著 者 萩尾 望都
連 載 flowers 2002年9月号~2005年8月号
出 版 小学館 2003年6月〜2005年9月
初 読 2025年6月15日
出 版 2003年6月ISBN-10 091670415
ISBN-13 978-4091670410
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/128495589
フワフワして優しい、ファンタジーSFっぽいテイストで始まったバルバラの世界。しかし、やがてこの世界が青羽という眠り続ける少女の夢の世界であることが判ってくる。
舞台は心理学的手法の延長のような感じで人の夢の中に入り込む「夢先案内人」や、前世療法など、ちょっと前のSFやサスペンスの流行のテイストなんかを感じさせつつ、不老長寿の研究や、脳内イメージスキャン技術などが出て来て、近未来感を醸す。日本の学制も、高校が寮制の「大学進学校」になっていたり、高速道路は自動誘導システムになっていたりして、近未来の世界観の作り込みが細部まで行き届いている。
描かれる現実世界は2052年。
バルバラ界とバルバラの登場人物たち、現実世界の主人公の渡会時夫の関係者、青羽系列の親族関係、青羽周辺の研究者、キリヤの学友たち、もろもろ登場して、頭の中に情報が収まりきらず、アップアップと溺れる感じ。たまらず、とりあえず1、2巻までを再読して人物リストを作成しつつ、物語を再チェックした。一巻目では、物語がどこに向かっていくのかすら、皆目わからない。ただ、導かれるままに、山ほどの疑問を抱えたままヨタヨタ進んでいく感じ。(注:ヨタヨタしているのはストーリーではなく、私の頭!)萩尾望都の大傑作を今、読みつつあるのでは、との予感がひしひしとする。
1巻目の章立ては以下のとおり。以下、1巻から4巻まで、自分の頭を整理するためにあらすじをまとめる。ネタバレになるので、未読の方はご注意あれ。
その1 世界の中心であるわたしその2 眠り姫は眠る血とバラの中その3 講演で剣舞を舞ってはならないその4 彼の名は絶望 彼女の名は希望その5 エズラはどこへ消えた?その6 六本木で会いましょう
【人物】 ※バルバラ人
青羽(アオバ) 世界の中心であるわたし。ジジからは「よそ者」と誹られている。 タカ アオバの従弟。
パイン ダイヤの養子。タカの兄弟。アオバの従弟。
マーちゃん 青羽の母(養母?) ダイヤ マーちゃんの妹。タカの母。
千里さん 夢見。夢占い。「夢はね 遠い未来か、遠い過去からのメッセージなんだ」
雷ジジ 千里さんの祖父。
ヒナコ 4人養子を取ったが、みんな早逝してしまって悲しんでいる。
ドクター 「ここじゃ なかなか子供が育たんからなァ」
光合成するおねえさんたち 草木の生えた町の屋根の上で、日光浴。
秋葉原コスモス 子役俳優。もう30年くらい子役をやっている。
※現実世界の人
渡会時夫 「夢先案内人」(ドイツの〈21世紀ユング研究所〉所属)を仕事とする。
キリヤの父。「ベルリンのハンバーグ屋事件」(ベルリンで起こった大量カ
ニバリズム(食人)事件)の解決で著名になった。ただし、渡会自身はその
影響で黒髪が白髪に。眠り続ける十条青羽の夢にアクセスすることで、《バ
ルバラ》に行く。
大黒先生 渡会の師? 現在は「前世療法」を行っている。火星研究にも詳しいよう。
もともとは、パーキンソン病の世界的権威。
北方キリヤ お茶の水山ノ上大学進学校(高校に相当)の生徒。渡会時夫の息子。かつ
て、孤独心から心の安息地としての《バルバラ》を創作した。火星の夢を見
て、火星の砂を引き寄せる。
「世界はぼくを捨てた」「世界はぼくを愛していない」
北方明美 キリヤの母。渡会の前妻。世羅ヨハネという神父に傾倒している。
花園蕾香(ライカ) キリヤの学友。ガールフレンド。アフリカ生まれの神田育ち。両親
はタンザニアに研究旅行に行っているときに、行方不明になっている。
風仁 ライカの従弟。秋葉原でバイトしている。
百田太郎 遠軽(北海道)にある、〈北海道東中原人間科学研究所〉の研究者。現実の
十条青羽の治療に携わる。
十条青羽 ある凄惨な事件から7年間、東中原研究所で眠り続け、ポルターガイストを
引き起こしている。幼少時は重篤なアレルギーがあったよう。
十条茶菜 青羽の母。2024年12月30日、夫の勝一を殺害して、心臓を取り出し、自身も
自殺。心臓を取り出し、青羽に食べさせた?
