2021年4月18日日曜日

0264 危険な男 (創元推理文庫) —コール&パイク18

書 名 「危険な男」 
原 題 「A Dangerous Man」2020年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 高橋恭美子 
出 版 創元推理文庫 2021年1月 
文庫 480ページ 
ISBN-10 448811508X 
ISBN-13 978-4488115081 
初 読 2021年4月18日
「エルヴィス・コール探偵事務所、いまならひとつ分の料金で手がかりがふたつ。割引料金あり」
「手を貸してくれ」
コールの声が真剣になった。
「なんなりと」

 ジョー・パイク主役ものであっても、C&Pな由縁。パイクに手が必要になればコールが全力を尽くすし、コールに支援が必要であれば、パイクが駆けつける。すでに30年来の友情を「依存しあってる」と言い切っちゃうドレイコよ。それを言っちゃあおしまいじゃないか。あなた、思いっきり株を下げたよね。

 パイクは、酒乱の父親の暴力に晒されて育ち、コールは精神疾患の母に振り回されて、ついには捨てられた心理的虐待の過去を持つ。(公的な児童養護の世話になって育った経歴がハリー・ボッシュと共通するのは、過去にレビューでも触れたところ。)コールとパイクの二人がいかに過去の軛を受け入れ、乗り越えてきたか、については未訳の『L.A. Requiem (1999)』から『The Forgotten Man (2005)』までの翻訳刊行を大いに期待したい。それぞれが欠損をかかえた存在ではあるが、自分の人生で欠けた部分に向き合って、努力と奮闘で乗り越えてきたことが、お互いを信頼し尊敬する由縁。それを依存といわれちゃあね。

 さて、今作では「主役」パイクのエピソード多数。なかでも、彼が国防省のTS/SCI取扱許可証を持っている。というくだりは初耳。国防省の信頼の証し。国防省やCIAの請負仕事を数多くこなしてきた、という過去は、これまで邦訳ではあまり出てこなかった。ちらりとコートランド・ジェントリーを思い出す。大先輩だね♪ やっぱり、ジェントリーはロスでパイクの助力を求めればよかったんじゃないかと・・・・・(脱線)

 さて、本筋にもどろう。
 パイクが銀行に立ち寄ると、偶然にも銀行員の女性が白昼車に連れ込まれて誘拐される場面を目撃してしまう。追跡して難なく彼女、イザベルを救出。
「もう大丈夫だ。いま助けだす」 ああもう、助けてパイク!私も!とおねだりしたい。
 そのイザベルが、再度誘拐され、これは市中の捜査が必要、とみて、パイクはコールに助力を要請。それが冒頭のやり取り。コールの緩急の切り替えに悶える。

 さらに、イザベル救出の際、防弾ベストの上からとは言え、二発撃たれた衝撃で負傷しているパイクの着替えを手伝うコールに更に悶える。
 着替えのTシャツを、どうやったら痛みが少なく袖を通せるか、と思案するパイクの手からTシャツを黙って取り上げ、頭からかぶせて、パイクがゆっくりと腕を通せるよう、シャツを支えるコールは、さすがに気遣い上手である。て、いうか、どこにも語られちゃいないが、『The Forgotten Man』でコールが大怪我を負った後では、パイクの方が何くれとなく世話をしてやったんだろうな、とか妄想して、一人で勝手に悶える。とにかく、大好きなシリーズで、大好きな人達なので、いちいちページを繰る手がとまって妄想タイムが差し挟まり、読むのに時間がかかること甚だしい。
 無防備で敵の屋敷に侵入して銃撃戦で胸を撃たれたり(『モンキーズ・レインコート』)、全身を拳銃とサバイバルナイフで武装した状態で市中で警察に拘束されて、「戦争でもやるつもりか」と言われた(『ぬきさしならない依頼』)、シリーズ初期のころの描写と比べると、パイクの、ではなく著者の進化にもなんだかニヤニヤさせられる。最初の頃は、ベトナム帰還兵の社会不適合者としか思えなかったパイクも、いまでは米国政府の信任も厚い軍事請負人で、オーダーメイドの防弾ベストを常備し、市中では銃の所持に気をつかう立派な社会人に変貌している。戦争帰りの元軍人のイメージも情報量も、ランボーからだいぶ進化した。

