注文の多い料理店』みたいでワクワクする。最初と最後を切なく締めるのも粋。男は最愛の女の墓所を護り続けていたのだな。

すべて当たり籤
 駄菓子屋で子供が喜ぶくじ引きに事件あり。駄菓子屋の店主がトラブルに巻き込まれた、そして現在進行形で何かが狙われている・・・・というところは前話のごとく、先の展開の予想が付かず、推理小説を読むみたいに(ってか、これ推理小説だったか。)みたいにわくわく。だがしかし、そう来たか! それは意外だった。お兄さんはどうしたのよ? 簡単に騙される私は、つくづく推理小説読みじゃあないんだよなあ。と実感。
 
光と影のおむすびころりん
 これはすこし分かりにくかったかな。おむすびころりんの童話のごとく、どんどん縁と偶然がつながって最後にはすごいものに辿り付いたけど。舞台が「縁切り寺」っていうのも逆説的で面白い。

 さて、結論として、省吾は一抹の不安を抱えながらも、蓮とうまくやっているし、とりあえず後悔もしていないよう。もうちょっとだけ、蓮の弱みを観てみたい気がするので、そこは続編があればお願いしたい。



 

2024年10月13日日曜日

川瀬巴水 0509〜0510

書 名 「川瀬巴水 木版画集」
出 版 阿部出版  2017年3月第2版
大型本  27.4 x 22 x 2 cm 208ページ
初 読 2024年9月23日
ISBN-10 4872424484
ISBN-13 978-4872424485
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/123267240

浮世絵の手法から、版元と共同で創作する「新版画」を世に送り出した第一人者である、川瀬巴水の画集。恥ずかしながら、今回国立東京博物館を訪れて、初めて巴水の作品を目にした。その素晴らしさに心を打たれ、絶対に忘れたくなくて勢いで画集を買ってしまった。後半の資料ページに木版画の重ね刷りの手法が解説されている。やはり、東京博物館に展示されていた、東京十二題が好きだ。あと、もう一冊の表紙にも使われている『清洲橋』の青が素晴らしい。多分、一番好きなのは『松島双子島』。もちろんいろいろな色使いで表現されてるのではあるが、『小樽の波止場』『大森海岸』『馬込の月』など、青や藍の濃淡で表現される夜の表情や月夜の情景が本当に美しい。

書 名 「川瀬巴水 木版画集」
出 版 河出書房新  2024年3月
大型本  19.2 x 1.5 x 25.7 cm 128ページ
初 読 2024年9月23日
ISBN-10 4309257445
ISBN-13 978-4309257440
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/123266823

表紙の絵は昭和6年の清澄橋。この本は「コデックス装」という糸綴りの想定で、完全に平らにページを開くことができるので、見開き一杯の絵を堪能できる。誠に恐縮ながら、絵に添えられた林望氏のエッセイはほとんど読んでいない。今は川瀬巴水の絵を視覚で堪能することで胸がいっぱい。他人がこの数々の絵に何を思うとしても、そちらは正直、どうでも良い感じです。
 「コデックス装」といえば、同じく林望氏の『謹訳源氏物語』などのシリーズもこの装丁で、大変読みやすいのです。もっと広まってほしいです。

松嶋双子嶋 ※画像は国立国会図書館NDLイメージバンクから戴きました。


川瀬 巴水(かわせ はすい) 1883年(明治16年)5月18日- 1957年(昭和32年) 11月27日)
  ※以下は、ウィキペディアの「川瀬巴水」の項を参照したまとめ。
  • 日本の大正・昭和期の木版画家。近代風景版画の第一人者。明治に入り衰退した浮世絵版画から、版元の渡邊庄三郎とともに新しい浮世絵版画である「新版画」を確立した。
経 歴
  • 1883年(明治16年)  東京府芝区露月町(現・港区新橋五丁目)に糸屋兼糸組物(組紐)職人の家の長男として生まれる。本名は文治郎。10代から画家を志し、14歳から川端玉章門下の青柳墨川に日本画を学んだ。次いで19歳の時には荒木寛友にも日本画を学ぶが、両親の反対に遭い断念。父親の家業を継ぐが画家になる夢を諦めきれず、家業が傾いた折に妹夫婦に商売を任せ、1908年(明治41年)25歳の時に、顔馴染であった日本画家・鏑木清方に入門を志す。しかし、鏑木清方には遅い始まりに難色を示され洋画家の道を勧められた。当時、洋画家の集まりとして知られた白馬会葵橋洋画研究所に入り洋画を学ぶ。
  • 1910年(明治43年)   27歳。一度は入門を断られた清方に改めて入門。約2年の修行を経て「巴水」の画号を与えられ日本画家となる。
  • 1912年(明治45年)   初めて巽画会に「うぐいすきく二娘」を出品。その後も烏合会や郷土会の展覧会に作品を出品し、また賞を獲得した。1913年(大正2年)頃からは小説挿絵や銀座の白牡丹で図案の仕事を始める。
  • 1916年(大正5年)頃より京橋の画廊画博堂で風景画、美人画、風俗画などの肉筆画の頒布会を開催。
  • 1917年(大正6年)   吉川ムメ(後に梅代)と結婚。
  • 1918年(大正7年)の郷土会第四回展に出品された同門・伊東深水の渡辺版画店木版画「近江八景」に感銘を受けて版画作成に興味を持つ。当時浮世絵版画は衰退の一途を辿っていたが、幼い頃によく滞在した栃木県塩原を描いた風景版画「塩原おかね路」、「塩原畑下り」、「塩原しほがま」の3点を試作し、渡辺版画店により出版される。
  • 渡辺版画店は、数々の作品を後に新版画と呼ばれる浮世絵風の版画制作に力を入れていた。巴水の木版画デビュー作となった「塩原三部作」は好評を博し、渡辺版画店の渡辺庄三郎は巴水に新版画の風景画を委ねるようになる。以降の巴水は版画作成を主体とするようになり、終生、夜、雪などといった詩情的な風景版画を製作した。
  • 1920年(大正9年)   各地を取材した最初の連作となる「旅みやげ第一集」を完成する。これにより版画家としての地位を確立させた。同年には木版画集「三菱深川別邸の図」(現、清澄庭園)を制作、三菱財閥から国内外の関係者や得意先へ贈呈され巴水の名が世界的に伝わった。
  • 1921年(大正10年)  「東京十二題」、「旅みやげ第二集」。
  • 1923年(大正12年)   関東大震災。写生帖188冊などの多くのスケッチを焼失。同年10月22日から翌1924年(大正13年)2月上旬にかけて西日本への写生旅行。
  • 1929年(昭和4年)  「旅みやげ第三集」完成。
  • 1930年(昭和5年)3月   アメリカ合衆国オハイオ州にあるトレド美術館主催の現代日本版画展に92図を出品する。同年に震災からの復興中途の東京を主題とした「東京二十景」が完成。
  • 1931年(昭和6年)  「東海道風景選集」の制作に取り掛かる。
  • 1932年(昭和7年)   東北地方・北海道方面に旅行、第3回現代創作版画展に97図を 近代浮世絵版画展に74図を出品する。また、鉄道省国際観光局日本観光宣伝用ポスターを深水と伴に制作し各1万枚が庄三郎から出版された。
  • 1933年(昭和8年)  「日本風景集東北篇」完成。
  • 1936年(昭和11年)   トレド美術館主催の第2回現代日本版画展へ出品、同年「日本風景集東日本編」を完成。「新東京百景」は6図を制作したのみで未完。
  • 1936年から1941年頃   不調に陥る。
  • 1937年(昭和12年)   銅版画「妙見の楠(香川県豊浜)」を制作。巴水の不調対策とされている。
  • 1939年(昭和14年)6月1日から7月4日   朝鮮に旅行。同年に「朝鮮八景」を 翌1940年(昭和15年)に「続朝鮮八景」を制作。「朝鮮八景」では震災後作品にみられた巧緻な描写と震災前作品にみられた大胆で広大な配置を取り戻し、戦後の作品へ続く新生面を開いたとされる。
  • 1943年(昭和18年)  「日本風景集Ⅱ 関西篇」が完成。
  • 1944年(昭和19年)   戦災の悪化に伴い栃木県塩原市に夫婦で疎開。
  • 1947年(昭和22年)  「東海道風景選集」を完成。
  • 1948年(昭和23年)   東京都大田区池上に引越す。同年、日本橋三越本店において巴水肉筆展を開催した。
  • 1952年(昭和27年)   文部省において伝統的木版技術記録を作成して永久保存することが決定され、伝統的木版技術保持者として巴水と深水が絵師として選ばれる。
  • 1953年(昭和28年)   渡邊木版画店により制作された巴水の無形文化財技術保存記録木版画「増上寺の雪」が完成。
  • 1957年(昭和32年)11月   東京都大田区池上町(現・大田区上池台)の自宅において胃癌のため死去。74歳。絶筆「平泉金色堂」の本摺りは巴水の没後に完成し、百ヶ日の法要の場で友人や知人に配られた。