十条勝一 青羽の父。十条製薬の社長だった。
十条菜々実 十条茶菜の母。青羽の祖母。菜々実とエズラが離婚したのが2006年。
エズラ・ストラディ 十条菜々実の前夫で、茶菜の実父。十条製薬の特別研究員だった。
ドイツと日本のハーフ。菜々実の叔母の静枝と駆け落ちした。晩年は火星研
究(惑星生物学)を研究していた?
世羅ヨハネ 神父。世界各地で里親施設を運営。明美はヨハネを「前世の恋人で夫」と信
じている。ニューヨークで児童施設の〈グリーン・ホーム〉を運営。
目白秀吉 六本木で〈目白サイコ・クリニック〉を運営。子供の頃の十条青羽と母の茶
菜がクリニックに通っていた。青羽のポルターガイストで起こった竜巻に巻
き込まれて死亡。
目白ましろ 目白秀吉の息子。
カーラ・シスルバーグ 〈21世紀バルトハウス〉(スイスにある医学研究企業)の職員。
*細胞活性薬《バルバラ》 十条製薬のヒット商品。細胞を活性化させる薬(若返り)の研究。もともとはエズラ・ストラディの研究だった。その薬品名が《バルバラシリーズ》。《バルバラ》は細胞を活性化し、若返らせる合成蛋白質の名前。プリオン蛋白質と同様、胃腸で消化分解されずに人体に取り込まれる。
十条青羽が眠り続けるきっかけになった凄惨な事件の背景を調べるために、時夫は青羽の祖母で十条製薬の会長でもある祖母菜々実に会いにいく。そこで、菜々実の前夫であるエズラの話を聞く。エズラの情報はほとんど見つからないのだが、若い頃の画像があり、その画像を見た時夫は、エズラ博士を画像加工で加齢させると、時夫の元妻の明美が傾倒している世羅ヨハネの顔になることに気付く。世羅ヨハネは、ニューヨークで〈グリーン・ホーム〉という養子縁組のための児童施設を運営していた。
一方、現世の青羽が時夫の息子であるキリヤの夢の中に現れ、渡会時夫に青羽の夢に干渉させるな、とキリヤに警告する。
出 版 2004年3月
ISBN-10 4091670423
ISBN-13 978-4091670427
読書メーター https://bookmeter.com/reviews/128498109
その7 きみに肩車してあげた
その8 冷蔵庫の中のわたしを食べて
その9 火星の海で泳いでいた
その10 お父さんお帰りなさい
その11 お誕生日は同じ10月1日
その12 東池袋カササギのパン屋
バルバラ島は実在するのか。眠っている青羽を目覚めさせたら、バルバラ世界はどうなるのか。もし、青羽の夢の世界が完成したら、現実世界と逆転して、現実が「誰かの夢」の世界になるのか?
そして細胞活性剤(若返り薬)の〈バルバラ〉を作ったエズラと、夢の世界バルバラはどのような関係があるのか。そして、青羽の夢とキリヤの関係は?