 で、まあ今回保護の対象となった女の子二人が、あろうことかメールで居場所を教え合っていたらしい、とか、言語道断だったりするものの、そこはあえてさらりと受け流し、救出のため、連邦保安官やロス市警の刑事と連携しての突入作戦。場所は映画監督ピーター・アラン・ネルソンの別荘。ああ、豪勢な屋敷が殺戮の舞台に・・・・・でも、まあ、コールのやることであれば、ピーターは許してくれるだろう。次の映画のネタにされるかもしれんが。
 パイクとコールの息の合った突入作戦、自然と連邦保安官も主導するパイクの指揮官ぶりも素敵。ストーリにさほどひねりがないのはいつものことで、いいのだ、これはコールとパイクの友情とひととなりを悶え楽しむ本なので。。。。(爆)


2021年4月17日土曜日

ロバート・クレイス作品一覧(4/18更新)


ロバート・クレイス作品一覧 
  (1989年 新潮文庫)  The Monkey's Raincoat (1987)
  (1992年 新潮文庫)  Stalking the Angel (1989) 
  (1994年 扶桑社ミステリー)Lullaby Town (1992) 
  (1996年 扶桑社ミステリー) Free Fall (1993) 
  (2000年 扶桑社ミステリー) Voodoo River (1995) 
  (2000年 扶桑社ミステリー) Sunset Expres (1996) シェイマス賞長編部門受賞 
7 Indigo Slam (1997)        コール&パイク7
8 L.A. Requiem (1999)     コール&パイク8
11 The Last Detective (2003)   コール&パイク9
12 The Forgotten Man (2005)  コール&パイク10
13 The Two-Minute Rule (2006) 
14 天使の護衛(2011年 RHブックス・プラス) 
  The Watchman (2007)   コール&パイク11(ジョー・パイク1)
15 Chasing Darkness (2008) コール&パイク12
16 The First Rule (2010)    コール&パイク13(ジョー・パイク2)
17 The Sentry (2011)         コール&パイク14(ジョー・パイク3)
18  Taken (2012)                コール&パイク15(ジョー・パイク4)
19 容疑者(2014年 創元推理文庫) Suspect (2013)  (スコット&マギー1)
20 約束(2017年 創元推理文庫) The Promise (2015) (スコット&マギー2)コール&パイク16
21 指名手配(2019年 創元推理文庫) The Wanted (2017)   コール&パイク17
22 危険な男(2021年 創元推理文庫) A Dangerous Man(2020)コール&パイク18(ジョー・パイク5)
23 Racing the Light(2022)  コール&パイク19
24 The Big Empty(2025)    コール&パイク20

2021年4月15日木曜日

雑感。

気付いたら、左の手のひらになぜか内出血のあざが出来ていた。
どこにもぶつけた覚えないんだけどな。
やだな〜
こうやって、いきなり脳の血管も切れたりするんだろうか。

最近ストレスが減じて、いきなり血圧が下がったばかりなのにな。
本を全部読み終わるまで、死にたくないものだ。

2021年4月11日日曜日

世界地図

先日、よく行く書店の店先で古地図の復刻版を扱う書店さんが店開きしていた。
書斎の壁に飾ったら雰囲気アップするかも、と思い、世界図を2枚購入。
写真上が、1835年のアンリー作 世界図
写真下が、1587年のオルテリウス作 世界図

上のは、アジアで販売するために造られたんだって。下は大航海時代の後期に入った頃か。ユーラシア大陸西側とアフリカはかなり正確になってきている。日本については、まだジパングって感じだ。夏の海洋冒険モノの読書のお供に。

ちなみに地図より額装の方が高くついた。(^^ゞ

2021年4月6日火曜日

2021年3月の読書メーター


4月1日(木) 今日から新しい職場です。引継ぎにに伺ったらめちゃくちゃ大変そうだったけど、通勤で読書時間は取れそう。
4月2日(金)新職場2日目。こんな時間(23時過ぎ)に職場を出るが、これでも前職場より2時間は早い。それに軌道に乗れば、もっとずっと早く帰れるはず!職場は空が広くて、花壇の花が綺麗で、池があって、近所の人がお昼にレジャーシート引いて子供とランチしてる。もう二度と本社には戻らない、と堅く心に誓う。
4月3日(土) 久しぶりに二度寝して、起きたのは昼の12時近く。久しくしていなかった掃除をしたり、昼間に買い物に出たり、冬物を片付けて春物と入れ替えたり。何気ない日常全てが新鮮。
4月4日(日) 今日は残務整理で前職場へ来ている。すると後任さんも来た。そりゃあ不安だろう。私も前任から引き継いだ3年前は、あまりにも訳が分からず、病んだ。今だから言えるが。上司にわーって何か言われて、脳の表面にざーっと砂嵐のようなサージが流れたとき、これはまずい、と思ったね。昨年はさらにコロナで大変な事に。今は憑き物が落ちたような心境になってる。さて、もう少し頑張る。
4月5日(月) 今日は雨だったので、昼の散歩は出来ず。机上整理と業務の把握。いろいろと大変ではあるが。なんだか落ち着かず、読書に手がつかない。どんなにメンタルヤバくても、読書ができているうちは大丈夫だと思えたこの3年。基本、ストレスは本を買い漁ることで解消。溜まる一方の積ん読がストレスに転じたら、もう生きていけないかも(!)と本気で思った日々よさようなら。(ホントか?)