2024年10月2日水曜日

2024年9月の読書メーター

 三木笙子さんの小説を読んで、日本の近世〜近代の文物や文化をおさらいしたくなったので、遅い夏休みの最終日、突然秋の空になった日に、上野の国立東京博物館の常設展示を見に行った。で、川瀬巴水の新版画に魅せられた。
もちろん、「竹河岸」や「大根河岸」や夜の倉の風景なんかがもう、三木さんの世界観にドはまりしたからなのは言うまでもないのだけど、とにかく青の表現が美しい。思わず、画集を2冊も購入してしまった。毎日眺めているけど、飽きない。
 あとは、ヴィンランド・サガの一気読みとか。三木笙子さんの本とヴィンランド・サガの交互読みは精神的なアクロバットに近い。そして仕事は相変わらず忙しい。読書三昧の日々を夢見る読書の秋の始まり。

9月の読書メーター
読んだ本の数:36
読んだページ数:8033
ナイス数:1385

川瀬巴水木版画集川瀬巴水木版画集感想
浮世絵の手法から「新版画」を産んだ川瀬巴水の画集です。恥ずかしながら、今日初めて巴水の作品を目にしました。絶対に忘れたくなくて勢いで画集を買ってしまった。後半の資料ページに木版画の重ね刷りの手法が解説されています。やはり、最初に心惹かれた東京十二題が好きだ。あと、もう一冊の表紙にも使われている『清洲橋』の青が素晴らしい。『松島双子島』や『小樽の波止場』『大森海岸』『馬込の月』など、夜の表現や月夜の情景が本当に美しいと思いました。もちろんいろいろな色使いで表現されてるんですが。本当に青が美しいです。
読了日:09月23日 著者:川瀬巴水

新装版 巴水の日本憧憬新装版 巴水の日本憧憬感想
表紙の絵だけみると写真の様にも見えるが、木版画です。川瀬巴水は大正〜昭和の浮世絵、木版画家。本日遅い夏休みの最終日だったので、せめて魂の洗濯と思って上野の国立東京博物館に行ってきた。黒田清隆の油彩とこの巴水の浮世絵『東京十二題』が特に素晴らしかったので、ミュージアムショップで巴水の画集を探して、二冊入手しました。この本は、完全に平らにページが開くので、見開きで鑑賞しやすくて良い。今読んでいる三木笙子さんのお話にぴったりな情景もあり、そもそも上野の森の上の秋の空も絵のように素晴らしかった。
読了日:09月23日 著者:林 望

帝都一の下宿屋帝都一の下宿屋感想
穏やかで優しい視線で、明治の街並みや空気感を映し出す。ミステリであるが、誰も死なないし、凶悪だったり、悪辣に過ぎる犯人も出てこない。人の心を温めるために丁寧に書かれたほんのりと人肌の物語達。三木笙子さんの作品も、私の心の包帯系。明治の東京の下宿屋静修館の大家は料理上手の働き者で、一癖も二癖もある下宿人たちはがっちり胃袋を掴まれている。そんな下宿人の一人である小説家の湧水のもとには、なぜか謎解きが持ち込まれ、大家の桃介も自ずと事件の解決にひと噛みする。帝都探偵絵巻に併走する心優しい物語。装画はyokoさん。
読了日:09月12日 著者:三木 笙子

怪盗の伴走者 (ミステリ・フロンティア)怪盗の伴走者 (ミステリ・フロンティア)感想
これで本当に良かったのかのか? 安西の行く末が案じられてならない。ロータス=蓮の情熱的で活動的なエネルギーに巻き込まれて安西は連れて行かれてしまった。この本は丸々一冊、安西省吾と蓮の出会いから始まり安西が地道に努力して築き上げてきた人生をロータスに持ってかれてしまう話。ブロマンスだが仄暗く、先行きの幸福が見えないことが不安だ。安西の心情を思いやる高広の真っ当な強い心が何よりも尊い。安西は心強くはなかった。そしてそれを利用されてしまった。人の心を操作することが何よりもダメなんだよ!蓮。
読了日:09月27日 著者:三木 笙子

怪盗の伴走者 (創元推理文庫)怪盗の伴走者 (創元推理文庫)感想
単行本、Kindle版も併用で読了。怪盗ロータスの手法は「人の心を操作する」こと。それが、泥棒のためで、大衆や警察相手であるならまだよいのだけど。ベタだけど、人の心を盗むために、それをやってはいけないと思うのよ。そうやって今回盗まれたものは、安西省吾その人だった。蓮と省吾の2人がこれから、本当に幸せな人生を送れるのかどうかは、今後の話にかかってる。ただ、「検事」という省吾の職業と人生は、母の呪縛そのものとも言えなくもない。省吾はこれから、本当に自由な自分の生き方を得ることができるのだろうか。
読了日:09月27日 著者:三木 笙子