時夫は、長年生き別れていたキリヤの父親として、キリヤの助けになりたいと願うが、キリヤは時夫を拒絶。一方、バルバラ世界では、キリヤにも時夫にもよく似た少年タカが、時夫を父と慕う。
北海道の東中原研究所は、眠る青羽の力で水が湧き水没状態に。事態を打開するために、再度青羽の夢に潜った時夫は、《バルバラ世界》にふたたび温かく迎えられるが、徐々にバルバラの秘密に触れることになる。この夢世界の世界観にもカルバニズムが絡んでいる。
それは、バルバラ人の不老の秘密はバルバラ人同士の食人にあり、そのバルバラ人の遺体が〈外の世界〉の不老不死の製薬に絡んでいる、という不穏な世界観だった。バルバラで4人目の養子を失って自殺したヒナコの葬儀は、実はヒナコの心臓を食する儀式であり、ヒナコの心臓を夢の中で食べた時夫は、現実世界で心停止した。必至の救命で現実世界に生き戻った時夫は、自分の記憶の中の乳幼児のキリヤのイメージがタカのイメージで上書きされていることを自覚。記憶がバルバラのイメージで改編されているのではないかと不安に駆られる。
現実の青羽の自我は、キリヤと一つになることを希求している。
東京のキリヤの学校に、ニューヨークのグリーン・ホーム出身のパリスが転入してくる。
キリヤは、ニューヨークで世羅ヨハネが運営していた児童施設〈グリーン・ホーム〉が、里親の依頼により試験管ベビーを作っていたこと、パインとタカがその施設で作られた子供であったことを知る。そして、世羅ヨハネは行方が知れず、〈グリーン・ホーム〉は閉鎖されていた。
バルバラ世界と現実世界との関係を探る時夫は、バルバラの中の時間が2150年であることを知る。バルバラのマーちゃんは、もともとは東池袋で「カササギのパン屋」という小さなパン屋さんを営んでいたらしい。マーちゃんは、2130年に戦争が起きて人工衛星が落とされて地上に降り注ぎ、マーちゃんの家族も家も皆燃えた、という。また、バルバラの人達は「閉じ込められて血を採られて」いるらしい。もしや、ドイツの研究施設では、火星由来のタンパク質を持つ人々を眠らせ、いわば培養し、血液を採取して細胞活性剤バルボラを製造しているのではないのか?夢の《バルボラ》の人々は、その研究所で眠り続ける人達なのか? キアヌ・リーブス主演の『マトリックス』のような世界観が読んでいる自分の頭をよぎるが、物語はこの点には深入りしなかった。(と思う)
その13 長い長い遺伝子の物語
その14 大人にだってわからない
その15 遠軽への遠い道
その16 ひとつになりましょう
その17 誰もあたなの名前を知らない
その18 はじめてのことだから
青羽は繰り返しキリヤの夢を訪れ、キリヤは青羽から、火星の生命体について教えられる。火星の生命体は、お互いを食べ合うことで、相手の記憶コードを取り入れることができ、全体で一つの記憶と意識を保持していた。火星の生命は遠い過去に絶滅したが、その生命を構成していたタンパク質は、隕石とともに地球に降り注ぎ、地球の生命の遺伝子の中に深く潜航した。(狂牛病の原因物質のプリオンタンパク質が、消化どころか燃焼も腐敗もせずにその構造を留めることを考えれば、このような発想はアリだと思った。)
そして、その火星の生命の記憶は遺伝子コードの中に組み込まれ、それを引き継いだ青羽の記憶となっており、その青羽に共鳴するキリヤのなかにも潜在した。
ひょっとして青羽は、グリーン・ホームの4人の子供のうち、死んだことになっている一人なのでは? と一瞬思ったが、そもそも青羽はエズラの実の孫なのだから、エズラの遺伝子をつまりは記憶を受け継いでいるのだ。そしてその記憶は、心臓の筋肉をある特殊な条件下で摂取することで、活性化されるらしい。
時夫、キリヤ、菜々実その他は、青羽に会うために北海道に向かう。その途中、女満別の空港で、キリヤが老化した世羅ヨハネを目撃。世羅ヨハネは若返り治療を受けるために搬送されるところだった。
