2020年11月29日日曜日

デボラ・クロンビー キンケイド警視シリーズ


 ひとまず、イギリス警察の役職名メモ。イギリス警察機構の仕組みはおいおい気が向いたら整理しよう。


 Criminal Investigation Department(刑事部)所属の刑事は、階級名の前に”Detective”(=刑事)が付く。 警視正から上の階級には付かない。警視長より上は長官及び部門長で警察幹部。日本の警察の階級組織と横並びではないので、作品ごとに訳語に少々ゆらぎがあるのは否めない。リーバスの「部長刑事」は巡査部長のこと。日本語だと「部長」はずいぶんえらそうな響きがある。日本の警察の巡査部長さんがどのくらい偉いのかも、実はよく知らないのだけど、やっぱり「係長」か「主任」くらいなイメージだろうか。

 警視になりたてのダンカンがようやく取ることのできた休暇で、従兄弟に譲ってもらった田舎のホテルに滞在。なのにそこで殺人事件に遭遇してしまう。ダンカン30代半ば、バツイチ独身。美人に目がない。ちょっとやんちゃな雰囲気も。 

 ダンカンの自宅の階下に住む女性が亡くなった。ダンカンは彼女と親しくしていた。第一発見者は訪問看護師と、仕事帰りに偶然居合わせたダンカン。彼女は末期ガンで自宅で緩和ケアを受けていた。当初、死因は病死と思われたが、自殺の可能性が浮上。そして、ダンカンの勘になにかが引っかかる。 
 上司である警視監の指示で、テムズの上流に位置するテムズ・ヴァリー署管内で発見された変死体の捜査に赴くダンカン。 絞殺の跡のある水死体。地元の名家である著名な音楽家夫婦の娘は気鋭の画家であり、死んだのはその夫。ジェマも後から駆けつけて、一緒に捜査。ジェマは新しい家に転居し、気持ちもあらたに仕事に臨んでいる。そんな新生活の場に入り込むことを許されたダンカンは、ジェマと距離が縮まって嬉しそうではあるのだが。
 スコットランドヤードの警視長が自宅で撲殺された。ダンカンに急遽、捜査の指令が下るが、今、彼は大きな問題を抱えていた。ジェマとの一夜から5日。彼女に避けられている。急に休暇を取って雲隠れしてしまった彼女と連絡が取れないのだ。このままではパートナー無しで難しい捜査に出向かなければならない。やっと現れたジェマに手痛く拒絶されて、ダンカンは困惑するばかり。
 ジェマとダンカンの交際も軌道に乗ったかに見える夜半。ダンカンの部屋のソファの片側にはジェマが、反対側にはダンカンが寛ぎつつも事件の報告書を作成している。二人の間には黒猫のシド。どうやらへそ天半眼で寝ているらしい。ダンカンより先に報告書を書き終えたジェマがシドの腹をもふっている。そんなまったりとした夜に、突然の電話。電話をかけてきたのはダンカンの元妻、ヴィクトリアだった。ヴィクとの再会、彼女の死、ダンカンの息子キット(クリストファー)の存在が明かになり、シリーズは大きな転換点を迎える。

6 警視の接吻(2001年6月) Kissed a Sad Goodbye(1999年)  
7 警視の予感(2003年11月)  A Finer End(2001年)  
8 警視の不信(2005年9月) And Justice There is None(2002年)  
9 警視の週末(2007年7月) Now May You Weep(2003年)  
10  警視の孤独(2010年2月) In a Dark House(2005年)  
11  警視の覚悟(2010年10月)  Water Like a Stone(2007年)  
12  警視の偽装(2012年12月)  Where Memories Lie(2008年)  
13  警視の因縁(2015年6月) Necessary as Blood(2009年)  

 ジェマとダンカンは遂に結婚式を挙げた。それも3回も!日本流でいえば、結婚式+職場・友人向け披露宴と、親族向け披露宴ってところか。(そう考えると、珍しくもない気もする。)とにかくジェマの気の済むようにしてあげよう、というダンカンの配慮とおおらかさが感じられる。シャーロットを養子に迎えジェマが育休中であるが、すでに職場が恋しくなっている模様。ジェマ復帰後はダンカンが育休を取る予定。事件はテムズ川で起こる。ヤードの女性警部で、ボート競技の選手であるレベッカがテムズで水死する。舞台は再びヘンリー・オブ・テムズからハンブルデン・ロック(「警視の秘密」)。警察幹部による隠蔽された犯罪。ダンカンに加わる警察内部の圧力。 
  復職したジェマに替わってわって、育休中のダンカン。愛娘となったシャーロットのバギーを押してランニングし、近所のママ友グループににこやかに加わり、料理の腕も上げまくっている。その上こっそり、妻の応援。ジェマは、ダンカンとは因縁のモーラ・ベル警部補とすっかり意気投合。そしてダンカンはママ友と意気投合。いいのか?

16  警視の謀略(2020年6月) To Dwell in Darkness(2014年 )
  ダンカン警視、突然ヤードの殺人課からホルボーン署の刑事課に異動。この左遷にはどんな意味があるのか。懇意だった元上司の警視正とは連絡が取れず、不安が募る。新しい部下には「ボス」と呼んでもらえず、異動先に馴染めないフラストレーションが溜まる。慰めは子供達と心温まる家庭。二人の息子もだんだんと成長し、3歳のシャーロットはとにかく愛らしい。かつて事件を通じて知り合った人々も友人としてダンカン家を支えてくれており、そこに、猫の母子まで保護されてきて、家の中はとにかく賑やかで温かい。 そんな中、所轄のセント・パンクラス駅の構内で、爆発炎上事件が発生。当初はテロも疑われたが・・・。 なにやら、得体の知れない陰謀の気配が感じられる。ラストに衝撃の事態発生で、次巻が待たれる。最初の「休暇」刊行から20年。「休暇」では、ダンカンは自動車電話を使っていた。「謀略」ではスマホの時代。この間現実社会では20年、作中では4年。ミステリーだねえ(笑)
 
 ライアン・マーシュが殺害された光景が頭を離れず、不安が募るダンカン。そんなおり、現上司のフェイス警視正から、チャイルズ警視正が仕事に戻ってると聞かされる。ヤードにチャイルズを尋ねるも会うことができなかったが、ダンカンの携帯に見知らぬナンバーから謎のメッセージが送られてくる。
 メッセージに従ったダンカンはチャイルズと再会。チャイルズは、自分が病気で秘密裏に治療が必要だったこと、自分には敵がいて、自身がヤードを不在にする間ダンカンを守る為に、チャイルズがダンカンを見限ったように見えるように偽装したのだと明かす。チャイルズがダンカンを託したフェイス警視正はチャイルズの親友でもあった。そして、その再会の夜、チャイルズは何者かに襲われ、意識不明の重体となる。妻のジェマも、ノッティングヒルで起こった殺人事件の捜査に当たるなか、警察の暗部、誰が味方で誰が敵か判らない中で、秘密をジェマと分かち合うこともできず、ダンカンは苦悩する。

