2020年12月31日木曜日

マイクル・Z・リューインが気になる。





ので、Wikiに手伝ってもらってメモメモ 

アルバート・サムスン登場作
A型の女(Ask the Right Question、1971年) 
死の演出者(The Way We Die Now、1973年) 
内なる敵(The Enemies Within、1974年) 
沈黙のセールスマン(The Silent Salesman、1978年) 
消えた女(Missing Woman、1981年) 
季節の終り(Out of Season、1984年) 
豹の呼ぶ声(Called by a Panther、1991年) 
眼を開く(Eye Opener、2004年) 

リーロイ・パウダー警部補登場作
夜勤刑事(Night Cover、1976年) 
刑事の誇り(Hard Line、1982年) 
男たちの絆(Late Payments、1986年)

2020年12月26日土曜日

0240 カメレオンの影 (創元推理文庫)

書 名 「カメレオンの影」 
原 題 「The Chameleon's Shadow」2007年 
著 者 ミネット・ウォルターズ 
翻訳者 成川 裕子 
出 版 創元推理文庫 2020年4月 
初 読 2020年12月

 今年ベストの一冊。すごく良かった。良質な小説に巡り会えるのは本当に幸せだ。
 なにしろキャラクターが素晴らしい。
 1ページしか出てこないような端役まで、その人の面立ちや人生が見えるような個性が醸し出されいる。ウィリス医師の秘書、ビール警部、婦人警官 etc.
 ましてや、主要人物はそれぞれ実に生き生きとしている。

 主人公、チャールズ・アクランド中尉は、イラクで爆弾攻撃を受け、左顔面と左目を失う。英国に輸送され、緊急手術と数回の整復手術を受けるが、容貌を取り戻すことを諦め、希望した陸軍への復帰も叶わず、失意のままロンドンに暮らすことになる。
 彼の女性憎悪、他人に体を触れられることへの極端な拒否、時に押さえ切れずに爆発する暴力的な行動、ろくな栄養を取らずに強度の運動を行うこと(その結果栄養失調状態になっている)などは、負傷だけでなく、なにか深刻なトラウマを抱えていることをうかがわせるが、彼に関わる精神科医二人も、どうしても彼の内面に触れることができない。彼が酒場で起こした乱闘騒ぎがきっかけで、それまでに周辺で起きていた連続殺人事件の容疑者とされ、警察に拘束されて・・・・・・と、これから先は絶対にネタバレすまい。お願いだから読んで欲しい。

 通底するのは、登場人物に対する優しい視線。主人公チャールズ、彼を見放せない心優しい(けど物言いは鋭い)力持ちの医師ジャクソン、殺人事件捜査を指揮するロンドン警視庁のブライアン・ジョーンズ警視、その部下たち、退役軍人のホームレス、どうしようもないクズの家出少年、その彼を弁護する弁護士に至るまで、人間に対するあたたかいまなざしを感じる。ボディービルダー兼医師のジャクソンは、例えば、ヴァクスの作品でいえばまったく違う造形ながらミシェルの役どころで、性的マイノリティである優しさと葛藤と強さの表現が良い。ストーリーは小幅などんでん返しを繰り返し、意外性で最後まで引っ張る。個人的には最初からヴァクスと似てる?と思いながら読んでいたので、母親による幼児虐待のオチが出てくるに違いないと思い込んでいて、自分で自分をミスリードした。

 ジョーンズ警視が最初の頃は五十がらみの、くたびれたベテラン刑事という感じだったのに、だんだんスマートに格好良く見えてきて、最終的には渋い中年イケメン刑事に落ち着いた。キンケイドが年取ったらこんな感じになるだろうか?とか考えたりして。それにしても警察の不手際が過ぎないか?目撃通報も、協力者の来訪も捜査本部に取り次がないって、どういうことよ? 

 とにかく、チャールズ・アクランド中尉、ジャクソン医師、それにジョーンズ警視、ついでにウィリス医師、それぞれに個性的で、それぞれの続編が読みたいと切に思う。
 最後の最後で、チャールズは左側の傷跡まで笑いじわに見えるくらいの笑顔を見せてくれる。その笑顔が胸に残って、もうしばらくは他の本を読まずに余韻に浸っていたくなった。

 素晴らしい本というのは、読んでいるうちにそのキャラクター達が自分の中で生きて動き出し、物語が終わった後も、その後の人生を紡ぎ続ける。この本はまさにそんな小説である。

2020年12月22日火曜日

0239 死んだレモン (創元推理文庫)

書 名 「死んだレモン」 
原 題 「Dead Lemons」2017年 
著 者 フィン・ベル 
翻訳者 安達 真弓 
出 版 創元推理文庫 2020年7月
初 読  2020年12月22日

 読んだ。読み遂げた。
 なんだか感想よりも達成感の方が先にくる。
 中ほどまでは面白かったのだけど、主人公の一人称で、内省も事態の観察も全て主人公視点だし、謎解きまで全て主人公の独壇場だったので、いささか食傷した。
 元刑事の神父様のプロファイリングは独断的でいまいち私にはわかりにくく、カウンセラーとのセッションもやはり理屈っぽくって良く分からない。カウンセリングって受けたことはないけど、あんな風に持論を押しつけるものなのだろうか?

 始めは情けないデッドレモンズ(人生の落伍者)だった主人公が、だんだん心の傷を克服して、という流れは悪くないんだが、ラストはもはやスーパーヒーローだった(苦笑)。
 と、いうか「人生の落伍者」という設定ではあるものの、基本的に元気で健康な男子って感じだ。心も体も傷ついた男、ってのは私の大好物なんだけど、彼はいまいち口に合わない。
 悪役三兄弟の家業も取って付けたよう。
 主人公の現在進行形の危機とそこに至るまでの交互展開はかなり面白かったのだ!
 だけどその危機一髪のクライマックスの段階でまだ本の半分くらいで、こりゃあ三兄弟もハメられただけじゃね?と、透けて見えてくる。
 と、なると本当のサイコパスが誰かは、話の展開でわかっちゃう。うーむ。それでも面白くないわけではないのだが。ちなみに主人公の名前が著者名。これはプロファイリング的にはどうなんだろう?

 ともあれ、ニュージーランド舞台の小説は初めて読んだので、また読んでみたいとは思う。

 私は「ハカ」が好きでよくYouTubeで観るのだけど、マオリも白人も一緒に踊っている動画を見ると、ニュージーランドの多民族文化をもっと知りたくなる。マオリはどのように白人入植者と和解したのか、白人はどのように土着文化を受け入れたのか。そのあたりが気になるので、いずれ勉強してみよう。

2020年12月19日土曜日

0238 老いた男 (ハヤカワ文庫NV)

書 名 「老いた男」
原 題 「The Old Man 」2017年 
著 者 トマス・ペリー
翻訳者 渡辺 義久
出 版 早川書房 2020年9月 
初 読  2020年12月18日

 かつて一人の特殊工作員が敵地で切り捨てられた上、上層部から罪を着せられた。自力で帰国した工作員は大金を持ったまま行方をくらまして、以降35年間をひっそりと隠遁・・・ただし、万全の備えをしたうえで。
 今は2頭の大型犬と静かに暮らすそんな男の元にある日暗殺者が送り込まれてくる。

 ベトナム戦争に従軍し特殊部隊として訓練され、35年間その能力を保持し続けていた「オールド・マン」が、あくまでも静かに身に降りかかった火の粉を払う。私は気に入ったよ!サクサク読めて面白い。 
 
  どうしたって絶対に主人公が勝つ。それも静かにスマートにクレバーに。グレイマン=コート・ジェントリーみたく情に流されたり、ドタバタしたりしない、という確信が持てる。(まあ、コートはあれで良いのだけどさ。笑) 中東に潜入するときだって、まずは語学トレーニングに半年。その間にじっくり人間関係とレジェンドを構築、誰からも疑われず、むしろ求められて、正攻法で入国。すべてが静かに進行する。戦争実録ものを読んだ後のメンタルリハビリには丁度良い。

 一緒に逃亡したゾーイや、密かな協力者ジュリアンとの関係は、ぶん投げっぱなしといえなくもないが、自分自身が現実の人間関係には淡泊な方なので、かえって現実味を感じたりもする。ゾーイもジュリアンも、自分の意志で自分の人生を歩んでいる。その一期間が「オールド・マン」と併走したり、クロスしただけ。縒りがほぐれた後で、それを縒り直そうとはしない。でもそれぞれの人生でそういう出会いが大きな意味を持ったりするんだよね。でも、もし続編があるなら、ゾーイはともかく、ジュリアンとの再会シーンは見てみたいような気もする。