人形遣いの影盗み (ミステリ・フロンティア)人形遣いの影盗み (ミステリ・フロンティア)感想
明治40年代を映しとった短編連作「帝都探偵絵巻」の3冊目。このシリーズの初読は10年以上前(新刊だった頃)なのだけど、そのときよりも、再読した今のほうが素敵に感じる。ミステリータッチではあるが、謎解きよりも人々の優しさや、良かれと思った気持ちがすれちがう切なさ・哀しさや、それを埋めよう、癒やそうとする人間模様が美しい。なにより、人は誠実に、真摯に生きるべきなのだというメッセージがある。著者の三木笙子さんの生真面目な心ぶりが感じられるのが良い。
読了日:09月22日 著者:三木 笙子

人形遣いの影盗み (創元推理文庫)人形遣いの影盗み (創元推理文庫)感想
先の2冊と同じく、文庫本のみ収録の終章、「美術祭異聞」目当てで入手。森恵(さとし)と友人の唐沢が、礼と高広のところに事件を持ち込む。だしにされた女性には気の毒であったけど、ちょっと拗れた友情の物語だった。
読了日:09月23日 著者:三木 笙子

世界記憶コンクール (ミステリ・フロンティア) (ミステリ・フロンティア 58)世界記憶コンクール (ミステリ・フロンティア) (ミステリ・フロンティア 58)感想
心優しい貧乏人の雑誌記者の里見高広(実は出自は良い)と、美人画を得意とする超売れっ子で当人も絶世の美男である絵師の有村礼(性格はワガママ)のコンビが織りなす明治の探偵絵巻。なかなか性格のよろしい高広の養父(司法大臣)もちょくちょく登場する準レギュラー。ミステリー調ではあるが、主題は人の優しさと人の世の切なさ。キャラやストーリーもさることながら、描き出される当時の時代感が良い。様々な職業や市井の生活のありようなんかが、とても雰囲気よく描かれている。三木笙子さんは丁寧に考証されていると感心する。
読了日:09月19日 著者:三木 笙子

世界記憶コンクール (創元推理文庫)世界記憶コンクール (創元推理文庫)感想
こちらも、終章の「月と竹の物語」は文庫本のみの収録。むろん文庫本も入手したとも。この話はとても好きだ。当時の竹河岸の様子なども想像しながら、楽しんで読んだ。にしても、ガラスのショーウィンドーに金塊を展示するとは、大胆な。礼の絵と金塊、どちらが高値だかわからん。しかし、割れたガラスで礼の絵に傷でもついていたら、高広は腰が立たなくなったろうから、絵が無事でよろしかった。
読了日:09月23日 著者:三木 笙子

人魚は空に還る (ミステリ・フロンティア 47)人魚は空に還る (ミステリ・フロンティア 47)感想
久しぶりの再読です。明治40年代の東京を舞台に、心優しい雑誌記者である里見高広と、若干正確に難ありの画家有村礼が出会う謎と事件。描くそばから高値で売れる売れっ子画家で本人も超絶美形の礼は、性格にはやや難がある。その礼に絵を描いてもらうため、そして礼の求めに応じて英国から輸入のストランドマガジンに掲載されているシャーロック・ホームズを翻訳して語り聞かせるために、高広は礼の住処に足を運ぶ。人の世の美と誠意と優しさを希求する作品は、おだやかで心優しく、すこし切ない。なお、高広は帝都一の下宿屋の住人の一人である。
読了日:09月16日 著者:三木 笙子

人魚は空に還る (創元推理文庫)人魚は空に還る (創元推理文庫)感想
最後の章の、「何故、何故」は文庫本のみ収録。礼の大伯父歌川秀芳、その名の通りの浮世絵師の住まいに、2人が訪れる。大川端の家からは大川の眺めが望めたはずだったが、無粋な水練場が建てられており。その川の向かいの質屋で起こった事件を、礼と共に大伯父宅にお邪魔していた高広が解く。事件の謎解きも良いが、もとの武家長屋であった住まい佇まいや、絵双紙など、江戸から明治にかけての風物の描写に想像が搔き立てられた。
読了日:09月23日 著者:三木 笙子

五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました4五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました4感想
愛しいレティシアと美しい王弟殿下の歳の差ラブラブほのぼのファンタジー4巻目。私の心の絆創膏。今作は、なんとフェリスの目をかすめてレティシアが誘拐?!の危機一髪ですが、とにかくフェリスが圧倒的力量なんでさっさと事態は収束。リリア神が登場人物に加わり人界も神界もなんだかゴタゴタしそうですね。これからどういう風に展開するんでしょうね? ふんわりラブラブで結婚式まで行くのか、大事件が起こって竜王陛下も顕現してスペクタクルー!って感じになるのも楽しそうですが。続きが楽しみです。
読了日:09月06日 著者:須王あや

五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました3五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました3感想
4巻がさくさくと発売。3巻も確かに登録したはずなのに、と思ったらKindleの方で登録してありました。ちょっとシャクなので、こっちも登録しておきます。私の心の絆創膏。とても優しい本です。今作はレティシアの幸福を阻まんとする悪い策謀に対して、フェリス様の怒りが爆発。レティシアの前では優しい猫をかぶってるフェリスの黒い面も堪能。白フェリス?と黒フェリスの塩梅が絶妙です。男前?な王太后様も最高です。コミカライズも始まっていますが、あちらの絵柄はちょっと重くて好みではない。なんかキャラの表情が重めで・・・・
読了日:09月01日 著者:須王あや

ニンゲンの飼い方ニンゲンの飼い方感想
発売直後に、知人に「面白い」と進められて読んだ。人間がモンスターに飼われる話。でもこのモンスター、柔な人間を傷つけないように自分のトゲトゲを切ったり、とにかく一生懸命に世話をしてくれる。その気持ちが当のニンゲンにはいまいち伝わらないんだけど・・・。人間飼育グッズや、ニンゲンを診察する「獣医さん」的なお医者がいたり、ニンゲンを狙う別のモンスターがいたり。
読了日:09月29日 著者:ぴえ太

【全1-6セット】転生竜騎士は初恋を捧ぐ【イラスト付】 (ブルームーンノベルズ)【全1-6セット】転生竜騎士は初恋を捧ぐ【イラスト付】 (ブルームーンノベルズ)感想
とりあえず、ドラゴン本。れっきとした(?)BLですが。仁茂田もにさんの文章はかなり好きです。キャラクターの性格が割と好み。この作品には、漆黒の4枚羽のドラゴンが出て来ます。舞台的にはテメレア戦記と同じくらいの、架空のヨーロッパ近世で、竜がいて、竜騎士による飛行戦隊があって、そのための竜師がいて、戦争があって、というファンタジー。竜は脇役ではありますが、好きです。
読了日:09月12日 著者:仁茂田もに

シャープさんとタニタくんRT (クロフネコミックス)シャープさんとタニタくんRT (クロフネコミックス)感想
勢いで2巻も読む。
読了日:09月09日 著者:仁茂田 あい



シャープさんとタニタくん@ (クロフネコミックス)シャープさんとタニタくん@ (クロフネコミックス)感想
実は青い鳥が黒い感じになってからはあまり見ていないんだけど、シャープさんのツイートは好きだった。(過去形スマン)。小説の方の「仁茂田もに」さんを検索していたら「仁茂田あい」さんが引っかかって、この本の存在を知る。なんか面白かったです。虚構新聞→シャーフさん→TANITA゜さん、の話がすごくSNSぽくって好き♪ こういう遊び心に癒やされる〜
読了日:09月09日 著者:仁茂田 あい