18 A Bitter Feast(2019/10) 予想タイトル「警視の午餐」 

2020年11月27日金曜日

0233 警視の挑戦

書 名 「警視の挑戦」 
原 題 「No Mark upon Her」2011年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 2017年2月
初 読 2020年11月28日

 前巻に引き続き、ジェマとダンカンは3回目の結婚式を挙げた。今回は従兄弟の妻で、国教会の司祭でもあるウィニーの教会での挙式。日本流でいえば、結婚式 職場・友人向け披露宴と、地元で親族向けの挙式ってところか。(そう考えると、3回も珍しくない気もする。) 

 とにかくジェマの気持ちにかなうように、というダンカンの配慮とおおらかさと満足が感じられる、大変幸福感にみちた出だしである。
  シャーロットを養子に迎えてジェマが育休中であるが、あと一週間で職場に復帰する予定。その後はダンカンが交代し、二ヶ月の育児休暇を取る予定とのこと。その前に有給休暇もとって、ジェマも交えて家族5人水入らずの時間を作りたい、とも考えている。
 ヨーロッパは日本などより遙かに職場環境や育児関係の休暇や手当は進んでいるだろうと思っていたが、彼らの育児休暇は無給らしい。それとも政府から子育て手当の支給が別にあるのだろうか? ドイツやフランスは『親手当』がかなり充実していると、20年も前に読んだり聴いたりしたことがあるが、イギリスはどうなのだろう?
 日本は「進んだ」ヨーロッパを引き合いに出すことが多いが、このシリーズを読んでいると、やはり男性優位社会であることには変わりなく、必ずしも女性や子育てに優しい環境ではないように思える。

 それはさておき、シャーロットを寝かしつけるダンカンが、瑞々しくも男親らしい感慨で胸一杯になっているシーンがとてもあたたかい。

 “自分の手に重ねられた小さな手をみながら、ダンカンは思った。これほど愛らしいものを、いままでに見たことがあっただろうか。キャラメル色をした小さな手は自然に丸まっている。爪がピンク色の真珠のようだ。つくづく不思議な感じがする。こんな可愛い子が、自分の人生に突然あらわれてくるなんて・・・・” 

  シャーロットを眺めながら、キットの幼い時代を見逃してしまったことを残念に思うダンカン。シリーズ始めのころは、バツいち独身のちょいと軽めの良い男風だったが、夫として父親として、発展途上とはいえすっかり人間的に落ち着いた懐の深い男になっている。改めて、彼が本当に上質な人だと感じる。彼の両親もとても素敵な人達である。育ちの良さ?品位?頭の良さなのだろうか。
 そして、ダンカンがそんな人間だからこそ、の今回の話。
 なぜチャイルズ警視正はこの事件の捜査にダンカンを投入したのか。警視正の真意はどこにあったのか。この事件の収まるべきところを、チャイルズはどう考えているのか。

 警察の幹部による連続犯罪がある。犠牲者も警察内部の人間。相手には強大な権力があり、まともにぶつかれば自分のキャリアが真実と供に握りつぶされる。その危険を冒すことができるのか。
 一方で、被害者の『犠牲』の受け止めかたも、それぞれだった。泣き寝入りをしたもの、おそらくは黙っていることと引き替えに昇進を手にいれたもの、そして殺されるまで激しく抵抗したもの。
 同じ被害者だからといって、必ずしも助けあったり、協力しあえるわけではない。被害を受けた側にも諦めや打算や利害が働く。登場人物それぞれに感情が渦巻き、理性のたがが外れたところで次の犯罪が起こる。人間関係が単純ではないところにリアリティがある。

 事件の舞台は再びヘンリー・オブ・テムズからハンブルデン・ロック(『警視の秘密』)。
 ダンカンが捜査を命じられたのは、テムズ川で起こったスコットランドヤードの女性警部の溺死事件。当初は事故の可能性も考えられたが、ボート競技のオリンピック級の選手であった彼女が、知り尽くしているはずのテムズで溺死するわけがない。そして、彼女の競技用ボートと遺体に残された痕跡はあきらかに殺人を示唆していた。やがて、彼女が警察幹部によるレイプの被害者であったことが明かにされる。
 真相を解明してほしい、という警視正の言葉とは裏腹に、事件を世間から隠蔽したいという言外の圧力を受けるキンケイドのひりひりするような危機感。ジェマから、自分も被害に遭った可能性があったこと、間一髪で未遂に終わっていたことを打ち明けられたダンカンは、決して許すことができない、と腹を据えて真実の追究に乗り出すのだが。
ヘンリー・オブ・テムズ リアンダー・クラブの界隈。薄暮か夜明けか。川霧に少しかすむテムズ川
 
ダンカンとカリンが宿泊した三つ星ホテル レッドライオン
 ダンカンが、だんだん危険な領域に入り込んでいくようだ。事件はひとまず解決をみたものの、このままでは済みそうにない。
 警察内部の腐敗や、臭いものにフタをしようとする体質に、これからメスが入るのか、シリーズはそちらの方向に進んでいくのか、先行きが気になる。

 ここまでの8話分はまだ未読なのだが、今回のチャイルズ警視正の言葉で、ダンカンが警視正の懐刀であることがわかる。
そして、ジェマが恋しくて熟睡出来なかった
4脚の天蓋付きベッドはもしかしたらコレ?(笑)
 チャイルズは滅多に表情を表さない喰わせ者の上司だが、目の奥にちらりと動く感情が、水面に現れたサメの背びれを思わせる。冷徹で切れ者であり、今後もヤードの階級を上がっていくはずの人物である。今回、副警視監を断罪したことで、警察機構の力関係にどの程度の変化があったのか。捜査現場が好きで、あまり内部闘争向けではないと見えるダンカンには計り知れない。この警視正は『警視の謀略』ではどこかに潜行してしまっていて、ダンカンからは連絡が取れなくなっている。次に警視正が登場するとき、ダンカンがどのように巻き込まれていくのか? そのあたりはまだ翻訳されていない17作目ではっきりするようだ。。
 ところで今回、普段はカジュアルなジャケットやウールのパンツが仕事着なダンカンに、彼の勝負服としてのポール・スミスが登場。 

  “ロンドンまで帰ってきた。いったん家に帰ってポール・スミスのグレーのスーツに着替えた。ワイシャツは白、ネクタイは紺色を選んだ。キンケイドにとって、これが最強の防護服だった。” 

  相対するチャイルズ警視正も、ダンカンの覚悟を受け止める。

 “「きみか」チャイルズは両手を合わせて三角形を作った。「ずいぶんかしこまった格好をしてるな」キンケイドの全身を眺める。「いいスーツだ。適度に保守的なところもいい。だが、それを着てきたということは、わたしが困るような知らせを持ってきたということか。まあ、座ってくれ。」” 

  ポール・スミスのグレーと紺のネクタイの組み合わせは発見できなかったので、あとは脳内で補正を。モデルの顔もご随意に。服装で会話できる、というのも文化だよねえ。ちなみにセミーオーダーで16万〜  かなうことなら旦那に作ってあげたいが無理。自分もこっそりポールスミスのダークグレイのレディーススーツを着て、ひそかにペア気分を味わいたい(もちろん、ダンカンとだ。しかし、これもダイエットしないと無理!)

