2017年12月24日日曜日

0079 クリスマスプレゼント

書 名 「クリスマスプレゼント」 
 著 者 ジェフリー・ディーヴァー 
翻訳者 池田 真紀子 
出 版 文春文庫 2005年12月 
初 読 2017/12/24

 素敵な表紙とタイトルからなんとなくロマンチックな短編集を連想して読み始めたのだが、中身はいつものディーヴァー。全編犯罪まみれ、登場人物は悪人と極悪人と善人少々。
 裏切りとどんでん返しの応酬で、読み終わるころには弱冠人間不信になるのは必至。いつ何処で騙されるか、と警戒しながら読むのに、ええーそこですか?となる。(笑)
 中でも『三角関係』はびっくりした。あとから考えれば単純な引っかけなんだけどね。

 普段短編は余り読まない。しかし、これは厚さの割にサクサクよめて、とても面白かった。中に、ライムシリーズの短編が入っている。このタイトルが「クリスマス・プレゼント」これはファンにとっては、まさにクリスマスプレゼントな掌編。実際登場するクリスマス・プレゼントは背筋に冷や汗ものだったんのだけど。

2017年12月21日木曜日

0077−8 ファイナル・ターゲット 上・下

書 名 「ファイナル・ターゲット 上」「ファイナル・ターゲット 下」 
原 題 「The Enemy: (Victor the Assassin 2)」2012年 
著 者 トム・ウッド 
翻訳者 熊谷 千寿  
出 版 早川書房 2013年3月 
初 読 2017/12/21


 読み友さん方から、「ビジネス書のタイトルだったら『仕事の9割は段取りで決まる!』(暗殺者編)」とか、「超絶イカしたお仕事小説」との評を得ているこのシリーズ。とにかく、これだけ集中して徹底的に準備できたら、なんだって上手くいくのでは、と思える偏執狂的周到ぶりである。 

 さて、 死闘から7ヶ月にしてヴィクターが仕事を再開。「殺すにはいい朝だった。」超クールと思いきや?びっくりの展開でつかみはOK。
 これまでフリーランスで生き延びてきたヴィクターは、やむを得ぬ経緯でCIAを雇い主として受け入れることになった。しかし情報を与えられず、不利な条件での仕事を強いるハンドラーへの苛立ちは募る一方。
 次々と標的を与えられ、この仕事の後は解放するという餌でつられるが、無理を強いられた挙げ句準備時間不足で不確定要素の強い作戦に第三勢力が乱入。「疲れた。(略)最悪の結果になった。ヤムートは逃げ、第三者の監視チームを殲滅し、その際、傷を負った。」 仕事道具=銃器その他諸々、微に入り細を穿つ執拗な(笑)描写がイカしてます。いや、私は好きだけど。
 街に溶け込む服装の選択はジェントリーより洗練されてる。本人も都会的なセンスのいい服装が好みだと自覚あり。でもセンス良すぎるとかえって目立つからそこは地味目で上品なチョイスで。
 今回は彼女(?)も登場。でも彼女にするまでに何ヶ月も身辺調査をする当たりがやっぱり偏執的。ちょっとヴィクターの寂しさもうかがえるエピソードではある。前作の不器用ぶりはどうした?と思わないでもない。 
 ヴィクター、はっきり言って好みだ♪ どっちかっていうと、ツッコミどころ満載のジェントリーよりも好きかもしれない!他の皆様も書かれてますが、ビジネスへの徹底ぶりは見習いたい部分あり。準備にこれだけ徹底すれば、さぞかし仕事は楽に回るのだろう、とふがいない我が身を省みる。さて、ここまでが上巻。でも下巻を読み終わってしまったら、続刊が翻訳されないシリーズをまた一つ抱えて、ツライ日々を送ることになるのだ。

 狙撃シーンの冴え渡る描写、クールなのにどこか人間味を感じさせる会話。追い詰められるほどにヴィクターは格好良くなっていく。プロクターの詰めの甘い計画のせいで某世界最恐組織の人間を殺害する羽目になり、恨みを買ってしまう。数少ない友も敵の手に落ちる。まさに八方塞がりだが、自分を狙う殺し屋チームには冷静・冷徹に対処。手の内を明かさない調教者に対しては強引かつ超強気な手法で揺さぶりをかける。(ここ、好きだ。)
 ここに至ってやっとプロクターとそこはかとない信頼関係も見え始めて、今後の展開が実に気になるところだ。 それに加えて、傷つき敵に追われて無防備にも長距離バスの後部座席で疲れ果て眠りにおちるラストときては、次作が気になること甚だしい。あちらではすでに7作(多分)が出版されているが、本邦では2013年以降刊行が途絶えている。続きを出す気ないのかハヤカワ!!がんばれハヤカワ!!できたらグレイマンと、ヴィクターを半年間隔で交互に出版しくれると、グレイマンファンもヴィクターファンも必ず買うので、WINーWINだと思うのですが、如何でしょうか?

2017年12月14日木曜日

0075ー6 パーフェクト・ハンター 上・下

書 名 「パーフェクト・ハンター 上」「パーフェクト・ハンター 下」 
原 題 「The Hunter (Victor the Assassin Book 1)」2010年 
著 者 トム・ウッド 
翻訳者 熊谷 千寿  
出 版 早川書房 2012年1月 
初 読 2017/12/14



 いきなり訳もわからないままに、パリの町中で熾烈な銃撃戦。冷徹な凄腕の殺し屋にさらに暗殺集団がけしかけられたことしか判らない。いきなり引き込まれる。
  この男、毎年少なくとも年末までには懺悔をすると決めているらしい。かなり敬虔なカトリックらしい。
 「この先ずっとCIAのターゲットのまま生き続けるのだけは、死んでもいやだった。」これは、コートランド・ジェントリーへの当てつけか?いや、案外敬意かもしれん。
  そのコート・ジェントリーが直感と直情の人であるなら、ヴィクターは論理と理性の人。尾行をまく手順も戦闘能力も同等だが、ヴィクターはまるで精密機械。
  それが隠れ家にアンティークのグランドピアノを置き、ショパンを弾いて緊張を解すなんて粗雑なアメリカ男にはとても真似できまい(笑)。殺し屋の性格にもお国柄が現れてる。
  そのピアノも、敵の襲撃で木っ端微塵になってしまうところがアクション映画そのもので映像的。ご多分に漏れずSVRやらロシア人が登場して、いよいよ混戦の模様を呈するあたり既視感があるが、こういうのは、面白ければ良いのだ。そして、十分に面白い。
  ロシアパートが一番好きだ。ヴィクター(ヴァシーリー)はロシア生まれの暗殺者なのか?元KGBの工作員なのかな?この話だけじゃ回収しきれないであろう伏線たっぷりでシリーズ化の意欲を感じる設定チラ見せ(笑)。そそられる〜〜〜♪ 

 完璧主義、冷徹無比、暗殺者という職業に徹して何カ国語も駆使し自分を消し、徹底して無感動・無表情なヴィクターが、レベッカとの関係の中でだんだん人間味が出てくる。職業的本能と思いきやただ不器用なだけなのか?
「これしかまともに出来ることがなかった」とはたしか、ジェントリーも似たようなこと言ってたような?ついグレイマンと対比してしまうのはやむを得まい。
 ただ生きる為に自分の技量を用いて来た男が、その能力を賭けて主体的に欲したものは、復讐。
 3人の敵対する男が極小のエレベーター前空間であり得べき事か鉢合わせ。
 ぶん殴られ、ぶん回されるアニスコヴァチが見事なざまあ見ろ的小物ぶり。その後のカーチェイスの疾走感が凄くて映像がありありと脳裏に浮かぶ。殺し屋とヴィクターがお互いに敬意を示すシーンにこれ、映画で見たいわ〜。

 アルヴァレズが良い味出してる。有能で勤勉で、報われても報われなくてもベストを尽くす苦労人。アルヴァレスとヴィクターは気が合いそうな気がするんだけどなあ。この二人の共闘を読んでみたい。続編に期待する。

2017年12月7日木曜日

0073−4 エンダーのゲーム〔新訳版〕上・下

書 名 「エンダーのゲーム〔新訳版〕上」 「エンダーのゲーム〔新訳版〕下」 
著 者 オースン・スコット・カード 
翻訳者 田中一江 
出 版 早川書房 2013年11月 
初 読 2017/12/07 


 字がデカい。そしてこの薄さで上下巻。この本が文庫一冊1600円だったとしたら絶対に買わない。ハヤカワに足元見られてる気がする。(多分気のせいではない。)
 77年の作品。インターネットや「デスク」という名のタブレットPCの描写や、騙りを駆使した煽り・炎上行為などネットワーク社会の予測は見事だと思う。軍のコンピューターが人間のコントロールを受けずに独自に動いているらしい描写もあり、そのあたりどうなっているのか気になるところ。
 好みの話をすれば、この話は好きじゃない。いくら天才児とはいえ、6歳の子供の扱いじゃない。天才三兄弟の兄は悪魔、姉は天使、エンダーは人間の類型。左肩と右肩の囁きの間で成長していく人間譚とも。
 でもでも冒頭の喧嘩とか兄との確執とか、6歳児の描写としてはエグくてドン引きする。いやいや無理だろこのシステムは。エンダーがせめて10才ぐらいの設定だったら無理なく読めたと思う。それでも 強引に納得させられ、最後にはうっかり感動までさせられそうになったという、なんだか著者に力業でねじ伏せられたような読書体験(笑)。
 星間戦争を完遂するためのシステムとしては色々と問題ありそうな気がするんだけど、ついうっかりまあいいか、って思わされてしまった。6歳児になんてことを!とか思う私のような読者には、最後に児童虐待裁判云々でガス抜きまでするし。ちょっとえげつない。グラッフ大佐がいろいろな意味で安全弁になっている。
 ラストはSFというよりはファンタジー。なぜエンダーと女王が感応できたのか謎だけど、バガーの感応力は特定の知性に絞ればそういうことも可能なのかも。もしくはニュータイプ?
 まあ、そんなことは本筋には関係ないか。
 人間は、殺さないことを選択することによって自分が殺されることもあえて受け入れるか、もしくは殺すことを選択しその結果の重みを引き受けるか、の択一であって、自分を守る為なんだと(内心)叫びながら虐殺して、「殺したくなかったんだ!相手がいけないんだ!」と主張するのは卑怯者の詭弁でしかないのだけど、エンダーは最後に、自分の行為の責任を受け入れる。この時点でまだ彼は生物学的には子供ではあるが、精神的には大人になったということなのだろう。その選択は重い。

2017年11月30日木曜日

考察ーーーハリー・ボッシュの人物像



《ハリー・ボッシュの来歴から見る人物像》
※一読者の勝手な妄想です。ずいぶん前に書き付けたのを発見したので、貼っておきます。
もちろん、人様に見解を押しつけるものではありませんので、よしなにお願いいたします。

◇ 10歳まで母と暮らす
 母はハリウッドの路上で客引きをする街娼だった。子供の育成環境としては決して良いものではないが、母は愛情深い人だったようだ。何回か、路上での違法な客引き行為で検挙されており、彼女を弁護したのが当時気鋭の刑事弁護士だったマイクル・ハラーだった。
 母とハラーの関係がどのようにして始まったのかは、私が読んでいる時点では不明だが、ボッシュは母にまつわる過去の事件記録などを調べるうちに、この気鋭の弁護士が自分の父であることを確信する。

◇別離
 ボッシュが10歳の時、(おそらくは何回目かの母の逮捕がきっかけとなり)母は養育者不適とされて児童裁判所によって息子の監護権を剥奪される。
 その後、ハリーは児童養護施設に収容され、母と別れて生活することになってしまうが、母は頻繁に面会に来てくれた。母がハリーを養子に出すことに決して同意しなかったので、ハリーはこの間、里親家庭ではなく施設で生活することになる。この間も、母はハリーの監護権を取り戻すために裁判所に申し立てを行っているが、そのとき代理人を務めていたのもやはり、マイクル・ハラー弁護士だった。 
 ハリー11歳の時、母はハリウッドの路上で絞殺される。ハリーはこの事を当時の担当刑事から聞かされる。ハリーは刑事や大人達の前では平静を装い、けっして感情を見せなかったが、プールに潜って息が続かなくなるまで泣き叫んだ。哀切なシーンである。 
 施設への入所はもとより本人が望んだものではなく、ハリーはいつも母と暮らしたいと願っていた。母が亡くなった時、ハリーは子供心にも「自分が側にいれば守ってあげられたのに」と思った。おそらく、自分と母を引き離した大人達を憎んでいたかもしれない。 

◇母の死後
  母との別離以降のハリーの人生はまさにサバイバルで、自分に関わってくる大人は基本的に信用しない、というスタンスにならざるを得なかっただろう。
 母の死後は、養育家庭適正児として様々な里親とのマッチングをされ、3回里親宅に委託されている。そのうち2回は数ヶ月で「合わない」との理由で施設に送り返された。施設にいる間に2回脱走も試みている。そのときには何週間も路上生活をしたあげくに、再度児童養護施設に収容された。
 16歳で預けられた3回目の里親家庭では虐待めいたことも体験している。この里親は大リーグのサウスポー投手を育成することを目論んでおり、連日連夜、ボッシュに野球のトレーニングを課したのだ。この里親宅から逃れる為、ベトナム戦争に志願した。


 このような生育の過程が、他人を頼らない、信用しない、本心を明かさない、自分のことは自分で何とかする、という孤立した対人関係のスタイルを形作ることになる。しかし、10歳まで愛情豊かな母に可愛がられて育った経験と記憶は、ハリーの情緒を安定させ、彼が生き抜いて行く上で必要な人生の基盤を築いてくれているといえよう。
 ハリーが孤独であっても他人に依存せず、独立した状況で生きていけるのは、幼少時に愛情深い母によってそれにふさわしい愛着関係が築かれたことにより、安定した自我の基礎が築かれていたからであり、このことがハリー・ボッシュという希有な一匹狼のキャラクターを形成する重要なファクターとなっている。(と、私は考えている。)