ヴィンランド・サガ(23) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(23) (アフタヌーンKC)感想
シグルド一足先に帰郷。そして父子の語らい(ウソ)。2年おくれて、トルフィン一行が帰郷。なんとか、第二部大団円。トルフィンが商売のために行ったミクラガルドとは、コンスタンティノープルの古ノルド語名。最初はてっきり大西洋→地中海ルートなのかと思い込んでいたが、フィンランドからドニエプル川沿いにキエフ(現キーウ)を経由して黒海に抜けるルートがあるとは。ずっと川伝いに行けるのか。ヨーロッパは海洋の視点からみると違う世界に見えるが、川伝いも侮れないな。
読了日:09月29日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(22) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(22) (アフタヌーンKC)感想
ヨムスボルグ地獄の闇鍋編(勝手に命名)了。相変わらず、トルケルが良いところをもって行くな。いったんはシグルドと戻ると言ったグズリーズだけど、ほぼなし崩しにトルフィンに告白。そしてそれを目撃するシグルド。さて。
読了日:09月29日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(21) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(21) (アフタヌーンKC)感想
シグルド・・・能力も戦闘力も高いのに、あの性格のせいで立派な狂言回しに・・・(T-T)。シグやんの本当の望みはなに?グズリーズじゃないよね?と友の貴重な助言だが、そこで言うのか?時と場所を考えてやれよ。引き続きヨムスボルグの砦・決戦編。ガルムが砦に侵入。髭三つ編みのアスゲートさんも私好みの数寄者キャラ。うまくトルケルに仕えている。ヨムスボルグの砦という地獄の闇鍋がぐつぐつぐらぐら。力任せに引っかき回して、さあ誰が鍋をヒックリ返すか、ってところで次巻へ。
読了日:09月29日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(20) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(20) (アフタヌーンKC)感想
クヌート陛下登場。やっぱりお得意の陰謀ですね。さて、ヨーム戦士団の本拠地ヨムスボルグの砦に、トルフィン、ヒルド、捕虜になったグズリーズ達、トルケル、フローキ、シグルド、あと死にたがりの変な奴まで集まって、もはや地獄の闇鍋状態。トルフィンのいとこにあたるフローキの孫息子がとっても良い子なんだが、孫に甘いフローキ、そりゃないだろう、というおじいちゃんぶり。それにしても、どーすんだ、と迫られるトルフィン、どんな策があるのだか? たぶん真心だけだと足りないと思う。
読了日:09月29日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(19) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(19) (アフタヌーンKC)感想
さくさくとギリシャまでは行けないもんだ。イッカクの荷を積んだレイフの船が失われていないことが奇跡みたい。孫を推すフローキと、フローキを排除したいヴァグン、ヨーム戦士団の内紛。しかしこれ、クヌートの影が見えるな。たぶん軍縮したいクヌートが共食いさせてる・・・。シグルドも巻き込まれて奴隷になってるし、かつてのトルフィンに似てるような気もする変なやつも登場。トルケルも交じって様相はぐちゃぐちゃ。まるで竜や蛇や熊の巣窟みたいなヨーム戦士団の本拠地、バルト海をそう簡単には抜け出せなかったトルフィン。
読了日:09月29日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(18) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(18) (アフタヌーンKC)感想
過去の罪が追いかけてきた(17巻。ヒルド)の次には、トルフィンの血筋が追いかけてくる。(ヨーム戦士団) 四角頭のフローキが未だ健在なのが何気に赦し難し。こいつは早く殺っちまいたい、と思うのは、物語の主題に反するか?(^^ゞ とにかく11巻くらいまではひたすらに血生臭くて読むのが辛かったが、第二部は気心の知れた仲間に囲まれ、暖かい。そして、人の恨みを買わず、ずっとトルフィンを探し続け、旅と商売を続け、真心が大事だというレイフさんが実は一番すごい人だと思う。
読了日:09月29日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(17) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(17) (アフタヌーンKC)感想
家族を殺されたヒルドの恨みと憎しみが、かつてのトルフィンと重なる。ヒルドはトルフィンの命を奪うのをひとまず思いとどまり、トルフィンの行動を監視するために、一行と行動を共にすることになる。トルフィンが過去を清算する行為は、ヒルドの傷を癒やすことになるのか、
読了日:09月29日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(16) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(16) (アフタヌーンKC)感想
グズリーズの逃亡を助けるトルフィン。女も船に乗りたい。海に出たい。世界を知りたい。自分のことを自分で決めたい。実際には、男だって自分のことを自分で決められているわけではない。男と同じ世界に出たい彼女と、戦争で殺し合うのが当然のヴァイキングのありように違う生き方を対置したいトルフィンが出会う。ついでに赤ん坊まで拾って大わらわなところに、トルフィンの過去がヒルダという形で矢を向ける。
読了日:09月28日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(15) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(15) (アフタヌーンKC)感想
一冊まるまる、グズリーズちゃんの話。ついでにシグルド。こいつも良い漢なんだけどね。ちょっとメンドクサイ系だ。紙面から血と汚物の匂いが漂ってきそうな重ーい話から、すこし明るくコメディタッチも入ってきて、肩の力が抜ける。 やっぱり笑顔がいいし、女が幸せなのが良いよ。
読了日:09月25日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(14) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(14) (アフタヌーンKC)感想
クヌート軍との闘いでケティルは重傷を負い意識不明。ここでダメ息子のオルマル覚醒。オルマルは不戦の道を選択する。レイフの船で逃げるはずだったトルフィンは農場を見捨てることができず、クヌートと直談判に及ぶ。クヌートもまた、血まみれの修羅に沈みそうだったが、トルフィンとやりあってなにかが浄化されたもよう。表情が少し、少年の頃に戻った。クヌートとトルフィン、ともに地上の楽園を作るために、それぞれに違う道を歩む。クヌートの施策の転換がイングランド人に受け入れられたとの記述が嬉しい。そしてついにトルフィンが帰郷する!
読了日:09月25日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(13) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(13) (アフタヌーンKC)感想
クヌートに狙われて、ケティルは人が変わってしまった。夫だったガルザルを匿ったことをケティルに知られたアイネイズは、ケティルに撲殺される。そしてクヌート軍が迫り、ケティルの農場が戦場になってしまう。そして一方で、アイネイズの死によって、トルフィンの目的が明確になる。ヴィンランドに戦争も奴隷もない平和な国を作るのだと。
読了日:09月25日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(12) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(12) (アフタヌーンKC)感想
農場主の奴隷アルネイズの夫もまた、戦争で負けて奴隷として飼われていた。そして、主人一家を惨殺して逃亡。アルネイズを探しに来る。争いと闘いを忌避しようとするトルフィンの目前で、殺し合いは続く。
読了日:09月23日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(11) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(11) (アフタヌーンKC)感想
3年がかりで森を開墾したトルフィンとエイナル。トルフィンは良く笑うようになった。そして、漠然ながら、目標が見え始める。「世の中から戦争と奴隷をなくすことはできないのか」。クヌートは兄を密かに毒殺し、王権を強化しようとしていた。その道はすでに血塗られている。クヌートは財政収入を確保するため、富農の農場を接収することを計画。トルフィンのいるケティルの農場が狙われ、ケティルが陥れられる。この浮き沈みが心臓に悪いよ。
読了日:09月23日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(10) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(10) (アフタヌーンKC)感想
大旦那の手ほどきで、トルフィンは農民としての生活のノウハウを身につけつつある。生まれも育ちも農民のエイナルと麦を撒き、やっと芽が出た畑を荒らされ、怒りから手が出てしまったトルフィンの夢に父とアシェラッドが出てくる。アシェラッドはトルフィンが見た地獄の夢の中で、トルフィンに「本物の戦士になれ」と命じる。地獄の描写はなんとなく日本的だなと感じるし、怒りの表情は仁王のようだ。
読了日:09月21日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(9) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(9) (アフタヌーンKC)感想
友人に恵まれ、少しトルフィンの目に生気が戻ってきた。5、6歳から戦場にいたと語るトルフィン。今幾つなんだ?
読了日:09月21日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(8) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(8) (アフタヌーンKC)感想
アシェラッドの死によって、トルフィンの生きる目的は喪失する。これで第一部完といったところ。経緯不明だが、クヌートはトルフィンを奴隷身分に落として売ったよう。奴隷仲間のエイナルと出会い、これからどうなっていくのか。
読了日:09月20日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(7) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(7) (アフタヌーンKC)感想
キリストの神は慈愛の存在なのか。なぜ、この血生臭い人の世を放置するのか、神は信ずるに足るのか。クヌートの確信は神は人を救わぬ。人を救うのは自分だ、と。神がせぬなら、自分がこの世、この地に地上の楽園を創る。クヌートが父王の元に帰還し、血生臭い陰謀は次の局面に。
読了日:09月17日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(6) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(6) (アフタヌーンKC)感想
アシェラッドの命を巡り、トルケルとトルフィンが決闘。クヌート王子が覚醒して、トルケルとアシェラッドを従える。トルフィンはアシェラッドの金魚のふんなんで、そのままクヌートに従うことに。とにかく血生臭い。
読了日:09月17日 著者:幸村 誠