2020年11月24日火曜日

0232 警視の死角

書 名 「警視の死角」 
原 題 「Dreaming of the Bones」1997年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 1999年1月 
初 読 2020年11月20日 

 ジェマとダンカンの交際も軌道に乗ったかに見える夜半。ダンカンの部屋のソファの片側にはジェマが、反対側にはダンカンが寛ぎつつも直近の解決した事件の報告書を作成している。二人の間には黒猫のシド。へそ天半眼で猫らしく寝ている。ダンカンより先に報告書を書き終えたジェマがシドの腹をもふっている。そんなまったりとした夜に、突然の電話が。電話をかけてきたのはダンカンの元妻、ヴィクトリアだった。どうして今頃? 何の目的で? ダンカンは心惑いつつも、ケンブリッジのヴィクの住まいを訪れる。
 12年ぶりに再会する元妻は、記憶にあるとおり美しく、強い意志を持った女性だった。ヴィクが連絡してきた目的は、今彼女が伝記を執筆しようとしている、ケンブリッジの女流詩人のこと。5年前に死んだ彼女が、実は自殺ではなく他殺だったのではないかと、警官である元夫に相談したかったから。そして思いもかけず、かつての離婚劇についての謝罪も。ダンカンは一応当時の捜査資料に当たれるかやってみると約束するが、ジェマはこのダンカンの振る舞いに穏やかでない。
 愛しいダンカンをかつて傷つけたにっくき女(笑)、なのにそれに再びよろめくダンカン、どちらも憎し! 怒りは大抵の場合ダンカンを直撃(具体的には職場で無視!3階級も下の部下がすることではありません!)するので、ダンカンも大変である。
 そんなジェマも、ダンカンに同行してヴィクに逢ってみると、意外なことに好感を持ってしまう。女性の自立を尊ぶ女性陣二人が意気投合し、疎外感を味わう鈍感男が約一名(笑)
 
 ダンカンは、(多分母親の影響で)しっかりと自立した、もしくは自立しようとしている女性を好ましく思うのに、(多分母親が良く出来た女性だったから)相手の女性の内的な葛藤には鈍感なんだろうなあ、と推測する。それが原因でヴィクには逃げられ、ジェマからは度々怒りをかうことになるのだけど。
 女性にとっても、経済的な自立と、精神的に自由になれるかはまた別問題。そして世の中的な女性の自立と、一人ひとりの内的な自立もまた別。鈍な男でなくとも取扱いの難しいテーマである。

 話はそれるが、1970年代の少女漫画の「エースをねらえ」とか「愛のアランフェス」の時代は「女は恋をすると弱くなる」とか「恋をすると相手に依存する」(だから恋愛禁止!)とか大真面目で描かれていた。(しかも女性自身の筆で)。最近の槇村さとる氏の漫画の主人公達が生き生きと恋をして、相手の男を圧倒するくらい強くなってるのと対照的である。(それでも彼女達は彼女達なりの内的な問題に立ち向かっているのだけどね。)漫画の世界も現実の女性の自立の歩みを表してるよなあ、とこの50年来の女性の意識の変化を感じたりしてしまう自分がじつにババアくさい。。。。。(大脱線)
 脱線ついでに再び漫画の話題で恐縮だが、この警視シリーズを読んでいると、三原順氏の『はみだしっ子』や『Sons』のイメージが被ってくる。例えば、トビーはマックスやサーニンと、キットはグレアムと被ってしまうんだが、母親のローズマリーに「利発だけど傷つきやすい息子」と看破されているダンカンもまた、三原作品に登場しそうな存在感。Sonsのキャラたちもダンカンも女性作家が描いた男性像なわけだが、男性諸氏はこれらのキャラクターをどう捕らえるのか、誰かに尋ねてみたい気もする。閑話休題。


さて話を戻そう。各章の冒頭のに配されているルーパート・ブルックの詩がとても美しく、印象的である。

足取りは軽かった。進む方向は正しかった。
確かな誓いがあった。
未来ははっきりと見えていた。
離れている間に
きみはなにに足を取られたというのだ?
どんな声を聴いたというのだ?
言葉にならない声に、ふと呼びとめられたというのか?
こんなにも不自然に、こんなにもたやすく、
誓いを破って去っていくなんて。
     ルーパート・ブルック『取り残されて』より    (p.47)

・・・・ダンカンの心情そのまんまだな。可哀想に。
 やっとヴィクとの過去の関係の落としどころを自分の中に見つけられそうだったのに、無情な知らせがやってくる。ヴィクトリアの突然の死。詩人リディアの死と合わせ、どうしても事故や病死だとは思えないダンカンだが、所管するケンブリッジ警察署の旧友とは捜査方針で対立。いても立ってもいられず、自分で捜査に乗り出すのだか。

「ヘイゼル、あの人はわたしの話をきこうとしないの。意固地になって、ひどく怒ってて。わたしに対しても怒るくらいなんだもの。怒らせるようなことをした覚えはないんだけど。」

 とは、ジェマの弁。おいおい、君がそれを言うのかね?同じ台詞を君に返してあげたいぞ。

 ダンカンは独自捜査を開始し、ジェマも腹を据えて追走。ヴィクの、ひいてはリディアの人間関係を丁寧に掘り起こしていく。ヴィクの息子キットがダンカンの子だと母のローズマリーに指摘され、脳内大混乱しながらもキットのケアも同時進行。どんな事態にも真面目に立ち向かおうとするダンカンの誠実さと人間性がこのシリーズの一番の魅力、と改めて感じる、おそらくこの本、シリーズ前半の傑作である。

【覚え書き】
ルパート・ブルック 1887年8月3日-1915年4月23日
 イングランドの詩人。ケンブリッジ出身。イエーツが「イングランドで一番ハンサムな若者」と評したそうで、たしかにいかにもイギリス上流階級らしい育ちの良さを感じさせる繊細な面立ち。
第一次世界大戦に従軍したが、感染症により死去。27歳。軍事行動中の海軍にあってのことだったため、エーゲ海のギリシャ領スキロフ島に埋葬された。
 日本語に翻訳されていないかAmazonで探してみたが、日本語の詩集などは出版されてなさそう。戯れに代表作『兵士』を訳してみようと思ったが、あまりの能の無さに絶望したのでやめた。ネットで素敵な和訳を披露されている方が複数いらっしゃるので、日本語訳はそちらをどうぞ。



“The Soldier” (Rupert Brooke, 1914) 

  If I should die, think only this of me:
That there's some corner of a foreign field
That is for ever England. There shall be
In that rich earth a richer dust concealed;
A dust whom England bore, shaped, made aware,
Gave, once, her flowers to love, her ways to roam,
A body of England's, breathing English air,
Washed by the rivers, blest by suns of home.


And think, this heart, all evil shed away,
A pulse in the eternal mind, no less
Gives somewhere back the thoughts by England given;
Her sights and sounds; dreams happy as her day;
And laughter, learnt of friends; and gentleness,
In hearts at peace, under an English heaven.