2017年11月25日土曜日

0071−2 ラスト・コヨーテ 上・下

書 名 「ラスト・コヨーテ 上」「ラスト・コヨーテ 下」 
原 題 「The Last Coyote」1995年 
著 者 マイクル・コナリー 
翻訳者 古沢 嘉通 
出 版 扶桑社 1996年6月 
初 読 2017/11/25
【コナリー完全制覇計画No.4】
 ボッシュ、嫌いな上司パウンズをぶん殴って強制休職処分と心理カウンセリングを義務付けられてる。ずっと一匹狼で何とかやってきていたのに、シルヴィアに人生を浸食されたあとポイされて、わびしい中年男になりかけているようだ。半壊した家にこだわるのは自分の内的世界の崩壊をこれ以上進めない為だな。だからあの女はやめておけ、と。。。。
    カウンセリングに臨んだボッシュは青少年養護施設に不本意に収容された少年そのものの「不服従」を貫き。ボッシュは強権的に自分に踏み込まれるのが大嫌いなのだろう(経験的に)。もっともそんなこと好きな人間はいないだろうが、大抵の人は長い物には巻かれるもの。
 「みんなまやかしだ。」ハリー少年の心の声が、40歳を過ぎたボッシュの口から発せられているような気がする。パウンズへの嫌がらせも兼ねてほぼ違法と思われる行為を繰り返すんで読んでいる方がハラハラ。バレたらクビじゃすまなかろうに。齢は40半ばでも、やっぱり少年のような純なハリーにドキドキする。
 そしてついに来た。好感度の高いヒロイン!
 自己愛たっぷりのうざさも正論吐きの嘘くささもないさっぱり味だ。これはイケるかもしれない。速攻で恋に落ちるボッシュ、なんたる恋愛体質(笑)。いくら主人公とは言えヒロインは必需品じゃあないだろうに。とはいえ今度こそ上手くいくといいね、と願わずにはいられない。

 さて、脱線モードのフロリダをよそに、ロスでは大変なことが起きていた。奴が殺されてしまった!?まさか俺のせいか?ってか俺が容疑者かよ!ポッケの中には持っていてはいけない黄金のアイテム。ボッシュ危機一髪、というか完全に自業自得。
 辛抱強くボッシュをかばうアーヴィングのおかげで、なんとか危機を切り抜け、さらに母を殺した犯人を追うボッシュ。例によって最後のひねりがあって、その真相は切ない。
 アーヴィングの気持ちがいまいち計り知れない。ボッシュへの愛情も感じるし、本人の意図などまったく関わりなく撚り合わされてしまった人間関係を持て余しているようにも感じる。この二人の関係がこのまま進めば良いのに、と思う。(そうはならないと知っているだけにちと切ない。)
  ハリー少年には、母マージョリーの死後、少なくとも二人の力のある男(生物学上の父と社会的な父になり損ねた男)がいたはずなのに、まったく顧みられなかったのだ。彼らの一人だけでも少し手をさしのべてくれていたら、彼の10代はまったく違ったものになったかもしれない。もっともそれが幸せにつながるかどうかは別問題だし、そうだったら、そもそもボッシュシリーズの主人公は存在しなくなっただろうが。

【ヘンな台詞シリーズ】 「おわかりか」は相変わらずの乱用ぶり。もう気にするのはやめようと思いつつ、気になる〜。「うんにゃ」もやっぱり気になる。マッキトリックとボッシュが言い感じに語り合ってるのに「うんにゃ」!や〜め〜れ〜〜〜! 

【ボッシュ考その1/愛を知る男】
 本書の解説はちと理解が浅いんじゃないか。ということで、ここでボッシュ考。
 ボッシュを「愛情を知らずに育った」と説明するのは相当な見当違い。ボッシュの不幸は愛を知らないことにあるのではなく、10歳までの愛情豊かな生活を、突然公権力が破壊したことにある。彼の母はとても慎重に、愛情深く息子を育てていた。10歳までのハリーの記憶は愛情と幸福感に満ちている。発達心理の点からすれば、幼少時の愛着関係が築かれているということはその人の精神の安定にとって極めて重要だ。ボッシュが孤独であっても他人に依存せずに生きていけるのは、彼が愛を知っているからだ。

【ボッシュ考その2/組織人】
 組織になじめない男、と決めつけるのもちょっと違うと思う。ボッシュは10歳以降ずっと集団の中で生きている。集団の中での身の処し方にはある意味長けている。
 例えばポリスアカデミー時代、パーカーセンターの廊下に大胆ないたずらを仕掛けて同期のヒーローになる。集団の中で自分の立場を確保することが上手い。
 『ブラック・ハート』では、アーヴィングが設置した特捜部の中で、自然にリーダーとして振る舞う。市警では仕事のできる現場の人間から信頼されている。
 彼の組織の中にあって組織の力学に抵抗する頑なさや攻撃性は、少年時代に彼の人生の理不尽な支配者であった公権力への抵抗の延長戦だ。ボッシュは一生を現場で生きていくと思い定めた組織人として、組織を腐らす人間の欲望や、組織を硬直させる教条主義を嫌悪する。彼は組織の権力に抵抗する一匹狼ではあるが、そこを取り上げて組織に馴染めないと定義するのはちょっと違う。むしろ私は同じ組織人として彼の生き様を見習いたくすらあるのだけど。(ただし違法行為を除く!)

  【ボッシュ考その3/マザコン】 ボッシュが恋愛体質なのは、孤独故の依存ではなくて、単にマザコンなんだと思う。きっとお母さんと二人で幸せだったころの心地を無意識に求めてるんだろうなあ。

2017年11月13日月曜日

0070 ブラック・ハート 上・下

書 名 「ブラック・ハート 上」「ブラック・ハート 下」
原 題 「The Concrete Blonde」1994年
著 者 マイクル・コナリー
翻訳者 古沢 嘉通
出 版 扶桑社 1994年5月
初 読 2017/11/13

【コナリー完全制覇計画No.3】
 裁判と事件捜査の同時進行。4年前ボッシュが市警本部から更迭される原因となったドールメーカー事件と、その模倣犯の仕業とおぼしき殺人。新たな殺人はボッシュを被告とする裁判に絡みながら過去の事件に新たな局面をもたらしていく。
 陪審員制度は被告原告双方が希う『正義』(真実とは異なる)をどちらか一方のみに与える不完全な仕組みでしかなく、その仕組みを巧みに操った方が『正義』を手に入れる。そんな法廷闘争で無傷ではいられないものの、ボッシュは自分が求める“殺人被害者の救済”という正義をひたすら追いかける。 
 社会の底辺で生きる女達にとことん寄り添っていくボッシュの揺るぎなさ。なぜならそれがボッシュにとって唯一の正義だから。そんなボッシュの辛い過去まで報道陣や傍聴人の前で暴きたてるショーアップされた陪審員裁判。

 前作で恋人になったシルヴィアは、ボッシュの心の奥底まで理解したいと要求するが、一方でボッシュが決して目を背けまいと自らに命じている殺人事件の犠牲者達の写真からは目を背ける。それはボッシュから目を背けるのと同じなのに。自分が理解し得ないことを理解しないところはエレノアに通じるものがあるか。なんかこういう女は嫌いだ。
「うんにゃ」も「おわかりか」もいいんだよ。それが「誰か」の口癖なら。でもいろんな登場人物がのべつまくなしに、「うんにゃ」とか「おわかり」とか言ってしまうとヘンだよね? 

 今回はボッシュ、事件と裁判の両方に苛まれてその合間にはシルヴィアの家に参じるため、家でゆっくりジャズを聴く暇もなく、BGMのジャズ要素は乏しかった。

2017年11月11日土曜日

0069 急降下爆撃

書 名 「急降下爆撃」 
著 者 ハンス・ウルリッヒ・ルデル 
翻訳者 高木真太郎 
出 版 学研M文庫 2002年2月(初訳は 1982年朝日ソノラマ『急降下爆撃』) 
初 読 2017/11/11 
 
【ハンス・ウルリッヒ・ルデル】
1916年 旧ドイツ領シレジアに生まれる
1936年 ドイツ空軍に予備将校志願者として入隊、スツーカ隊を志願
1943年 1000回の作戦遂行に成功
1944年 2100回の作戦遂行に成功
1945年 金柏葉封建ダイアモンド付騎士鉄十字章受賞
1982年 旧西ドイツのローゼンハイムにて死去

この人の略歴については、私が書くよりも、エンサイクロペディアを読んだ方が面白い。ルーデル閣下の顔写真もある。
記事はこちら。エンサイクロベディアにあるまじきことに、事実が書いてあるらしいぞ(笑)

  さて、「鷲舞」を読んで騎士十字章を調べているうちにこのお人を知る。どんな困難な時代や社会の中にも「凄い奴」はいるもんだ、とただただ呆れ(いや、感心)させられた。高いところから飛び降りるのが大好き(?)。とんでもない反射神経。恐れを知らない性格。身体的苦痛よりも行動したいという衝動が勝る。とにかく多動。エネルギー過多。そして溢れる人間的魅力。彼はひょっとすると今でいうところの多動型のADHDだな。あの時代だったからこそ輝いた幾人かの一人に違いないが、もちろん、こういう活躍の場がないほうが平和で望ましいに違いないのだ。

「みずからを価値なしと思うもののみが、真に価値なき人間なのだ!」

2017年11月8日水曜日

0068 ブラック・アイス





書 名 「ブラック・アイス」 
原 題 「The Black Ice」1993年 
著 者 マイクル・コナリー 
翻訳者 古沢 嘉通 
出 版 扶桑社 1994年5月 
初 読 2017/11/08 

【コナリー完全制覇計画No.2】
 のっけからいきなり死んだ同僚の未亡人に恋するボッシュ。おい!ほんとに気の(手の)早い男だな。だからといって、そこでメイクラブはいくらなんでも非常識だろう?ちょっと見損なっちゃうぞ。
 今回はメキシコの麻薬王が相手なだけあってか、かなり捜査手法が荒っぽい。というか完全に違法捜査、越権。警察の範疇を超えているんじゃ?
 前話で私刑はお呼びじゃないってレビュー書いたのに、早まったかな?
 一話目から引き続きどうにも辛い翻訳。「こしらえた」「メイクラブ」「日曜たんび」
 サンドイッチも、殺人事件調書も、捜査メモも全部「こしらえる」の一語で片付けるのってどうよ。日本語表現はもっと多彩でいいと思うんだけどな。それにメイクラブ!多彩以前だ。 アメリカって個人主義の文化だという先入観があったが、この本読む限り組織の同調圧力が強い。腐りかけの組織の中でなんとか腐らずに泳いでいく一匹狼ボッシュ。とりあえず応援しておこう。あんたがどれほど恋愛体質な男であったとしても、だ。

 「この男のことがほとほとよくわかった。パウンズはもはやお巡りではない。 役人なんだ。くずだ。犯罪を、流れる血を、人々のこうむる被害を、記録簿にとどめるための統計数字としてしか見ていない。そして年末に、その記録簿が、パウンズにどのぐらいよくやったかを告げるのだ。人間が告げるのではない。心のなかから出てくる声が告げるのでは無い。それは市警の多くを毒し,街から、そこの住民から遠ざけている非人間的な傲慢さだった。」

◇引用/チャンドラー『長いお別れ』、ヘッセ『荒野のおおかみ』
◇音楽/コルトレーン、フランク・モーガン

《メモ》
p.67 「ロックウェルの絵に描かれた警官のような気になったのだ。まるで自分が大きな影響をあたえたかのような気分に。」


2017年10月31日火曜日

0066ー7 ナイトホークス 上・下

書 名 「ナイトホークス 上」「ナイトホークス 下」 
原 題 「The Black Echo」1992年 
著 者 マイクル・コナリー 
翻訳者 古沢 嘉通 
出 版 扶桑社 1992年10月 
初 読 2017/10/31
【コナリー完全制覇計画No.1】 処女作とは思えない玄人っぽい緻密な作り込みが素晴らしい。もっと草臥れた感じの尖った刑事を予想していたが、ボッシュのイメージにブルース・スプリングスティーンを拝借したら、これがなかなか合っている(自画自賛)。読み始める前に期待値を高めすぎていたので、実際読んでみたらそれほど惹かれなかったらどうしよう、シリーズ全部揃え終わってるのに!と警戒していたが、杞憂だった。 
 自分の周囲の悪意や害意を知りつつもそれに惑わされず、淡々と一人で捜査を進めていく、一匹狼である。
 シャーキーの取り調べのシーンが良い。娼婦や非行少年に向ける視線が優しい。
 過去の傷、わずかばかりの楽しい記憶、つい愛情を求めてしまう心寂しさ。先に読んだクレイスのコールとどうしても比べてしまうが、二人ともマルホランドの丘陵の、市街を見下ろす丘の上に周囲の豪邸とは似つかわしくない慎ましい家を構えていて、そこに家があることを大切にしている。コールが自分の家を手を掛けて整えているのは、それが子供時代についぞ与えられることのなかった家庭の象徴だからだと思うが、ボッシュにとってもやはり、ホームは憧憬の表れなのだろうと思う。

  ハラハラするようなスリルと謎解き、ではなく染みいるようなボッシュの存在感と孤独感が、じつに良い。
 「ということは、あなたのことを考え違いしていたのね」 
「ドールメイカー事件のことを言っているのならそのとおりだ。きみは俺について考えちがいをしていた」ボッシュはその生い立ちから他人に対する期待値が非常に低い。 それが周囲をイライラさせたり組織から浮く原因なんだけど、人が本質的に孤独であることを知っていて、それを受け入れているが故の彼の「孤独感」は実は一つの理想だと感じるところがある。
 自分が見舞われた理不尽を「不正」と感じ、それに私刑を与えることを決意したエレノアは、殺人犯を射殺したボッシュを自分と同類の、自分の中の正義を私刑に託す人間だと考え、もしくはそうであることを願ったのだろう。なぜなら、自分一人きりなのは孤独だから。
  彼女は自分の兄の為に憤っていたのではなく、自分の中の兄という偶像を破壊されたことを自分の為に怒っている。そして、ボッシュに対してもまた、自分の偶像を投げかけている。彼女の孤独とボッシュの孤独は、本質的にまったく別物なんだけど、ボッシュはそこに気づけてるかなあ。まだ第1作目だけど、ボッシュ、完全にツボったので、これから二十何年分の彼の人生とおつきあい開始(笑)。
 【蛇足ながら】
  翻訳のヘンな平仮名には最初ちょっと閉口した。 “蛍光灯をべつにすると”、"雑草の中にたおし”、“なかにはいっていない”・・・・なぜ、ひらがな??と最初しばらく、イラっとしました(笑)