ヴィンランド・サガ(5) (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ(5) (アフタヌーンKC)感想
雪中行軍の中、王子を擁したアシェラッド達が潜伏したマーシア領内の寒村にトルケル軍が迫る。アシェラッドが王子の従者のラグナルを暗殺。とにかく全編血生臭い。
読了日:09月17日 著者:幸村 誠

2024年9月29日日曜日

0508 怪盗の伴走者

書 名 「怪盗の伴走者」 著 者 三木 笙子        
出 版 東京創元社  2015年4月
単行本 256ページ
初 読 2024年9月26日
ISBN-10 4488017894
ISBN-13 978-4488017897
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/123326691
《文庫》
出 版 東京創元社 2017年9月
文 庫  284ページ
ISBN-10 4488421148
ISBN-13 978-4488421144
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/123369200

 よかったのか?これで本当によかったのか!?
 これから先、安西は親友であるはずの蓮のそばで、心穏やかに過ごすことができるのだろうか? なんだか不安だ。

 一中(現・日比谷高校)から一高(現・東京大学教養学部)、東大法科大学と理想的なエリートの道を歩み、父と同じ検事になった安西ではあるが、その道は本人が心から望んだものであったかどうか。むしろ、母の呪縛によって敷かれたレールであったろうけど、安西は心情を語っていないので、本人がどのように自分の人生を受け止めていたのかは、判らないのだ。 ただ、検事の道を歩むことで、子供の頃には見ることのできなかった父の姿と相対することはできたのではないか。
 そんな安西が検事の道を捨て蓮に従うことは、安西に何をもたらし、何を奪ったのか。

 蓮は、策略によって、安西の心と人生を掠めとってしまった。連が安西と共に生きたいと願うこと自体は、悪いことじゃない。しかし、安西が自分と共に来るように仕向けるため、安西の心を操作したことは、やっぱりやってはいけないことだ、と私は蓮に言いたいよ。
しかし、この2人の行く末や関係については、あと一冊この後日譚の『怪盗ロータス奇譚』が残っているので、それを読んでから考えることにしよう。
 さて、でもとりあえず、この作も連作形式なので、第一話から。

第一話 伴走者 
 安西省吾と、蓮の出会い。省吾が尋常小学校から尋常中学校に進学したところなので、13歳〜14歳というところか。省吾は麹町の自宅から、京橋区築地三丁目の第一中学校に歩いて通学している。ちなみに、都立日比谷高校沿革によれば、明治20年6月14日京橋区築地3丁目15番地に新校舎落成、移転とある。場所は調べきれなかったけど、築地本願寺や海軍兵学校があったあたりか。たぶん省吾が中学に通っていたのは明治20年代末くらい。なお、明治32年には中学校令が全面改正され、尋常中学校の名称が「中学校」に改称されている。
 一方の蓮は、深川の米問屋で奉公しているという。頭の良さや育ちの良さを感じさせるが、尋常小学校を出た歳で奉公に出されたからには、生家が没落するなど、なにかあったのだろう。しかし蓮は自分の境遇にことさら不満もいわず、生気の塊が飛び跳ねるがごとく働き、その才気によってその歳で、すでに米問屋の主人にも一目おかれるようになっていた。省吾の通学と蓮の商売の道行きが交差する、日比谷のお堀端の柳の下の休息所で2人は出会った。母と2人の生活に鬱屈しがちだった省吾は、眩しいばかりの生気溢れる蓮と出会って、話をすることで、気鬱になりがちな単調な生活から救われていた。

 なお、この話で登場する「氷水屋」は氷を細かく砕いて砂糖水や蜜をかけた食べ物を売る行商で、当時はもう庶民に一般的になっていた。現代人が名前から想像する「こおり水」ではない。むしろかき氷に近いか。氷の商売は「世界記憶コンクール」の第二話にも出てくるが、氷にまつわる商いの変化も、明治らしい話だと思う。

 しかし、この話の主題は、氷ではなく、米。米相場の話だ。
 米相場の仕組みは、蓮の説明を読んで考えてもちょっと頭がこんがららってしまうが、米相場(米の先物取引)は、すでに江戸時代の享保15年(1730年)には幕府の公認を受けており、近代的な商品先物取引が制度として始まっている。日本は、黒船が来航して開国し、突然資本主義経済が流れ込んで社会が大変革したわけではなく、江戸時代から、着々と資本主義経済の母体となる商取引を成熟させてきていたからこそ、明治維新が成立しえたのだ。・・・・と、いうことなんかは、まあ、この話に出てくるものではなくて、まだ中学生くらいの年頃の蓮が、情報操作によって人心を動かし、当時米の買い占めによって急騰していた米相場に冷や水をぶっかけて、多くの人を助けた、という話。蓮の才気と、それを眩しく思い、彼の友人であることを幸せに思う省吾の、少年時代の話であった。