2020年11月13日金曜日

0231 警視の愛人

書 名 「警視の秘密」
原 題 「Mourn Not Your Dead」1996年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 1997年7月 
初 読 2020年11月13日

 前作の一夜から5日が経過している。しかし、ダンカンにとってもジェマにとっても心楽しい時間ではなかったようだ。ダンカンに逢いたくないジェマが休暇を取って雲隠れし、合間には警視正に辞職を願い出る電話が一本だけ。何回ダンカンが電話しても繋がらず、やきもきしているうちに、事件が起こる。スコットランドヤードの警視長、アリステア・ギルバートが自宅で撲殺された。ダンカンが捜査を命じられたため、なんとしてもジェマを引っ張り出さないと、一人で難しい捜査に出動するはめになってしまう。やっとダンカンの前に姿を現したジェマだったが、どうもダンカンの想像とは違った方角に突き進んでいた模様。仕事も大事、育児も大事でこの二つのバランスとるので精一杯なのに、直属の上司との恋愛は彼女の手に余る。そのような訳で、冒頭からジェマの葛藤がダダ漏れしていて、カリカリ、イライラ、読んでいるこっちが辛いのなんの。ダンカンは、とにかく良く頑張った、と誉めてあげたい。彼の胃に穴が開かなかったことが幸いである。
 最初の頃はどっちかっていうと人好きのする垢抜けないソバカスのファニーフェイスだったはずのジェマが、今作では美女ポジションに収まってるのも可笑しい(笑)。女っ気なしのギルフォード署刑事部の刑事達がこぞってジェマにうっとりしてまとわりついているのを、ダンカンが憮然としながら、

「ひとつだけ,心からよかったと思うことはある。田舎町をうろつくのにニック・デヴェニーを同行させなかったことだ。昨夜デヴェニーがジェマに色目をつかっていたことを考えると、そうしておいて本当に良かった。」

 なんて考えている。果たして、ジェマの為なのか、自分の為なのかすら本人にも多分判っていない。
 そんな風にダンカンに気を遣わせているっていうのに、当のジェマはダンカンにすら見せたことのないボディーラインばっちり露出の黒のミニのワンピース姿を刑事達にご披露しちゃって、ダンカンをさらに憮然とさせる訳だが。私はワガママな女は嫌いだが、働く女としちゃあ、彼女の葛藤も判らないではない。

 今作中の地名“ギルドフォード”綴りはGuildford、グーグルマップ上の“ギルフォード”、読んでいる最中も勝手に脳内で個人的に耳に馴染んでいるギルフォードで読み下していたので、ここでもギルフォードで通そう。あと、気になった訳がひとつだけ。ジェノヴァスの一人称が「わたし」なんだけど、少なくとも一カ所「ぼく」になっているところがあった。
 さて、舞台となるホームベリ・セントメアリの場所だが、探すのにかなり苦労したけどこちらでした。地図上ではホルムベリー・セント・メアリー Holmbury Saint Mary ロンドンのベットタウンということになるのだろうか。田園風景が美しい田舎の村である。

 さて、今回の事件。
 スコットランドヤードの警視長アラステア・ギルバートの行動を調べているうちに、少しずつ奴がいかにイヤな男だったかが読者に明かされる。これは、調査で明らかになった、というより、ダンカンもジェマも村人達もそれぞれ経験上知っていたけど、聞き込み調査の俎上で読者にも明かされる、というパターン。あの男がこれまでにさんざん他人の人生をかき乱してきたおかげで、人間関係や感情が錯綜している。誰からも好かれていなかったギルバートは、何とダンカンの最初の結婚生活の破綻にも関わりがあったらしく、ダンカンまでが恨みを抱いていた、というからびっくり。そんな中で、ダンカンが遂に辿り着いた真実とは。
 事件は無事に解決を迎え、頑固でかんしゃく持ちの赤毛さんは、なんとか自分で結論に辿り着く。そんな彼女をやっぱりダンカンは愛しく思うところが、愛は偉大である。
 最後に一つ、タイトルの事なんだが、「愛人」はよもやジェマの事ではなく、クレアの事だよね?警視はギルバートの事だよね?と念押し。ジェマとダンカンの事なのならせめて『警視の恋人』にしてくれないと。
 そうだ、追記。今回作中に初めて携帯電話が登場した。ポケベルと併用しているんだけど、そういうもんだったけ?

2020年11月11日水曜日

0230 警視の秘密

書 名 「警視の秘密」
原 題 「Leave the Grave Green」1995年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 1996年2月 
初 読 2020年11月11日

 “背が高く細身で、褐色の髪は少し乱れている。ネクタイが曲がり,ツイードのジャケットには点々と雨のしずくがついている。普通の人が想像するスコットランドヤードの警視は、こういうタイプではないだろう。それに若すぎる。警視というものはもっと歳をとっていて、もっと体重が多いものだ。” まさか、ダルジールほども?

 フィンジストのチェッカーズ・インのパブで、ダンカンと待ち合わせするジェマ。注文はいつもダンカンにからかわれているライムを添えたラガービール。パブの扉が開いて、静かに隣の席に現れたダンカンにドキッとする。ジェマが後から車で駆けつけたところをみると、トビー坊やを保育園からひきとって、そのまま実家に預けてきたのかな。

 グーグルマップを矯めつ眇めつして、やっと“フィンジストのチェッカーズ・イン”を発見。スペルはFingestで、地図上の表記は“フィンゲスト” やっと作品の地理を把握した。

 左の写真はチェッカーズインの正面。料理は田舎風の素朴かつボリューミーなフライや肉料理。うーん、月に一回くらいの頻度で、この店に通いたい。フライドポテトの写真がめっちゃ美味そう。魚のフライの添え物などではない。ボールに山盛り、ドン。ダンカンもポテトチップスなんぞ喰わずに、フライドポテトを注文すればよかったのに。
 この宿から一本道を南に下ると、テムズに出る。なるほど、自然の地形を利用して川を縦に遮る堤が小規模なダムになっているらしい。この堤の上部はそのまま簡単な鉄柵を回した細い遊歩道となっている。そして、向こう岸側に船を通すための水路と水門。ここが事件の現場である。
事件現場のテムズ川の水門。

 被害者の自宅で出会った被害者の愛人シャロンからの、“ガールフレンドに手製の食事を振る舞ったりしてみたいか?”という問いかけに
「ああ、昔からそういうことが好きだった。コナーほど本格的じゃないけどね。僕の料理はオムレツやピザトーストばかりだから」
 と、答えるキンケイド。なるほど、昔からそういうことが好きだったのね。それが、『警視の哀歌』の育メンの日々で“日に日に凝った料理”に昇華したのね!こんなにマメに愛する妻に尽くすタイプの男を捨てるとは、前の奥さんもなんて勿体ないことを。もっとも、彼によると仕事に忙しくして妻にあまり構わなかったことが離婚の原因らしいのだが。

 一作目の“警視の休暇”から端々に引きずっていた、元妻に裏切られた傷つきに加え、今後に尾を引くことになる元妻母との確執の一端が明かされている。あのキンケイドが、警官という職業や育った環境の違いで元妻両親からは蔑まれ、疎まれていたらしい。