2017年10月27日金曜日

0065 鷲は飛び立った

書 名 「鷲は飛び立った 」 
著 者 ジャック・ヒギンズ 
翻訳者 菊池 光 
出 版 早川書房 1997/4 
初 読  2017/10/27 

 なにぶんにも評価の分かれる、人言うところの、「作者による二次創作」。そうはいっても、生きて動いているリーアムとシュタイナを見たくて、恐る恐る手を出した次第。

 シュタイナとリーアムが格好良くて、味方はとことん有能で頭脳明晰、首尾良く英国を脱出して何の因果かあの男の命を助け、その上某国に脱出。というお気楽展開である。
 「鷲は舞い降りた」が戦争小説ならこちらは娯楽小説以上でも以下でもなく。もっともその違いは物語の出来ではなく、物語を牽引するキャラの違いかもしれない。鷲舞はメインがラードルとシュタイナなので真面目・真剣自ずと事態も深刻になったが、鷲飛はなにせ享楽デブリンと考え無しの米国人エイサ、勝ち組シェレンベルクと来ては、勢いストーリ展開もなにやら楽しげな様相に。

 ①絶妙なタイミングでリーアムと接触し、
 ②凄腕パイロットが運良く見つかって、
 ③ちょうど良い飛行機をゲット、
 ④幸運にも目的地近くに絶好の英国内協力者の私設飛行場があり!
 ⑤おまけにシュタイナが幽閉されている建物の詳細な図面は元々手元にあり、
 ⑥人に知られていない地下道まである!

という極めてご都合のよろしい展開(笑)。読んでいるうちは気にならなかったが、こうして並べるとなんだかヒドい話だな(笑)。それでも面白く読ませる作者の筆力はたいしたもの。読む価値があるかどうかは各々の評価に任せたい。ま、面白かったですよ。これよりつまらない話もごまんと世に出ている。さすがはヒギンズです。

 それにこれは、パラレルワールドの入り口かもしれない。
 シュタイナが生きていて、リーアムとアイリッシュウイスキーを酌み交わし、たまにはリーアムに手を貸して英国政府に嫌がらせして。普段はアイルランドの僻地でタバコ吸いつつ羊を追ったり、本を読んだり。
 鷲舞の戦士達のうち一人くらい、そんな戦後を送らせてあげても良いじゃないか、とちょこっと思ったりもするから。

2017年10月20日金曜日

0064 鷲は舞いおりた〔完全版〕

書 名 「鷲は舞いおりた〔完全版〕」 
著 者 ジャック・ヒギンズ 
翻訳者 菊池 光 
出 版 早川書房 1997/4 
初 読 2017/10/20 

  作戦が失敗し部隊も犠牲になったきっかけは、部下が子供を助けて命を落としたこと。そのことがどこか誇らしげなシュタイナ中佐だった。そもそも、作戦が成功するか否かは、大して問題ではなかったのだ。
 ナチスに反感を抱き、ドイツの敗戦を確信しながら、何の為に戦うのか。この戦争は命を落とす価値があるのか。彼らは自問しつつ、それでも戦いの中に身を投じ、すべてを賭して戦う。
 戦争の無残と敵味方に分かれて殺し合うことの虚しさ、そして誰もが自分の人生を歩む人間であることを描き切った名作。オルガニストの兵士や、バードウォッチングが趣味な兵士、平時の素顔を知ってしまったことで、いっそう、戦争のむごさが身に染みる。緻密に編んだはずの編み目が少しづつ綻んで、一気に破綻していく過程が悲壮だ。
人間の無能と衝動だけは予測がつかない。

 そしてマックス・ラードル中佐に惚れた。軍服の着こなし、まるで制式であるかのような眼帯、黒手袋。完璧だ。保身もするし、ヒムラーの前では心臓がバクバクする人間味がまた良い。鷲が飛び立つ前までにラードル中佐を求めて3回も読み返してしまった(笑)。中盤の一文“ラードルは後日妻に語ったように” からラードルが生きて妻に再会出来たらしいことが分かるので、読んでいてせめて気持ちが救われる。マックスとクルトの友情が良い。マックスの体を気遣うホーファの忠誠、冬季戦線で失った部下達への思い。台詞の一つ一つに心を打たれた。名作です。でも中盤は、リーアムのおいたが過ぎるのが読んでいて辛く、読書スピードが落ちる。敵地に先行したリーアムが衝動の赴くまませっせと地雷を埋設してるし!!フラグ立てるし!!マックス、これは人選ミスだよ。でも終盤は、そんなリーアムでさえ格好良く見えてきて、自分に驚いた(笑)。

2017年10月14日土曜日

0063 エニグマ奇襲指令

書 名 「エニグマ奇襲指令」 
著 者 マイケル・バー・ゾウハー 
翻訳者 田村 義進 
出 版 早川書房 1980年9月 
初 読 2017/10/14 

  Dday前夜の英仏を舞台とした痛快娯楽小説。
 アルセーヌ・ルパンは第一次大戦に軍医として従軍もしていたが、これは“ルパン第二次大戦でも活躍す”って感じの泥棒物。
 そんなだから人物造形が単純だという気もするが、まあそれぞれ魅力的に描かれてはいる。
 老獪な英国軍人、明朗快活なフランス男の大盗賊。勤勉実直で実は詩的で夢見がちなドイツ青年将校。このフォン・ベックだけはなんだか哀れだった。
 英国で服役中の盗賊が英情報部の依頼で仏国内の独エニグマ暗号機を盗み出す!交換条件は自由と大金、という設定もどこかで観たような読んだような。だけど、この話は、細かいことは考えずにワクワク読むのが正しい読み方。最後のオチも、なんとなく初めから見えていたような気もするけど、気にしない!

2017年10月10日火曜日

0062 死にゆく者への祈り

書 名 「死にゆく者への祈り」 
著 者 ジャック・ヒギンズ 
翻訳者 井坂 清 
出 版 早川書房 1982年2月 
初 読 2017/10/10

 ほどよい本の薄さと、硬質ながら読みやすい文章で一気読み。ジャック・ヒギンズが自作の中で一番好きな作品にあげたとか。晩秋の冷たい雨に白い息が滲むような切なさのある読後感。表紙の薔薇が、彼への手向けに見える。

 繰り返される戦争と対立がそれぞれの人の心に残した深い爪痕が、礼拝堂の中で交差する。
古いカトリック教会を守る神父と、その盲目の妹。彼らと関わることになったのは、神の差配だったのだろうか。降り続く雨が物語に陰鬱さを添える。
 対立は闘争と悲嘆を呼ぶ。貧困は悪を産み、悪は罪を招く。暗黒街の顔役の表の顔は誠実で勤勉な葬儀屋。彼にとってはどちらも真の姿である。生と死も善と悪も立場が違えば表裏が返る皮相、死んで土になれば皆同じ、という皮肉にも感じる。
 神への祈りは魂の救済たり得るのか、それともただ一時の慰めを与えるだけなのか。
 傷つけられた指先が奏でるオルガンが人の心を打つ。音楽家としての人生を捨てたのは彼自身の選択だっただろうが、それでも、天才的なピアニスト・オルガニストに加えられた最悪の仕打ちだ。惨い。
 ファロンのことを考えると胸が詰まる。十字架の下敷きになって死んだのは、許しなのか、罰なのか・・・・。彼に深紅の薔薇を捧げたい。後の祈りは、彼の魂に届いたのだろうか。ファロンの魂に平安あれ。



2017年10月4日水曜日

0061 宇宙の戦士〔新訳版〕


書 名 「宇宙の戦士〔新訳版〕」 
著 者 ロバート・A ハインライン 
翻訳者 内田 昌之 
出 版 早川書房 2015年10月 
初 読 2017/10/04  

 少年(といっても、立派なティーン)が大人になっていく過程が瑞々しい、と言えなくもない。こっちがいい大人になっちゃってるんで、ちょっとムズムズしたりもするけど。  極めて秀才なわけでも、器用なわけでも、信念があるわけでなさそうな普通の男子だが、芯があって自分を成長させていく力がある。 そして教官達に厳しくも育まれて成長していく。というある意味まっすぐな話。機動歩兵とか異星の敵とかって味付けは何でもいいような気すらする。
 とにかく、言わずと知れた名作の新訳版だし、なんだか感動しなくちゃいけないような、プレッシャーを感じなくもない。だがしかし。せっかく大人になったってのに、最後でお父さんと同じ小隊ってなにさ?パパに抱きしめられちゃうのか?なんだか解せないし、そもそも組織としてどうなのよ!


0059−60 暗殺者の飛躍 上・下

書 名 「暗殺者の飛躍」
原 題 「Gunmetal Gray」2017年
著 者 マーク・グリーニー 
翻訳者 伏見威蕃 
出 版 早川書房 2017年8月 
初 読 2017/10/04 
 
 CIAという後ろ盾を得たコートは、どことなく暢気な雰囲気が漂う。新しいハンドラーとはまだ息が合わない。そもそもスーザンの方に合わせるという気がない。コートは彼女が直前までヴァイオレーター対策チームの指揮官だったって知らない。皮肉を応酬しながらこの二人は果たして息が合っていくのだろうか?スーザンに打算尽くではない本気の仕事を見せてもらいたい。ついでに言うならコートの為に泣いてほしい。これまでの仕打ちを考えたらそのくらいしてくれたって良いじゃ無いか!
 コートの暢気な風情が目立つ前半だが、お仕事自体は結構ハードモードである。中国、ロシア、ベトナムマフィアまで絡んで大乱闘、大混戦。フィッツロイを巻き込んだ設定に弱冠無理を感じるが、フィッツロイおじいちゃんが大好きなので大目にみよう。それにしても、翻訳のまずさが弱冠気になる。「独り働き」(p31)ってここで使うか?時代劇用語(鬼平犯科帳とか。)じゃない?意味違うし。"単独行動"くらいにしておけばよかったのに。
 明かに日本語文法がおかしい文もある。誤植もあったぞ。校正ちゃんと仕事してほしい。
 ゾーヤがルースの再来で、頭の中で絵が重なってしまう。ついにコートに大切な女性が出来るのか? 

暢気なジェントリー語録。
✓P90せいぜいこのドライブを楽しもう。→ P91楽しめなかった。・・・・早いな。 
✓P114しまった、(中略)考えを、うっかり戴に吹き込んでしまった。・・・・凡ミス。
✓P240考えてみればひどい取り合わせなので、あまり考えないようにした。・・・・考えなければ万事OKなのか?ライスプティングとリンゴと梨とウイスキーの夕食。ジェントリー、実は甘党? 
✓p372一瞬、誇らしい気持ちになり、だれかに写真を取ってもらえばよかったと思った。・・・寝言いってるんじゃねー!ところで「撮って」じゃないのか?

2017年9月30日土曜日

0057ー8 暗殺者の反撃 上・下 

書 名 「暗殺者の反撃 上」「暗殺者の反撃 下」 
原 題 「Back Blast」2013年 
著 者 マーク・グリーニー 
翻訳者 伏見 威蕃 
出 版 早川書房 2016年7月
初 読 2017/09/30 

 コートを巡る陰謀の謎解きは陰謀が陰謀で塗り替えられる結末に。最後の007張りの飛び道具(?)はアリなのか?でも調べて見ると、一応は実用化されているらしい。あまり効率はよくなさそうだけど、これしか脱出の手段がなかったら、やるか?
頭上高く飛ばしたワイヤーを飛行機に取り付けた引っ掛け金具で引っ掛けて高速で引っ張る訳だけど、本当に真上の天井の穴から真っ直ぐ上に抜けられるものなのか?タイミングや角度がまずいと悲惨なコトになるぞ? 引っ張り上げた時には蜂の巣死体になってたとか、天井に激突して頭蓋骨骨折してたとか・・・ リアルに想像してしまう。

 ジェントリーが自殺を企てるシーンは実に可哀想。そこを助けに来るのはやっぱりザック。コートとザックの軽口が良い。コートの方はとかく深刻になる質だから、ザックにはこれからもコートの手綱を握っていてほしい。コートが「お父ちゃん」などと軽口を叩けるのもザック相手だから。最後にぎゅっとハグしてくれるのもザックだけ。ザックの性格はホント現場指揮官向きで下働き向きなコートとはバランスの良いコンビだ。しかし、5年の経験で自分で物事を判断するようになったコートはもはや只の兵器には戻れないだろう。CIAは彼を御し切れるか?
 父とは二度と会えない、ってフラグ立てていたけれど、やっぱり私はジェントリー父子の再会シーンが見たい。家主のメイベリーさんまでフォローしたのに、ヤニスは放置っていうのが弱冠気になるところ。これは絶対にこれ以降の展開でもう一度モサドが絡んで、ヤニスは再登場するだろうから、ひとつ楽しみが増えた。ジェントリーとヤニスの共闘話を読みたい。

2017年9月25日月曜日

0056 暗殺者の復讐

書 名 「暗殺者の復讐」 
原 題 「Dead Eye」2013年 
著 者 マーク・グリーニー 
翻訳者 伏見 威蕃 
出 版 早川書房 2014年5月 
初 読 2017/09/25 

 コートの苦悩の原因がカーマイケルの無能であるとか、今回に関してはラスの嫉妬でしかなさそうな陳腐感はいかんともしがたい。が、弱冠読むのが辛かった中間部に比べ、コートが俄然動き始める後半400ページあたりからがめちゃくちゃ面白い。
 ラストの100ページは目まぐるしく状況が変転し、先が予測できないままずんずん進む。
 最後の凍った池での戦闘後にたどり着いた農家で、コートが発した言葉は「助けて」。ラスの口からは絶対に出て来ないだろう。ルースは残念だったが、ヤニス、ジェントリーとも殺伐とした世界に身を置きながらも信頼や心が通う瞬間があるのが良かった。
 それにしても、常に漂うカーマイケルの小物感。ラスのキエフへのこだわりぶりが不自然過ぎだ。何か裏があると疑え、コート。各所詰めが甘いぞ。ジャンパーチームはラスを殺すべきでしょ。グレイマンと結託しているのが分かっているのにあの場面で放免はナイでしょ。
 サイコパスにソシオパスだと言われて動揺したり、ヒコーキに「がんばれ!」と励ましたり、なんだかコートがうぶでカワイイ。
 せっかくルースと信頼を結べたのに、あっさり殺されてしまったのが残念だったけど、最後はモサドの計らいでついに米本土上陸。
 いよいよ本丸に突撃。カーマイケルにかましたれ! 