第二話 反魂蝶 
 少しさがって、第一話の数年後。
 第一中学校在学中の省吾と、何をしているのかはちょっと判らない蓮が、奇術師の一翔斉天馬のもとを訪れる。天馬から蓮への相談事は、英国の銀行家、下院議員で著名な蝶のコレクターでもある準男爵の来日の受け入れ準備に端を発した騒動。人を騙し、山村の集落に混乱を持ち込んでまで日本の幻の蝶を追い求めた人物を探し出して、だまし取った金を返させたいというもの。
 連と省吾の推理、そして蓮の奇術により、犯人を自白に追い込む。

 蓮は、自分が特異な人間であり、それゆえに、孤独であることをすでに知っている。そして、省吾であれば、蓮と共に「走れる」であろうことを確信している。一方の省吾は、いずれ、能力の上でか、気持ちの上でかはわからないが、自分が連と一緒に走れなくなることを、すでに予感しているのだ。

別名「浅草十二階」基本設計者は英国人技師のウィリアム・
K・バートン。内部には日本初の電動式エレベーターが設置
され、また電話の宣伝のため各界に電話設備も設けられた。
第三話 怪盗の伴走者
 さらに時が下がって、現代(というか、「帝都探偵絵巻」の時点)。
 高広と礼、安西とロータス(省吾と蓮)、そして、明治初期の来日英国人で、浅草の凌雲閣を設計した人物とその友人の小説家。
 それぞれの友情の物語が交差する。
 怪盗ロータスが凌雲閣に侵入し、絵を盗もうとしたが失敗した————という記事を、雑誌記者の佐野がすっぱ抜く。
 しかし、あのロータスが狙うような絵なのか? そもそもあのロータスがそんな失敗をするのか?と信じられない思いの高広。そして礼。しかも、誰にも言っていないが、高広はそれに先立ち、凌雲閣でロータスと会っていた。
 一方の安西も高広を訪れ、自分がロータス逮捕の指揮を執ることを打ち明ける。
 高広は佐野と協力して取材というなの捜査に当たることとなり、ロータスが再犯予告した日時に、凌雲閣に安西、高広、佐野が相対し、そこに礼が正面突破で乗り込んで来たところで、ロータスが動く。というところで、冒頭の感想に戻る。
 




2024年9月23日月曜日

0507 人形遣いの影盗み

書 名 「人形遣いの影盗み」
著 者 三木 笙子       
出 版 東京創元社 2011年2月
単行本 246ページ
初 読 2011年2月
ISBN-10 4488017665
ISBN-13 978-4488017668
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/123233952
《文庫》
出 版 東京創元社 2013年9月
文 庫  316ページ
ISBN-10 448842113X
ISBN-13 978-4488421137


 明治40年代を映しとった短編連作「帝都探偵絵巻」の3冊目。このシリーズの初読は10年以上前(新刊だった頃)なのだけど、そのときよりも、再読した今のほうが感動が大きい。ミステリータッチではあるが、謎解きよりも、人々の優しさや、良かれと思った気持ちがすれちがったとき心に堪える淋しさ・哀しさや、それを埋めよう、癒やそうとする人間模様に、切なさを感じる。なにより、人は誠実に、真摯に生きるべきなのだというメッセージがある。著者の三木笙子さんの生真面目な心ぶりを感じる。一篇一篇が美しくて、それぞれに味わいがある。

第一話 びいどろ池の月
 邸内に水を引き込んで作った池の周りに部屋や渡り廊下を配し、水郷の雰囲気にガラスをふんだんにあしらった茶屋は、想像するだにどこか異国情緒が漂う、妖しい異世界のようだ。束の間、世知辛い世の中を離れて茶屋に遊ぶ男たちともてなす芸妓、池に沈んで密かな光を映すびいだま。三味線の弦を撥がはじく硬質な音や、芸妓の唄声、興の乗った客の声が映画の背景のごとく聞こえてくる。
 事件は芸妓の花竜の目を通して、初め散漫として捉えどころがないが、礼と高広が種明かしをするに及んで、スッキリとまとまった姿を見せる。ラストの親子の会話のきりりとした心情が良い余韻を残し、父のセリフの切なくほろ苦い後味が良かった。

第二話 恐怖の下宿屋
 帝都一の下宿屋は、泥棒などの犯罪者にとっては恐怖の下宿屋でもあった、と。いながらにして犯罪者に自主させる高広の下宿の大家、桃介さんの話。茄子づくしの食事がとにかく美味そうだ。礼は果たして本当に高広に会いにいったのか?? 腹が減ってただけのような気がするぞ?

第三話 永遠の休暇
 松平家のお家騒動、というか兄弟愛。ちょっと風呂敷が広すぎて、頭が付いていかなかったけど、実際ご長男はどこにいるのだろう。それにしても描く絵に自分一人しかいない絵。しかもそんな絵ばかりとは。本棚の中はロビンソン・クルーソーだけ。この人の孤独を思う。実際のところ島流しであるし、なにも謎ではなく、ただ、隠したかっただけ。と、同時に礼の恩師である洋画家、嵯峨画伯の選択。礼の絵が日本画でも油彩画でもなく、アールヌーヴォーのデザイン画であることを知る。たとえば、一條成美(いちじょう せいび)のようなイメージだろうか。

第四話 妙なる調べ奏でよ
 礼が詐欺師に騙されている? 高広の過保護パワーが炸裂するこの話。礼は騙された訳ではなく、騙されたかった。美しい話、心躍る夢にひととき身を委ねたかったのだ。礼の気持ちが切ない。この話は大好きだ。いっそのこと、ホームズの翻訳版権を至楽社でとってしまえよ。高広が翻訳して、礼が挿絵を描いて、帝都マガジンで連載してしまえよ!!と思ったのは私だけではないはず。 実際には、シャーロック・ホームズは明治30年代にはぼちぼちと翻訳され、日本でも紹介されていたようだが、登場人物が日本人に置き換えられていたり、日本人にも読みやすいように翻案されていたりしたらしい。もし帝都マガジンで連載していたら、きっとドル箱になったのに。残念だ。

第五話 人形遣いの影盗み
 ジャワの影絵芝居、ワヤンクリが題材。ロータスが登場。
 ジャワの影絵人形師は黒魔術の使い手でもあり、影に宿った人の魂を抜き取って、その人を呪い殺してしまう。そんな思い込みに捕らわれた御婦人が、高広の義母に相談し、相談を受けた妻の名誉を重んじた高広の義父が、高広に解明を依頼する。なぜか、礼とセットにして。
 突然高広の下宿に酒瓶片手に訪れて、妻の女心が判らん、と愚痴をいう高広父が、相変わらずかわいい。事件の仕掛けそのものは、かなり大がかりでそれをする意味があるのかな?とかもうちょっと合理的で確実な手があるのでは、などとつい思ってしまうが、そこに突っ込むのは無粋。これはロータスの舞台なので、派手になるのは致し方ないのだと理解する。