”ヴィクの両親は、育ちのいい人間がそうでない人間を見るような視線を投げかけてきた。・・・いたたまれない気持ちだった。保守的とはいえない自分の家族を恥ずかしとさえ感じたのを覚えている。”

そんな元妻と“別れてよかった”とようやく思えるようになった、とキンケイド。やっと気持ちの区切りをつけることができたようだ。

 テムズ川の水門で発見された男の水死体。テムズ・ヴァリー警察の管内の事件ではあるが、死んだ男の姻族が地元の名士で有名な音楽家一家であったことからスコットランドヤードの警視監に捜査依頼がくる。キンケイドは捜査を命じられて、ロンドンか50キロほども上流のハンブルデンにやってくる。
 死んだ男はどういう人物だったのか。関係者に聞き込みすればするほど、男のことが良く分からなくなる。酷い夫、賭け事、仕事熱心、誰からも好かれる男、女好き、悪い付き合い、優しい恋人・・・そんな断片をモザイクのようにつなぎ合わせたときに、同時に見えてくる名家の醜聞。死んだ弟。しいたげられて、歪んでしまった姉の人生。
 そして、そんな育ちが原因で夫に愛を与えることが出来ずに苦しんだジュリアと、妻に裏切られて苦しんだキンケイドが自然の成り行きで求めあい、許しを与えあうことで癒やされる。一方で、そんなダンカンの変化を敏感に捉え、嫉妬を覚えるジェマ。なんて厄介な。
 そんなこんなで諸々あって、事件解決後、ジェマの車でロンドンに帰る途中に以前からダンカンが痛んでいると指摘していたジェマの車のタイヤがパンクし、豪雨の中でタイヤを交換する羽目になった二人は、ずぶ濡れで冷え切ってダンカンのアパートに辿り着く。せめて体を乾かし、暖まってから帰ってくれ、と頼むダンカンと供に彼の部屋に入り、濡れた髪を拭いてもらうジェマ。そして気持ちを抑えきれず、二人はついに一線を越えるのだ。
 ダンカンにとってはジェマと結びつくのは必然だったけど、ジェマの方には理解を超えた成り行きで、ダンカンを求める気持ちと自分のキャリアを守りたい気持ちで大混乱して恐慌状態に陥る(笑)。ダンカンが一人で幸せになっちゃっているところが、次作がそら恐ろしい終わり方なのだった。

最後に、料理自慢のチェッカーズインの素朴かつ美味そうなメニューを。





2020年11月7日土曜日

0229 警視の哀歌

書 名 「警視の哀歌」
原 題 「The Sound of Broken Glass」2013年  
著 者 デボラ・クロンビー  
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 2018年2月 
初 読 2020年11月6日

 復職したジェマに替わって、育休中のダンカンの主夫ぶりが素晴らしい。
 愛娘となったシャーロットのバギーを押してランニングし、ご近所のあらゆるママ友グループににこやかに加わり、料理の腕まで上げている。さらに、影ながら妻を支え、励まし、援助する、まさに主夫の鏡。であるところがかえってジェマのコンプレックスを刺激しているが。(笑)
「もちろん、わかってるのよ」とジェマがこぼす。
「シャーロットが新しい生活に慣れてくれないと、ダンカンは仕事に戻れない。そのことを気にかけているはずなんだけど、あまり口に出さないの。いつもにこにこして、料理研究家のナイジェラ・ローソンみたいになってきたわ。食事のメニューは日に日に凝ったものになっていくし、テイクアウトの料理でも買ってこようっていっても、鼻であしらわれるだけ」

「ダンカンはとても頭のいい人で、職場では大きな権力と責任を持ち、難しい仕事をこなしていた。ノティング・ヒルじゅうのママ友グループに顔を出してはシャーロットの友だちを作ろうとしたり、料理に凝ったりするのが、ダンカン流の主夫業なんでしょうね。家でだらだらテレビをみてるような人じゃないってことは、わたしもわかってたもの。けど、なんとなく……」 
 贅沢な悩みだが、判らなくもない。

 そのジェマは、連続殺人事件の捜査中。安ホテルで全裸で緊縛された姿の絞殺死体。被害者は二人とも法廷弁護士。だが、なかなか二人の接点が見つからない。キーになるのは遺留品の繊維と地理、クリスタルパレスとダリッジ。関連の細い糸の結び目にいるのは、まさにいま、ブレイクしようとしているギタリストのアンディだった。
 ジェマとダンカンがふたりしてジタバタしていると、面白いけどせわしなくなるけど、今回はダンカンが主夫業のかたわらジェマのバックアップに徹しているので、ストーリー全体がぐっと落ち着いて読みやすい。と、いうか安心。
 ジェマの部下のメロディは、あろう事か事件の関係者の一人であるアンディと恋に落ちる。でも、自分の事を考えるとメロディを責められないジェマ。なんといったって、仕事中に直属の上司である警視と恋に落ちてしまった巡査部長を知ってる。(笑)
 
 キンケイドの主夫ライフも読んでいて楽しい。良く出来た夫で、子供達を世話し、遅くなる妻の帰宅時間に合わせて夜食と冷えたワインを用意する。父親役も頑張っているが、彼は子供達が赤ん坊のころから父親だったわけではない。今ある姿は彼の努力のたまものである。家族でまったりする予定だった休日に突然ジェマが朝から出動すれば、にこやかに妻を送り出したものの、大騒ぎの幼子達にお手上げになってしまうのが微笑ましいかぎり。そんな彼と家族を助けてくれる友人達が沢山いる。
 近所のママ友が集うコーヒーショップで仲良くなった友人(!)の援助もあって、シャーロットの保育園問題が解決。シャーロットがとにかく、とにかく愛らしい。少しずつ登場する息子達、とくにキットが、思春期の入り口らしい成長を見せている。刊行始めの頃のダンカンが、バツイチとはいえ、気侭な一人暮らしのちょいと軽めの良い男風だったのが、すっかり堅実な家庭人になっていて、こういう変化もすごいな〜と思う。

フーリーメーソンズ・アームズのフィッシュアンドチップス
今回は、ロンドン市内の狭いエリアの事件なので、地図はなし。その代わりといっちゃ何だが、この本を五感で楽しむために出向いた週末のブリティッシュ・パブの料理の写真でもどうぞ。しかし、お腹があまりすいていなかったので、フィッシュとパスティを1ピースしか頼まなかったせいでもあるが、ボリュームが寂しいな。
 お腹の空き具合はともかくとして、イメージしていたのはこんなの→
ブリティッシュ・パブ《HUB》の
フィッシュアンドチップスとパスティ(肉詰めのパイ)
どちらもお酒のつまみらしく、指でつまめるサイズ
味は文句なく美味