時夫はキリヤの夢の中で現実の青羽に出会い、青羽が《バルバラ》を作ったいきさつを聞き出す。「わたしは火星の記憶をどうかたちにすればいいのかわからなかったけど、島をみつけてここに作ればいいと思ったわ 未来を」
伊勢では、キリヤの母明美が、本物のキリヤはアレルギーで死に、「ヨハネが生き返らせてくれた」と衝撃の告白。
菜々実からは、エズラの存在を抹殺したいきさつが証される。
ここにいたって、バラバラだった情報が、エズラとエズラの研究に集約されてくる。
不老不死のバルバラタンパク質、人工授精で、火星遺伝子を受け継いだ試験管ベビーたち。バルバラタンパク質は、有害な代謝物を生成するため、生まれてきた子供たちは、ほとんどが重度の免疫不全や心臓病で死んだが、エズラが世羅ヨハネとなった後も研究は密かにつづけられ、生存に成功した4人の子供たちが、グリーンホームで育てらた。うち一人は死んだキリヤの代わりに明美に与えられ、二人は、3人の女性の老化治療の研究に使用され、パリスだけが生き残った。
その19 ずっとあなたを愛していた
その20 死者からのメッセージ
その21 バルバラ崩壊
その22 花小金井ヒコバエ保育園
その23 ぼくのキリヤをかえしてくれ
その24 遠い過去から遠い明日へ
女満別の老人病院で若返り治療を受けたアズーレ=エズラ=ヨハネは、最愛の妻だった菜々実と再会し、全ての秘密とデータをキリヤに手渡して亡くなる。ここまでで、大方の秘密が明らかになった、と読者に思わせ、作中の一行もいったん眠り続ける青羽を研究所に残し、なにかが不完全なまま解散の流れになるが、そこからの怒濤の展開が驚異的だった。
大黒から、本当のキリヤは2歳で死に、グリーン・ホームのタカがキリヤに成り代わったという仮説を聞かされ、真実を突き止めようと渡会は青羽の夢を通じて三度バルバラに潜り込む。しかし、そのバルバラには破局が訪れていた。未来の2150年、地球政府は火星と決裂し、火星人の遺伝子を持つバルバラ人の抹殺が決定された。時夫が訪れたとき、バルバラ島は、政府の攻撃で蹂躙されていた。時夫は生還するが、バルバラは消滅。
そしてキリヤの突然の事故死。
キリヤの蘇りを必死で願う時夫の思念と、青羽の未来に干渉する力が最大化されたときに、起こったこと。
エズラによく似た千里もまた、彼の血筋なのだろうか。もしかしたら、タンザニアの奥地から生還した花園夫婦の子供の子孫が千里なのかもしれない。その結果の起こったことを初めは拒否し、混乱し、徐々に受け入れる時夫の心理描写が、畳みかけるようで凄い。
時夫は記憶を再体験し、徐々に記憶が置き換わっていくことを自覚する。
2052年の火星基地では、化石化した生命の痕跡が発見され、火星にいた基地の地球人たちは、何かの感染症を発症し、死んだ人間の心臓を食べるカルバニズムが発生したようだ。おそらく、ここから地球人と火星人の分化がはじまり、80年後の2130年には火星は地球を攻撃。戦争となる。
その後2150年に和解が成立。その時代のキリヤや青羽は生き残る未来を得る。
一時は時夫の息子として2052年に存在したキリヤ(タカ)と、2052年に肉体が死んだ青羽の魂も、それぞれ2150年時点で生存し、おそらくは幸せになるであろう未来が構築されただろう。
2052年、青羽とキリヤが作った現実と2150年のバルバラ島との接点はほどけ、青羽が作りあげたバルボラ島の未来は現実の未来に、2052年の時点から見た『バルバラ異界』は消滅した。
いずれにせよ、すごい。すごい物語を読んだ。
アーシュラ・K・ル=グウィンを読んでいる流れで、ル=グウィンと世界観が似ている(と思える)萩尾望都を読んでいたのだけど、正直いって、萩尾望都の方がはるかに才能がある、と思うようになってきた。