原 題 「THE ENGLISH SPY」2016年
著 者 ダニエル・シルヴァ
翻訳者 山本 やよい
出 版 ハーパーコリンズ・ ジャパン 2016年7月
初 読 2021年1月15日
文 庫 616ページ
ISBN-10 4596550298
ISBN-13 978-4596550293
カリブ海でイギリスの元皇太子妃が乗っていた船ごと爆殺された。MI6長官のグレアム・シーモアは調査に乗り出す。
そこに、イスラエルが誇る諜報機関〈オフィス〉の長官であるウージ・ナヴォトから電話が入る。
「そちらでお捜しの男をわれわれが見つけたかもしれない」
「誰なんだ、その男は」
「古い友達」
「そちらの?それとも、こちらの?」
「おたくのほうだ。われわれには友達はいない」
・・・・イスラエルが「われわれに友達はいない」と言うときの含意に凄みがあるよなあ。
ナヴォトが差し出した書類に記載されていたのは、因縁のリアルIRAの爆弾テロリストに関する文書。かつてこの男を排除するために、〈オフィス〉はMI6に作戦を持ちかけたことがあったが、英国側に拒絶された。再度協力を申し出るナヴォトにシーモアが出した条件は「ある男」が計画を担当することだった。かくて、出産を控えた妻との穏やかな生活を望んでいるガブリエルに、新たな作戦が提示される。しかし、それは巨大な罠の入り口だった。
シーモアは絵画修復に携わっているガブリエルをローマに訪ね、ケラーの身柄をネタに協力を迫った。ガブリエルが作戦を引き受けたのはケラーの為だった。作戦に協力し、シーモアの力でケラーを英国人として復活させようと考えた。
そしてガブリエルはケラーと共に爆弾テロリスト、クインを追い始める。ケラーにとっても、クインは因縁深い敵だった。北アイルランドでの捜索から始ってクインの足跡がリスボンに繋がり、リスボンから英国へ。追跡しているつもりが、クインに英国におびき寄せられて大規模な爆弾テロの標的にされたのだと気づいたのは、ガブリエルが爆弾に吹き飛ばされた後だった。ここから、怒濤の逆転劇が開始される。
クインの背後に、ガブリエルに恨みを抱くロシアがいることが分かり、さらにイスラエル諜報機関が情報源としていたイランの男も、ロシアに操作されていたことが判明。そして、爆弾テロリスト・クインは、かつてウイーンで息子ダニを殺した爆弾の設計に協力していたことが知れ、作戦はいよいよ個人的な復讐の色を帯びてくる。
前作は流血少なめで、絵画詐欺と金融詐欺の大がかりなフェイクが楽しい軽めのエンタメテイストだったが、今作はかなり血が流れる。ガブリエルの冷酷な暗殺者ぶりも際立つ。情報を引き出すのに自白剤なんて使わない。足の先の方から銃弾を撃ち込んでいき、情報をよこせば痛まないようにしてやる、と脅す。そして必要な情報を引き出したら楽にしてやる。
一方で、ガブリエルの情の厚さや義理堅さも。見ず知らずの母子を助けるために爆弾の前に飛び出してしまったり、友人の「英国人」ケラーの人生や人間関係を修復させてやるべく尽力したり。ガブリエルがコーンウォールのコテージで隣のコテージに住んでいた男の子を可愛がっていたエピソードは切ないし、ロシア人暗殺者とアイルランド人テロリストに蹂躙された後の大切なコテージにしばしたたずむ姿が悲しい。
さて、ラストは、作戦終了後のイスラエル。
自分の留守中に、イスラエルの自宅でキアラが生まれてくる子どもの為に子供部屋を整えていたのを見て、大切な時間を一緒にいてやれなかったことを後悔するガブリエル。キアラが描いた子ども部屋の壁の雲の絵を自分で描き直すことにして、壁を塗り直しティツィアーノ調の雲を描き、そこに男の子の天使の絵を描き入れ涙ぐむ。震える手で亡くなる前、最後に見た息子の顔を描き、自分のサインと日付を入れる。
そして、妻がついに出産の時を迎え、呆然自失してほとんど役立たずになるガブリエル(笑)。
今度こそ、彼に幸せな時間が訪れますように。
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