 ベトナム戦争で戦火を潜ったオールド・マンは、ボッシュやコールやパイクと同世代。いやはや、格好良いのである。惚れるわ〜。

2020年12月16日水曜日

0237 死闘の駆逐艦

書 名 「死闘の駆逐艦」 
原 題 「DESTROYER CAPTAIN」1975年 
著 者 ロジャー・ヒル 
翻訳者 雨倉 孝之 
出 版 朝日ソノラマ 1991年1月 
初 読 2020年10月
 WWⅡを3隻の駆逐艦で北海から地中海まで駆け回った元英国駆逐艦艦長ロジャー・P・ヒル(英国海軍少佐)、本人による記録。
 極めて優秀かつたたき上げの駆逐艦乗りである。士官候補生時代から、艦長になるまでを大型艦で過ごした時期が多く、巡洋戦艦リナウン、地中海艦隊旗艦レゾリューション、戦艦フットにも乗務。本人はとにかく駆逐艦に乗り組みたくて、大型艦に配属されるのが不満だった。夢は駆逐艦を指揮して戦うこと。念願どおり《レドベリー》、《グレンヴィル》そして《ジャーヴィス》の艦長を歴任。従事した作戦はソ連向けPQ17、マルタ向け輸送船団、ビスケー湾のUボート掃討、カイロ会談にむかうチャーチル一向を載せた巡洋戦艦〈リナウン〉の護衛、そしてノルマンディー上陸作戦の援護など。
 これらの作戦行動を日誌に基づき、分単位で丁寧に書き起こしている。精読の価値ある一冊である。
 そして独の新兵器だった無線誘導滑空爆弾を初対面で飛行の癖を読んで操艦でかわし、海に叩き込んだのがすごいの一言につきる。一方で戦闘への従事が長引くにつれ戦争神経症で精神症状が悪化していく様子も克明に記録されている。冷静に自分をとらえ、部下と艦の安全のために必要だと判断すれば、自分の処遇について上官に上申。なかなかできることではないと思う。 
 歯に衣着せぬ物言いで無能な参謀や上官に作戦行動についてモノ申し、彼を嫌う人間もいたが、理解者となる上官もいた。
 ただし、グレンヴィルに乗っていた後半、着任してきた駆逐隊司令官とは折り合いが悪く、かなり冷遇されたように見える。精神状態の悪化に加え、司令官からのいやがらせのような数々は、さぞかし心身に堪えたことと思う。しかし乗務していたのは奇蹟の幸運艦〈ラッキージャービス〉で艦内と部下達との関係がしごく良好だったのが救いだ。
グレンヴィル時代のヒル艦長。写真は英語版WIKIより
 この駆逐艦ジャーヴィスについては、興味のある方はWikiを読まれたし。数々の作戦に従事し終戦まで戦い抜き、しかもその間一人の戦死者も出さなかった幸運の艦として《ラッキージャーヴィス》と呼ばれた奇跡の艦である。 《ジャーヴィス》が長期修理でドック入りをしたのを機に艦を離任する際、部下達からは素敵な記念品が贈呈された。この本は、この離艦で終わる。
 この後従事した作戦で、ヒル少佐は負傷し、入院中に戦争が終結。終戦の翌年の46年に病院を退院して海軍を退役した。65年にニュージーランドに移住、念願のこの本を記す。
 1910年生まれの彼は、WW2のころはまだ若い。最初の指揮官レドベリーは平均年齢22歳で、当時32歳の艦長は「年寄り」だった。大型駆逐艦のジャーヴィスは乗員220名ほど。これだけの能力と統率力を発揮できる人が平和な今、どれだけいるだろうか。

 以下は、この本の前書きと英語版WIKIより、ロジャー・パーシヴァル・ヒル氏の略歴。

1910年6月22日生誕
1927年英国海軍入隊
〈エレバス〉に1年間乗務
1928年9月〜1039年10月巡洋戦艦〈リナウン〉に少尉候補性として2年半乗務
ダドリー・パウンド提督が座乗。艦長タルボット大佐
この間に、訓練で駆逐艦〈ウォッチマン〉に1か月乗る。駆逐艦に魅せられて、駆逐艦乗務を志すようになる。
1931年7月少尉に任官
1931年8月〜1932年1月ポーツマスで昇任コース受講
〜1933年6月地中海艦隊旗艦 巡洋戦艦〈レゾリューション〉乗務(2年)
司令長官 ウィリアム・フィッシャー卿。艦長マックス・ホートン大佐
1933年12月中尉に昇進
1933年〜1934年巡洋艦〈キャドラック〉乗務 任地は中国揚子江の上流漢口。艦長はスイフレット
1935年〜1937年駆逐艦〈エレクトラ〉乗務。任地アレクサンドリア(3年)。艦長ブラックバーン中佐
1936年〜スペイン内戦にともない、スペイン近海で法人救出任務
1937年8月〜1938年2月戦艦〈フッド〉乗務 任地は地中海、スペイン沖
司令長官 A.B.カニンガム提督、艦長プリングル大佐。
この間に結婚。
1938年 巡洋艦〈ペネロペ〉乗務 任地スペイン沖→ハイファ
艦長ハットン大佐、副長ヘンリー・デンハム中佐
1939年9月1日ヒトラーがポーランド進行を開始
1939年潜水母艦〈アレクト〉乗務
艦長ビル・フェル
1939年〜1940年3月掃海トロール船〈タモーラ〉乗務
1940年春スループ艦〈エンチャントレス〉乗務(先任将校)
アラン・スコット・モンクリーフ艦長。 大西洋航路の護衛任務
戦艦〈バーラム〉に乗務していた弟が21で戦死
1942年1月~9月駆逐艦〈レドベリー〉艦長
PQ15,16の間接護衛任務につく。
1942年6月ソ連向け輸送船団PQ17の直接護衛任務につく。
マルタでの護送任務。戦争神経症の悪化。不眠、震え、情緒不安を覚え、艦を離れる決心をする。
1942年9月〜1943年4月キング・アルフレッドで指導教官を務める。
〈オハイオ〉号の功績でD.S.O(殊功勲章)を授与される。
1943年4月~1944年2月駆逐艦〈グレンビル〉艦長
イギリス海峡における〈トンネル作戦〉、ビスケー湾のUボート掃討、地中海での各種作戦、
カイロ会談に向かうチャーチルを乗せた〈リナウン〉の護衛航海
1944年2月~1944年9月駆逐艦〈ジャービス〉艦長

1944年6月6日
グレンビル時代の功績で殊勲十字章を受章
ノルマンディー上陸作戦

1944年9月以降時期不詳頭部負傷により入院
1946年退院。イギリス海軍退役
1965年健康を害し、ニュージーランドに移住。本書を記す。
2001年5月5日死去
【駆逐艦レドベリー】
 念願の駆逐艦艦長になった最初の任務が、ソ連向け輸送船団PQ15〜17の護衛。15と16は、船団についた護衛艦隊の戦艦と、護衛艦向け給油船の護衛、という間接任務だったが、例の悪名高きPQ17では、船団の直接護衛任務だった。
このPQ17は、時刻を追った克明な記録となっている。船団が出発した早い時期から、ドイツの航空艇がずっとひっついており、逐一行動を把握されていたこと。潜水艦と航空機による波状攻撃。面白かったのは、ずっとひっついてくるドイツの偵察機に、艦内のドイツ語に堪能な乗員が電文をつくって「おまえのせいで眠ることもできなくてふらふらだから、どこかへ行ってくれまいか」と信号を送ったところ「O・K」と返事が来て本当にどこかへ行ってしまった、という逸話。書いているヒル艦長も???クエスチョンマークが一杯。
 船団に「散開せよ」という不可解な緊急電文指令を受け首をかしげるが、立て続けに司令部からくる電文に誰もが怖れていたドイツ戦艦〈ティルピッツ〉と重巡〈ヒッパー〉が出てきたに違いない、と考える。ドイツ艦に攻撃を仕掛けるのだ、と思い、艦隊にしたがって船団を離れていくが、どこにも敵はいなかった。数時間後には、無防備な商船船団を危険の中に置き去りにしたのだと気付かざるを得なかった。後においてきた壊滅しつつある船団からの悲痛な電文。反転して救援にいくことも考えたが、それまでに相当な燃料を消費しており、船団に戻ることは叶わなかった。
 帰任後、護衛艦隊の駆逐艦艦長5名が司令長官に呼ばれて、「なぜ護送船団を離れたのか」と皮肉交じりに詰問される。別の艦長が「そのように命令をうけたからだ」と答えたが、艦長達の怒りと虚脱感は計り知れない。ヒル艦長の部下達に寄せる思いはひとしおで、全艦あげて帰還祝賀会を開き、部下達の技術を誉め、今回の行動が海軍本部の不手際によるもので艦の責ではないことを伝えた。船団に参加した6隻の駆逐艦に対する批判は相当なだったようで、これに反論することがこの本の目的の一つだったのかもしれない。ヒル艦長はいつかこの本を書く日のために、克明な航海日誌を手元に置いていた。責任はないかもしれないがそれでも後悔が残る。あのとき、命令に違反してでも戻るべきだった。そうすれば、駆逐艦何隻かは沈められることになっても、あと何隻かは商船を無事にアルハンゲリスクに連れていけた。そうするべきだった。
 この作戦以来、陸上で紙の上で作戦を指揮する司令部の参謀という連中を、ほとんど信用しなくなった、と本人がこの本に記している。
 ヒル艦長が徹底的に鍛えて良く統率の取れていたレドベリーの乗組員達も、任務後は気持ちが荒れた。港で連合軍の米艦の連中に英国海軍はすぐ逃げる、と揶揄されて喧嘩沙汰になって処分者が出たり、と心理的にも影響の大きさが判る。