←実際はこんな感じでした。
飲み物はホースネック。メニューにはなかったけど、尋ねたら作ってくれました。(家で自分がホースネックと称して飲んでいたものとは別物だった。)
でもこれぽちのオーダー(1500円以内)で、週末のゴールデンタイムに一人で席を独占し、読書したのにイヤな顔ひとつしない店員さんありがとう。今度いったときにはもっと食べます。いや飲みます!
 英国パブ気分を味わえたかというと、まあ割り箸が出てきた時点で微妙ではあった。WW

さて、ストーリーに戻ろう。 

 ダンカンも本当は内心、ちゃんと復職できるのか、家計は持つのか、さらには育休延長を願い出たときの警視正の言動も不審で、不安が募っているのだ。しかーし、それを打ち明けるのが妻のジェマではなくマッケンジーであってよいのか?天然の女たらしぶりは相変わらずのよう。
 ストーリーは、時間の流れとともに自然にほぐれたはずの糸が、再びクリスタルパレス、という場所にたぐり寄せられ、もつれてがんじがらめになる、という苦しい、そしてクロンビーお得意の展開。そして、初めは軽く、遠慮がちにジェマの捜査にアドバイス入れていただけなのに、やはり発揮する“警視”の存在感。指揮してるし。

 そして晴れて迎えた警視殿の復職の日。バリっとスーツを決めて颯爽と出勤した彼を待っていたのは。ラストはある意味衝撃的。こんな目にあったら鬱で休職するよ。イヤだ〜〜!正直いって、小説には描かれていない、その後、ヤードからどうやって撤収したのか、とか、家に帰ってからどれだけ落ち込んだのか、とか想像するだけで気の毒でしょうがない。

2020年10月30日金曜日

0228 警視の隣人

書 名 「警視の隣人」 
原 題 「All SHALL BE WELL 」1994年 
著 者 デボラ・クロンビー 
翻訳者 西田佳子 
出 版 講談社 1995年2月 
初 読 2020年10月30日
 
 キンケイドのアパートの階下に住んでいた女性が亡くなった。彼女は末期のガンで、在宅で緩和ケアを受けながら過ごしていた。第一発見者は、訪問看護師と偶然居合わせたキンケイド。当初は自然死と思われたが、キンケイドの勘になにかが引っかかる。そして、彼女の生活の世話をしていた女性に彼女が自殺を望んでいたと聞かされて。

 今作は、ダンカンの自宅周辺での事件ということもあり、最初はプライベートな捜査から始まり、ジェマも巻き込んでいく。おのずとジェマがダンカンの私生活に触れることになり、ジェマはダンカンと自分の生活を比べて、僻みとはいわないまでも、落ち着かない気分になる。ジェマをそんな気分に陥れたダンカンの普段の生活ぶりや、ダンカンの住んでいる場所、そして事件現場が気になって、例に寄ってグーグルマップとストリートビューで捜索。ちょっとストーカーになった気分を味わう。

 ロンドンから地下鉄に乗って北西、ハムステッド駅で下車。地下鉄の出入り口もシック。街並みはヴィクトリア様式?赤煉瓦と白い窓の縁取り、鋳鉄の街灯、石畳の道路。まさに日本人が思い描く英国。まだ海外旅行に行ったことはないが、最初に行くのはイギリスにしようと心に決める(笑)。
 

地下鉄ハムステッド駅の出口
駅の周辺

ピルグリムス・レーンの入り口
 駅前の通り(A502)を下っていくとロズリン・ヒルの表示。左手には、ロズリン・ヒル教会。さらに進むと、左手にピルグリムス・レーンの入り口がある。
 ピルグリムス・レーンはこんな感じの車1台通行出来る程度の一方通行。建物と緑に囲まれた上り坂。真っ直ぐ進めばハムステッド・ヒースの公園に突き当たる。たまたまですが、空も美しい。もう少し上ると、左手のカーリングフォード・ロードの入り口に至る。




ピルグリムス・レーン側から
カーリングフォード・ロードを眺める










 カーリングフォード・ロードは、両側にヴィクトリア朝様式の3階(4階?)建ての住宅が並ぶ閑静な住宅街。階段を上ったところが1階ですね。建物裏側の写真はないが、地階に面して庭があり、階上には錬鉄の手すりのついたバルコニーがあるのでしょうね。左側の写真の左側の住宅の3階部分のどれかがキンケイドのアパート。(キンケイドの部屋が最上階、という記載が他の巻にあるのだけど、2階の住人の話がどこにも出てこない。メゾネットってわけでもなさそうだが。)


 “彼女はしばらく運転席に座ったまま耳をそばだてた。カーリンフォド・ロードの静けさにはいつも驚かされる。・・・・・壁はすべて赤煉瓦だが、白い窓枠のせいでいかめしい感じが和らげられている。エントランスのドアが明るい色に塗られているのも個性的だ。”

 作中にあるように、たしかにドアがカラフルに塗られているが、それでもしっくりと落ち着いている。写真は、ピルグリムス・レーン側からみて左手の住宅の並び。北向きにドアがある側で、ここまで坂を少し上がってきているので、多分建物の裏側の上階のバルコニーからは、北部ロンドンの夕景が見渡せるのだろう。これらの住宅の3階のいずれかにダンカンが住んでいる。。。。ここに実際に住んでいる人たちは、小説の舞台になっていることを知っているのだろうか。

“昼食にはフリーメイソンズ・アームズという店を選んだ。チーズとピクルスを載せた黒パンに、飲みものはラガービール。、庭先の白いプラスティックのテーブルが空くまで待たなければならなかったが、待つだけの価値はあると思えた。日当たりが良かったし、ウィロウ・ロードからヒースまでを見渡せる最高の場所だったのだ。”

 キンケイドとジェマとトビーが昼食をとった、フリーメーソンズ・アームズはこちら。うーん。素敵ですね。なんなんだ、ダンカン!こんな素敵な街で一人暮らししてんのか!うらやましすぎるぞ。

 ちなみに店内はこんな感じ。

 さて、もう一カ所、食事シーンを紹介。
 ドーセットに日帰りで聞き込みに出張った帰り、ハムステッドに帰り着いたキンケイドは、家に直行せず、ふと寄り道を思いつく。

“キンケイドはふいに思い立って左に曲がった。スパニヤーズ・ロードは、暗くなってきたヒースの丘を渡る橋のようだ。・・・・バス停に人が立っている。やがて、道路にせり出したビショップの料金所が見えてきた。そこを通りすぎ、スパニヤーズ・インの混み合った駐車場で場所を探す。車を止めたとき、古いパブのドアが開いた。光が漏れ、暖かくて美味しそうな匂いのする空気が漂ってきた。”

 数分後には、ソーセージとポテトフライとサラダを盛った皿とビールを手に、テーブルに落ち着くダンカン。どんな料理にもポテトフライは付いているんだろうな、と思われる。
 店内のバー、落ち着いた室内のテーブルの写真、一番下の写真は店の料理の一つ。多分肉のパイ、かなあ。イギリス料理にはある種の「定評」(笑)があるが、どれも美味しそうに見える。本場のフィッシュアンドチップスを食べてみたい。ここまで写真はすべてグーグルマップからの借用です。ありがとう。
 さて、ハムステッド観光案内所はこの辺りで閉店することにして、以下、レビューにもどる。
 階下の女性、ジャスミンが思春期を過ごした村を尋ねるダンカン。庭仕事をしていた老女に身分証を示すと、