 シリーズここまで読んでの感想。
 キエフと発見即射殺〈SOS〉の謎を引っ張り過ぎだ。
 期待を高め過ぎるとかえって陳腐になるから、構成としては、グレイマン→正義→復讐→反撃→インターバルで回想として鎮魂を入れて、→飛躍 という順番でも良かったんじゃないかなあ、と個人的に思う。
 さていよいよ次ぎは反撃。ザックも当然再登場するでしょ。ザックが入ると話が引き締まるから、いろいろと期待する。

2017年9月16日土曜日

0055 暗殺者の鎮魂

書 名 「暗殺者の鎮魂」 
原 題 「Ballistic」2011年 
著 者 マーク・グリーニー 
翻訳者 伏見 威蕃 
出 版 早川書房 2013年10月 
初 読 2017/09/16 

  舞台は中南米。重く暑く濃いラテンの空気感。
 潜伏したメキシコで命の恩人エディの訃報に触れ、どうしても墓参したくなったジェントリー。エディを殺した麻薬カルテルがエディの妻とそのお腹のエディの子を付け狙い、例によって善人スイッチON。あまつさえ戦闘中の姿をテレビ放映されて居場所がCIAにも知られることになり絶体絶命。
 エディの妹とシリーズ初イチャイチャ。で、あるのだが、戦闘下の緊張でエッチに集中できないコート。エディの妹ラウラはそんなコートを上手にリードしてくれちゃういい女である。熟睡できて良かったねー(棒)。

 敵に捕らえられ、とりあえず拷問される。塩ライムが、結構リアルに想像できて、かなり痛い。登場したCIAはかつての上司であるハンリー。コートを助けてくれるも。その手段が電撃ショックなところがハンリーの恨みを感じなくもない。ラストは必死で救出したラウラに清々しく振られて轟沈。ご愁傷様である。

 東南アジアに潜入するのにマラリア対策してなかったんかい?と言う根本的なところが引っかかる。プロの技量とコントロール不全な善人スイッチのミスマッチがジェントリーの魅力だから、プロの技量の方には疑問を持たせてほしくない。マラリア予防薬と治療薬とディートぐらい持っとけ!
 今回のサービスショット(?)は麻薬カルテルにとっ捕まっての拷問シーンだな。ラウラとのベッドシーンではなく! 拷問メニューは定番中の定番、マッドサイエンティスト風味な拷問官もよくある感じで新味はないが、痛そげな描写がリアルだったので良しとする。(何がだ?)

2017年9月13日水曜日

0054 暗殺者の正義

書 名 「暗殺者の正義」 
原 題 「ON TARGET」 2010年 
著 者 マーク・グリーニー 
翻訳者 伏見 威蕃 
出 版 早川書房 2013年4月 
初 読 2017/09/13 

 フィッツロイと袂を分かったジェントリーは、やむを得ずロシアマフィアの仕事を請け負って、やさぐれモードなところをかつての仲間であるCIAに捕獲される。
 しかし、殺されるかと思いきや意外にも共同作戦を持ちかけられる。SOS指令解除を餌にされ選択の余地はない。しかし、例によって、善人スイッチONで仕事前に厄介な事態に陥る。
 本命仕事もどんどんヤバくなって、文字通り怪我を背負込み元上官のザック・チームも危機。助けに戻った事をラングレーには小馬鹿にされ、個人的正義感を発動した結果さらに怒らせ、人質は殺されて、更に敵を増やし正真正銘の踏んだり蹴ったりの巻 。

 今回はかつての仲間で今は敵なCIAチームと一時休戦・共同工作。
 背後を心配しなくて良いのと気心知れた元上官との共同作戦ってことで、前回の緊迫感とはちょっと違った味わいもある。
 (元)指揮官ザックが上司としても戦闘員としても有能、さばけた性格で仲間想い。コートが実直に命令に従っていたのはザックも知ってるはずで、SOS指令には割り切れないものを感じているはず。そんなザックの折角の救いの手を払いのけちゃった形のジェントリー、ザックを怒らせたが、強引に命を助けて今後の展開には弱冠の期待が持てる。
次巻まで殺されないように頑張っとけ!

 それにしても、 女と逃げて砂漠で追われて砂嵐ってベタすぎじゃないか?。もーちょっと何とかならんかったのか? 
 「拙者でござるよ」とか、原文がどうなっているのか気になる妙な訳もあるが、鼻につくほどではない。背中に突きたった矢を見て、どうしても信じられなくて「うそだろう?」っておとぼけが私好み♪ 
 今回はちょっとヤク中気味のジェントリー、はらはらさせられたがなんとか生き抜いてくれてGJでした。 それにしても、ザックが本当にいい男だ。コートはずっとザックの下にいれたら幸せだったろうと思う。それに引き替え、ロイドといい、カーマイケルといい、敵役がいつも役不足。カーマイケルなど、どうしても伝説的人物、という気がしない。もっと含蓄のある敵を配置してくれたらさらに話が面白いのに。SOS指令の謎とキエフの謎は、ここでも明らかにならず。次回に持ち越し。

2017年9月9日土曜日

0053 暗殺者グレイマン

書 名 「暗殺者グレイマン」 
原 題 「The Gray Man」2014年 
著 者 マーク・グリーニー 
翻訳者 伏見 威蕃 
出 版 早川書房 2012年9月 
初 読 2017/09/09 

  堪え性がない!このお人好し!と冒頭から叱咤したくなるが、この性格だからこそこの物語。
 ロイドのような奴にまで「子犬みたいな奴」だと見破られているところが笑える。善悪ってそんなに簡単に判別できるものなのか?という疑問はさて置き、いささか単純で善良で無慈悲でお人好しな殺戮者という矛盾する性格と、それを凌駕する戦闘技能の高さに魅了されっぱなしだ。
 動けば動くほど怪我が増えて痛そう。実際泣いて痛がってるし。痛みに強いわけでもなさそうだけど、それでも彼を突き動かす動機は正義?責任感?あまりにも人間味のある暗殺者。次作が楽しみである。
 初っぱなからジェントリーの履歴を事細かにご披露してくれてるおかげで、「彼は何者なのか」などと考えなくてすむのが吉。ひたすら彼の戦いに酔いしれるだけ。
 いやあ、テンション上がるわ〜。結構な爽快感がある(笑)。ロイドが頭が悪すぎて胸くそ悪いけど、そこはリーゲルも同じ気持ちなので彼のプロフェッショナルで補ってもらう。サー・ドナルドとモーリスが渋くて良い。
 アメリカ人と書いてあるだけでなんとなく「バカ」と書いてあるような気がするのは、たぶん馬鹿ブッシュとトランプのせい。

✓「一日に二度くらいサンドイッチを食べさせて、キッチンのコーヒー・ポットには熱いコーヒーを入れておき、彼がここにいることは忘れろ」・・・・・・猫? 
✓「おれが重武装し、憤怒し、外にいるからだよ」・・・・・・!!! 
✓クレアは、ケイトの口を手でふさいで、悲鳴が漏れないようにした。・・・・・・クレア偉すぎる。8才なのに、双子なのに!将来ドンおじいちゃんの会社の跡を継いだクレア嬢とそれにかしづく元暗殺者、って構図を妄想して楽しむ。 
✓「ご提案に、ひとつだけ些細な問題があるのですが」・・・・・・コートに惚れた。

2017年9月2日土曜日

0052 The Last Detective (Cole and Pike Book 9)

書 名 「The Last Detective (Cole and Pike Book 9)」  2003年 
著 者 Robert Crais 
初 読 2017/09/02 

 『L.A.Requiem』に続くC&Pの9作目。
 冒頭から惜しげも無くコールの過去が明かされるこの話、コールの過去をほじくり返していたぶる作者クレイスが相当な鬼畜っぷりだ。メンタルやられっぱなしのコールが読んでいて可哀想すぎて、胃のあたりがきゅーっとなってくる。
 でもヴェトナムでコールと同じ小隊に属し作戦中に戦死した親友の父がコールを労ってくれたり、陸軍基地で働いていた海兵隊の退役軍曹がコールに良くしてくれたりで、少し気持ちが救われたりもする。このアメとムチ感がまた、クレイスらしく感情を揺さぶってくる鬼畜っぷりだ。また、事件担当の少年課刑事としてキャロル・スターキーと鑑識のチェンが登場。
 なお、作中でマイクル・コナリーのボッシュが友情出演している。ちなみに、コールのほうは、ボッシュシリーズの『暗く聖なる夜(下巻)』に友情出演している。どこかよそのレビューでも書いたけど、この二人は住まいも近いのだ。コールは、ウッドロー・ウィルソン・ドライブのマルホランド・ドライブからハリウッド側の南斜面に下ったあたりに居を構え、ボッシュは同じウッドロー・ウィルソン・ドライブの、マルホランド・ドライブ(尾根)を挟んで反対側の、スタジオシティを望む北側斜面に住む。ボッシュの家の前はコールのランニングコースで、かつてロス大地震のあと、シャツを脱いで自宅前で瓦礫の片付けをしていたボッシュを、通りかかったコールが黙って手伝った、というエピソードがこの本で紹介されている。
 その時ボッシュが上半身裸だったので肩の入れ墨があるのが分かり、コールはもともとロス市警で見かけていた刑事がヴェトナム帰りだということに気づき、密かな敬意を抱いていたのだ、と。
 ちなみに、ボッシュは1968年から、コールは1970年からヴェトナムで従軍している。ふたりとも陸軍。ボッシュは第一作にあるとおりトンネル兵だった。コールはこれまで邦訳本で「特殊部隊」と書かれていたので、グリーンベレーか?と思っていたが、この作品でレンジャー部隊だったことが判明。以下、邦訳シリーズ読者向けにあらすじ公開につき、ネタバレ御免。嫌な方はスルー推奨。

 5日間の予定でコールの家に泊まりに来ていたベンは、こっそりコールの私室に忍び込んで宝物探しをする。
 コールの私室には古いSF映画とホラー映画の素晴らしいコレクションがあって、コールはいつでもベンに観せてくれたが、ベンはもっと凄い何かを見つけたかったのだ。ベンはクロゼットの上段に隠してあった箱を発見する。 中にはメダルケース5個と連隊記章、色褪せた写真が入っていた。これだ!とベンは興奮するが、そこでコールに見つかってしまう。
 こっそり私物を漁ったことを反省しつつも好奇心を抑えられず、ベンはコールを質問攻めにする。
 シルバースター勲章が2個とパープルハート勲章(名誉戦傷章)があった。写真の人物の肩にはRANGERのタトゥー。コールはレンジャーとは兵士の一種だとベンに説明する。レンジャーは何をするの?と尋ねるベンに腕立て伏せをするのさ、とはぐらかすコールは言葉すくなだった。
 コールはベンにシルバースターのうちの一つを与える。
 この数日後、ベンが誘拐された。

 ベンを探し回るコールの元に1回目の脅迫電話が掛かってくる。犯人は「5−2」「これは報復だ」と告げる。5−2はコールが所属した偵察隊のナンバーだが、この小隊はコールを除いて全員戦死していた。
 事件の連絡を受け、ルーシーの元夫であるリチャードが乗り込んでくる。彼はコールを口を極めて非難する。コールは穏やかに受け流す一方、家の周囲でベンが連れ去られた痕跡を調査した。調べるにつれ、かつての自分と同じような戦闘経験を持つ人間の犯人像が見えてきて不安を強めたコールは、パイクに応援を求める。2回目の脅迫電話。犯人は「これは報復だ。彼は26人の民間人を虐殺した。仲間は口裏を合わせたが、コールは彼らを信用せず、殺した」と告げる。
 リチャードはコールの過去を調べ上げ、彼が少年時代、暴行傷害・自動車窃盗などの罪で刑務所に入る代わりに従軍したのだ、とルーシーに暴露。コールは秘密にしていたわけではない、とルーシーに言う。ただ不遇だっただけだ、と。ルーシーはコールを信じる、と言うもののベンのことで追いつめられており、コールの心情に配慮する余裕はなかった。
 ベンをコールに預けたのは間違いだった、とルーシーは言い、コールに捜索から手を引くよう求める。「君とベンは僕の家族なんだ」と訴えるコールに「いいえ、貴方は私達の家族じゃない」とルーシーは答える。ひとり、車の運転席で涙を流したコールを遠くから見守っていたのは、パイクだけだった。
 
 犯人が自分の陸軍の人事記録を入手したのではないかとコールは疑う。人事記録は秘匿されているので、入手する方法は限られている。その履歴から、意外な線が浮かび上がってきた。スターキーとジョンの捜査で実行犯が割り出され、やがて事件の全容が見えたてきたが。。。。

 謎解きは『容疑者』レベルのあっさり感。それよりも回想シーンで4人の戦友を失う戦闘シーン(コールが親友アボットの遺体を守り抜く)、母がコールの名前をエルヴィスに変えた出来事や、戦友に父の事を聞かれ「知らない」と答えるシーン、アボットを生きて連れ帰れなかったことを詫びるコールにアボットの父が、いや、連れて帰ってきてくれた、とコールを労るシーンとか、これでもか、と心を揺さぶられる。ちなみにアボット家にはエルヴィスという名前の孫がいるらしく、すこしだけほっこりする。