 こののち、レドベリーは、マルタ行き護送船団の護衛任務につく。PQ17での大きな犠牲の後遺症で、艦長以下、この船は「人助け」をせずにはいられないフネになったようだ。海中に墜落した英国軍機の乗員を助ける際には、艦長みずから水中に飛び込んだ。
 当時のマルタは、陸・海を敵に囲まれて孤立している一方で、ドイツのアフリカ派遣軍への補給を阻害する要衝となっており、マルタへの補給は欠かすことができないものだった。特にレドベリーが従事した輸送作戦以前の数ヶ月間にわたり、オイルタンカーを一隻もマルタに持ち込めておらず、燃料不足が深刻化していた。そのような状況の中で護衛船団を送り込むが、度重なる敵の攻撃に晒され、大型タンカー〈オハイオ〉号が舵も動力も失って漂流、ドイツ・イタリアの急降下爆撃と闘いながら、レドベリーを含む駆逐艦3隻で曳航・護送し、マルタに持ち込むことに成功した。
 マルタの後、ヒル艦長は不眠や震えや強い恐怖感、情緒不安、しつこい胃痛などの神経症の症状が悪化する。艦をイギリスに連れ帰り、修理のためドックに入れたあとで、艦長はレドベリーを去ることになった。当面は休息も兼ねて、キング・アルフレッドの士官養成所の指導教官をつとめ、その間にマルタの功績でDSO(殊功勲章)を授けられている。

【駆逐艦グレンビル】
 6ヶ月間のキング・アルフレッドでの陸上勤務ののち、新造艦グレンビルの艦長の任命を受ける。この艦もヒル艦長の手で鍛えあげ、ビスケー湾における対Uボート掃討に従事。Uボートキラーとして勇名を馳せたウォーカー大佐とも作戦を共にした。面白いのが、ヒル艦長はレドベリー時代から雑種の小型犬を連れており(というか世話をしていたのはもっぱら従兵と水兵達)、この犬が幸運の使い手として艦で崇められていたこと。上の艦長の写真で小脇に抱えているのがそれ。犬が港で迷子になると水兵が探し回って出航もままならなかった。幸運の担い手を迷子にしたまま危険な任務に出航したい乗組員はいなかっただろう。
 また、このビスケー湾で、ヒル艦長のグレンビルはドイツの新兵器、ロケット推進の無線誘導弾に遭遇している。他のフネがこれにやられて大破、中破するなかロケットのクセを読んで巧みに操艦し、艦についてきた爆弾を海に落として対抗した。
 イギリス海峡での任務のあとは、ジブラルタルで地中海艦隊に加わり、カイロ会談に向かうチャーチル一行をのせた〈リナウン)の護衛も務めた。この頃からまた精神状態が悪化し、不眠、幻聴、死臭を感じる、悪夢に悩まされるようになる。ジブラルタルで休養して回復し、グレンビルに復帰。その後、イタリア、アドリア海での任務ののち、駆逐隊司令が指揮していた〈ジャービス〉が損傷したため、司令と艦を交換するかたちで《ジャービス》に異動する。

【駆逐艦ジャービス】
 不本意な形でジャーヴィスの艦長となったが、《ラッキー・ジャーヴィス》は強運と乗組員の強い連帯に恵まれた素晴らしい艦だった。この艦で、ヒル艦長はノルマンディー上陸作戦を闘うことになる。ジャーヴィスは、幸運・強運を遺憾なく発揮し、数々の戦闘で砲弾の雨の中を闘い、あるときは6個の音響機雷を誘爆させるもほとんど無傷だった。精神状態への不安は相変わらずで、この時期は司令からの嫌がらせがあったりといささか気の毒であるが、部下との関係は良好だったようだ。

ロジャー・パーシヴァル・ヒル艦長の駆逐艦(リンクは全てウィキペディア。引用も)

英国駆逐艦《レドベリー》←こいつは英語版Wikiページ。
建造所 ソーニクロフト
級名 ハント級駆逐艦  ←こっちは日本語版Wiki
進水 1941年9月27日
就役 1942年2月11日
退役 1946年3月退役、1958年7月解体。


左の写真は、タンカー《オハイオ号》にひっついているレドベリー(多分右側の白っぽい艦だろうか)。この一件で、ヒル艦長は殊功勲章を与えられている。“お気の毒にも陛下は、自ら数百人の人の胸に勲章を付け、握手を賜る労働に励まれるのだった。”












英国駆逐艦《グレンビル》
写真は、IWMのコレクションからお借りしました。
建造所 スワン・ハンター
級名  U級駆逐艦(嚮導艦)
就役  1943年 
改修  1953年 
再就役 1954年 3月19日 
退役  1974年






英国駆逐艦《ジャーヴィス》※このジャーヴィスの艦歴は一読の価値あり!
ジャーヴィスは第二次世界大戦において、軽巡洋艦オライオン及び駆逐艦ヌビアンと共に戦艦ウォースパイトの14個に次ぐ13個の戦闘名誉章 (Battle honour) を受章した武勲めでたい艦として知られる
。戦争期間中主要な戦いの多くに参加したにもかかわらず、一人も戦死者を出さなかった幸運と活躍から「ラッキー・ジャーヴィス」(Lucky Jervis)の渾名で呼ばれた。

級名 J級駆逐艦(嚮導艦)
愛称 ラッキー・ジャーヴィス(Lucky Jervis)
進水 1938年9月9日
就役 1939年5月9日
退役 1946年5月

2020年12月9日水曜日

0235-36 パードレはもういない 上・下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「パードレはもういない 上・下」 
著 者 サンドローネ・ダツィエーリ 
翻訳者 清水 由貴子 
出 版 早川書房 1919年10月 
初 読 2020年12月

【上巻】
 上巻を最後まで読んだところで、何が起きているのかサッパリ分からん。とにかくダンテが生きていた。回復した。コロンバもズダボロだけど、なんだか元気に動いてる。そして、怒ってる。『パードレはそこにいる』ラストで、脚をやられたサンティーニは、痛む脚を引きずりながら、苦労人風に渋い味わいを醸し出していて、何故かどんどん好きになってしまう(笑)。傷ついた男が大好物なのに、ダンテがそんなに好きでないのはなぜだ??? それにしても、何がなにやらさっぱり判らないので、ひとまず上巻の整理と復習だ。以下派手にネタバレにつき、まだ読んでいない方は上巻をよんでから再訪されたい。

 前巻「ギルティネ」で衝撃のラストから一転して、中部イタリアの田舎家で暮らすコロンバから話はリスタート。なんとギルティネ事件から1年5ヶ月が経過している。コロンバは一命をとりとめたのち、退職して子供のころ暮らしてた父方の田舎の家に隠棲している。相変わらず、PTSDと闘いながら。
ダンテの心の安らぎ、ぐでたま(笑)

 そんな彼女の周りで突然に事態が動き出す。
 以下、箇条書き
  1. コロンバの家に自閉症の青年(少年というにはムリがある)トミー(トンマーゾ)が突然紛れ込む。彼は血まみれだった。
  2. 彼の両親が自宅で惨殺されていることが発見される。
  3. 翌日、ヴェネツィアからレオ・ボナッコルソがダンテを誘拐して逃亡する際に使用したヨットが、イタリア長靴の先っぽとアフリカの間の海で沈没しているのが発見される。
  4. 沈没船の中で発見された白骨遺体の治療痕から、人物が特定される。
  5. その人物の住まいであったアパートにコロンバが調査に出向く。そしてその男に成り代わって、レオが潜伏していたことが判る。
  6. そのとき、レオからコロンバに電話がかかってきて、コロンバの行動がすべてレオに把握されていることが知れる。
  7. 警察と軍がコロンバに遅れを取って件のアパートを捜査中にそのアパートが爆発し、犠牲者多数。
  8. コロンバが自宅に戻ったところ、地元の軍警察(カラヴィニエーリ)が家宅捜索に訪れ、先の夫婦惨殺の凶器が隠されているのが発見される。
  9. コロンバは、例の夫婦の自宅を調べ、この夫婦がレオの手先で自分の監視役だったことを確信
  10. 一方、コロンバ自宅の外で張り込んでコロンバを監視していた地元カラヴィニエーリの女性警官が惨殺され、コロンバに容疑がかかる。
  11. 殺された女性警官の殺害現場近くに残されていたバイクのナンバーから、所有者が判明
  12. 同じ所有者が、近隣の病院(廃院)もバイクと一緒に取得していたことが判る。
  13. コロンバがバイクでその廃院に駆けつけたところ、意識不明でベッドに拘束されたダンテを発見。
  14. コロンバの家の近郊の街の男がコロンバ殺害を企てる。
  15. 男は、死んだ女性カラヴィニエーリが自分の恋人であり、自分の息子を妊娠していたと思い込んでいたが、そのような事実はなかった。男は自殺。
  16. パードレ事件、ギルティネ事件から引き続く一連の事件は、国家機密として隠密に捜査されることとなり、コロンバにも協力依頼が。
  17. 警備を強化したコロンバの自宅にダンテも身を寄せ、いよいよダンテの推理と捜査が始まる。・・・・・・
 なんか、書き漏らしもあるがこんなところか。
 なにかが判った、というよりは、殺人や事件のタイミングも、人物の配置も、すべておそらくはレオに操作されている、という予想しか立たない状況で、下巻へGO。