3月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:2292
ナイス数:656

過去からの密使 (ハーパーBOOKS)過去からの密使 (ハーパーBOOKS)の感想
【海外作品読書会】面白かった!先に読んだ最新巻『教皇のスパイ』が原点回帰なら、こちらはまさに現在の“アロン長官”の面目躍如、大活躍の一冊。今回はロシアの某大統領とかつての二重スパイ相手に完全勝利。現実のジャーナリスト殺害事件を上手く絡めて、上等のエスピオナージ+かつての敵との友情+成長物語的な、というそれだけでも垂涎ものの極上品です。前回では苦い敗北を喫し、盟友MI6のグレアム・シーモアやCIAエイドリアンとの友情までボロボロにされたガブリエルだったが、今回の共闘で完全復活したようだ。よかった。
読了日:03月28日 著者:ダニエル シルヴァ
教皇のスパイ (ハーパーBOOKS)教皇のスパイ (ハーパーBOOKS)の感想
シリーズ最高峰! ガブリエルシリーズの良いとこ取りです。キアラとのラブラブ、幼い可愛い双子、旧友ドナーティとの探索行、そして諜報と怒り。ローマ教皇パウロ7世が逝去、教皇の死因に疑問を持ったドナーティがベネツィアで家族と休暇中のガブリエルに助力を求める。教皇がガブリエルに渡そうとしていたものはどこに持ち去られたのか。二千年に渡るユダヤ人迫害の運命を定めたマタイの福音書の記述は正しいのか。ユダヤ人問題とキリスト教の罪に深く迫りながら、傑出したエンタメでもありつづけるシリーズに拍手。ラファエルがガブに生き写し。
読了日:03月20日 著者:ダニエル シルヴァ
誤訳も芸のうち―文芸翻訳は一生の仕事足りうるか (柏艪舎文芸シリーズ)誤訳も芸のうち―文芸翻訳は一生の仕事足りうるか (柏艪舎文芸シリーズ)の感想
「誤訳」に対する姿勢が私と完全一致していて失笑。言い分は正しい。ほぼ曇りなく正しい。課題は、どれだけ翻訳に対する厳しい姿勢を述べようと、この方のクレジットで出版されている誤訳本の存在は消えてなくならない、ということか。若干自意識が鼻につくところもあり、まさに「文は人なり」だが、これはもちろん私自身にだって当てはまること。「翻訳の技術の中で最も重要なのは、日本語を書く技術だということになり、翻訳者には原著者以上の文章力が要求される」(これは慶応大教授池尾和人氏からの孫引き)まさに、ね。
読了日:03月14日 著者:山本光伸
赤の女 下 (ハーパーBOOKS)赤の女 下 (ハーパーBOOKS)の感想
《第176回海外作品読書会》前回までの「テロとの戦い」から一転して、対ロシアの王道エスピオナージ。始めは楽勝かと思われた作戦が実はロシアの手玉に取られていたと分かり、巻き返しを図るが。焦点はMI6の中枢に食い込んだ二重スパイ(モグラ)を狩り出す事。盟友グレアム・シーモアは事の責任を問われて失脚しかねない。MI6とシーモアに腹を立てつつも、友の立場を守るため、ひいてはそれが母国の為になると信じて敢えて煮え湯を飲むガブリエルである。今回はロシアの勝ちなのか。これまで文字通り満身創痍で戦いながら関係を深めてきた
読了日:03月14日 著者:ダニエル シルヴァ
赤の女 上 (ハーパーBOOKS)赤の女 上 (ハーパーBOOKS)の感想
上巻だけ読んでから少し間が開いてしまったので、下巻を読む前に再読です。ガブリエルの冷たい怒りに背筋が寒くなるこのセリフ。「なぜその口を閉じておけなかった?なぜわたしを血祭りにあげるようなまねをした?」 こんなセリフをガブリエルに真顔で言われたら震え上がるわ。「もう少し強い酒はどうだね?」「アセトンをロックで」 酒を勧めるシーモアにこの返し。怒ってる、怒ってる〜😱
読了日:03月11日 著者:ダニエル シルヴァ
ねみみにみみずねみみにみみずの感想
全編、全力のだじゃれ。にカモフラージュされているけど、翻訳に注ぐ硬派な思いと周囲の同業者さんやお弟子さんへの愛にあふれた、東江さんのお人柄全開のエッセイ集。また、編集された越前敏弥さんの、東江さんへの愛もあふれている。後書きは思わず涙がほろり。翻訳業界の師弟関係も若干見えてきた。東江さんごめんなさい。リアルタイムで売り上げと印税に貢献できなくて。今後もできるだけ新本を買うように心がけます。目指せ、翻訳小説市場拡大!(そして、あのシリーズも、このシリーズも、中抜け未訳本や、続刊未訳の出版を希う。)
読了日:03月06日 著者:東江 一紀