 コールは死闘の末、ベンを取り戻す。しかし、ベンのために静かで安心できる環境を取り戻すことを最優先したルーシーは、ベンと共にルイジアナに去ったのだ。
 
C&Pのペーパーバックは何種類も出ているが、このシリーズの表紙が一番好き♪

2017年8月30日水曜日

0051 L. A. Requiem (Cole and Pike Book 8)

書 名 「L. A. Requiem (Cole and Pike Book 8)」
1999年 
著 者 Robert Crais 
初 読 2017/8/30

 この本を巡る国内状況について。Robert CraisのC&Pシリーズは、1作目『モンキーズレインコート』から『指名手配』まで17作が発表され、そのうち日本で出版されているのは1作目から6作目『サンセット大通りの疑惑』までと11作目『天使の護衛』の7作品と、16作目『約束』、17作目の『指名手配』の計9作品。このうち『約束』は日本では警察犬マギーとスコットの続編として発行され、『約束』を読んで、初めてコール&パイクシリーズに関心を持った日本の読者も少なくないはず。因みに本作は8作目。
 だがこのシリーズ、本邦未訳の7作目『Indigo Slam』から10作『The Last Detective』までの4作は名作として誉れ高い。コールとパイクの、お互いに対する堅い友情と献身が刻まれているのこの作品群を読まずにいるのは、あまりにも惜しい。そこで、無理を承知でペーパーバックを入手した。(私は英語力が低い。)でも辞書を引くのが面倒だったので、読んだのはもっぱらKindleで。ありがとう辞書機能。以下ざっくりあらすじ。

 ルーシーがロスに引っ越してきた。コールが引越しの手伝いに精を出していると、パイクから呼び出しがかかる。友人のトラブルに手を貸して欲しいという。パイクがプライベートのトラブルを持ち込んでくるのは例のない事で、訝しみながらもコールは駆けつける。パイクはコールをフランク・ガルシアと引きあわせる。トラブルとは彼の一人娘であるカレンの失踪だった。ガルシアから、パイクがカレンのかつての恋人であり、いずれパイクは自分の一族に加わると思っていた、と聞かされたコールは驚く。
 捜索を始めて程なく、カレンが死体で発見され、事態は犯人の捜索に移るが、犯人がパイクを偽装したことによって殺人の容疑はパイクに向けられる。

 終盤、パイクは銃撃戦で重傷を負ったまま姿を消す。逮捕されれば残る人生を刑務所で過ごさなければならない、と言うパイクをコールは敢えて逃がすが、パイクはだれもが失血死を予期するほどの傷を負っていた。また、コール自身も跳弾によって負傷する。コールは病院で応急手当を受けるが、医師は肩の手術が必要だと言う。 翌日、コールは顧問弁護士のチャーリーに伴われ市警本部に出頭する。殺人犯(パイク)の逃亡を教唆・幇助した罪を受け入れてコールは犯罪者となり、私立探偵のライセンスを失うのは確実となった。それを受け入れたのは、自分の法廷闘争に拘っていてはパイクを捜索する時間が失われるからだった。翌日、肩の再建手術を受け、退院するとすぐに、コールはパイクを探し始めるが消息はつかめない。事件の渦中にあってコールはルーシーとだんだん疎遠になっていく。やがてコールの事務所に探偵免許と銃器所持許可を剥奪する州からの公式通知が届く。
 
 ガルシアがコールを夕食に招待した。ガルシアがコールに渡した封書の中には、コール名義の私立探偵のライセンスと武器の携帯許可証が入っていた。ルーシーがコールのライセンス回復の為に、コネのあるガルシアに働きかけていたのだ。「我々は君を愛している」「そしてあの美しい女性も、君を愛している」ガルシアは言う。コールは声をあげて泣く。自分の為にではなくパイクのために。
 失踪していたパイクの居場所が分かり、コールはその場所に駆けつけるが、その後からロス市警のSWATが到着し、ライフルが二人を取り囲む・・・。

 個人的には銃撃戦の後、病院で応急手当を受けたコールがやっと家に帰り、ためらいつつルーシーに電話を掛けるシーンがツボ。ダイヤルするだけでも傷が痛む、と思いつつルーシーの声を聞きたくてコールは電話をする。しかしルーシーは必ずしもコールが期待した優しい声を掛けてはくれない。体の右半分が全部痛む。「傷が痛いんだ」と言ってしまえ!と思うが、そういう言葉が出てこないのがコール。電話のあと黒猫がやってきてコールの包帯を舐める。恋人がいても、やっぱりコールをなぐさめてくれるのは黒猫だけ。コールの根深い孤独が垣間見える。

2017年8月22日火曜日

0050 ヒーローの作り方―ミステリ作家21人が明かす人気キャラクター誕生秘話

書 名 「ヒーローの作り方―ミステリ作家21人が明かす人気キャラクター誕生秘話」 
著 者 オットー・ペンズラー  
翻訳者 小林 宏明
出 版 早川書房  2010年8月
初 読 2017/08/22

 ひとまず、冒頭のケン・ブルーウン、ロバート・クレイス祭りの流れでクレイス/コール&パイク、私にも馴染みのある数少ない主人公の一人であるリンカーン・ライムの章だけ読んだ。
 それ以外はまた後ほど。
 読んだこともないのに、ブルーウンが面白すぎて爆笑。リンカーン・ライムは短編小説になっていてちょっと得した気分。
 コールは一人称が「おれ」になっていてかなりの違和感あり。「わたし」か「僕」の方が良いなあ。パイクのパートは素晴らしい!の一言に尽きるけど、ある意味、人物の種明かしなので、人によっては読まないほうがいいんじゃないかな。とも思った。
引用 「わたしは人間を描く。わたしが達成感を味わうのは、意表を突くプロットを思いついたときではなく、キャラクターの陰影が読者を共感させたり、感動させたり、夢中にさせたりしたときだ。(中略)人間を深いところで理解したと思ったときのほうが、喜びは大きい」「私が書いているのは、(中略)人間のまったき理解の仕方なのだ。」
 完全に同意。私は読んでいて入り組んだ謎解きよりも、登場人物の存在の理解に力が入る。クレイスとは相性がいい。でも、パイクの造形ついて、あまり詳しく解説しないほうがいいんでない?と思わないでもなかったのだ。

2017年8月19日土曜日

0049 サンセット大通りの疑惑 探偵エルヴィス・コール

書 名 「サンセット大通りの疑惑 探偵エルヴィス・コール」 
原 題 「Sunset Express」1997年 
著 者 ロバート・クレイス
翻訳者 高橋玖美子 
出 版 扶桑社 2000年3月
初 読 2017/08/19

 C&P6作目。
 純なコールが迂闊にも強者の悪意に騙される。
 それだけだと読むのがツラいが、ルーシーとの恋が絡んでコールが騙されるのも止むなしと思わされるところが上手い。コールの恋の為なら子守も辞さないパイク超万能!
 利用された事に気づいた後半の巻返しは爽快だが「そこから派生したあらゆることが、自分の人生にこれほど長く尾を引く深刻な打撃を与えようとは思いもしなかった」というプロローグを読み返すにつれ、グリーンを撃ち殺したくなるのはパイクだけじゃない。
 その後のコールの災難を読んだ後となっては奴を締め殺してやりたい。

 クレイス祭りも終盤。残すところは『破壊天使』と『ホステージ』、コール&パイクはこれで邦訳は読み切った。本当はここからの4作をじっくり邦訳で読みたいのに。このシリーズはここからシリアスモードに突入するんだよ!
 『天使の護衛』の後のパイク主役シリーズもなかなか良さそうなのに。ああ、残念。この巻には、思わず励まされるような良い台詞が沢山あった。
 P「たぶん。だが、不都合があれば俺たちが正す」 
 ギブス「それでも、連中はまちがってて、われわれは正しい。その過程で銃弾を浴びなきゃならないのなら、浴びるまでだ」
 「大事なのは司法制度の悪い部分じゃなくて、いい部分だ。悪い部分は正していかなきゃならない」
 「あなたが正義と呼びたいものをわたしたちに与えてくれるのは、人間だけだわ」

 ここのところ、ほぼ仕事から逃避するように読書にのめり込んでいたが、最後の最後でコールに元気づけられてしまった。しゃーない。私も頑張るかあ。(ちなみに司法とは関係ない) 
 ついでに守護神パイクの恋愛指南
 「こいつが寂しがるだろう」(コールを見ながら、ルイジアナに戻るルーシーへ)
 「頭がどうかしてるぞ。最後の夜なのにこんな話をしている場合か」

2017年8月10日木曜日

0048 天使の護衛

書 名 「天使の護衛」 
原 題 「Stalking the Angel」 1992年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 村上 和久 
出 版 武田ランダムハウスジャパン 2011年8月
初 読 2017/08/10

 C&P11作目。
 三人称で語られることでCとPの輪郭がいっそうはっきり立ち上がる。
 正直、本当の意味で、コールの格好良さに気付いた。コールは前作(The Forgotten Man)でショットガンで撃たれて重傷を負っており、本作ではまだ自宅で療養・回復中の身である。にもかかわらず、自由にならない体をおして、パイクの為に活動する姿が実にタフで有能でクールで格好よいのだ。
 一方のパイクは父に虐待された生い立ちから、「家族」というものに抱くあこがれのような特別な感情、ラーキンへの思い、コールとの友情などが、スリリングな事件の展開と絡み合いながらパイクらしくハードに表現される。「愛している」は蛇足だ、とは思ったけど、それも込みでパイクなのかも。とにかくこれまで邦訳されたシリーズでは、ターミネーターの印象しかなかった(笑)パイクの印象を改めることになる一冊。

 ストーリーとしては、ラーキンとパイクのあれこれがメインのはずなんだけど、脇を手堅く固めるコールがいぶし銀のごとく輝いていて、ラーキンがかすむ。。。。。やっぱり、コール&パイクだよねえ。
 解説等ではパイク主役のスピンオフってことになってるが、紛れもなくC&Pの11作目だと思う。

 蛇足ながら、不思議と痛くないやりかたで殴られるって、それ痛くないんじゃなくて解離してるだけだから!虐待から心理的に逃避してるんだよ?
 悲惨な育ち方で、身近に守ってくれるものがなかったからこそ、人として正しく行動し、他人を守れる人間になりたいと願うパイク。しかし世間の標準とはちょっと価値基準がズレてるので、組織の中では上手くいかない。結局パイクが選択した自分の正しさを実践できる生き方は傭兵だったのだ。
 コールの存在は、パイクにとって最も価値あるもののうちのひとつなのだろう。
 「自分がコールの背後を掩護していなかったら、たぶんコールは殺されるだろう」というのがコールのパートナーをやってきた理由。だから前作の負傷を引きずり、自分の身をまもるのもおぼつかないであろうコールに危険を持ち込んだ事を悲しんでもいる。そんな2人の友情と共闘が胸熱である。

2017年8月7日月曜日

0047 追いつめられた天使―ロスの探偵エルヴィス・コール

書 名 「追いつめられた天使―ロスの探偵エルヴィス・コール」 
原 題 「STALKING THE ANGEL」1989年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 田村義進 
出 版 新潮文庫 1992年3月
初 読 2017/08/07

 一人クレイス祭り続行中。C&P第2作。
 正直妙な日本文化には閉口するけどまあそれはいい。コールが初めから最後まで関与しないほうが、ミミの為には良かったんじゃないの??というのは言わぬが花。
 今回の仕事は盗まれた日本の古書「葉隠」の捜索。手がかりを求めて乗り込んだヤクザの事務所でいきなり刺青やら小指のない男やらと遭遇して乱闘寸前。ノリは三文アクション映画である。そうこうしている内に依頼者の娘ミミが誘拐されてしまい、護衛に失敗したと落ち込むコールが実にカワイイ。
 内心心配して様子を見に来るパイクはさらに良い。

 事件は例によってどんどん深刻化。ついには殺人に発展。事態を阻止できなかったことをコールは悔やんでさらに落ち込むが、そんなコールに守護神パイク。
 酔っ払ったコールがパイクに電話を掛けた30分後には瞬間移動したかのように居間にいて、台所でオムレツとイチゴジャムトーストを作り「こっちへこい」。黙って食べたコールに「話せるか?」そして、コールの話を微動だにせずに聴くのだよ。 
 C&Pの何がいいって、この二人の関係性がいいのだ。コールもパイクも基本的にサバイバーで、辛ければ辛いほど、それを言葉にできなくなる。(幼少時から周りの他者(親や大人達)に助けられた経験が乏しいから。)それをわかってるパイクはまずはコールに食事を食べさせて、コールの心のハードルを下げてから「話せるか?」と問うんだよね。さりげないシーンが胸に来る。

 今回のパイク語録。
 C「まずいな。飛行機に乗るつもりかもしれない。」
 P「だいじょうぶだ。撃ち落とせばいい」ほんとに出来そうで怖い。

 「葉隠」は秘伝なんで読んで覚えたら本は燃やせと伝えられていて、だから原書は残っておらず伝承されているのは写本で、しかも何冊もあるんだ、とか、写本である以上、文化財的価値はさておき、精神的価値は、そこらの出版物と大して変わらず、そんなもののために日本人は殺し合いはしないだろう、とかはこの際どーでも良い。
 サムライは紅白のハチマキはしないし、ソバ入りのミソスープは勘弁してほしい。でもいい。どーせ亜米利加人の描いた軽めのミステリーなんだから!コールとパイクが格好良ければそれで良いのだ!