【下巻】
 一気読み。読みやすかった。とはいえ、この本はkindleで読むのを推奨する。下巻でクレモナが出てきたときには、『パードレはそこにいる』で書かれていたダンテとクレモナの関係が思い出せず、kindleの検索機能で『そこにいる』を検索して拾い読み。人物も「あれこの人だれだったっけ?」と混乱するたびに検索機能で遡って関係をチェック。それでも、あの時あの人があんな行動を取ったのは何故だったのか、だれの指示でどんなコントロールを受けて? 動機は? その人物にとってその行動にそれだけの価値があったのか?とか考えだすと、細部まで理解できていない感が半端なく、これはあとで3部通して読み直すしかないな、と。

 マッドサイエンティストのパードレ、そのパードレを生み出した旧ソ連の狂気の「スカートラ」の支配者、さらに、彼らが生み出した犠牲者が次の支配者となることを欲する。レオの真の支配者は誰だったのか、ギルティネとレオは連携していたのか、レオが一番の謎かも。レオはなぜコロンバを刺したのか、レオはダンテにどのような感情を抱いていたのか・・・・うーん。私的には未消化なことはレオに集中しているのか。いや、テデスコも謎のままだろ。もしかしたらダンテはテデスコの息子なのかも?テデスコのいうところの「愛」とはなんだったのか?そういや、ダンテの夢だか記憶だかも謎だったよな。
 近いうちに再読を期してメモメモ。再読するときには年表と人物相関図を作るぞ。
 

 もー、でっかい風呂敷を広げたり畳んだり、畳んだと思ったら裏表間違えてたり!
なにはともあれ一気読みの面白さだった。ダンテ(仮)とコロンバの未来に幸いあれ。
 
 そして、ダンテ、レオ、『ペンタクルの王』は狂気の研究で生み出されたいわば傑作であったこと、ルカもそうなる素質があること、次の人類たる自閉スペクトラムの子供たち。エンタメの形をかりた社会問題提起なのか、社会問題を素材としたエンタメなのか、単なるスペクタクルで済まない重みのあるテーマも含まれていたが、ひとまず読了という事で。

2020年12月5日土曜日

0234 砂漠の標的(ハヤカワ・ミステリ文庫)

書 名 「砂漠の標的」 
原 題 「UNCLE TARGET」1988年 
著 者 ギャビン・ライアル
翻訳者 菊池 光 
出 版 早川書房 1997年7月 
初 読  2020年12月

 マクシム少佐、4冊目。マクシム少佐の本はこれで最後。あまりにも勿体ないが、読まないわけにはいかない。
 首相の交代で、ジョージ・ハービンガーと供に首相官邸を辞して以来、ロンドン軍管区で、隊を指揮しているマクシム少佐。迷彩の戦闘服に耳の穴まで迷彩のドーランぬったくって、楽しそうに部下をしごいている。訓練の成果を問われれば、「ガールスカウトの方がまし」。でも彼にいわせればこれは“誉め言葉”で、真意は部下にも伝わっている、らしい。
 アグネスともベッドの中でしっくりしているとのこと。おやおや、いつのまにそこまで? 良かったじゃないか。でもまだ、プロポーズにまでは至っていない模様で、アグネスも弱冠収まりが悪そうに見える。

 そんな折、ロンドンの某高級ホテルで人質事件が発生する。初めは誰もが自分には無関係とたかをくくっていたが、人質にとられたのが、現在情勢不安なヨルダンの軍事指導者だとわかり、しかもそれがマクシムの知り合いであることも判明。救出作戦にかり出されたSASのヘリが故障し、到着が遅延、人質は拷問されており事態は一刻を争う。なぜかホテルで現地指揮を執っているのがハービンガーで、もはやマクシムが突入作戦をやらざるを得ない状況である。

 実はイギリスは最新式の戦車の試作品をヨルダンの砂漠で試走行させている最中で、ヨルダンで起きた軍部隊の反乱の最中、その戦車の行方が知れなくなる。先の人質拷問事件は、反政府側がこの戦車の行方を聞き出そうとしたものだったらしい。反政府側はソ連と繋がっている可能性が高く、新型戦車をソ連に売りつけようとしたのか、もしくは新型戦車の情報ほしさに東側が反乱を焚きつけたのか?
 絶賛巻き込まれ中の当のマクシム少佐は、根っからの歩兵であり、より人間の戦闘力重視のSASが長かったこともあり、重鈍な戦車が好きではない模様。「君は戦車が好きではないのか」とのジョージの問いにこう答える。

「ばかでかくて、騒々しくて、煙とにおいが酷くて、窮屈で、やたら目を引く点さえのぞけば、不服はありません」

 陣地の奪取はヘリでもできるが、それを守るのは人間だ、とも。そんな彼が人質事件の後始末で“外務省の使い”のためヨルダンに出向き、事件の録音テープをヨルダン当局に渡すだけのはずが、ついうっかり迷子の新型戦車の位置を特定してしまい、あれよという間に戦車爆破班のリーダーに。

“おれはテープを届けにきただけだ、とマクシムは無言でいい返した。はやく自分のデスクとアグネスのベッドに戻りたいんだ。”

 そんな心の声にもかかわらず、気付いた時には作戦のど真ん中で指揮を執っている、マクシム少佐(平常運転)である。(笑)

 そして、彼らを乗せて戻るはずだったヘリが墜落。マクシム達は爆破するはずだった戦車に乗って陸路サウジに向けて脱出を図ることになるのだが。戦車は好きではないといってはばからなかったマクシムが、だんだん戦車に愛着を覚えていくところがそこはかとなく可笑しい。

 さて、マクシムが砂漠で野放しになっていると知って慌てるのがイギリス本国。なにしろ転んだら只では起きてくれない(?)男である。さっそく敵戦車1台撃破、の報が入ってきて外務省が頭を抱える。イギリス政府がヨルダンに賠償するんだぞ、と。
 
「・・・ヨルダンにおける我が国の方針は、目下ハリイ・マクシム少佐によってつくられつつあります。それを止めようにも連絡がとれないのです」
「マクシム? マクシム少佐? 何者です」
 一呼吸の間がおかれてから、准将がこたえた。「戦車の指揮を————推測ですが———とっている男です」
「先日ホテルの人質事件でも突入しました」スコット—スコビイがつけくわえた。「事件となると役に立つ男です」「まだ事件になっていないときは」と、スプレイグ。「彼が行けば、5分以内に事件になります」

外務省、国防省、陸軍、情報部・・・・のおなじみの仲良しグループ(?)が寄せ集まって事態の進行をなんとか管理しようと空しい努力を続ける中、ハリイに寄せられる評価がコレだ。

 そして、なんとかサウジアラビア国境まで目と鼻の先のところまできて、ついに反乱軍に包囲されるマクシムの戦車。そんな危機を救ったのは、結局のところ、アグネスとジョージのタッグなんだよなあ。愛と友情・・・・の物語では決してないのだが。なにはともあれ、非常に面白い。これは諜報物でも軍事物でもアクションでもなく、ただただ、マクシム少佐の為人を味わう本である。

 