第六話 美術祭異聞 ※この話は文庫本とKindle版のみの収録
 ふたたび、森恵くんと友人の唐沢君が登場。美術学校で久しぶりに開催される美術祭の係になったという2人が、至楽社の高広と礼のところに、学校当てに届いた脅迫状についての相談を持ち込む。友情とライバル意識と芸術を愛する心。だしにされた恋心がちょっと可哀想だが、それが次の愛に代わってくれたら、と願わないでもない。

2024年9月19日木曜日

0506 世界記憶コンクール

書 名 「世界記憶コンクール」
著 者 三木 笙子     
出 版 東京創元社 2009年12月
文 庫 240ページ
初 読 2009年12月
ISBN-10 4488017584
ISBN-13 978-4488017583
読書メーター 
https://bookmeter.com/reviews/123170646
《文庫》
出 版 東京創元社 2012年5月
文 庫  300ページ
ISBN-10 4488421121
ISBN-13 978-4488421120

 心優しい貧乏人の雑誌記者の里見高広(実は出自は良い)と、美人画を得意とする超売れっ子で当人も絶世の美男である絵師の有村礼(性格はワガママ)のコンビが織りなす時は明治の探偵絵巻。なかなか性格のよろしい高広の養父(里見基博司法大臣)もちょくちょく登場する準レギュラーでこれまた良い感じだ。ミステリー調ではあるが、主題は人の優しさと人の世の切なさ。キャラやストーリーもさることながら、描き出される当時の時代感がとても良い。様々な職業や市井の生活のありようなんかが、とても雰囲気よく描かれている。三木笙子さんは丁寧に考証されているのだろうと思う。

第1話  世界記憶コンクール
 高広行きつけの質屋「兎屋」の息子はたぐいまれなる記憶力の持ち主だった。その息子のもとに父である質屋の店主が不思議なチラシを持ってくる。曰く記憶力の持ち主求む・・・・
 突飛な条件で人を集め、その裏で何が行われようとしているのか。高広のもとに持ち込まれた相談に、「さあ謎を解け!」と目をきらきら輝かせる礼。話を聞いていくと、その礼にも想起されるものがあった。『赤髪連盟』。礼が熱愛するシャーロック・ホームズの中の一話である。

第2話 氷のような女
 高広の養父である、里見基博の若かりし頃の物語。妻のよし乃の出会いの物語。当時の氷売買の様子なんかが詳しい。あの時代に北海道から天然氷を輸送していたのを知って驚き。調べて見ると、そもそもは明治の初めは外国人居留地で氷の需要があり、米国から輸入していたという(通称「ボストン氷」)から更に驚く。このあたりは、この話に触発されて調べたらニチレイさんのHPのコラムに詳しかったのでご参照あれ。→https://www.nichirei.co.jp/koras/ice_history/001.html 
 で、ストーリーの方は、なんとも生臭い、というか、悪人が悪人らしくてイヤだわ〜。基博が志高く政治家を目指しているのがとても気持ち良い一方で、ダメな奴はやはり、どこにでも、いつの世にもいるのだな。ラストで「誤解なんだ」とむくれる司法大臣の里見基博が、歳月を重ねてもラブラブなのが微笑ましい。
 そして、もう一つ、史実として大いに驚きだったのが、基博が司法大臣となった話中の30年後、つまり明治40年代には、すでに機械製氷が主流となっていたとの記述。時代の流れの速さと技術革新のスピードを知り、改めて驚嘆した。その当たりの流れもニチレイさんのHPのコラムが詳しい→
 あらためて、明治という時代のすごさを感じる。

第3話 黄金の日々
 『人魚は空に還る』の中の一話『点灯人』の森恵(もりさとし)君主役の話。苦労人の恵も晴れて上野の美術学校の予科生になり、学友たちと切磋琢磨の日々を送っている。学生時代のキラキラとした輝きそのもののような日々はまさに《黄金の日々》。恵を応援する大人たち、礼と高広も恵の学生生活が嬉しそう。青春って麗しい。
  
第4話 生人形の涙
 生人形(いきにんぎょう)って、非常にリアルですごい。あれ、木彫りで作ってるんだろうか。それとも乾漆? 粘土? それとも紙と糊? 電気機械商の南金六町の先代で、からくり人形製作にハマっていたというのは、多分東芝の創業者のことだよね。
 ラストの話の放り投げっぷり、というか余韻のある終わり方は、とても三木笙子さんらしい。この話が、高広と礼の出会いであるよう。
広重 名所江戸百景 竹河岸
 
第5話 月と竹の物語 ※文庫本とKindle版に収録
 銀座の尾張一丁目の小間物屋・・・・といっても、珊瑚細工や金工品などの高級装飾品を扱う「なよ竹」が、店頭広告のために礼のかぐや姫の絵姿を描いてもらった。礼が高広に語るには、いつになく制作に力が入ったらしい。といっても、礼が心血を注いだのはかぐや姫ではなく、その背景の竹であるとのこと。隅田川の河岸にある竹問屋の「武豊」に通い詰め、何度も習作を重ねたようだ。
 店頭のショーウィンドに飾られたかぐや姫の絵の足元には、物語によせた竹の切り株。その中にはなんと金塊が飾られた。
 その礼の絵の前に居座りぼーっと絵に魅入る男が一人。
 やがて、事件が起こる。
 例によって、さあホームズ、解決するのだ!とばかりに迫られる高広(笑)・・・・何しろ、礼の絵もさることながら、本物の金塊を飾ったのかと、それが驚きだ!
 銀座探訪の素敵なHPを見つけたのでご紹介。「銀座公式Webサイト」のコラムです。オススメです。

2024年9月17日火曜日

0505 五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました 4

書 名 「五歳で、竜の王弟殿下の花嫁になりました  4」
著 者 須王 あや       
出 版 TOブックス  2024年9月
単行本 336ページ
初 読 2024年9月6日
ISBN-10 4867943029
ISBN-13 978-4867943021
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/122918421

 なんと、アップするのを忘れていたので、遅ればせながら記事を上げる。
 異世界転生・年の差・魔法・ラブラブほのぼのファンタジーの4巻目です。愛しく可愛いレティシア5歳と、それはそれは神々しいまでにお美しい王弟殿下17歳の年の差カップル。とはいえレティシアの中の人は27歳元OLだったりするため、さほどの精神年齢の差はない模様。この作品も私の心の絆創膏。

 王太后陛下の勘気を被ったのを口実に、フェリスの領土であるシュヴァリエに引きこもり、年に1回の薔薇祭を楽しむ二人だったが、ちょっとフェリスが王都の様子が気になったりしたため、こっそりお忍びで戻るフェリスにレティシアも同行。そうしたら、なんと、フェリスの目を掠めるように、レティシアが誘拐されてしまい。
 危機一髪ではありますが、とにかくフェリスが圧倒的力量なんでさっさと事態は収束。リリア神の拗れたやきもちが事態を悪化させてる。今後、この調子で登場人物ならぬ神様が増えていくのだろうか。人界も神界もなんだかこれからゴタゴタしそうな予感。