【再読C&P祭り!『指名手配』刊行記念】
 初読時はコールが好きすぎて興奮状態だったが、今回はさすがに落ち着いて読めた。
 その分、コールの男っぷりと優しさが染みわたる。依頼人の娘ミミの境遇に本気で腹を立て、心底心配して力を尽くそうとするコール。事件の結末は苦すぎて、どれだけ酒を飲んでも足りないが、「苦痛を取りのぞいてくれる者が愛してくれる者なら、それはあなただ。」というジリアンの言葉は最大の慰めだろう。ハガクレやヘンな日本文化には今回も目をつぶる。

 「そこに置いてあるウィーバー社製のバーベキュー・グリルの下に、ネコはうずくまっていた。大きくて、意地が悪くて、真っ黒。片方の耳は立っているが、もう一方の耳は横に倒れていて、そこにクモの巣のような白い傷跡が残っている。誰かに撃たれたのである。それ以来、まともではなくなった。」
 コール若かりし頃から同居している黒猫さん。「わたしも11ヶ月ヴェトナムにいたが、・・・」「ヴェトナム以降、おまえさんは自分自身の子供の部分にしがみついてきた。」2作目は、過去の従軍体験への言及は少なめ。カルヴァーシティの射撃場の主リックは、海兵隊に12年いて、そのうち8年間は射撃班に所属。そんな彼が嬉しそうに目を細めて眺めるパイク。そういえば、コールの年齢その他はあらかた推測できているが、パイクは何歳なんだろう。

2017年7月31日月曜日

0046 死者の河を渉る―探偵エルヴィス・コール

書 名 「死者の河を渉る」
原 題 「Voodoo River」1995年
著 者  ロバート・クレイス
翻訳者 高橋 恭美子
出 版 扶桑社 2000年1月 

この巻、最初からコールは人恋しさ全開で、なんだか子犬のようだ。 今回は有名女優の実親捜しの依頼。依頼人から紹介されたルイジアナの女性弁護士ルーシーにコールは恋をする。コールの胸のときめきが伝染してこっちまで胸が苦しくなる。ルーシーと8歳の一人息子の輪に加わるコールが幸せのお裾分けをもらったよう。 一方シリーズ当初はベトナム帰りの社会不適応者にしか見えなかったパイクであるが、もはや超人レベル。 コールが空港で、ルーシーを事件捜査のパートナーとして紹介しただけで、コールの恋人だと理解してルーシーの手にキスって、一体どんなセンサーを搭載してるの(笑)、てか、女性の手にキスをするような機能を完備していたとは!事件そのものは、36年前の殺人に端を発し、現在の不法移民に関わる犯罪がからみ、暗い河が象徴する社会の暗部、不法移民に関わる裏組織との取引やハードな銃撃戦など、息つく暇もなく読み応えがある。 自分に課した依頼人への忠誠と、社会悪に対する正義感が対立して、葛藤するコールの誠実さが好きだ。その悩めるコールを気分転換させるために運動に誘って、話相手をするパイクの言葉が、これまた良い。「愛情は、差し出された時に拒絶する余裕があるほど、ざらに転がっているものじゃない。」パイク語録に追加しておこう。

2017年7月29日土曜日

0045 ぬきさしならない依頼―ロスの探偵エルヴィス・コール

書 名 「ぬきさしならない依頼―ロスの探偵エルヴィス・コール」 
原 題 「FREE FALL」1993年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 高橋 恭美子 
出 版 扶桑社 1996年10月

 いよいよ筆致鮮やかなC&Pシリーズ第四作。
 今度は恋人の素行調査の依頼。
 ただの浮気かと思いきや事態はどんどん深刻化、事は警官による黒人青年暴行死事件の真相へと発展。1992年のロス暴動を下敷きに1993年にこの本を書いたクレイスもタフだと思う。
 依頼人のジェニファーに個人的にかなりむかつく。
 純粋なのかもしれんが身勝手すぎるだろ。人を巻き込んでおいてそれか?1,2発張り倒したい。コールは女性に優しいからそんなことは絶対にしないけどね。
 今回は殺人の濡れ衣を着せられ、逮捕→拘留→脱走→拳銃にモノを言わせたのち、司法取引の流れ。パイクが相変わらず格好よい。
 C「付けられている」
 P「撃ち殺せ」
 単純すっきり。
 「正直に答えてくれ、ルー。わたしの容疑を聞いたとき、本当にやったと思ったか」
 ポイトラスは首を横に振った。「思わなかった。グリッグスもだ」

 聞かずにはいられなかったコールの心情がやいかに。
 終盤の特殊部隊の軍事行動ばりの悪党掃討作戦は著者のファンサービスか? 元海兵隊というだけで連帯できる単純野郎どもめ。なんだかうらやましいぞ。

2017年7月24日月曜日

0044 モンキーズ・レインコート―ロスの探偵エルヴィス・コール

書 名 「モンキーズ・レインコート―ロスの探偵エルヴィス・コール」
原 題 「The Monkey's Raincoat」1987年
著 者 ロバート・クレイス
翻訳者 田村義進
出 版 新潮文庫 1989年2月

  C&P第1作。
 80年代 の空気感と西海岸の陽光とハードボイルドの交じり具合が絶妙。
 ベトナムでの泥沼の戦場体験があっても自分なりの前向きな生き方と正義を貫いて生き抜いてきた、コールの精神の強さが魅力。
 ちゃんと小さなコトにも怒ったりイラついたりできる、そういう感情が摩滅していないことが大事なのだと思う。
 子供と依頼者を守る為なら危険の中にもあえて踏み込んで行く。人殺しは好きではないが、反撃は躊躇しない。周りに悪人の死体の山ができても、警察に怒られても、ボロボロになりながらもあくまでも人助けはさらりとやる。推理よりは荒事寄りのロスの探偵である。
 コールのことを「ハウンド・ドッグ」という渾名で呼ぶ、ルー・ポイトラスとコールの関係も気になる。ルーの台詞「きみはいつも深入りしすぎる。依頼主に近づきすぎる。ときには恋心さえ抱く。ちがうか?」 ルーの上司バイシェも出番は少ないながら刑事魂を発揮して地味に良い。

《コールの来歴》
 生まれた時の名前はフィリップ・ジェームズ・コール。6歳の時に、プレスリーにかぶれた母に強引に改名されるが、「母がくれた名だから」という理由で今も名前を戻すことはしない。18歳の時ベトナムの水田にいた。ベトナム戦争に2年間従軍。1987年刊行の本書で35歳なので、逆算して1952年生まれ。(最新巻の『指名手配』が2008年頃と想定すると56歳くらいになってる。)従って1970年に18歳でベトナム戦争に行き、2年間従軍して1972年のベトナム戦争終結ののち除隊。計算は合う。
 その後はロスに戻って撮影所の警備の仕事をへて、探偵事務所の見習い。この頃同じく海兵隊を除隊して警官になっていたパイクと知り合う。28歳で探偵免許を得て開業。「美しいものはみな子供の心のなかにある。」14歳が理想の年齢。ちなみに、ヴェトナムで特殊部隊っていうからつい、グリーンベレーかと思っていたが、レンジャー部隊だったことが9作目の「Last Ditective」で判明。涙なしには読めない名作なのに、本邦未訳!残念すぎる。

《エルヴィス・コールとハリー・ボッシュ》
 同じくロス在住のボッシュは1950年生まれでコールより2歳年上である。従軍も2年早い。二人ともウッドローウィルソンドライブに家があり、コールはマルホランド・ドライブ(峠)を挟んで南側斜面のハリウッド側。ボッシュは北側斜面でスタジオシティ側に家を構えている。
 家庭に恵まれず施設で育ったという設定も似ていて、その分「我が家」に対する思い入れが強いのも同じ。ちなみに作者のクレイスとコナリーは友人同士だそうで、ボッシュとコールは、それぞれの作品にちらりと友情出演している。
 コールは、ボッシュの家の前をランニングすることがあるらしく、ロス大地震の後、家の前で上半身裸で瓦礫の片付けをしていたボッシュを見かけ、その刺青で彼がナム帰りと知って、黙って片付けを手伝ったんだそうな。このロス市警の刑事にコールは密かに敬意を持っている。このあたりが書かれてるクレイス作品は前述の「Last Ditective」で、残念ながら翻訳出版されていない。

《最恐チート・パイク》
 コールとの出会いはベトナムから帰還後の1973年。ベトナムでは特殊部隊に所属していたコールを「優秀な兵士」として尊敬している。パイクは海兵隊で、スナイパーだったらしい。グレイマンやヴィクターには及ばないかもしれないが、十分主役張れるだけの最恐チート級であるパイクをさらりと脇で使ってるこの贅沢。

2017年7月22日土曜日

0043 約束 (創元推理文庫) —コール&パイク16

書 名 「約束」
原 題  「THE PROMISE」2015年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 高橋 恭美子
出 版 創元推理文庫 2017年5月

 C&Pの16作目。S&Mとしては2作目で、夢の共演。
 コールがパイクのことをおしゃれ感ゼロとか言ってるが、貴方がた何歳になってるの?ベトナム従軍当時20歳だったんだから、この作品が2008年と仮定すると、56歳だね?!
 多少は落ち着いて少々渋みが増したものの、相変わらずの体言止めだし、パイクの方も相変わらずの筋肉美。某NATOの少佐みたいに時代は進んでも年取らない系のアレか?同居している黒猫さんはララバイ・タウンの黒猫さんなんだな?猫又まであと何年だ?
 とはいえ、やはりカッコイイものはカッコイイし、素敵なものは素敵なのだ。
 今回は特に、ジョンが素敵。
 パイクとマギーの会話も良し。「よくかえってきたな。海兵隊員」

 真面目で不器用なスコットは、今度はコールの事件に巻き込まれて、爆弾を仕掛けられるやら殺し屋に狙われるやら、散々なあげくに懲戒免職の危機。それでも自分の筋は通したい意地っ張りなんだが、色々と不運なのも相変わらずだ。
 スコットみたいに善良な人間は、コールみたいな訳の分からんエネルギーに溢れた人間の側に寄ると巻き込まれて大変な目にあうらしい。殺されなかったのは、ひとえにマギーの愛のおかげゆえ。マギーとスコットがあまり危ない目に遭わずに、安心して読める続編を希望する。

 マギーを取り上げられて、コールん家で涙目になってるスコットをさりげなく気遣うコールが優しい。スコットもエミリーも全部引っくるめて何とかしてしまうところがさすが。やられっぱなしのスコットも今回はきっちりと落とし前をつけることができたし、コールにちょっとしたロマンスが芽生えたりもして、最後にはジョンがきっちり〆める、三度くらい美味しい作品だった。ちょっとこんがららりはしたけど。

 この本の中でいちばんコールらしい、と思った台詞。「(前略)そんなことはどうだっていい。気がかりなのはエイミーだ。わたしはこの女性を守りたい。ヘスがなにをしているのか突きとめて、もしそれが気にいらなかったら、チャールズやコリンスキーと同様、彼女も仕留める」これに対してパイク。「いいノリだ」 すなわち自分が正義だ、といって憚らないこの俠気がコールだよ。あととにかくジョンが格好良い。

【料理で読む】
 コールが自宅の台所で作るラム肉のローストとトマト、コリアンダー、パラペーニョ、クスクスのサラダが美味しそう。それをタッパーに詰めてジョンにお届けする気配り(笑)。落ち込むスコットにも夕ご飯を振る舞おうとするし、私もコールが作ったご飯を食べてみたい!と思ったのでした。


2017年7月21日金曜日

0042 ララバイ・タウン

書 名 「ララバイ・タウン」
原 題 「Lullaby Town」1992年
著 者  ロバート・クレイス
翻訳者 高橋 恭美子
出 版 扶桑社 1994年7月

 C&P3作目。シリーズ初読。
 トレンチコートの似合う無口で渋い男が出てくるのがハードボイルドだと思ってたらどうやら違うらしい。ロサンゼルスの陽光のもと、マスタードのシミ付きミッキー柄スウェットシャツでコールが登場、過剰な軽口が体言止めで畳みかけてくる。
 仕事の依頼は、ハリウッドの有名映画監督(たぶん、スピルバーグと同じくらい?)ピーター・アラン・ネルソンの、無名時代の妻と子供の捜索。ピーターは甘やかされた芸術家肌の有名人にありがちな抑制の効かない男で、今回は10年も逢っていない息子の事を思い出し「父親」になりたくなったらしい。
 仕事を引き受け、足取りを追い、案外簡単にピーターのかつての妻と息子の居場所に辿り着く。それでは簡単すぎるな、と思っていたら、その元妻カレンが、務めている銀行で、ニューヨークのマフィアのマネーロンダリングに関与していることが判ってくる。
 マフィアのしがらみからなんとか彼女を引きだそうとしているうちに、ピーターが乱入して事態を引っかき回し、結局カレンもピーターもまとめて助ける羽目になる。
 コールは、女性や子供や社会的弱者に対してフェアで、しかもとことん優しい。これは損得抜き。そして彼らを脅かす敵には容赦無い。
 コールは、不遇な中から自分で自分を育てたタイプの人間で、彼の強さも弱さも、そこに由来する。そのゆらぎが最大の魅力で、つい引き寄せられる。
 コールとパイクはニューヨークで上等の宿をとり、美術館に出かけ、美味い食事をする。それで少しは人生が楽になると知っている。コールを支えるパイクがこれまた良い。
「おれが行くまで生きているように。」

2017年7月12日水曜日

0041 容疑者

書 名 「容疑者」
原 題 「Suspect」2014年 
著 者 ロバート・クレイス 
翻訳者 高橋 恭美子
出 版 創元推理文庫 2014年9月

 もう、たまらんぞ。
 メスのジャーマン・シェパードの軍用犬マギーはハンドラーと共にアフガニスタンにいた。9.11の後、「テロとの戦い」のために米軍がアフガニスタンに侵攻し(アフガニスタン紛争)、タリバンによる自爆テロが増加してきたのが2006〜7年頃と何かで読んだ。
 なので、この本の時期を推定2007年と仮定。
 軍用犬マギーとハンドラーの別れのエピソードが切ない。戦死したハンドラーを守って味方の米兵にも牙をむくマギー。彼女もまた負傷していた。
 一方、パトロール中の銃撃事件で相棒を失ったスコットも、銃創の後遺症で心身ともに満身創痍だった。復職後、警察犬隊を希望したスコットを厳しく見守る上司のリーランド。軍から払い下げられてきたマギーと、第一線から退いても現場にしがみつこうとしているスコット、一人と一頭は出会うべくして出会う。お互いにPTSD持ちだったが、スコットが同じくパートナーを失い戦闘で傷ついたマギーに寄り添い、労りながら信頼関係を深めていく過程は限りなく優しい。そして部下と犬、双方を見守る上司のリーランドがまた良い。事件の謎解きは、これ、ミステリなのかい?と思うほどのあっさりモードだが、でも良いのだ。クレイスは、謎解きを書きたいのではなくて、人を描きたいんだから。
 最後の「たっぷり二か月近くうちに住んで愛玩犬になってたのは誰だ」というリーランドのセリフに、スコットの入院中めいいっぱいマギーを可愛がっていたリーランドの姿がうかんでニヤリとなる。