2020年12月1日火曜日

2020年11月の読書メーター

11月の読書メーター
読んだ本の数:9
読んだページ数:3262
ナイス数:872

警視の挑戦 (講談社文庫)警視の挑戦 (講談社文庫)感想
【海外作品読書会】ジェマとダンカンが晴れて結婚式を挙げる。自宅の庭でのガーデンパーティー、役所での届け出、いとこの教会での挙式と3回目。子供達は3人となり、幸福感と活気のある家庭の雰囲気と、突然ダンカンに捜査の命が下った事件の陰湿さが対照的。犠牲者は女性警官、しかも警部。加害者は警察幹部でしかも常習犯。ダンカンの捜査も薄氷を踏むよう。捜査方針をねじ曲げようとする組織の圧力には屈しないダンカンではあるが、ジェマとダンカンが力を合わせて守っている家庭の平安が、これから続いていけるのかと読んでいて不安になる。
読了日:11月29日 著者:デボラ・クロンビー
BADON(3) (ビッグガンガンコミックス)BADON(3) (ビッグガンガンコミックス)感想
『バードン』って本当にいい話。1巻めはちょっとバイオレンス?な感じ、2巻めは殺人ミステリー調、3巻目は友情と大人の恋愛って感じで目が離せません。すでに次巻が待ち遠しい。
読了日:11月28日 著者:オノ・ナツメ
ポーの一族 秘密の花園 (1) (フラワーコミックススペシャル)ポーの一族 秘密の花園 (1) (フラワーコミックススペシャル)
読了日:11月28日 著者:萩尾 望都
警視の死角 (講談社文庫)警視の死角 (講談社文庫)感想
 ジェマとダンカンの交際も軌道に乗ったかに見える夜半。ダンカンの部屋のソファの片側にはジェマが、反対側にはダンカンが寛ぎつつも事件の報告書を作成している。二人の間には黒猫のシド。へそ天半眼で猫らしく寝ている。そんな二人だけの夜に、突然ダンカンの元妻からの電話。彼女が今手がけている伝記の5年前に亡くなった女流作家が実は他殺ではないか、という。そしてそのヴィクの突然の死。何もかもが納得のいかないダンカンは独自捜査を開始。ダンカンの息子キット(クリストファー)の存在が明かになり、シリーズは大きな転換点を迎える。
読了日:11月24日 著者:デボラ クロンビー
ボージョレヌーボーに罪はない。ボージョレヌーボーに罪はない。感想
メッセージときて昨今読メで流行りのスパムネタかと思ったら、実物の方が破壊力あった。😭
読了日:11月19日 著者:ヒデキング
警視の愛人 (講談社文庫)警視の愛人 (講談社文庫)感想
警視シリーズ6冊目(かな?)。スコットランドヤードの警視長が自宅で撲殺された。ダンカンに急遽、捜査の指令が下るが、今、彼は大きな問題を抱えていた。ジェマとの一夜から5日。彼女に避けられている。急に休暇を取って雲隠れしてしまった彼女と連絡が取れないのだ。このままではパートナー無しで難しい捜査に出向かなければならない。やっと現れたジェマに手痛く拒絶されて、ダンカンは困惑するばかり。今作、とにかくジェマが大荒れ。仕事も大事、育児も大事でこの二つのバランスとるので精一杯なのに、直属の上司との恋愛は彼女の手に余る。
読了日:11月17日 著者:デボラ クロンビー
警視の秘密 (講談社文庫)警視の秘密 (講談社文庫)感想
事件は、テムズ中流にある水門で男の水死体が発見されたことから始まる。テムズ・ヴァリー警察の管内の事件ではあるが、死んだ男の姻族が地元の名士でスコットランドヤードの警視監の友人だったことから内々に捜査依頼がくる。キンケイドが死んだ男について聞き込みすればするほど、印象がぶれる。人は、こんなにも自分に都合良く相手を見、判断しているものなのか。印象の断片をモザイクのようにつなぎ合わせたときに、同時に見えてくる名家の醜聞。死んだ子供。しいたげられて、歪んでしまった人生。
読了日:11月11日 著者:デボラ・D. クロンビー
警視の哀歌 (講談社文庫)警視の哀歌 (講談社文庫)感想
警視シリーズ4冊目の読了。今回はダンカンが育休中で、スーパー主夫ぶりを発揮している。事件は法廷弁護士の連続殺人。場所はロンドン南部のクリスタルパレスとダリッジ。この狭いエリアに錯綜する過去から連なる人間模様。ブレイク寸前のギタリスト、アンディの辛い少年時代と、現在まで縺れ拗れた関係は、果たして決着が付くのか。ダンカンがジェマのバックアップに回っているせいか、物語がすっきりとまとまっていて、安定感のある面白み。ダンカンの子育て奮闘記もおもしろし。とにかくシャーロットが愛らしい。ダンカンのヌケてる一面も。
読了日:11月07日 著者:デボラ・クロンビー
警視の隣人 (講談社文庫)警視の隣人 (講談社文庫)感想
キンケイドのマンションの階下に住んでいた女性が亡くなった。彼女は末期のガンで、在宅で緩和ケアを受けながら過ごしていた。第一発見者は、訪問看護師と偶然居合わせたキンケイド。当初は自然死と思われたが、キンケイドの勘になにかが引っかかる。そして、彼女の生活の世話をしていた女性に彼女が自殺を望んでいたと聞かされて。 ダンカンの住んでいる場所、そして事件現場が気になって、例に寄ってグーグルマップとストリートビューで捜索。ちょっとストーカーになった気分を味わう。良いところに住んでるじゃないか。ジェマの嫉妬も肯ける。
読了日:11月02日 著者:デボラ クロンビー

読書メーター

2020年11月29日日曜日

デボラ・クロンビー キンケイド警視シリーズ


 ひとまず、イギリス警察の役職名メモ。イギリス警察機構の仕組みはおいおい気が向いたら整理しよう。


 Criminal Investigation Department(刑事部)所属の刑事は、階級名の前に”Detective”(=刑事)が付く。 警視正から上の階級には付かない。警視長より上は長官及び部門長で警察幹部。日本の警察の階級組織と横並びではないので、作品ごとに訳語に少々ゆらぎがあるのは否めない。リーバスの「部長刑事」は巡査部長のこと。日本語だと「部長」はずいぶんえらそうな響きがある。日本の警察の巡査部長さんがどのくらい偉いのかも、実はよく知らないのだけど、やっぱり「係長」か「主任」くらいなイメージだろうか。

 警視になりたてのダンカンがようやく取ることのできた休暇で、従兄弟に譲ってもらった田舎のホテルに滞在。なのにそこで殺人事件に遭遇してしまう。ダンカン30代半ば、バツイチ独身。美人に目がない。ちょっとやんちゃな雰囲気も。 

 ダンカンの自宅の階下に住む女性が亡くなった。ダンカンは彼女と親しくしていた。第一発見者は訪問看護師と、仕事帰りに偶然居合わせたダンカン。彼女は末期ガンで自宅で緩和ケアを受けていた。当初、死因は病死と思われたが、自殺の可能性が浮上。そして、ダンカンの勘になにかが引っかかる。 
 上司である警視監の指示で、テムズの上流に位置するテムズ・ヴァリー署管内で発見された変死体の捜査に赴くダンカン。 絞殺の跡のある水死体。地元の名家である著名な音楽家夫婦の娘は気鋭の画家であり、死んだのはその夫。ジェマも後から駆けつけて、一緒に捜査。ジェマは新しい家に転居し、気持ちもあらたに仕事に臨んでいる。そんな新生活の場に入り込むことを許されたダンカンは、ジェマと距離が縮まって嬉しそうではあるのだが。
 スコットランドヤードの警視長が自宅で撲殺された。ダンカンに急遽、捜査の指令が下るが、今、彼は大きな問題を抱えていた。ジェマとの一夜から5日。彼女に避けられている。急に休暇を取って雲隠れしてしまった彼女と連絡が取れないのだ。このままではパートナー無しで難しい捜査に出向かなければならない。やっと現れたジェマに手痛く拒絶されて、ダンカンは困惑するばかり。
 ジェマとダンカンの交際も軌道に乗ったかに見える夜半。ダンカンの部屋のソファの片側にはジェマが、反対側にはダンカンが寛ぎつつも事件の報告書を作成している。二人の間には黒猫のシド。どうやらへそ天半眼で寝ているらしい。ダンカンより先に報告書を書き終えたジェマがシドの腹をもふっている。そんなまったりとした夜に、突然の電話。電話をかけてきたのはダンカンの元妻、ヴィクトリアだった。ヴィクとの再会、彼女の死、ダンカンの息子キット(クリストファー)の存在が明かになり、シリーズは大きな転換点を迎える。

6 警視の接吻(2001年6月) Kissed a Sad Goodbye(1999年)  
7 警視の予感(2003年11月)  A Finer End(2001年)  
8 警視の不信(2005年9月) And Justice There is None(2002年)  
9 警視の週末(2007年7月) Now May You Weep(2003年)  
10  警視の孤独(2010年2月) In a Dark House(2005年)  
11  警視の覚悟(2010年10月)  Water Like a Stone(2007年)  
12  警視の偽装(2012年12月)  Where Memories Lie(2008年)  
13  警視の因縁(2015年6月) Necessary as Blood(2009年)  

 ジェマとダンカンは遂に結婚式を挙げた。それも3回も!日本流でいえば、結婚式+職場・友人向け披露宴と、親族向け披露宴ってところか。(そう考えると、珍しくもない気もする。)とにかくジェマの気の済むようにしてあげよう、というダンカンの配慮とおおらかさが感じられる。シャーロットを養子に迎えジェマが育休中であるが、すでに職場が恋しくなっている模様。ジェマ復帰後はダンカンが育休を取る予定。事件はテムズ川で起こる。ヤードの女性警部で、ボート競技の選手であるレベッカがテムズで水死する。舞台は再びヘンリー・オブ・テムズからハンブルデン・ロック(「警視の秘密」)。警察幹部による隠蔽された犯罪。ダンカンに加わる警察内部の圧力。 
  復職したジェマに替わってわって、育休中のダンカン。愛娘となったシャーロットのバギーを押してランニングし、近所のママ友グループににこやかに加わり、料理の腕も上げまくっている。その上こっそり、妻の応援。ジェマは、ダンカンとは因縁のモーラ・ベル警部補とすっかり意気投合。そしてダンカンはママ友と意気投合。いいのか?