「そんなに偉い人にはみえないけど」
キンケイドは笑い声を上げた。
「それはどうも。ぼくも同感です」
 丹念に聞き込み調査を進めながら、一人の女性の人生をモザイクのようにつなげていく。しかし、彼女を殺した目的がその遺産だったとしても、容疑者はいれど、決め手がない。一方で、ジェマの葛藤も感じ取る。
「ほかに悩みがあるんじゃないのか?不公平な男社会の中で、きみはいつも平然として闘っているじゃないか。自分の地位を守ろうと必死で頑張っている。敵の二人や三人はつくっただろうし」
 彼女の悩みを聞き出し、経済的な苦境に同情しつつも、子育てで両親の援助を受ける、という現実的な選択をなかなかすることができない彼女のプライドを、柔らかく指摘するダンカン。
 「ご両親のことも少しは信じてあげるといい———きみをこんなにいい子に育てあげた人たちなんだから」

 ジャスミンが残した日記を辿りながら、ごく近くにいたはずなのに、何も知らなかった女性の人生を掘り起こす。見えてきたのは、時間の流れとともに自然に解きほぐされていたはずの人生のもつれが、悲しい偶然で再び固く結び合わされてしまった現実。誰かが悪かったわけではなく、不運だったり、少し力が足りなかっただけで、悲劇は起こりうる。それでも、そこから新しい関係も生まれうるのだ。劇的な事件ではなく、むしろこの静かさが現実的で、胸にこたえた。

2020年10月28日水曜日

0227 警視の休暇

書 名 「警視の休暇」 
原 題 「A Share in Death 」1993年 
著 者 デボラ・クロンビー
翻訳者 西田佳子
出 版 講談社 1994年3月 
初 読 2020年10月25日

 キンケイド警視シリーズ最初の一冊。
 警視になりたてのダンカン・キンケイドです。
 部下のジェマ・ジェイムズ巡査部長にうらやましがられながら、田舎の会員制リゾートホテルで一週間の休暇を取るダンカン。警視に成り立てで、3週間ほど休みも取らずに猛烈に働いていたらしい。ジェマもダンカンもなにやらへろへろになっている。ヤードは「表向きには」昇進したての警視が冠状動脈閉塞の初期症状を示すほどの過酷な労働を強いてはいない、のだそうで、いずこも同じ労働事情になんとなく親近感が湧く。リーバスも「清教徒的な労働観念」について何か言っていた気がするが、日本と英国の気質にはなんだか近いものを感じるよな。
 ダンカンはハンサムな30代半ば、乱れ気味のキャラメル色の頭髪、鼻筋がちょっと曲がってる、というところまでは良しとして、「チシャ猫のような笑顔———いたずらっぽさと優しさが半々に入り交じった、心から相手を安心させる笑顔」・・・・・ってどこがやねん!!こんな顔されたら安心どころか不安しか浮かばない。

 などと書いてから風呂の中で考えたのだが、これは、新型コロナ感染症流行下のマスク論議で散々指摘されていた、「日本人は目の表情でコミュニケートするが、欧米人は口元の表情でコミュニケートする」、というやつなんだろうか。
 私は(というか多分日本人は)チシャ猫のぎょろりとしたあの目に意識が行くが、欧米人ならチシャ猫のような笑顔といわれたら、口角ををにーっとつり上げた口元を連想するんだろうな。でも、だからといってその笑顔が「心から相手を安心させる」かどうかは多いに議論の余地があるかと思うが。
 他にも『カナリヤを殺したばかりの猫のよう』など猫の例えが多い。確かに証言を求めて相手に忍び寄る様子はネコ科っぽいような気もする。先に読んだ『警視の謀略』ではすっかり落ち着いていて、鷹揚な風情は崖上にただずむ大鹿のようだと思ったのだけど。30代、独身、警視になりたての新進気鋭のダンカンは、身軽で気が強く、健全に女性が大好きな雄猫であった。そしてちょっと意外だったのは、ダンカンが大卒でなかった事かな。日本の警察機構でいうキャリア組のようなイメージを持っていた。警察に入ってから、奨学金で大学に行く機会があったのに、志願しなかった、とのこと。
ヨークシャー サットンバンク ダンカンが昼寝
こちらはジョージ王朝様式のお屋敷 スワビーハウス

 そして事件は、休暇で訪れた田舎のリゾートホテルで起こる。せっかく警視になりたてというのに、捜査権限もない一宿泊者として事件を捜査する様子は、警視というよりもまるで私立探偵のようだ。
 殺されたのはホテルの副支配人で、宿泊客全員が容疑者、全員が怪しい。地元警察のナッシュ警部がもっと優秀だったら、きっとダンカンが第一容疑者に祭り上げられたところだったろう。しかし残念ながら彼の最初の判断は「自殺」。ダンカンは納得がいかない。ついつい口出しするも、“ヤードのお偉方”であるダンカンが地元警察に疎まれるのはお約束。ナッシュの部下のラスキン警部補はヤードに引き抜きたいほどの有能ぶりなのだが。
 シリーズ第1巻はアガサ・クリスティのような英国ミステリの様式美を踏襲。

2020年10月22日木曜日

0226 警視の謀略

書 名 「警視の謀略」 
原 題 「TO DWELL IN DARKNESS」2014年 
著 者 デボラ・クロンビー
翻訳者 西田佳子
出 版 講談社 2020年7月 
初 読 2020年10月22日
 
 例によってグーグルマップとストリートビューを眺め、地理を確認しながら読む。
 ダンカン・キンケイド警視は、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)殺人課から、ホルボン署(地図ではホルボーン)の刑事課に異動している。
 降格ではないものの、事実上の左遷。異動から2週間たってもそのショックから立ち直れていない。で、地図を見てみると、意外や、近い。直線距離にして2kmくらいだろうか。感覚的には、桜田門の特捜部から赤坂署の刑事一課に異動になったくらい?な訳だが、やはり左遷は左遷。ましてや、育休からようよう復帰して、バリッとスーツを決めて出勤してみたら席がなかった、という惨い仕打ちを受けての転勤、という事情もあり、気持ちの切り替えが上手くいっていないキンケイド警視の物憂い朝から話は始まる。
 それにしても、育休明けで職場に出勤したら、個人オフィスも机も荷物も片付けられて辞令が置き去りにされているってどんなパワハラだよ。そんな彼の鬱屈した気持ちが漏れ出ているものか、あたらしい部下達ともいまだしっくりいっていないようだ。とくに、直属のパートナーとなるべき警部補のジャスミンは何かにつけてダンカンに対する反発を隠さない。本来気さくで部下にも分け隔てのないダンカンが取扱いに困っている様子。