2017年6月29日木曜日

0040  For Honor We Stand (Man of War Book 2)

書 名 「For Honor We Stand (Man of War Book 2)」
著 者 H. Paul Honsinger 
出 版 47North  2014年3月
初 読 2017/6/29

 完読はしていないが、未読部分は翻訳が出た時のお楽しみに取っておく(言い訳)。
 戦艦ものの醍醐味と戦術・戦略の妙、友情と信頼、艦内問題への対処、部下の指導育成、トラウマの克服、宇宙軍的子育て、異種交流てのが撚りあわさって、二巻はさらにマックスがはっちゃけてグレードアップ。そして会話がイカしている。
 
 基本どこを拾い読みしても面白い充実ぶりだが、6章に出てくるホーンマイヤ中将の命令書がこれまた面白い(笑)。曰く
 『 上官の能力を試すな。命令を無視するな。目的地へまっすぐ行け。自分の冒険のために迂回するな』
 中将はきっとマックスのことを良く判ってるんだろうな。それにしてもマックス、一体どういう評価をされているのだ。
 1巻めでは優等生ぶりを崩さなかったマックスであるが、この巻ではかなりのヤンチャっぷりを発揮しているので、彼のこの二面性がまた面白い。
 ウォーザム・ビッグズ氏が発信したとみられる謎の暗号文を受け取り、修理中のカンバーランドを離れて、大使代行であるブラムを連れてラシード星系に向かったマックス。ラシードは政情不安な状態で、ラシード宇宙軍の支援を受けたにもかかわらず目的地に着陸することができず、ビッグズ氏との会合地点に向かうためには、散発的に戦闘が起こっている地上を移動する必要が生じた。マックスが取った手段は訓練用飛行機で敵勢力の頭上を通過すること。マックス自身は操縦に自信があるのだが、曲芸飛行につきあわされたブラムは絶叫(笑)。
 そののち、ラシードに侵攻してくるクラーグ駆逐艦隊と交戦するために、マックスはカンバーランドをラシードに呼び寄せるのだが。

 別動の艦長の元に、修理中のカンバーランドで駆けつける必要が生じた新任副長デコスタが直面した問題は補給艦からの離脱。デコスタは朗らかにマックスに報告する。
「ですがその点でクラフト少佐のご助力をいただけて幸運でした」
 という明るい副長に嫌な予感しかしないマックス。
「いやなに、補給艦の連中が退艦しやすいように、いわば、まあ “後押し” してやっただけですよ」(意訳)と片手をひらひらさせて涼しい顔のクラフト。(シェーンコップの絵でどうぞ)
 さらに「宇宙軍規則に抵触する事は何もしていない」と嘯くブラウンがドッキングを解除させるために提供した手段とは。(後日「爆弾サンドイッチ」として宇宙軍に知れ渡る。)
 自分の所業は棚に上げて、上官(自分)によく似た部下達のエキセントリックな行動に冷や汗をかくマックスにクスリとくる。

 一方で、部下を指導育成する指揮官としてのマックスも健在である。戦闘中のCICで緊張のあまり落ち着かなくなった副長に、艦橋での振る舞い方について指導する場面が秀逸。

 それ以外の士官達の成長ぶりも甚だしい。
 ラシードの暗号化された軍事機密通信を傍受し復号できるという通信長のチンの提案に対して
 「私はショックを受けている。断固としてショックだ。ラシードは友邦だ。紳士たるもの同盟国の軍事機密通信を盗み聞きしたりしないものだ。君からそんな提案を受けるなんて、愕然としている」芝居がかってるな。
 「私もですよ。断固として。実際この恥を抱えて生きていけることが驚きですよ。で、艦長。どうします? コンソールにしますか?ヘッドセットで聞きますか?」
 「コンソールにしてくれ。オープンチャンネルで」
 ちょっと違うかもしれないけどこんな感じか?1巻目でマックスのささやかな意趣返しの文面に「ひっ」とか言ってたチンの成長ぶりが頼もしい一節。
 おおむねカンバーランドの面々はこんな感じで、マックスの指導(?)のもと、のびのびと本領を発揮し、実に上官によく似た妙な行動力を示すようになっている2巻目である。
 こののち、特命を帯びてカンバーランドが編入された艦隊の司令官に、マックスがさんざん侮辱されたことに怒り心頭の乗組員たちが頼もしいことこの上ない。そしてマックスは「上官の能力を試すな」というホーンマイヤーの命令のもと、ゲリラのように(旗艦以外と)指揮系統を作り上げ、クラーグとの闘いに臨むのだ。

 ヴァーハとも新たな展開がある。カンバーランドが追撃していたクラーグ艦が、偶然ヴァーハの偵察艇に遭遇して攻撃する。ヴァーハはクラーグを凌駕する軍事技術を持っているが、単座のヴァーハ偵察艇と、クラーグ戦艦で戦力が違いすぎた。名誉を重んずるヴァーハは単独でクラーグと闘おうとするが、ヴァーハ艇の操縦士がまだ戦闘経験の浅い若者であることを見てとったマックスは、ヴァーハの若者に自分が戦士として上位者であることを示し、共同作戦を提案する。その結果、ヴァーハは象徴的な意味での獲物(肉)をマックスと分かち合う必要が生じ、その為にマックスにヴァーハの戦士名を与えることになる。「スワンプフォックス(湿原狐)」がその名前。
 このマックスが分け与えられた「肉」が、今後の戦局を大きく変更する可能性を持つ代物だった。。。。。。

 このような大きな戦争の流れのなかに、カンバーランド艦内の様々な出来事が絡んでくるのがホンジンガーの作風。
 今回の大きな艦内の事件は、圧縮エンジンの事故。マックスとヴェルナーの共闘が素敵。
 戦闘中の外殻の損傷による空気漏出に一人で立ち向かったパク少年の勇気。その勇気に報いるためにマックスが取った行動。
 幼い候補生ヒューレットへのマックスの関わり方は象徴的。きっと、ミドルトンや他の艦長達もこういう風にマックスに関わり育てたのだろうな、と思わされる。そして、その関わりの中で、マックスはヒューレットに、飲むことができる水が生成されている艦内の機器を教え、他の候補生にも教えるように言う。生き残るための知恵を幼い候補生に教えるマックスに切実さを感じる。彼らがその知識を本当に必要とするときには、自身は《サンジャシント》のシン艦長のように、もはやこの世にはいないかもしれない。自分の候補生がそんな体験をしなくても良いように艦を指揮すべく、自らに命じているに違いない。
 もうひとつ、マックス個人の大きな出来事がある。それは、訓練中の幼い候補生達に、自分の巡航艦《サンジャシント》での経験を語ったこと。もちろん自分から率先して話した訳ではなく、偶然の成り行きで語らざるを得ない状況に追い込まれたのだが。当時の自分と同じ年頃の候補生たちに語り、彼らの目と反応を通して自分の体験を振り返ることで、自分があの時どれほど強い恐怖を覚え、深く傷つけられていたか気づくのだ。そしてその気付きがもたらした安息感。候補生達にとっては、クラーグに鹵獲された巡航艦でたった一人で一ヶ月近くを生き抜いた伝説の候補生が自分たちの艦長だと知った感動と畏敬。しかし、それを表すのは言葉ではなく、尊敬を込めたまなざしと敬礼のみである。これを感動といわずになんと言おうか。お願いです。翻訳で読ませてください。


2017年6月4日日曜日

0039 女王陛下のユリシーズ号

書 名 「女王陛下のユリシーズ号 」 
原 題 「H.M.S ULYSEES」1955年
著 者 アリステア・マクリーン
翻訳者 村上 博基
出 版 早川書房 1972年1月

 この本のタイトルについては有名な話だとは思うが、一応書かないと気が済まないので書いておく。第二次大戦中のイギリス国王は、ジョージ6世(エリザベス2世女王の父)だ!女王ではない。刊行当時すぐに指摘があったはずだと思うのだが、あからさまな間違いなのに、訂正出来ない事情でもあったのだろうか?「軍艦ユリシーズ」で良かったのにな。
 さて、本題である。
 直前の航海から帰還直後、港内に停泊中に、一水兵の不服従から端を発し、水兵達の反乱が起こる。それは、繰り返されてきた過酷な任務に堪えかねてのことだった。自艦内での鎮圧は不可能とみて、近くに停泊する戦艦《デューク・オブ・カンバーランド》の海兵隊の派遣をたのみ、ようやく鎮圧に至る。その失態を問責される、ティンドル提督とヴァレリー艦長。そして、次の任務を告げられる。

 「ユリシーズは、あー、名誉回復の機会を与えられたと思っていい」

 このムルマンスク行きの輸送船団〈FR77〉は、ユリシーズに対する懲罰だった。

 恐るべき荒天の北極海。喀血を繰り返し、もはや自力では鉄扉を開閉したり、梯を上る力もない艦長は、それでも自分に鞭打って極寒の中乗組員たちを巡回する。
 襲い来る敵。空襲、Uボート。次々に荒れ狂う波間に沈んでいく僚艦。被弾して味方を巻き込む可能性のある味方輸送船の撃沈を命じられた若き水雷兵ラルストンの悲劇。敬愛する艦長を支える副官ターナー。乗組員の運命を案じながら、力尽きて息を引き取る艦長に泣かずには居られない。
 北ソ連航路を繰り返し護衛してきたユリシーズは、満身創痍で歴戦の老艦の風格だが、実は当時最先端のレーダー装置をそなえた最新鋭巡洋艦である。それが数度の航海でボロボロになる冬の北極海の非情。極限状態に置かれた乗組員たちの最後の抵抗(不服従)を軍紀に問い、より過酷な死の航海に送り出す海軍本部の無情。その中で、なぜか僚艦サイラスの存在に心が温まった。せめてあの船が最後まで生き残ってくれて良かった。

 ちなみに、表紙は新装版である。イラストは変わりないが、題字が少しオシャレになっている。この際、タイトルも直せばよかったのに・・・・・な。
 このイラスト、一瞬何が描かれているのかわからないくらいごちゃごちゃしているが、見れば甲板に突っ込んだドイツ空軍機の尾翼が2機、めちゃくちゃに破壊された砲塔、倒れた煙突、傾いたマスト、波に洗われる艦尾、爆発炎上する前部甲板、攻撃を受けてめちゃくちゃになったユリシーズ最後の姿であった。

2017年5月14日日曜日

0038 Deadly Nightshade A TALE OF ENSIGN MAX ROBICAUX

書 名 「Deadly Nightshade」2015年3月
著 者 H. Paul Honsinger 
出 版 H. Paul Honsinger(Kindle)

 ハヤカワ文庫『栄光の旗のもとに』のマックス・ロビショー少佐の前日譚の前編。本邦未訳。
 弱冠16歳の新任少尉マックスは、〈ナイトシェード〉という名称の単座の偵察機をあてがわれ、敵領宙域でのクラーグ軍軍事演習に関する単独諜報活動を命じられた。
 それは彼の才能故ではなく、ホーンマイヤーが溺愛する彼の姪のベッドに潜り込んでいたのがバレたから。ホーンマイヤーは激怒して、マックスに厳しい懲罰を与えようとしたが、その惑星の法律では16歳のマックスが未成年であるのに対し、彼の姪のほうは年上で成人とみなされるため、マックスを正規に罰しようとすると、姪の方が厳しく罪を問われてしまう。やむなくホーンマイヤーはマックスを降格した上で、危険な敵地に追いやることにしたのだ。
で、その単独行動中にヴァーハ艦が現れ、ヴァーハに攻撃を仕掛けたクラーグは一瞬で全滅させられ、マックスはナイトシェードごと拉致されて・・・・・。
 1巻の『栄光の旗のもとに』でのホーンマイヤーのマックスへの微妙な評価の原因となったとおぼしき出来事や、マックスとヴァーハ(『栄光の旗のもとに』では“バーチ”と訳を当てている)の遭遇の経緯など、マックスのはっちゃけた経歴が明かされる一方で、恩師ミドルトンの深い愛情に心を打たれる。それにしても、極限の状況下でへこたれず、とにかく闘いつづけるマックスの精神力はどうやって培われたのやら。
 拙い拾い読みで粗筋を押さえただけだが気持ちは満足。あとは翻訳を待つ。
 不眠症気味のマックスが、母の思い出の子守歌(フォークソングか?)を口ずさんで眠りに落ちるところに、涙腺が緩む。


2017年5月6日土曜日

0037 帝国宇宙軍1-領宙侵犯-

書 名 「帝国宇宙軍1-領宙侵犯-」
著 者 佐藤大輔
出 版 早川書房 2017年4月

 銀河帝国というラベルを貼ったブランデーボトルにイゼルローン製の大衆酒をぶち込み、ちょっと旧日本軍で風味を付けると佐藤版帝国軍が出来上がる。あっかるい成立過程は伊達と酔狂、というよりはノリと酔狂。
 各勢力の描写もそれぞれ面白い。銀河帝国が一番マシに見える。”異性愛傾向を備えた童貞の妄想を形にしたような女たち”。げろげろ。近傍国家の憎悪混じる思惑のあれこれは現実の日本周辺国家を想起させられる。艦対艦戦も艦隊戦も国家間の謀略もこれから、というところで佐藤大輔氏、無念の絶筆だった。享年52歳。著者のご冥福を祈る。この年は、これ以外にも数冊の刊行が予定されており、佐藤氏、油がのりきった、というところだったろうか。ご多忙だったのだろうな、と推測する。
 この物語の続きが読めないことが返す返すも残念。だれか佐藤大輔フリークが続きを執筆してくれないだろうか。グインサーガのように。着想ノートとか、設定集とか残っていないだろうか。佐藤氏の作品はいずれ全部読みたいと思っているけど、このようなお別れは悲し過ぎる。