16  警視の謀略(2020年6月) To Dwell in Darkness(2014年 )
  ダンカン警視、突然ヤードの殺人課からホルボーン署の刑事課に異動。この左遷にはどんな意味があるのか。懇意だった元上司の警視正とは連絡が取れず、不安が募る。新しい部下には「ボス」と呼んでもらえず、異動先に馴染めないフラストレーションが溜まる。慰めは子供達と心温まる家庭。二人の息子もだんだんと成長し、3歳のシャーロットはとにかく愛らしい。かつて事件を通じて知り合った人々も友人としてダンカン家を支えてくれており、そこに、猫の母子まで保護されてきて、家の中はとにかく賑やかで温かい。 そんな中、所轄のセント・パンクラス駅の構内で、爆発炎上事件が発生。当初はテロも疑われたが・・・。 なにやら、得体の知れない陰謀の気配が感じられる。ラストに衝撃の事態発生で、次巻が待たれる。最初の「休暇」刊行から20年。「休暇」では、ダンカンは自動車電話を使っていた。「謀略」ではスマホの時代。この間現実社会では20年、作中では4年。ミステリーだねえ(笑)
 
 ライアン・マーシュが殺害された光景が頭を離れず、不安が募るダンカン。そんなおり、現上司のフェイス警視正から、チャイルズ警視正が仕事に戻ってると聞かされる。ヤードにチャイルズを尋ねるも会うことができなかったが、ダンカンの携帯に見知らぬナンバーから謎のメッセージが送られてくる。
 メッセージに従ったダンカンはチャイルズと再会。チャイルズは、自分が病気で秘密裏に治療が必要だったこと、自分には敵がいて、自身がヤードを不在にする間ダンカンを守る為に、チャイルズがダンカンを見限ったように見えるように偽装したのだと明かす。チャイルズがダンカンを託したフェイス警視正はチャイルズの親友でもあった。そして、その再会の夜、チャイルズは何者かに襲われ、意識不明の重体となる。妻のジェマも、ノッティングヒルで起こった殺人事件の捜査に当たるなか、警察の暗部、誰が味方で誰が敵か判らない中で、秘密をジェマと分かち合うこともできず、ダンカンは苦悩する。

18 A Bitter Feast(2019/10) 予想タイトル「警視の午餐」 

2020年11月27日金曜日

0233 警視の挑戦

書 名 「警視の挑戦」 
原 題 「No Mark upon Her」2011年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 2017年2月
初 読 2020年11月28日

 前巻に引き続き、ジェマとダンカンは3回目の結婚式を挙げた。今回は従兄弟の妻で、国教会の司祭でもあるウィニーの教会での挙式。日本流でいえば、結婚式 職場・友人向け披露宴と、地元で親族向けの挙式ってところか。(そう考えると、3回も珍しくない気もする。) 

 とにかくジェマの気持ちにかなうように、というダンカンの配慮とおおらかさと満足が感じられる、大変幸福感にみちた出だしである。
  シャーロットを養子に迎えてジェマが育休中であるが、あと一週間で職場に復帰する予定。その後はダンカンが交代し、二ヶ月の育児休暇を取る予定とのこと。その前に有給休暇もとって、ジェマも交えて家族5人水入らずの時間を作りたい、とも考えている。
 ヨーロッパは日本などより遙かに職場環境や育児関係の休暇や手当は進んでいるだろうと思っていたが、彼らの育児休暇は無給らしい。それとも政府から子育て手当の支給が別にあるのだろうか? ドイツやフランスは『親手当』がかなり充実していると、20年も前に読んだり聴いたりしたことがあるが、イギリスはどうなのだろう?
 日本は「進んだ」ヨーロッパを引き合いに出すことが多いが、このシリーズを読んでいると、やはり男性優位社会であることには変わりなく、必ずしも女性や子育てに優しい環境ではないように思える。

 それはさておき、シャーロットを寝かしつけるダンカンが、瑞々しくも男親らしい感慨で胸一杯になっているシーンがとてもあたたかい。

 “自分の手に重ねられた小さな手をみながら、ダンカンは思った。これほど愛らしいものを、いままでに見たことがあっただろうか。キャラメル色をした小さな手は自然に丸まっている。爪がピンク色の真珠のようだ。つくづく不思議な感じがする。こんな可愛い子が、自分の人生に突然あらわれてくるなんて・・・・” 

  シャーロットを眺めながら、キットの幼い時代を見逃してしまったことを残念に思うダンカン。シリーズ始めのころは、バツいち独身のちょいと軽めの良い男風だったが、夫として父親として、発展途上とはいえすっかり人間的に落ち着いた懐の深い男になっている。改めて、彼が本当に上質な人だと感じる。彼の両親もとても素敵な人達である。育ちの良さ?品位?頭の良さなのだろうか。
 そして、ダンカンがそんな人間だからこそ、の今回の話。
 なぜチャイルズ警視正はこの事件の捜査にダンカンを投入したのか。警視正の真意はどこにあったのか。この事件の収まるべきところを、チャイルズはどう考えているのか。

 警察の幹部による連続犯罪がある。犠牲者も警察内部の人間。相手には強大な権力があり、まともにぶつかれば自分のキャリアが真実と供に握りつぶされる。その危険を冒すことができるのか。
 一方で、被害者の『犠牲』の受け止めかたも、それぞれだった。泣き寝入りをしたもの、おそらくは黙っていることと引き替えに昇進を手にいれたもの、そして殺されるまで激しく抵抗したもの。
 同じ被害者だからといって、必ずしも助けあったり、協力しあえるわけではない。被害を受けた側にも諦めや打算や利害が働く。登場人物それぞれに感情が渦巻き、理性のたがが外れたところで次の犯罪が起こる。人間関係が単純ではないところにリアリティがある。

 事件の舞台は再びヘンリー・オブ・テムズからハンブルデン・ロック(『警視の秘密』)。
 ダンカンが捜査を命じられたのは、テムズ川で起こったスコットランドヤードの女性警部の溺死事件。当初は事故の可能性も考えられたが、ボート競技のオリンピック級の選手であった彼女が、知り尽くしているはずのテムズで溺死するわけがない。そして、彼女の競技用ボートと遺体に残された痕跡はあきらかに殺人を示唆していた。やがて、彼女が警察幹部によるレイプの被害者であったことが明かにされる。
 真相を解明してほしい、という警視正の言葉とは裏腹に、事件を世間から隠蔽したいという言外の圧力を受けるキンケイドのひりひりするような危機感。ジェマから、自分も被害に遭った可能性があったこと、間一髪で未遂に終わっていたことを打ち明けられたダンカンは、決して許すことができない、と腹を据えて真実の追究に乗り出すのだが。
ヘンリー・オブ・テムズ リアンダー・クラブの界隈。薄暮か夜明けか。川霧に少しかすむテムズ川
 
ダンカンとカリンが宿泊した三つ星ホテル レッドライオン
 ダンカンが、だんだん危険な領域に入り込んでいくようだ。事件はひとまず解決をみたものの、このままでは済みそうにない。
 警察内部の腐敗や、臭いものにフタをしようとする体質に、これからメスが入るのか、シリーズはそちらの方向に進んでいくのか、先行きが気になる。

 ここまでの8話分はまだ未読なのだが、今回のチャイルズ警視正の言葉で、ダンカンが警視正の懐刀であることがわかる。
そして、ジェマが恋しくて熟睡出来なかった
4脚の天蓋付きベッドはもしかしたらコレ?(笑)
 チャイルズは滅多に表情を表さない喰わせ者の上司だが、目の奥にちらりと動く感情が、水面に現れたサメの背びれを思わせる。冷徹で切れ者であり、今後もヤードの階級を上がっていくはずの人物である。今回、副警視監を断罪したことで、警察機構の力関係にどの程度の変化があったのか。捜査現場が好きで、あまり内部闘争向けではないと見えるダンカンには計り知れない。この警視正は『警視の謀略』ではどこかに潜行してしまっていて、ダンカンからは連絡が取れなくなっている。次に警視正が登場するとき、ダンカンがどのように巻き込まれていくのか? そのあたりはまだ翻訳されていない17作目ではっきりするようだ。。
 ところで今回、普段はカジュアルなジャケットやウールのパンツが仕事着なダンカンに、彼の勝負服としてのポール・スミスが登場。 

  “ロンドンまで帰ってきた。いったん家に帰ってポール・スミスのグレーのスーツに着替えた。ワイシャツは白、ネクタイは紺色を選んだ。キンケイドにとって、これが最強の防護服だった。” 

  相対するチャイルズ警視正も、ダンカンの覚悟を受け止める。

 “「きみか」チャイルズは両手を合わせて三角形を作った。「ずいぶんかしこまった格好をしてるな」キンケイドの全身を眺める。「いいスーツだ。適度に保守的なところもいい。だが、それを着てきたということは、わたしが困るような知らせを持ってきたということか。まあ、座ってくれ。」” 

  ポール・スミスのグレーと紺のネクタイの組み合わせは発見できなかったので、あとは脳内で補正を。モデルの顔もご随意に。服装で会話できる、というのも文化だよねえ。ちなみにセミーオーダーで16万〜  かなうことなら旦那に作ってあげたいが無理。自分もこっそりポールスミスのダークグレイのレディーススーツを着て、ひそかにペア気分を味わいたい(もちろん、ダンカンとだ。しかし、これもダイエットしないと無理!)