読書メーター

2021年3月27日土曜日

0263 過去からの密使  (ハーパーBOOKS)

書 名 「過去からの密使」 
原 題 「The New Gir」2019年 
著 者 ダニエル・シルヴァ 
翻訳者 山本 やよい 
出 版 ハーパーコリンズ・ ジャパン  2020年4月 
初 読 2021年3月28日 
文 庫  616ページ 
ISBN-10 4596541345 
ISBN-13 978-4596541345

 いやあ、面白かった!『教皇のスパイ』と読む順番が逆になったが、扱うテーマがまったく違ったので、とくに問題はなし。とはいえ、KMBがどうなったのか、知りたかったというのはあったが。
 最新作『教皇のスパイ』が『告解』の作風への回帰だとすれば、この『過去からの密使』は、まさに“アロン長官”の物語。相変わらずの全方位の活躍ぶりで、今回は、ロシア相手に全面勝利。現実のサウジ皇太子がアレでなければ、きっとこの作品のラストは違うものになっていたのだろうなあ。
 今作でも、ガブリエルの我が身を削るような奮闘ぶりで、あのラストは切なくもある。
 話中、ポロニウム210に類似した暗殺用放射性物質が登場するが、若干訳語?の使い方が気になった。被爆よりは被曝のほうが良いような気がするし、放射線被曝と、放射性物質汚染、放射線と放射能がごっちゃになっているような気がする?
 とはいえ、読むのに差し障りがあるほどではないし、私も専門家ではないので用語に詳しい訳ではないので、こちらの気のせいである可能性も大いにあり。
 ポロニウム210は、極めて線量が高く毒性が強いが、ほとんどアルファ線しか出さないため、透過性が著しく低いので紙一枚でも遮蔽できる。そのため、運搬者にはほぼ害を与えず、摂取した者を確実に害せる、ということは理解した。もっとも、ダニエル・シルヴァは、ポロニウム210に類似した放射性物質、としか書いていない。


ところで、“同僚の多くと違って、彼は裕福な家庭の生まれではない。ノッティング・ヒルやハムステッドのようなおしゃれな地区は、給料だけで暮らしている男にとっては金がかかりすぎる。”とはいかに?
 これは、あれか?我らが警視殿への当てつけだろうか???

あと、こんなシーンも。“ヘスターがカウチに寝そべり、白ワインの大きなグラスをそばに置いて、リーバス警部シリーズの新作を読んでいた。” こっちはリスペクト?

ダニエル・シルヴァ、面白い人だなあ。

前作・・・・だったか(?)では、ガブリエルが帰宅すると、キアラが「良心のある殺し屋」が出てくるアメリカのスパイ小説を読んでいるくだりもあった。キアラに「あなたにちょっと似てるかな」と言わせたその良心のある殺し屋のスパイは、もしかしてコートランド・ジェントリーか?全然キャラが違うような気もするが、巻き込まれ型なところと、間の悪いところに居合わせるのが得意技なところと、負傷が多いところは・・・・・・そっくり?