2017年5月5日金曜日

0036 巨人たちの星

書 名 「巨人たちの星」 
著 者 ジェイムズ・P・ホーガン
翻訳者 池 央耿
出 版 創元SF文庫 1981年7月

 目が離せないストーリー展開で、先を先をと早読みしてしまった。ちょっと勿体なかったので、中盤まで戻ってじっくり読み返す。
 それにしてもタイムパラドックスまでぶち込んできたのには恐れいった。でも、ランビアンの好戦性をあの連中に帰結させるのはちょっとチープな感じがするし、地球人悪くなーい、っていうお気楽史観に今となっては安易さを感じてしまう面もある。
 それでも、時代背景を考えれば著者が人間性に全幅の信頼を置いているのは救いかもしれない。なにはともあれ非常に面白い。最後の一文で第1部に回帰するところも感動。

《再読》
 じっくり再読したところで、あらためて。ガルースとハントの友情が良い。それにゾラックとハントも。ソ連スパイの哀愁漂う背中にぐっと掴まれ、米国人とロシア人が手を取り合う展開にまた、書かれた時代を思いつつ胸熱。書かれたのが1981年だから、当時の米ソは冷戦まっただ中、ソ連はブレジネフ、米はレーガン、中曽根は83年からか。子供心にこの頃の新聞紙面は怖かったような気がする。そんな中で描かれた米ソの協力と世界融和。平和な未来。SF作家の未来への希求がぎゅっと詰まってる。
 ついでにジェヴェックス、ヴィザー、ゾラックのそれぞれの戦いも見物。
 ヴィザーに手玉にとられるジェヴェが若干哀れを誘うけど。ゾラックの「タリ・ホー」もじつに良い。

2017年5月4日木曜日

0035 ガニメデの優しい巨人

書 名 「ガニメデの優しい巨人」
著 者 ジェイムズ・P・ホーガン
翻訳者 池 央耿
出 版 創元SF文庫 1981年7月

 ミネルヴァ独自の進化過程の解説が秀逸です。これぞサイエンス・フィクション、よくも何にもないところからこれだけの生物史を創作出来るもの。著者は本当に頭が良い。
 ところでガニメアンは高度な知性の持ち主と言いつつかなりのうっかり者です。遺伝子操作で自分の首を絞めたり、うっかり恒星を破壊したり。この壮大に迂闊な人種が宇宙を飛び回るまでに進化した、という設定が一番難があるような?
 そして最後の種明かしはやっぱりダン先生の独壇場だった。いつも美味しいところを持っていく御仁ですな。

2017年4月25日火曜日

0034 コードネーム・ヴェリティ

書 名 「コードネーム・ヴェリティ」 
著 者 エリザベス・ウェイン 
翻訳者 吉澤 康子
出 版 創元推理文庫 2017年3月
 
 勇気ある女性達の戦記。イギリスでは、第二次大戦中、婦人部隊が各方面で活躍した。
将校の秘書官や通信員、無線員、運転手、湾内艇の運行や諸々。これは、戦前に獲得した技術を駆使して飛行機の操縦士となり、諜報部員の輸送を務めた女性と、その諜報部員の女性、二人の親友の戦争と友情の物語である。ドイツ占領化のフランスに潜入した女性は、ドイツ軍に捕らえられ尋問を受ける。彼女の語りで綴る前半と、彼女の救出を試みる後半の二部構成。のめり込めたら面白かっただろうと思うのだけど、私は女性の一人称語りはべたべたしてて苦手なのだ。最後はかなりの飛ばし読みになってしまった。
 それにしても、日本の女達が竹槍で銃後を守ってた時に颯爽と空を飛んでいた女達がいたのか。なんだかそちらのほうが夢物語のように感じる。「映像の世紀」とも違うヨーロッパの戦争を垣間見た。

2017年4月22日土曜日

0033 栄光の旗のもとに ユニオン宇宙軍戦記 (ハヤカワ文庫SF)

書 名 「栄光の旗のもとに ユニオン宇宙軍戦記」 
原 題 「TO HONEOR YOU CALL US  THE MAN OF WAR TRILOGY」2013年 
著 者 H・ポール・ホンジンガー 
翻訳者 中原尚哉 
出 版 早川書房 2017年4月 

《あらすじなど》
 候補生として8才から宇宙軍艦で育ち、28才で大尉になっていたマックスは、艦長以下の先任士官が全滅した艦内で戦闘指揮をとり、敵を破り生還する。
 この功績で最新型の駆逐艦の艦長に抜擢されるが、この艦が問題だった。前任艦長が病的な偏執狂で、乗員を疲弊させ艦内には問題が山積、戦闘効率は最低レベルまで落ちている。艦の問題を解決し、乗員を鼓舞し、士気を回復させなければならない。そのためにも敵に打ち勝つ必要がある。
 新米艦長が外敵とも艦内の問題とも果敢に戦って、部下の信頼と戦果を得ていく正統派ミリタリーSFである。おもしろい!
 艦長と兵員の間の信頼関係とか、圧倒的武力差を戦術でひっくり返すとか、艦長と軍医の友情とか、戦術を通して敵と心情が通じる、とか艦長の葛藤とか、新進気鋭の若手艦長が老練な将軍の手の平の上で頑張ってるとか、好きな要素がぜんぶぎゅっとつまっている。艦内の掌握、練度不足の乗員の訓練、前艦長が残した弊害の一掃だけでも大仕事だが、その合間に異星文明との接触、艦内事故への対処、偽装作戦、交戦、裏切り者への処罰ととにかく寝る間もないほど忙しい。これだけのネタを、よくぞこの一冊に詰め込んだ。しかも消化不良にならず、絶妙なバランスで、かつ3部作の1冊目として、きちんと収束させつつ、次作への余韻を残している。
 キャラクター造形も絶品。主人公マクシム・ロビショーは、ヌーベル・アカディアナ星出身。その名と惑星名が示す通りのケイジャンで、操舵所の凄腕チーフであるルブラン一等兵曹長も同じ星の出身。たまに交わす一言、二言のケイジャン・フレンチは艦長と操舵長の間の特別な信頼感を示しているよう。副長のガルシア(メキシコ系?ちがったか?)、機関長の“ヴェルナー”ブラウン(イギリス系)、宙兵隊支隊長のクラフト(ドイツ系)そして、医務長(艦医)でマックスの親友となるシャヒン(アラブ系もしくはトルコ系のイスラム教徒)が有能な艦長のブレーンとなり、それぞれの文化と個性を出しつつ、 艦長を支えていく。未来の多文化共生社会を覗き見している気になる。それ以外にも、候補生教導員の“マザーグース”アンボルスキや、通信長のチン、センサー長のカスパロフ、作戦長のバルトーリなど、有能な士官が脇を固める。政治的な思惑で艦の足を引っ張るいやらしい人間が出てこないのが、読んでいて爽快である。司厨にはケイジャンの司厨員がいて、味気ない宇宙軍料理にスパイスをきかせている。艦内醸造のビール、艦の焼きたてパンやケーキやパイ、軍艦ものが「料理で読める」のもめずらしい。フォレスターやダグラス・リーマンの海洋冒険小説の正当な後継とも言うべき作風であるが、二番煎じに甘んじることなく、オリジナルの世界観を構築している。

《マックスの生い立ちと取り巻く人々》

 マックスは8歳の時に敵の生物兵器攻撃のために、母と家族を喪った。この生物兵器ジノファージは、人類の宿敵であるクラーグ人が開発し、人類の居住惑星に同時多発的に放ったもので、このウイルスに感染すると、男性は無症状キャリアとなり、女性は内臓でエボラ出血熱のような激烈な液化壊死を発症し、ほぼ100%死亡した。この攻撃の年は、マックスのような、親を喪った子供達がユニオン支配星域内で大量に出現しただろう。保護者を喪った子供達(男の子)の後見となったのが宇宙軍であり、候補生として宇宙艦に乗り組んだ彼らは、艦を我が家とし、乗員を家族として、育成と教育と訓練を受け自らも軍人となる道を歩んだ。主人公マックスはそうやって8歳の頃から軍艦に乗り組んでおり、作中28歳の時点ですでに20年のキャリアを持つ宇宙軍士官である。その間、いくつかの悲惨な戦闘経験が加わり、そのもろもろが表からは見えにくいトラウマとして、彼の精神に影響を及ぼしている。彼がひた隠していたそのトラウマを見破って手をさしのべたのが、親友となるシャヒン医師だった。この、マックスのトラウマ克服も今後のストーリー展開の一つの軸となっていくだろう。

マックスが相当有能なのにもかかわらず、さらに強烈な個性を放ってマックスを手のひらの上で転がしているのが、任務部隊司令官のホーンマイヤー中将である。そのホーンマイヤーの候補生時代からの親友であり、マックスに「孫子」を教え、戦略・戦術を叩き込んだ恩師であるミドルトン大将の二人は、マックス少年期の候補生時代からマックスを見守り育ててきていると思われるが、その辺りの物語は今作では明かにされていない。ぜひ、読んでみたいものである。この二人、おそらく甘やかし役のミドルトンと、厳しい小父さん役のホーンマイヤーで役割分担しているのではないかと見え、マックスはもちろんミドルトン命なのだが、なかなかどうして、ホーンマイヤーはマックスを鍛える上では大きな役割を担ってきているように思える。

 

Heart of OakHeart of Steele

 ちなみに、原著のタイトルは、宇宙軍に歌い継がれているという設定の、イギリス海軍伝統の海軍歌「ハート オブ オーク(オークの心)」(作中では「ハート オブ  スティール(鋼の心)」として、メロディーはそのままに歌詞が宇宙軍仕様に変更されている。)その、「ハート オブ スティール」の歌詞から取られている。

 この「ハート オブ オーク」の歌詞「steady boys  steady」(作中では「そのまま進路を保て」と翻訳。steadyは操舵用語で「舵そのまま」とか「進路そのまま」の意)という台詞は、この本や続刊の要所で効果的に使われている。

 一巻では、クライマックスでガルシアとアンボルスキがささやく。二巻ではマックスが戦闘前の緊張に凍りつく艦橋で“steady  boys  steady♪”と口ずさみ、まあ、おちつけ、と部下を励ますシーンがある。海軍歌「ハート オブ オーク(オークの心)」を聴きたい方はこちらへ


「世界の民謡・童謡」 ハート・オブ・オーク Heart of Oak



《著者について》

  著者のホンジンガーはかなりの遅咲きで、なんとこの本が処女作である。小説家である妻の勧めで本作を執筆し、当初は自費で電子出版したが、Amazonの出版部門の目にとまりメジャーデビューを果たした。そして、一躍一流小説家の列に並んだ。奥様には、「よくやってくださった!」と感謝状を贈呈したい。

 ホンジンガーはすでに、第1部の2巻、3巻の出版を終え、その後、この第1部の前日譚である中編2作を世に送り出している。このMAN OF WARシリーズは3部作各3巻の全9冊となる予定で、原著の中では、全ての巻のタイトルも発表されている。本来であれば、氏のHPなどでは、第2部(4巻目)の刊行も予告されていたと思うが、健康不安が続き、刊行が中断している。氏の闘病と健康回復を祈っている。

【追記】ホンジンガー氏は、何年も糖尿病により闘病されていたが、2020年4月にガンが見つかり、8月にガン術後の回復期に感染した新型コロナにより逝去された。Man of War 第2部、第3部が遂に世に出なかったことが残念でならない。せめて、第一部の2巻、3巻と、17歳のマックス・ロビショー少尉の冒険譚である中編2作を、翻訳出版してもらいたいと、切に願っている。

 

2017年3月28日火曜日

0032 星を継ぐもの

書 名 「星を継ぐもの」 
著 者 ジェイムズ・P・ホーガン 
翻訳者  池 央耿
出 版 早川書房 1980年5月 
 
 世界戦争の危機は去り人類の情熱は宇宙に向かっている。明るい人類の未来が今となってはうらやましくも感じる1970年代による近未来描写である。
 話中の時点は2027〜9年だから、今からちょうど10年後。
 読んでいて今の現代を生きていることが悔しくなる程の未来の科学技術の描写。最先端の科学者達を駆使してのSF的謎解きはまるで鑑識物の推理小説を読んでいる様だが、圧巻はハントがガニメデで木星と対峙する情景だった。まるで自分がそこにいるような厳粛な気分にさせられた。SFの醍醐味を感じた瞬間でもあった。
 冒頭コリエルが巨人と形容されていることを読者は知っているが、話中の人々はもちろん知らない。どう回収するんだ!とやきもきしながら、途中の伏線も一向に回収される気配のないまま舞台は地球、月、木星へと移る。
 謎そのものは、日記が解読されたあたりでだいたい見当がついた。でもどのように伏線が絡んでくるのか?どこに「巨人」が絡んでくるのか?興味は尽きずに終盤へいったと思ったら、あれま、回収しなかったよ。これは続巻を読む必要があるのね。
 それにしても、作者ホーガンのこの知識量と想像力。敬服する。
 余談だが、最後まで読んで、佐藤史生の「夢みる惑星」を思い出した。「星船」で地上に降り立った人びととコリエルが重なる。

【2018.1.1 追記】
 私が伏線だと思っていた冒頭の「巨人」については、日本語翻訳上の偶然の出来事だと詩 音像(utaotozo)さんがご指摘されてました。
詩さんのレビューはこちら→ https://bookmeter.com/reviews/64237196 
こういうことは、一人で読んでいてはなかなか気づけません。読み友の皆様に感謝してます。