2020年11月24日火曜日

0232 警視の死角

書 名 「警視の死角」 
原 題 「Dreaming of the Bones」1997年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 1999年1月 
初 読 2020年11月20日 

 ジェマとダンカンの交際も軌道に乗ったかに見える夜半。ダンカンの部屋のソファの片側にはジェマが、反対側にはダンカンが寛ぎつつも直近の解決した事件の報告書を作成している。二人の間には黒猫のシド。へそ天半眼で猫らしく寝ている。ダンカンより先に報告書を書き終えたジェマがシドの腹をもふっている。そんなまったりとした夜に、突然の電話が。電話をかけてきたのはダンカンの元妻、ヴィクトリアだった。どうして今頃? 何の目的で? ダンカンは心惑いつつも、ケンブリッジのヴィクの住まいを訪れる。
 12年ぶりに再会する元妻は、記憶にあるとおり美しく、強い意志を持った女性だった。ヴィクが連絡してきた目的は、今彼女が伝記を執筆しようとしている、ケンブリッジの女流詩人のこと。5年前に死んだ彼女が、実は自殺ではなく他殺だったのではないかと、警官である元夫に相談したかったから。そして思いもかけず、かつての離婚劇についての謝罪も。ダンカンは一応当時の捜査資料に当たれるかやってみると約束するが、ジェマはこのダンカンの振る舞いに穏やかでない。
 愛しいダンカンをかつて傷つけたにっくき女(笑)、なのにそれに再びよろめくダンカン、どちらも憎し! 怒りは大抵の場合ダンカンを直撃(具体的には職場で無視!3階級も下の部下がすることではありません!)するので、ダンカンも大変である。
 そんなジェマも、ダンカンに同行してヴィクに逢ってみると、意外なことに好感を持ってしまう。女性の自立を尊ぶ女性陣二人が意気投合し、疎外感を味わう鈍感男が約一名(笑)
 
 ダンカンは、(多分母親の影響で)しっかりと自立した、もしくは自立しようとしている女性を好ましく思うのに、(多分母親が良く出来た女性だったから)相手の女性の内的な葛藤には鈍感なんだろうなあ、と推測する。それが原因でヴィクには逃げられ、ジェマからは度々怒りをかうことになるのだけど。
 女性にとっても、経済的な自立と、精神的に自由になれるかはまた別問題。そして世の中的な女性の自立と、一人ひとりの内的な自立もまた別。鈍な男でなくとも取扱いの難しいテーマである。

 話はそれるが、1970年代の少女漫画の「エースをねらえ」とか「愛のアランフェス」の時代は「女は恋をすると弱くなる」とか「恋をすると相手に依存する」(だから恋愛禁止!)とか大真面目で描かれていた。(しかも女性自身の筆で)。最近の槇村さとる氏の漫画の主人公達が生き生きと恋をして、相手の男を圧倒するくらい強くなってるのと対照的である。(それでも彼女達は彼女達なりの内的な問題に立ち向かっているのだけどね。)漫画の世界も現実の女性の自立の歩みを表してるよなあ、とこの50年来の女性の意識の変化を感じたりしてしまう自分がじつにババアくさい。。。。。(大脱線)
 脱線ついでに再び漫画の話題で恐縮だが、この警視シリーズを読んでいると、三原順氏の『はみだしっ子』や『Sons』のイメージが被ってくる。例えば、トビーはマックスやサーニンと、キットはグレアムと被ってしまうんだが、母親のローズマリーに「利発だけど傷つきやすい息子」と看破されているダンカンもまた、三原作品に登場しそうな存在感。Sonsのキャラたちもダンカンも女性作家が描いた男性像なわけだが、男性諸氏はこれらのキャラクターをどう捕らえるのか、誰かに尋ねてみたい気もする。閑話休題。


さて話を戻そう。各章の冒頭のに配されているルーパート・ブルックの詩がとても美しく、印象的である。

足取りは軽かった。進む方向は正しかった。
確かな誓いがあった。
未来ははっきりと見えていた。
離れている間に
きみはなにに足を取られたというのだ?
どんな声を聴いたというのだ?
言葉にならない声に、ふと呼びとめられたというのか?
こんなにも不自然に、こんなにもたやすく、
誓いを破って去っていくなんて。
     ルーパート・ブルック『取り残されて』より    (p.47)

・・・・ダンカンの心情そのまんまだな。可哀想に。
 やっとヴィクとの過去の関係の落としどころを自分の中に見つけられそうだったのに、無情な知らせがやってくる。ヴィクトリアの突然の死。詩人リディアの死と合わせ、どうしても事故や病死だとは思えないダンカンだが、所管するケンブリッジ警察署の旧友とは捜査方針で対立。いても立ってもいられず、自分で捜査に乗り出すのだか。

「ヘイゼル、あの人はわたしの話をきこうとしないの。意固地になって、ひどく怒ってて。わたしに対しても怒るくらいなんだもの。怒らせるようなことをした覚えはないんだけど。」

 とは、ジェマの弁。おいおい、君がそれを言うのかね?同じ台詞を君に返してあげたいぞ。

 ダンカンは独自捜査を開始し、ジェマも腹を据えて追走。ヴィクの、ひいてはリディアの人間関係を丁寧に掘り起こしていく。ヴィクの息子キットがダンカンの子だと母のローズマリーに指摘され、脳内大混乱しながらもキットのケアも同時進行。どんな事態にも真面目に立ち向かおうとするダンカンの誠実さと人間性がこのシリーズの一番の魅力、と改めて感じる、おそらくこの本、シリーズ前半の傑作である。

【覚え書き】
ルパート・ブルック 1887年8月3日-1915年4月23日
 イングランドの詩人。ケンブリッジ出身。イエーツがイングランドで一番ハンサムな若者」と評したそうで、たしかにいかにもイギリス上流階級らしい育ちの良さを感じさせる繊細な面立ち。
第一次世界大戦に従軍したが、感染症により死去。27歳。軍事行動中の海軍にあってのことだったため、エーゲ海のギリシャ領スキロフ島に埋葬された。
 日本語に翻訳されていないかAmazonで探してみたが、日本語の詩集などは出版されてなさそう。戯れに代表作『兵士』を訳してみようと思ったが、あまりの能の無さに絶望したのでやめた。ネットで素敵な和訳を披露されている方が複数いらっしゃるので、日本語訳はそちらをどうぞ。



“The Soldier” (Rupert Brooke, 1914) 

  If I should die, think only this of me:
That there's some corner of a foreign field
That is for ever England. There shall be
In that rich earth a richer dust concealed;
A dust whom England bore, shaped, made aware,
Gave, once, her flowers to love, her ways to roam,
A body of England's, breathing English air,
Washed by the rivers, blest by suns of home.


And think, this heart, all evil shed away,
A pulse in the eternal mind, no less
Gives somewhere back the thoughts by England given;
Her sights and sounds; dreams happy as her day;
And laughter, learnt of friends; and gentleness,
In hearts at peace, under an English heaven.