 今回は、中東の細かい国家間の軋轢にもさりげなく触れられていて、グレイマンシリーズで「アメリカとサウジは同盟国で仲良し」ぐらいの知識しか持っていない身には、いろいろと勉強になった。
 パレスチナ出身の女性記者から、辛辣なイスラエル批判を聞かされて、じっとこらえるガブリエルだが、それでもドイツ語で語気鋭く詰られるのがユダヤ人としては堪える、というのがすごくリアルだ。このハニファ、夫が殺されたのは自分のせいだし、娘を見殺しにされたKBMの方にも、復讐する権利がありそうな気がするのだが、そうでもないのだろうか。いずれにせよ、このハニファに対してもレベッカに対しても、ガブリエルは甘いよなあ、と思う。どうしても女性を守りたくなってしまうのが、ガブリエルの甘さであり、良さなんだろう。
 さて、これで既刊のガブリエルシリーズは踏破した。次は、7月に米国で新刊発売の予定。翻訳を読めるのは来春だろうか?
楽しみがあって幸せ。

2021年3月20日土曜日

0262 教皇のスパイ  (ハーパーBOOKS)

書 名 「教皇のスパイ」 
原 題 「The Order」2020 年
著 者 ダニエル・シルヴァ
翻訳者 山本 やよい 
出 版 ハーパーコリンズ・ ジャパン  2021年3月 
初 読 2021年3月20日 
文 庫  584ページ 
ISBN-10  4596541507
ISBN-13  978-459654150

 2018年11月。
 オフィスの長官に就任して以来、ガブリエルは働きづめだった。休んだと言えるのは、パリで爆弾テロに巻き込まれた時に腰椎の怪我でやむを得ず自宅で数日静養した時だけで、それ以外は半日の休みもなく働き続けていた。夫の心身を案じたキアラは、一計を講じる。
 夫に内緒で密かに国外での休暇を手配。ウージ・ナヴォトを味方に引き入れ、首相にも根回しし、才能豊かなくせに何の趣味もない夫が退屈しないように、休暇先で夫が修復する絵まで手配する念の入れよう。
 ある日、帰宅したガブリエルが目にしたのは、準備万端の旅行カバンの数々。彼の口から出たセリフは、
「きみ、出て行くのか?」
 ついに、若く美しい妻に愛想を尽かされたと思ったか(笑)
 行き先は、キアラの両親が暮らす懐かしのヴェネツィア。双子が祖父母の家を訪れるのは初めてのことである。その双子ももうすぐ4歳で、いつまでも壮年のような雰囲気を漂わせているガブリエルもそろそろ老いと向かい合いつつある。(ちなみにガブリエルは68歳になるかならないか)
 そして、ヴェネツィアで休暇を開始した数日後、ガブリエルの旧友であったローマ教皇パウロ7世崩御のニュースが世界を駆け巡る。ガブリエルは、教皇の側近だったルイジ・ドナーティ大司教から求められ、ローマに向かう。

 まるで、読者へのプレゼントのように、ガブリエルシリーズの素敵なところがぎっしり詰まっている。双子とガブリエルの睦まじい関わり。キアラとのラブラブな会話。絵画修復にいそしむガブリエル。テーマが久しぶりのユダヤ人迫害とキリスト教の問題なので、これだけだと陰鬱になってしまうが、ガブリエルの家族との幸せエピソードがそれを和らげてくれる。キアラとのペアで、一工作員だった頃のように身軽に調査にうごきまわるのも久しぶりの光景。ガブリエルがナチュラルに妻を礼賛している。旧友ドナーティとの隠密行、ユダヤ人とローマ教会の暗黒史。ドナーティがもう一人の主役である。雰囲気的には、『告解』からストレートにつながる感じだ。コレ一冊で、ユダヤ人とキリスト教の関係をそれこそ紀元30年代からおさらいできる。
 そして、キアラとガブリエルは、長官退任後の残りの人生の計画を立て、一部行動に移したりも。これ、フラグじゃないのか?本当に幸せになれるのか?・・・と夢の老後の先取りをする二人に、読者の私の方が不安でいっぱいだ。(笑)

 『告解』では、ピエトロ・ルチェッシと読みが当てられていたパウロ7世だが、こちらではピエトロ・ルッケージ。なんとなくルチェッシのほうがイタリア人名っぽい?ような気もするが、実際の発音は知らないのでどちらが近いのかは不明。 『さらば死都ウイーン』で「草原」(笑)と訳されているレストラン前の広場は、以下のような描写。「〈リストランテ・ピペルノ〉はそこから少し南へいったところにあり、テヴェレ川に近い静かな広場(カンポ)に面している。」そうだよねえ。

 さて、ストーリーの話題に戻って、この本のテーマは、イエスの死の責任をユダヤの民に負わせるキリスト教の正典、福音書の記述は真実なのか。とくにマタイ福音書の中のキリストを処刑に至らしめる裁判で、ピラトがユダヤ人の群衆の前で手を洗って言う。「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」民はこぞって答えた。「その血の責任は、我々と子孫にある」──『マタイによる福音書』二十七章二十四─二十五節