 そんなダンカンの新しい職場にもたらされるターミナル駅の爆発事件の第一報。
 事件の起きたセント・パンクラス駅は、ハリポタで有名なキングス・クロス駅の東隣で、この2駅は地下鉄のキングスクロス・セントパンクラス駅でつながっている(らしい)。セント・パンクラス駅はビッグベンみたいな立派な時計塔を持つレンガ造りの重厚な建物で、本の表紙はこのセント・パンクラス駅。各章の冒頭には、この駅の由来や歴史に関する引用がおかれているため、なにか、これらの歴史や再開発に絡んでくる事件なのかと思いきや。・・・・・そうでもないのか。
 事件現場には、駅の再開発に反対する学生運動グループがいた。どうやら爆発火災の中心となった焼死体は彼らのグループの一員らしい。そして、ゆがんだ自己愛が原動力となっている学生運動グループに紛れ込む「プロ」。より大きな陰謀はまだその姿を見せず、ひそやかな気配を漂わせるだけ。不穏な空気感が全編を包む。
 しかし、何より痺れたのは逮捕状読み上げのシーン。水戸黄門なみの決まりっぷり。昔の刑事ものドラマも思い出したよ。 
 なかなかダンカンに打ち解けなかったジャスミンは、どうやら白人の男性上司が持っている「はず」の偏見に予防線を張っていたのか。(ジャスミンはインド系のようだ。)
 事件の捜査のために休日出勤したダンカンのもとに「パパの職場見学」にジェマと子供たちが訪れ、ダンカンがアジア系のシャーロットを愛おしそうに抱っこしながらジャスミンに紹介すると、かたくなだった敵愾心が氷解する。こうなるともともと優秀なので、それは役に立つ部下に大変身。

 事件の真相は意外な方向に展着するが、しかし、たしかになにか別の陰謀の存在が感じられ、ダンカンを不安に陥れる。そして、ラストの衝撃。次号を待て!って感じで、くうううう。待ちきれん!   

 どんなに忙しくても、きちんと家に帰り、子供たちと会話を交わし、事件で心が荒んだときには子供の寝顔を眺めて癒される。優秀な警官であり、指揮官であるとともに、よき夫、よき家庭人でもあるダンカンが温かい。


 なお、作中で「テムズ渓谷署」というのが出てきたが、これはテムズ・ヴァレー警察のことだよね? これまでも出てきたよね? 訳語は統一したほうが良いんじゃないかな〜?と小さな声で言っておく。

2020年10月17日土曜日

0225 クロッカスの反乱

書 名 「クロッカスの反乱」 
原 題 「THE CROCUS LIST 」1985年 
著 者 ギャビン・ライアル
翻訳者 菊池 光 
出 版 早川書房 1995年4月 
初 読 2020/10/17

「プレイペン作戦」 
 核攻撃危機下における首都要人移送作戦である。
 ヘリで首都の国王・政府要人等を直接「核」の影響の及ぶ範囲外に緊急輸送する秘密作戦。ヘリは飛び立ったら戻ってこないのでプレイペン作戦を指揮する現地指揮官は、そのまま残留し、必要とあらば(可能な状況であれば?)後方残留作戦(敵占領下における組織的レジスタンス戦)に移行する・・・・・・ 

 首相の退任でジョージ・ハービンガーとともに首相官邸を去ったマクシムは、陸軍のロンドン管区に異動している。ハービンガーは国防省に出戻り。ハービンガーって、国防省の文官だったのか。
 マクシムは自分の出身部隊に戻ったわけではないらしい。もともとSASで海外勤務となっていた期間が長くて出身部隊と縁が薄くなっているところに、首相官邸付きの空白期間が加わり、マクシムの履歴はいささか危機的な状況に陥っている。少佐になって幕僚大学校に進むタイミングで中東で戦傷を受けて、6か月の時間とチャンスを既にフイにしており、有能である事は誰もが認めているものの、軍幹部に昇進していくためには是非とも(政治と社交に)必要な妻もテロで失っている。今回の配置は、せめてここロンドンで余暇のたっぷりある任務を割り当てて、異性と出会い再婚するチャンスを与えようという軍の温情であるらしい。目下はプレイペン部隊に割り当てられ、後方残留作戦やらの研修・演習の日々。

 そこに突然、ロンドンを騒がず事態が起こる。
 もと軍人の老公爵(王族)が亡くなり各国要人が集まる盛大な葬儀が行われる。
 そこにアメリカ大統領まで来ることになり、警備上の大問題となる。ひそかにプレイペン作戦の予備段階が発動し、大統領警護の特別編成小隊の指揮はマクシムが担うことになった。そして葬儀のさなか、寺院の中で発砲されたAK47。犯人はマクシムに発見されて手榴弾で自爆、ソ連製の武器をあからさまに使った凶行に、ソ連の立場を損いたい勢力の関与が疑われる。

 マクシムは国内外のもろもろの思惑を収拾するために「命令からの逸脱行為」やら「無謀な追跡」やらの責任を問われてて生贄にされかねない事態に。つくづくと不運な男である。しかしマクシムが気になるのは我が身の無事より事実。「ロシアとのかかわりをどうやってもみけすのか?(出来るのか?)」 若干天然気味の斬れ味鋭いツッコミが彼の持ち味である。(笑)
 そんなこんなで、自分の身を自分で守らざるを得なくなるマクシム、そして、そんな立場にマクシムを追い込んでしまったジョージは、なれない諜報活動に首を突っ込む羽目になる。前巻までは辛うじて保たれていた上下関係も、首相官邸を離れればもはや「友人」としか言いようのない関係で、こうなると、どう見てもマクシムの方が天然なだけに強い(笑)

 アグネスに対してはマクシム、紆余曲折の末なんとか「愛している」との自覚に達し、今後の展開が楽しみ。今回、なぜせっかくのチャンスに童貞ティーンエイジャーみたいなことになってしまったのかは謎(笑)。次は上手にベッドインできると良いのだが。

 そして、なんと言っても今回の一番のお気に入りは、プレイペン作戦本部の副本部長だ。退役陸軍少将。現在のマクシムの上司。ご老体なんだろうが、いやあ、しみじみと格好良い、筋金入りの軍人。マクシムにこんな理解者がいて本当に良かったと思う。

 「ハリイ。きみは孤独な道を歩んでいるようだな・・・・」

 「よろしい。3時間与える。連絡がなかったらわしがなんとかしなければならん」

 自由裁量を許すだけでなく、その責任を取ることまでも請け負ってくれる立派な上官である。人間、こういう上司の下でなら、120%以上の能力を発揮するものだ。今時はこういう人物は貴重品かもしれない。
 他の人のレビューをみるとこの本、他のマクシム本にくらべてそんなに評価が高いわけではないのだが、いやあ、面白かったわ。全体的に派手さはないが、じっくりと読ませてくれる。政治の姑息さも、官僚組織のあれこれも、スパイ組織のこれそれも。結局の黒幕がアレとか、あいつも仲間だったのか、とか、ちょっとラストのインパクトが物足りない気もするけど、どうやって収拾したのかも気になるけれど、その後ちゃんとベッドインできたのか、とかも色々と気になるけれど、なにしろ、マクシム少佐の為人を味わう本なので(笑)
それにしても、最終的に某モスクワの諜報機関とはどのように落とし前つけるんだか。ハリイの身の安全は守られるのか???