2020年11月13日金曜日

0231 警視の愛人

書 名 「警視の秘密」
原 題 「Mourn Not Your Dead」1996年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 1997年7月 
初 読 2020年11月13日

 前作の一夜から5日が経過している。しかし、ダンカンにとってもジェマにとっても心楽しい時間ではなかったようだ。ダンカンに逢いたくないジェマが休暇を取って雲隠れし、合間には警視正に辞職を願い出る電話が一本だけ。何回ダンカンが電話しても繋がらず、やきもきしているうちに、事件が起こる。スコットランドヤードの警視長、アリステア・ギルバートが自宅で撲殺された。ダンカンが捜査を命じられたため、なんとしてもジェマを引っ張り出さないと、一人で難しい捜査に出動するはめになってしまう。やっとダンカンの前に姿を現したジェマだったが、どうもダンカンの想像とは違った方角に突き進んでいた模様。仕事も大事、育児も大事でこの二つのバランスとるので精一杯なのに、直属の上司との恋愛は彼女の手に余る。そのような訳で、冒頭からジェマの葛藤がダダ漏れしていて、カリカリ、イライラ、読んでいるこっちが辛いのなんの。ダンカンは、とにかく良く頑張った、と誉めてあげたい。彼の胃に穴が開かなかったことが幸いである。
 最初の頃はどっちかっていうと人好きのする垢抜けないソバカスのファニーフェイスだったはずのジェマが、今作では美女ポジションに収まってるのも可笑しい(笑)。女っ気なしのギルフォード署刑事部の刑事達がこぞってジェマにうっとりしてまとわりついているのを、ダンカンが憮然としながら、

「ひとつだけ,心からよかったと思うことはある。田舎町をうろつくのにニック・デヴェニーを同行させなかったことだ。昨夜デヴェニーがジェマに色目をつかっていたことを考えると、そうしておいて本当に良かった。」

 なんて考えている。果たして、ジェマの為なのか、自分の為なのかすら本人にも多分判っていない。
 そんな風にダンカンに気を遣わせているっていうのに、当のジェマはダンカンにすら見せたことのないボディーラインばっちり露出の黒のミニのワンピース姿を刑事達にご披露しちゃって、ダンカンをさらに憮然とさせる訳だが。私はワガママな女は嫌いだが、働く女としちゃあ、彼女の葛藤も判らないではない。

 作中の地名“ギルドフォード”綴りGuildford、グーグルマップ上の“ギルフォード”、読んでいる最中も勝手に脳内で個人的に耳に馴染んでいるギルフォードで読み下していたので、ここでもギルフォードで通そう。あと、気になった訳がひとつだけ。ジェノヴァスの一人称が「わたし」なんだけど、少なくとも一カ所「ぼく」になっているところがあった。
 さて、舞台となるホームベリ・セントメアリの場所だが、探すのにかなり苦労したけどこちらでした。地図上ではホルムベリー・セント・メアリー Holmbury Saint Mary ロンドンのベットタウンということになるのだろうか。田園風景が美しい田舎の村である。

 さて、今回の事件。
 スコットランドヤードの警視長アラステア・ギルバートの行動を調べているうちに、少しずつ奴がいかにイヤな男だったかが読者に明かされる。これは、調査で明らかになった、というより、ダンカンもジェマも村人達もそれぞれ経験上知っていたけど、聞き込み調査の俎上で読者にも明かされる、というパターン。あの男がこれまでにさんざん他人の人生をかき乱してきたおかげで、人間関係や感情が錯綜している。誰からも好かれていなかったギルバートは、何とダンカンの最初の結婚生活の破綻にも関わりがあったらしく、ダンカンまでが恨みを抱いていた、というからびっくり。そんな中で、ダンカンが遂に辿り着いた真実とは。
 事件は無事に解決を迎え、頑固でかんしゃく持ちの赤毛さんは、なんとか自分で結論に辿り着く。そんな彼女をやっぱりダンカンは愛しく思うところが、愛は偉大である。
 最後に一つ、タイトルの事なんだが、「愛人」はよもやジェマの事ではなく、クレアの事だよね?警視はギルバートの事だよね?と念押し。ジェマとダンカンの事なのならせめて『警視の恋人』にしてくれないと。
 そうだ、追記。今回作中に初めて携帯電話が登場した。ポケベルと併用しているんだけど、そういうもんだったけ?

2020年11月11日水曜日

0230 警視の秘密

書 名 「警視の秘密」
原 題 「Leave the Grave Green」1995年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 1996年2月 
初 読 2020年11月11日

 “背が高く細身で、褐色の髪は少し乱れている。ネクタイが曲がり,ツイードのジャケットには点々と雨のしずくがついている。普通の人が想像するスコットランドヤードの警視は、こういうタイプではないだろう。それに若すぎる。警視というものはもっと歳をとっていて、もっと体重が多いものだ。” まさか、ダルジールほども?

 フィンジストのチェッカーズ・インのパブで、ダンカンと待ち合わせするジェマ。注文はいつもダンカンにからかわれているライムを添えたラガービール。パブの扉が開いて、静かに隣の席に現れたダンカンにドキッとする。ジェマが後から車で駆けつけたところをみると、トビー坊やを保育園からひきとって、そのまま実家に預けてきたのかな。

 グーグルマップを矯めつ眇めつして、やっと“フィンジストのチェッカーズ・イン”を発見。スペルはFingestで、地図上の表記は“フィンゲスト” やっと作品の地理を把握した。

 左の写真はチェッカーズインの正面。料理は田舎風の素朴かつボリューミーなフライや肉料理。うーん、月に一回くらいの頻度で、この店に通いたい。フライドポテトの写真がめっちゃ美味そう。魚のフライの添え物などではない。ボールに山盛り、ドン。ダンカンもポテトチップスなんぞ喰わずに、フライドポテトを注文すればよかったのに。
 この宿から一本道を南に下ると、テムズに出る。なるほど、自然の地形を利用して川を縦に遮る堤が小規模なダムになっているらしい。この堤の上部はそのまま簡単な鉄柵を回した細い遊歩道となっている。そして、向こう岸側に船を通すための水路と水門。ここが事件の現場である。
事件現場のテムズ川の水門。

 被害者の自宅で出会った被害者の愛人シャロンからの、“ガールフレンドに手製の食事を振る舞ったりしてみたいか?”という問いかけに
「ああ、昔からそういうことが好きだった。コナーほど本格的じゃないけどね。僕の料理はオムレツやピザトーストばかりだから」
 と、答えるキンケイド。なるほど、昔からそういうことが好きだったのね。それが、『警視の哀歌』の育メンの日々で“日に日に凝った料理”に昇華したのね!こんなにマメに愛する妻に尽くすタイプの男を捨てるとは、前の奥さんもなんて勿体ないことを。もっとも、彼によると仕事に忙しくして妻にあまり構わなかったことが離婚の原因らしいのだが。

 一作目の“警視の休暇”から端々に引きずっていた、元妻に裏切られた傷つきに加え、今後に尾を引くことになる元妻母との確執の一端が明かされている。あのキンケイドが、警官という職業や育った環境の違いで元妻両親からは蔑まれ、疎まれていたらしい。

”ヴィクの両親は、育ちのいい人間がそうでない人間を見るような視線を投げかけてきた。・・・いたたまれない気持ちだった。保守的とはいえない自分の家族を恥ずかしとさえ感じたのを覚えている。”

そんな元妻と“別れてよかった”とようやく思えるようになった、とキンケイド。やっと気持ちの区切りをつけることができたようだ。

 テムズ川の水門で発見された男の水死体。テムズ・ヴァリー警察の管内の事件ではあるが、死んだ男の姻族が地元の名士で有名な音楽家一家であったことからスコットランドヤードの警視監に捜査依頼がくる。キンケイドは捜査を命じられて、ロンドンか50キロほども上流のハンブルデンにやってくる。
 死んだ男はどういう人物だったのか。関係者に聞き込みすればするほど、男のことが良く分からなくなる。酷い夫、賭け事、仕事熱心、誰からも好かれる男、女好き、悪い付き合い、優しい恋人・・・そんな断片をモザイクのようにつなぎ合わせたときに、同時に見えてくる名家の醜聞。死んだ弟。しいたげられて、歪んでしまった姉の人生。
 そして、そんな育ちが原因で夫に愛を与えることが出来ずに苦しんだジュリアと、妻に裏切られて苦しんだキンケイドが自然の成り行きで求めあい、許しを与えあうことで癒やされる。一方で、そんなダンカンの変化を敏感に捉え、嫉妬を覚えるジェマ。なんて厄介な。
 そんなこんなで諸々あって、事件解決後、ジェマの車でロンドンに帰る途中に以前からダンカンが痛んでいると指摘していたジェマの車のタイヤがパンクし、豪雨の中でタイヤを交換する羽目になった二人は、ずぶ濡れで冷え切ってダンカンのアパートに辿り着く。せめて体を乾かし、暖まってから帰ってくれ、と頼むダンカンと供に彼の部屋に入り、濡れた髪を拭いてもらうジェマ。そして気持ちを抑えきれず、二人はついに一線を越えるのだ。
 ダンカンにとってはジェマと結びつくのは必然だったけど、ジェマの方には理解を超えた成り行きで、ダンカンを求める気持ちと自分のキャリアを守りたい気持ちで大混乱して恐慌状態に陥る(笑)。ダンカンが一人で幸せになっちゃっているところが、次作がそら恐ろしい終わり方なのだった。

最後に、料理自慢のチェッカーズインの素朴かつ美味そうなメニューを。