 これが、以後2000年にわたり、キリスト教がユダヤ人を神の殺害者として迫害し、ついには民族を絶滅させる規模の大虐殺を引き起こし、かつそれをローマカトリックが是認(もしくは黙認)した根源である。この記述は真実なのか。
 多くの研究者が、これは事実ではなく、キリスト教がローマの国教となる過程においてローマ人を取り込む必要性から、キリストの死の責任を、ローマ支配とローマ人であるユダヤ属州総督ピラトからユダヤ人に意図的に歪曲した、と見る。
 イエスは、過越祭の最中に騒ぎを起こした為に捕らえられ、おそらく裁判に掛けられることもなく、そのほかの大勢のユダヤ人とともに、無造作に処刑された。ユダヤの律法を守っていた最高法院が過越祭の最中の深夜に裁判を行うだろうか? あり得ないことだ。と作中でジョーダン神父は語る。この記述はユダヤ教の文化に疎いローマのキリスト教徒による創作だ、と。
 エンタメの体裁をとっているが、キリスト教が、ユダヤ人迫害に関して歴史的に果たした役割と罪を、深く、鋭く指摘している。現代のヨーロッパの移民問題はユダヤ人迫害をも悪化させた。その上コロナ禍で迫害に拍車が掛かり、ユダヤ人の安全は、第二次大戦後、最悪の状況を迎えている。著者はどうしてもこの作品を書く必要があったのだろう。
 母の死、祖父母の死、多くの死んだ、または今生きているユダヤ人の運命、自分の人生、そして自分を見上げる幼い娘の瞳。自分が望むと望まざるとに関わらず、その多くを背負ってきたガブリエルが、静かに涙を流す。

【余談ながら】
「これ、わたしが世界でいちばん好きなベンチかもしれない」キアラが言った。「あなたが意識をとりもどして、家に連れて帰ってほしいとわたしに頼んだ日に、あなたがすわっていたベンチよ。覚えてる、ガブリエル?ヴァチカンが攻撃を受けたあとのことだった」「どっちがひどかったのか、わたしにはわからない。ロケット推進式の手榴弾と自爆テロ犯か、それとも、きみの看護か」「自業自得でしょ、お馬鹿さん。もう一度会うことに同意しなければよかった」『教皇のスパイ』p.36-37

 ガブリエルが意識不明になるような惨事があったのかと気になって気になって(笑)、いろいろ探してしまったが、これ、状況としては多分こっちじゃないかな↓。
「あなたが正気にかえって、よりを戻したいって私に懇願した日に、あなたが座っていたベンチよ。覚えてる?ガブリエル。ヴァチカンが攻撃された後の事だったわね。」
「どちらが酷かったのか解らないな。ロケット推進の手榴弾や自爆テロ犯と、あの時のきみの私への態度と」

さて、何があったのか。。。。(笑)
ガブリエルとキアラは結婚の約束をして、ガブがエルサレムのナルキス通りのアパートを手に入れて、キアラは二人で暮らすために自分好みの内装までしたのだが、結局ガブリエルがリーアを見捨てられなかったため、キアラと破局する。そしてキアラがベネツィアに帰ってしまった、というのが『Prince of Fire』ラストのエピソード。その次の『The Messenger』で、ヴァチカンと教皇を狙った爆弾テロがあってガブが教皇を助けたのだが、その後、教皇がガブに「キアラがヴェネツィアで君が来るのを待っている」と嘘をいう。まさかガブリエルをキアラの元に行かせるために教皇が嘘をついた、とは思わないガブは素直にヴェネツィアを訪れ、キアラに冷たく「そこのベンチに座って待ってろ」と言われた挙げ句、「何しにきた」と怒られた、というのが、くだんの“惨事”であった。教皇パウロ7世。お茶目な人でした。きっとその後、ドナーティ相手に「神父さま、私は親しい友を欺きました」って告解している図まで目に浮かぶわ。白くて、小さくて、善良だったパウロ7世に合掌(←ダメか?)

