原 題 「The Black Widow」2016年
著 者 ダニエル・シルヴァ
翻訳者 山本 やよい
出 版 ハーパーコリンズ・ ジャパン 2017年7月
初 読 2021年1月24日
静的な上巻にくらべて、にわかに事態が動き出す下巻。
急遽ガブリエルが飛んだワシントンで面会したCIA作戦本部長のエイドリアン・カーターが毒づく。
ISISに潜入したナタリーを守るため、毎日ラッカに対して行われている米軍と有志連合による空爆を控えて欲しいと要請する。カーターは、若干恨みがましく米国への連絡が最後になったことに苦情を呈するものの協力を約束し、今後は情報を逐一米国にも寄越すよう要請。
シリーズ最初から登場しているカーターは、ガブリエルとは古い友人でもあり、何回も協力してきている。いざとなれば捨て身で相手の為に尽力するガブリエルを信頼しており、見返りを求めず行動するガブリエルの性格が、返って大きな見返りとして現在、各国情報機関間の信頼と協力関係をもたらしている。
そんな友人の言葉。
「子供たちは元気か?」いきなり訊いた。
「さあ、どうかな」
「大事に育てろよ。きみの年じゃ、これ以上子供を作るのは無理だ」
ガブリエルは微笑した。
「いいか、わたしは十二時間のあいだ、きみは死んだものと本気で思ってたんだぞ。あんなまねをするなんて、あんまりじゃないか」
「ああするしかなかったんだ」
「それはわかる。だが、次のときは、わたしに断ってからにしろ。わたしは敵ではない。きみの力になりたくてここにいるんだ」
ガブリエルは・・・・・65歳か? そういうエイドリアンは何歳なのか知らないが、65歳という年は、荒事に手を染める現役工作員としては年が行きすぎているし、これから彼が乗り出す政治の世界では、まだまだ若輩、と言えなくもない。
ナタリーは潜入したシリアで、米軍の爆撃により重傷を負ったサラディンの治療を行うことになる。この辺りの展開が意外だが、敵にも人格を与えることでリアリティと緊迫感が高まる。最初の接触を終え、無事にフランスに戻った後は、数ヶ月にわたる待機。さすがのガブリエルも焦りが出てくるが、やがてナタリー=ライラが動き出す。行き先は米国。サラディンは、フランス大統領訪米に合わせて9.11後最大のテロを合衆国に仕組んでいた。
そして、ガブリエル達の努力も空しく、攻撃は実行に移される。最初の標的に選ばれたのは、ガブリエル達が詰めている「国家テロ対策センター(NTCT)」だった。
それにしても、ここでまたしても爆弾テロの現場に居合わせるガブリエル。この次の『死線のサハラ』でもそうだからね。未訳部分も含めてシリーズ中何回爆弾テロに居合わせるのかしらんが、「○回爆弾テロに遭って死ななかった男」としてギネスブックに載るだろう。
自爆ベストを着せられたまま行方を追えなくなったナタリーの救出と、さらなるテロの阻止、しかし、肝心の米国側組織はテロの波状攻撃で大混乱中。結局最後に現場に立つのはガブリエルとその腹心たちとなる。今作は「英国人」の出番がないかわりに、ミハイルが滅法格好よい。テロは阻止できなかったがたった一人の女は救い出す。
すっきり悪を倒して一件落着しないのがこのシリーズで、今回はサラディンの勝ち。しかし、正体を見破られて処刑直前だったナタリーは辛うじて救出した。作戦自体は苦い結末だが、少なくともガブリエルは子供達の元に戻ることができたし、遂にオフィスの長官の座に上る日が来る。就任の日の祝賀パーティーは、双子達の満1歳の誕生日祝いも兼ねていた。また、精神病院に入院したままの最初の妻リーアにも子供達を面会させた。ラファエルを膝にのせ、火傷でねじれ固まった手で抱きしめるリーアを見つめるガブリエルの目が涙で曇る。子供達が生まれ、新しい家族とどんなに幸せな生活があろうとも、リーアとダニの悲劇はそのままだし、自分だけが幸せになる罪悪感が薄れることもない。
ちなみに、後書きによるとゴッホの「鏡台のマルグリット・ガジェ」は存在しないとのこと。替わりに実在する「ピアノを弾くマルグリット・ガジェ」をアップしておく。時価1億ドル以上のこの遺贈品を、ガブリエルはイスラエル博物館に寄贈する。条件はだたひとつ。イスラエル博物館が存在する限り、所有し続けること。イスラエルが永続する願いが込められているように思えてならない。
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