著 者 鈴峯紅也
出 版 徳間書店 2017年11月
文 庫 551ページ
初 読 2024年5月29日
ISBN-10 4198942145
ISBN-13 978-4198942762
読書メーター
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| 昨日収穫したピーカンナッツチョコキャラメルと 今お気に入りのウエッジウッド「ブルーエレファント」 |
「王弟殿下におかれましては、ご機嫌うるわしう・・・」なんと哀れな姫君。両親を失って、後ろ盾もなく、たった五歳で、十二歳も年上のディアナの王弟殿下に腰入れなどと・・・。
いい人だ。私も、この優しい王弟殿下をお守りしよう。
「それを書面にせよ。そちの裏切りを、サリアとディアナに知らしめよ。書けぬと言うなら、首は落として、腕だけ残して、腕に命じる」
何と了見のおかしなサリアの王室よ。そもそもディアナの王弟相手に、現王女でなく、やっかい者の姫を寄越そうなんて政治センスのない王室だ。もともと常識がないのであろう。「……どのみち、もうフェリスはあの娘を気に入った。ディアナの王族が誰かを気に入ったら、それを奪うことなど、サリアの王妃ごときに出来ぬ」
日頃、なにかと目障りな恋敵の息子に嫌がらせの手を緩めない王太后様だが、さすがの生粋のディアナ娘は、ディアナ王族の特質を見切っている。そして、ディアナの王家としての気概も見せる。フェリスに対してはかなり変な行動をとりがちだが、きちんと賢い王族でもあるところに、初めて高感度がアップした。
・・・また、『真夜中の天使』、『キャバレー』などの作品が、作家としてデビューする以前に出版するあてもなく、書きたいという衝動だけにせかれて書かれていたことへの回帰ということもあったのでしょう。編集者の意向や読者の要望などに影響されずに、思うがままに書いていきたいという気持ちから書き始められたのが『YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS』以降の矢代俊一シリーズの作品でした。
・・・いつまでも語り継がれるよう、矢代俊一シリーズの表紙はずっと変わらずにいるようにとあえてこの形をとりました。最後に、電子版配信にあたって天狼叢書として出版された版と多少の違いがあることをお断りしておきます。まず、編集者としての私から見て明らかな矛盾や事実誤認については訂正をしました。もちろん内容や表現に関する部分には、一切手を加えてはいません。訂正は、栗本薫に納得してもらえると私に確信の持てる部分に限っています。
シリーズが巻数を重ねるにつれて趣味的要素が強くなりすぎ、読者が減っていったこと、プロの編集者の目から見て、(編集・出版の)プロの目が介在しなかったことによる瑕疵が気になるところでもあった、と今岡氏は語るのだけど、それは薫サン自身が望んだことなんだよね。他者の意見を聞き入れる精神を持ち得なくなった作家が、周囲の批判や意見から耳を塞いで居心地のよい環境に逃げ込んだだけにしか思えず、そのような創作環境を、プロの編集者の目をもつ夫の今岡氏はどのように受け止めていたのか、とか、考え始めるといろいろと気になってしまう。それでも、今岡氏は「いつまでも語り継がれる」価値があるとは考えているわけだ。(だからこそ、この電子書籍シリーズが今も刊行中なわけだけど。)
先に、電子全集に『トゥオネラの白鳥』が収録されてしまったがために、『東京サーガ』の行き着く先が、栗本薫の同人レーベル非読者にも明かされてしまったのは、私にとっては、不幸な出来事だった。少なくとも私の心中には、とんだ東京焼け野原が出現することになってしまったが、しかしあの『トゥオネラの白鳥』に含まれる、〈毒〉はいったい何なのだろう。その〈毒〉ゆえに、栗本薫は闇落ちした、と私は確信したのだが、そんな薫サンの軌跡をたどる、同人レーベル〈矢代俊一シリーズ〉正伝25巻、外伝18巻(未完作品を含む)を、いまから辿ってまいりますよっと。
角川書店 「野性時代」1983 年掲載