  


2021年3月15日月曜日

これはやったもの勝ち


ハーパーブックスの背表紙に猫があるってる!!
と思ってから気付いた。これ、犬派の人には「犬が歩いてる!」って見えるんだろうな。
なんという、知能犯め。一気に好感度が上がること請け合いではないか♪
しかし、この肉球がドン・ウィンズロウに似合うかどうかは、私には解らない。。。。 🐾
🐾
🐾ちなみにやっぱり猫でした。

2021年3月14日日曜日

誤訳にもの思う(翻訳という仕事への敬意 改題)

 私は翻訳小説を読むのが好きだ。
 実は日本の小説を読むのは苦手。
 どうしてだろう、と考えるに自分の中に、言葉と語感に対するはっきりとしたイメージがあって、それが日本語で執筆されている作家さんの語感と微妙にズレることがあるのだ。そのズレが収まりが悪くて、どうも上手くストーリーに乗れないことが多い。日本人作家さんは、当然のことながら作品で自己表現をされている訳で、やはり当然のことながら言葉の選択には強いこだわりがあろう。私が文句いう筋合いではないので、そっと本を閉じる。
 その点、翻訳小説だと、自己表現とは別の次元で日本語の表現に取り組んでいる文章表現の専門家が間に挟まるので、本当に素直に物語を読むことができるのだ。翻訳小説は創作者とそれを日本語表現に置き換える翻訳家の共同作業の末できあがる別個の作品であって、これだけの労力が払われているのなら、価格が高くても納得がいく。本当に、翻訳小説が好きだ。

でも、中には、ダメな翻訳、というのがあるのである。
 ←これは、『報復という名の芸術』から始まる論創社刊のシリーズ4冊を翻訳した人の著書。
 この山本光伸氏は、翻訳界で長く活躍され、翻訳学校を主催され、現在は出版社も経営されている。
 上記の本は、おそらくだが、生徒さんに下訳させたのを何の事情でか、そのまま使ったのじゃないかな?と思っている。 と、いうか、正直言って、この人がこんなお粗末な翻訳をしたとは信じ難いので。(仮にそうだとしても、翻訳者として自分の名前を出している以上、それ相応の責任はあると思うが。)
 ストーリーを理解していれば、少なくとも直前までの流れを理解していれば、絶対にしないような誤訳が見受けられる。
“Vienna”をベニスと訳したり(そもそもViennaはベニスではないが、事件がウィーンで起こったことを理解していれば絶対に「ベニス」とは訳さない。)、見開きで、同じ地名を別音で表記(英語発音と、現地語発音)していたりしているところから考えるに、ストーリーの全体像を把握していない複数の人間が小パートづつばらばらに訳して、ろくにチェックせずに貼り合わせたらこういう出来になるのでは?という翻訳に仕上がっている。

訳語の選択にもセンスが感じられないし、一般常識的な知識が足りていない。

『イングリッシュ・アサシン』では、A million pounds を一万ポンドと訳したり、twenty-five years を20年と訳したり、『さらば死都ウィーン』ではthirty years を13年と訳すというような、中学生レベルの致命的な数詞の誤りがある。

誤訳以前に、原文にない文章の書き足しがある。それが作品のクオリティを上げているならともかく、明らかに落としている。

 具体的な指摘については、こちらへ 

 これほどのキャリアと実力を持つ人が、なぜこんな翻訳を世に出してしまったのか。おそらくそれ相応の事情があるに違いない。(と思いたい。)

 そんなわけで、山本光伸氏の翻訳についての考えを伺ってみるつもりで、この本を読んでみた。
 面白いのは、山本氏と私の翻訳もしくは誤訳に関する考え方がほぼ一致していることだ。
以下に『誤訳も芸のうち』p.45-46から引用する。

 『もう一つ、誤訳にまつわる例を挙げよう。ドイツ語で書かれた原文を英訳した小説の中に、次のような一節があった。
 “The E.coli bacteria colonized his body at great speed.They had been in the water he'd drunk at a petrol station two days ago"

 そしてこの英文は次のように日本語で訳されていた。“だが大腸菌はまたたくまに全身に広がった。ふたりは二日前、ガソリンスタンドで酒を飲む前に、海水浴をしていた。”
 私はこの訳文を読んだ瞬間、おかしいと思った。・・・・』
『私が最初に感じたのはたんなる違和感だった。』

そして、こう仰る。

『この翻訳者の実力からすれば、ケアレスミスにすぎないし、たとえ誤訳であっても、日本語できちんと組み伏せてあればそれで構わない。
 私に取って唯一問題なのは、その訳文が日本語の表現として破綻をきたしていないかどうか、もう一歩踏み込めば、ストーリー展開として自然であるかどうかなのである。その点で、上記の例は誤訳と言わざるを得ないのだ。』

