2021年1月20日水曜日

0251 ブラック・ウィドウ 上 (ハーパーBOOKS)

書 名 「ブラック・ウィドウ 上」
原 題 「The Black Widow」2016年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 やよい 
出 版 ハーパーコリンズ・ ジャパン  2017年7月 
初 読 2021年1月20日 
 

 パリで頻発するユダヤ人迫害事件に抵抗して、一人のユダヤ人女性が講演会を企画した。講演会の当日、彼女は会場ビルで会の出席者もろとも爆弾テロの犠牲になる。
 殺されたユダヤ人女性はかつて、ガブリエルの作戦に協力したことがあり、身よりのない彼女は自分の所蔵するゴッホ(時価1億ドル相当)の相続人に、ガブリエル・アロンを指名していた。
 犯人を追跡し、さらなるテロを防ぐため、フランス情報部のチームリーダー、ポール・ルソーは〈オフィス〉に協力を要請する。ゴッホと引き換えに名指ししたのはガブリエルだった。
 当のガブリエルは、自分の「死後」表舞台から退き、4ヶ月の間、エルサレムの自宅で最愛の妻キアラと生まれたばかりの双子アイリーン、ラファエルとの束の間の家庭生活を送る一方(本人の言うとことの育児休暇)、イスラエル博物館の保存修復ラボで、ローマ法王庁から委託された例のカラヴァッジョ《キリストの降臨》の修復作業に没頭していた。そして、やっとカラヴァッジョの修復が終わったかと思えたその日、ウージ・ナヴォトに召喚される。なかなか現場を引かせてもらえないガブリエルは、友人であった女性と彼女のゴッホのために、フランスとの共同作戦を引き受けることに。

 ガブリエルは部屋の入り口に立ち、片方の肩をドアの枠にもたせかけて、壁面にゆっくりと視線を走らせた。どの壁にも絵がかかっている。ガブリエルの祖父の作品が三点。その三点だけがようやく見つかったのだ。それから母親の作品が数点。また、若い男性を描いた肖像画の大作もある。こめかみに早々と白髪が交じり、疲労のにじむやつれた顔に死の影がつきまとっている。・・・・・・子供たちがいつの日か、この肖像画に描かれている苦悩を湛えた若い男性のことを、そして絵を描いた女性のことを尋ねるだろう。

 度々作中に登場する、ガブリエル自宅の寝室の壁の 絵の描写である。
 ガブリエルの祖父はドイツで高名な画家だったが、ナチスの迫害でその作品はほとんどが破壊されて失われた。肖像画は「神の怒り作戦」直後のガブリエル、描いたのは最初の妻リーアである。私としては、ガブリエル自身の作品がないのが残念。ガブリエルは自分が描かれた肖像画を見ながら物思いに沈む。

 子供たちは自分を憐れむだろうか。怖がるだろうか。怪物、殺人鬼だと思うだろうか。・・・・・この絵は本当の父さんじゃない————子供たちにはそう答えることにしよう。こういう人間にならざるをえなかったんだ。父さんは怪物でも殺人鬼でもない。おまえたちがこの場所で暮らせるのも、今夜、この国で平和に眠っていられるのも、父さんみたいな人々がいるおかげなんだ。

 再び父親となった感慨からか、若い工作員を育てているからか、この巻ではガブリエルの記憶が語られるシーンが多い。そしてそのどれもが苦い。 

 ISISへ潜入させる工作員としてガブリエルがスカウトしたフランス系ユダヤ人のナタリーに、自分の少年時代を語るシーンがある。(父については、どこかでアウシュビッツの生還者だと読んだ気がしていたが、ここでは違う説明になっている。)父に対して思慕が感じられないのはなぜだろう。一方、母についての思い出も心温まるものではない。ガブリエルの口から、アウシュビッツでの体験からイスラエル移住後も心の平穏を得ることができなかった母の思い出が語られる。母はほとんど笑うことがなかった。気持ちの浮き沈みが激しく、鬱を繰り返していた。一度だけガブリエルが母に戦争の時のことを尋ねたら早口で曖昧な言葉でアウシュビッツ時代の事を話したが、そのあと何日も寝込んで重度の鬱状態になった。それ以降、家で二度と戦時中の話はしなかった。「悪魔を起こさないよう、母の前では静かにしていなくてはならないことを、わたしは子供のころに学んでいた。 」自分もおのずと内向的で孤独な人間になった。。。。。等々

 これまで、イスラエルという国家をどう捉えるべきか、考えあぐねていたが、そして今でもこの地域の混沌をどのように見るべきか、迷いつつ読んでいたりするのだけど、ホロコーストを経験したユダヤ人が、自分たちを自分たちで守ることができる民族国家、主権国家をどれほど切望しただろうか、ということは、日本にいる限り絶対に理解がおいつかないだろうと思う。国や家族を守る為には殺人も行う、やられれば復讐する、というガブリエルの切実かつ強烈な意志に圧倒される。かつてイギリスの三枚舌外交に翻弄され、今はアメリカに翻弄されているとしか見えない民族と土地と聖地に、これ以上の血と混乱がもたらされないようにするにはどうしたらよいのだろう。

 さて、私は人物を読むのが好きなので、ついガブリエルの心情に目がいってしまうのだが、作品自体は立派なエスピオナージ物なので、ちゃんと諜報戦をやっている。

上巻は、自身で“ブラック・ウィドウ(黒衣の未亡人)=テロリストに仕立て上げられた、異教徒との戦いで愛する恋人や夫を失った敬虔なイスラム女性”となる潜入工作員に育て上げる訓練過程と、遂にISISの本拠地ラッカにナタリー=ライラが入り込むところまで。そして、ガブリエルは合衆国へ向かう。

 

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