角川書店 1983年角川文庫 1984年角川春樹事務所/ハルキ文庫 2000年
角川文庫 1986年カドカワノベルズ 1990年
角川春樹事務所/ハルキ・ノベルス 2000年
講談社 2004年講談社文庫 2007年
成美堂出版/クリスタル文庫 2006年
執筆時期の薫サンの体調の影響か、はたまた、他の活動の影響か、作品の質にかなりのバラツキを感じるのは気のせいかな。15冊目はなんだか俊一の方向性というか、姿が定まらない感じで心許ない。
透の人物像に相当な劣化を感じるようになった。また、アクションパートが終了したため、全体的に、薫サンの〈脳内ダダ漏れぐだぐだトーク〉と私が形容している、冗長で繰り返しの多い無駄な文章が増え、目が滑る率が高まる。どの登場人物も同じような言葉回しをするため、セリフによる各人物の書き分けが曖昧。小説の質的な劣化が見られる。しかし、『テンダリー』を三分割して、61ページ分を550円、91ページ分を770円で頒布する、という価格設定は暴利というか無謀ではないか?同人誌価格なのか?さすがに私は買わないよ、これ。
結構、読むのがツラい代物になってきた。透が完全に闇落ちしましたね。もやは、『朝日のあたる家』や『嘘は罪』や『ムーン・リヴァー』の透とは別人に成り果てました。
薫サンの脳に沸きいずる言葉をただただ、だらだらと書き綴ったのだな。ひたすら俊一が己の二股の恋を思い悩む。そうはいっても、そんなに深いものにはなりようがない。残り、本編6冊。
待ちに待った、俊一と父、万里小路俊隆の父子リサイタル。薫サンの音楽描写は悪くないと思っているし、クラシックを織り交ぜたコンサートの構成とか、それを薫サンがどのように描写するか、とかそれなりに(結構に)楽しみにしていたんだよね。でもって、期待値を上げすぎて惨敗する、という、なんだろう、己に負けたような残念感だったりして。詳細は個別のレビューのほうへどうぞ。
もはや期待のひとかけらも持たずに。それでも発売日に惰性でダウンロード。スマホの画面を10回スライドさせて1行読むくらいのペースで読み飛ばした。その程度で十分な希薄さなのだ。読むべきものも、評価すべきものもないと思う。
惰性であることは重々理解しているが、とりあえず、隔月で出るので、いちおう目を通す。出だしは悪くないかも?と思ったのだけど、すぐに俊一がグダグダしだして、ウンザリ。この巻はステージもないので、ほんと、金井と寝て、英二と寝て、透に犯されて、寝込む。だけ。それが大ステージ控えたプロのミュージシャンのやることか? 深海より深く反省しやがれ。
前々から決まっていた全米ツアーの一部始終。俊一を嫌う在米の日本人ジャズピアニストが寄ってきて、つまらぬ嫌がらせの数々。俊一は英二に焼き餅をやき、痴話喧嘩の一方で、やはりニューヨークに来た金井と寝るし、風間を全力で誘惑するし。でもまあ、ステージの描写は悪く無かった。
ニューヨークから帰国したのちも、晃市の音楽性問題は継続中。金井が交通事故で重症を負う。金井と俊一の関係を案じ、また透の先行きも案じる風間は、俊一と透の関係は知らぬまま、俊一の愛人として、透を勧める。
ピアニストの松本弓彦(ユミー)が登場。晃市のピアノ問題の音楽性の問題は継続中。金井が交通事故で足を骨折したあと、仕事もできず九州で困窮しているとの黒田からの連絡があり、ついに俊一は金井にまとまった金を渡して決別することを決意。
透は手紙で良から、出所したらイギリスにいって永住するかもしれない。透の所には戻らない。と別れを告げられ、いよいよ俊一に傾倒。
2008年の年末に書かれた章で、絶筆。びっくりするほど、読みやすい。金井との二股が解消し、透との秘めた恋愛は、透がすっきりと影に潜んでいるので俊一を悩ませることはなく、この最後の巻は音楽性の話題と、心霊現象のみ。俊一の内心の一向に進歩のないぐだぐだトークがないだけで、これほど文章がすっきりするのかと。
薫サンが亡くなったのが2009年5月。なにはともあれ、故人の冥福を祈りたい。
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