2021年1月27日水曜日

0254 死線のサハラ 下  (ハーパーBOOKS)

書 名 「死線のサハラ 下」 
原 題 「House of Spies」2017年 
著 者 ダニエル・シルヴァ
翻訳者 山本 やよい 
出 版 ハーパーコリンズ・ ジャパン  2018年7月 
初 読 2021年1月29日 
文 庫  384ページ 
ISBN-10  459655093X 
ISBN-13  978-4596550934

 サラディンのテロ活動を支える莫大な収入源である、モロッコからヨーロッパに流入する麻薬取引。
 そのヨーロッパ側の受け口となり、マネーロンダリングを受け持つのがジャン・リュック・マルテルだった。この男を支配下に置くために、ガブリエルは大がかりな偽装作戦を展開。まずはマルテルの愛人であるオリヴィアを攻略した。そしてマルテルを脅迫して強引にサラディンに繋がる細い道をこじ開ける。時はすでに夏になっていた。
 マルテルから得た情報で、サラディンの麻薬密輸船を3隻拿捕し、大損害を与え、サラディンが動かざるをえない状況を作り出す。しかし、その作戦で思わぬ展開が生じる。
 押収した船の積み荷から、大量の麻薬だけではなく、高純度の放射性セシウム(塩化セシウム)粉末が発見されたのだ。これが示すところは、今後の欧米での自爆テロに、放射性物質が使用され、ヨーロッパの主要都市が放射能で汚染されるということだった。

 サラディン阻止の重要性が飛躍的に高まり、合衆国も静視していられなくなる。
 ガブリエルが立案実行している作戦に米国が介入を、というか横取りを仕掛けてくるが、ここで政治的手腕も発揮して自分の戦場を守り、かつ米国のテクノロジーを利用できるように交渉し、かつ、米国CIA内で地位を失いつつあった盟友のエイドリアン・カーターの失地回復まで手を回す。このあたりの丁々発止もかなり面白い。

 舞台は、モロッコに移り、潜伏するサラディンを追いつめる。
 前線においた作戦本部で直接指揮を執るガブリエルだが、誰がどう考えても自分でサラディンに手を下すことしか考えていない模様。本人以外の全員が、内心、長官が前線で危険な作戦に身を晒すことにいささか閉口しているが、まったく意に介する様子もなく。
 サラディンの爆弾テロ活動は、そもそもがガブリエルの親しい友人であった女性を殺害されたことに端を発し、すでに2回もガブリエル自身が爆弾テロの巻き添えを食っている。イスラエル諜報機関の現役最古参に違いない暗殺工作員(キドン)の怒りは静かに深く、激しい。

 今回は、美術修復のシーンがなく、絵画絡みの場面が少ないのが残念ではあるが、ジャン・リュック・マルテルの記憶から、ガブリエルがサラディンの似顔絵を描きおこすシーンがでてくる。その後の閣議でも退屈のあまり、ノートに似顔絵をいたずらがきしているガブリエルである。そうか〜、退屈するといたずら描きしちゃうのかあ、とおもわずクスリとなる。
 ガブリエルの長官執務室と、生まれ故郷のイズレイル渓谷にほど近い隠れ家に飾られた絵の中にも、ガブリエル自身の作品があるようで、それにもなんだかうれしさを感じる。

 ラストはその年の11月。婚約指輪をして幸せ一杯のナタリー、シャムロン邸で行われたのはナタリーとミハイルの婚約記念パーティーか?
 大勢の客人を室内に残し、静かなバルコニーで、シャムロンとガブリエルが言葉少なく語り合う。

「子供のころのわたしは」やがてシャムロンが言った。「いくつも夢を持っていた」
「わたしもそうでした」ガブリエルは言った。「いまも夢を持っています」
 西からそよ風が吹いてきた。古の戦場だったヒッティーンの方角から。
「あれが聞こえるか?」シャムロンが訊いた。
「何が?」
「剣のぶつかる音、死にゆく者の悲鳴」
「いえ、アリ、音楽しか聞こえませんが」
「幸運な男だ」 
「ええ」ガブリエルは言った。「わたしもそう思います」

 ガブリエルが、穏やかにシャムロンと語りあい、イスラエルとアラブを巡る国際情勢に心を配り、自分を「幸運な男」と表現する時が来たのか、と感慨深いラストだった。

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