 もう、面白いくらい、私が上記の『報復と言う名の芸術』から『さらば死都ウイーン』の誤訳に関して言っていることと一致している。そもそも、やっていることが一緒だ。これは自分自身に失笑する。山本先生、気が合いますね。同士です。
 ではなぜ、山本光伸名義であんな酷い誤訳本が世に出たのか、ということが更に気になるわけだが、きっと諸般の事情があったのだろう、と思うしかない。誰に説明されたわけでもないが、この本の8ページ冒頭にヒントがあるような気もする。山本氏が翻訳出版を行う出版社を立ち上げた時期と重なっていて、多忙を極めていた、とか、翻訳学校で育てた翻訳家の卵に下訳の仕事を与えなければならないという事情があったとか、査読の手配に行き違いがあったとか? 悪条件が重なってチェックの甘い原稿が流出したのではないか、と勝手に推測している。
 とはいえ、そのような事情が(もしかしたらあったのかもしれないが、)そんなことは、末端の購読者にはなんの関係もないことだ。訳者のほうでも、それくらいのことは承知しておいてもらいたい。(←と、山本先生風に書いてみる。)

 『誤訳も芸のうち』で山本氏が言わんとしていることは、ただ、正確に訳すだけならコンピューターにでもやらせておけ、翻訳者は表現者たれ。ということであり、翻訳者が翻訳した作品は、日本語で表現された文芸作品として確立していなければならない。ということであり、そのためには、原著を深く理解し、その精神を日本語に写し取るために、言葉と格闘しなければならぬ、ということで、その翻訳者としての立ち姿と心意気は、実に立派なのである。

 そう、心意気は大変立派だった。若干自意識が鼻につくところはあるが、そんなのは個性のうち、場合によっては人としての魅力の一つだ。

 ゆえに、なぜあのような誤訳本が世に出たのか、という私の疑問は、解決を見ないまでもまあ、そういう事故的なこともあるよね、と納得せざるを得ない。

 ところで、もう一つ、おそらくこの先も解決をみないであろう、疑問がある。

 今、インターネットで、「山本光伸」「誤訳」などというキーワードで検索をかけると、GoogleでもYahoo!でも、数ページにわたってこの本『誤訳も芸のうち』のブックレビューや通販サイトの記事が延々表示されて、実際の誤訳を指摘した記事や投稿が一切浮かんでこない。
 ひょっとして、ネット上の誤訳批判封じのために、この本を上梓したんじゃね?という底意地の悪い意見が私の頭にこびりついて・・・・

2021年3月12日金曜日

0256 赤の女 上  (ハーパーBOOKS)

書 名 「赤の女 上
」 
原 題 「The Other Woman」2018年
著 者 ダニエル・シルヴァ
翻訳者 山本 やよい 
出 版 ハーパーコリンズ・ ジャパン  2019年5月 
初 読 2021年2月5日 
文 庫  344ページ 
ISBN-10  4596541124 
ISBN-13  978-4596541123

2017年1月頃〜 
 前作の爆弾テロによる負傷の後遺症で痛む腰をさすりながらガブリエルが登場する。おかげでガブリエルもだいぶ歳相応に見えてきた。ウイーンの美術館で展示を見ているガブリエル。背後にはやきもきしている若い警備担当のチーフ。ガブリエルが若い警護担当相手に、歳相応、立場相応に偉そうに、重々しい物言いをしているのがなにげにおかしい。
 心配する警護係を追っ払って一人で歩いていった先は、過去の苦しい記憶の現場。甦る記憶に体が硬直し、天を仰いで涙をこらえる。やっぱりガブリエルはガブリエルだ。

 良い記憶のない雪のちらつく冬のウィーンでの作戦指揮。
 例によって陣頭指揮を執っていたが、亡命させる予定だったロシアのスパイがガブリエルの目の前で殺害されてしまう。その上その場にガブリエルが居合わせたところを写した隠し撮り写真がマスコミにリークされて窮地に立たされ、怒り心頭・恨み骨髄のガブリエルは〈オフィス〉の総力を挙げて怒濤の諜報戦に突入する。簡単ななずだった作戦の大失敗の原因は、情報の漏洩としか思えない。〈オフィス〉でなければ、共同作戦を張っていたMI6か? 友人であるはずの「C」との熾烈なやり取りに息がつまる。やがて判明したのは、宿敵ロシアの策謀がガブリエルを絡めとるべく二重三重に張り巡らされていたこと、そしてある伝説の二重スパイの存在だった。
 上巻は、ロシアの裏に潜む伝説の二重スパイの存在が明かになるまで。事が動くのは下巻から。