 これからどういう風に展開するんでしょうね? ふんわりラブラブで結婚式まで行くのか、大事件が起こって竜王陛下も顕現してスペクタクルー!って感じになるのも楽しそうですが。続きが楽しみです。(個人的には、フェリス様に竜体になってみてほしい。)

2024年9月16日月曜日

0504 人魚は空に還る

書 名 「人魚は空に還る」
著 者 三木 笙子    
出 版 東京創元社 2008年8月
単行本 231ページ
初 読 2009年12月
ISBN-10 448801738X
ISBN-13 978-4488017385
《文庫》
出 版 東京創元社 2011年10月
文庫 ‏ : ‎ 298ページ
ISBN-10 4488421113
ISBN-13 978-4488421113

初読は2009年なので15年ほど前。彼女の「世界記憶コンクール」が出版された時にたぶん、同時に読んでいる。実は「世界記憶コンクール」の方を先に読んだ記憶があり、そっちの方が先に刊行されていたと記憶違いをしていたが、この「人魚は空に還る」が三木笙子さんのデビュー作である。
 三木さんは、明治時代の風物やとくに職業や産業の様子を詳しく書かれるので、この本を読んでいると、時代設定が明治のいつ頃なのか、明治はどういう時代だったのか、当時どれほど早く、東京という街が発展したのか、などなどいろいろと知りたくなってくる。そんなわけで、明治時代の年表やら、とくに活版印刷や西洋出版の発展がどのくらい早かったのか、やらをいろいろと調べながらの読書になった。(それらは別のノートにまとめる予定。)なにしろ、先日『小公子』を読んだ際に、かの小説が明治13年(1880年)には日本で翻訳され、雑誌に連載されていたと知って、驚愕したことろだったので。
 なお、この本の5章「何故、何故」で登場する絵双紙のように、この国では江戸時代からすでにカラー刷りの読み物の文化があり、明治の頃の雑誌も、当初から表紙はカラー印刷が多かったようだ。だからこそ、礼の絵の需要もあると言うもの。
 登場人物は、絶世の美男で、美人画を得意とする超絶売れっ子絵師である有村礼と、その友人であり(ほとんど下僕(笑)状態の)雑誌記者、里見高広、という二人の良い男。短編連作である。
 作品の中の既述から、時代が明治40年代初めであることが判る。

京都工芸繊維大学が2019年に開催した展覧会の
チラシ。草の根のアール・ヌーヴォー 明治期
文芸雑誌と図案教育』
 有村礼はコナン・ドイルのシャーロック・ホームズに耽溺しているが、自分では英語を読めないため、高広に逐次翻訳して読み聞かせてもらっている。その代わり、高広の勤める雑誌に格安で表紙絵や挿絵を描いてやっている。高名な絵師である有村礼が、弱小出版社に格安で絵を描いてくれている、という一見割にあわない取引に初めは引け目をかんじていた高広だったが、やがて、礼から友人と見做されていると知り、だんだん二人の関係も馴染んでくる。
 しかし、礼のほうでは、巷間で事件が発生すると、高広にホームズ役になって事件を解決することを要求し、自分はワトソンを気取る、というのが高広にとっては困りもので・・・・ホームズパスティーシュとも言えるかな。
 
第1話 点灯人
 高広の勤める雑誌社(至楽社。といっても、人員は社長兼編集長の田所と記者の高広のみ。)に、尋ね人の広告掲載を求めて小学校4年生の少女が訪れる。行方が知れないのは彼女の兄、府立第三中学(旧制中学なので、現在だと高校生)16歳。ちなみに旧制府立第三中学は、現都立両国高校。
 ※当時の学制は、尋常小学校6年→中学校5年→高等学校3年(大学予科・現在の大学一般教養課程に相当)→大学という流れ。
 彼女の兄である森恵(さとし)は、素晴らしい彫刻の才能を持っていて、最近広告図案の公募で一等賞をとり、大金の賞金を手にしたばかりだった。高広は、編集長で有る田所の安請け合いで、人捜しをすることになる。

第2話 真珠生成
 金魚売りから買い求めた金魚鉢の鉢底石の中から、大粒の真珠が見つかった。それは先頃、老舗の真珠店である銀座の美紀本店から盗難した、三粒の真珠のうちの一粒だった。美紀が残る二粒の真珠の行方に懸賞金をかけたことから、世間は俄に真珠探しに沸き立つ。そして、なぜ、どうやって真珠が盗まれたのか、たまたま、真珠の盗難に高広の父が居合わせたこともあり、高広と礼は真珠の行方を追う。
 「真珠」の持つ美とはなんなのか。美の価値とはなんなのか。未熟な人間である自分は、いつか、そういう美しい価値を身に纏うことが叶うのか・・・・
 謎解きよりも、そのような希求が、胸にくるものがある。

第3話 人魚は空に還る
 浅草の見世物小屋にかかった芝居が世間の評判を攫う。なんとしたら、生きている人魚を展示する芝居だったからだ。やがて、人魚の不老不死伝説にちなんで、「人魚水」なる化粧水が飛ぶようにうれるようになり、あろうことか八百比丘尼伝説を信じ込み、人魚を食わんとするものまで現れて・・・・
 人魚は空に還りたい、と望み、アンデルセンの童話のように、海の泡ならぬ空の泡になる。

第4話 怪盗ロータス
 芸術品を好んで盗み、その現場に小さな睡蓮の木彫りを残すことから巷で『睡蓮小僧』と名付けられた盗賊はその命名がいたくお気に召さず『怪盗ロテュスと呼びたまへ』と新聞社に手紙を寄越した。フランス語のロテュスはさすがに呼びにくいので、英語読みにして『怪盗ロータス』と呼ばれるようになった一風変わった盗賊は、まるでアルセーヌ・ルパンのよう・・・。
 怪盗ロータスと検事の安西、初出。

第5話 何故、何故 (文庫・電子書籍のみ掲載)
 文庫化されたときに追録された小品。ボーナストラックみたいなもの? 高広は礼とともに、礼の大叔父である絵師、歌川秀芳の住まいを訪ねる。元は武家の長屋だったという叔父の新しい住まいは大川端にあり、その居間からは川面が見渡せるはずだったが・・・・・
 大叔父宅の川向こうの質屋で起こった盗賊騒ぎの顛末を、ついうっかり高広が推理する。

《追記》
 この人の小説を読んでいると、心を削るようにして文章を紡いでるのではないか、と心配になることがある。書いているご本人が、強く強く、物語を書く、ということに希求するものがあるのだと、その言葉や行間から感じるからだ。 
 一言に小説といっても、非常に職業的に、技術的に書いていると思える作家さんもいるし、心の奥底から魂を紡ぐようにして書いていると思える作家さんもいる。そういう作家さんの文章は、誠実で美しく、泣きたいほど優しかったりする。この繊細な作家さんは魂を削りすぎて、体調を崩してしまわないかと心配になる。どうか、元気でこれからも作品を生み出してほしいと願っている。